二人は僧侶と出会い、勇者は現実を知る。1
僧侶の男が入ってきたのは、サーニャが呼びに行ってしばらくしてからだ。
入ってきた僧侶の姿を見て、二人は呆然とする。
短い金髪の髪に眉を細くそりあげられている。目つきは鋭く、二人をにらみつけていた。見た目は二十代前半と言ったところか。カソックが恐ろしく似合わない。
呼びに行ったサーニャは、僧侶の後ろに控えている。
「なんだ、テメェら」
「俺は勇者のエースだ!」
「私は剣士をやっています、シルビアと申します」
エースは僧侶の威圧に負けじと声を張り上げる。
対してシルビアは丁寧な言葉遣いで挨拶をした。
その対応が二人の明暗を分ける。
「こっちのガキは礼儀も弁えてねぇのか。おい剣士、勇者の教育ってのはどうなってんだ? 放任主義もほどがあるぞ」
「何を! 俺は勇者だぞ。そっちこそ俺に対して失礼じゃないのか!?」
「すみません。何度も言ってはいるんですが、なまじ力があるせいか、自分が偉いのが当然と思ってしまったようで」
「マジかよ。こんなのが力持つとか神ってのは何考えてんのかね」
僧侶とシルビアはエースを無視して会話をつづける。
無視されたエースは余計に声を荒げていた。
「おい僧侶! 俺は神に選ばれたんだぞ! お前聖職者なら啓示に従え!」
「さっきから猿が煩せぇんだよ。キーキー喚くな。ぶち殺すぞ」
僧侶の威圧は明らかに勇者の纏うオーラを委縮させていた。
シルビアはそのエースの様子に驚く。
そしてこの僧侶なら、今の増長しきったエースを抑えてくれるのではないかと思えた。
なおも騒ぎ続ける勇者を無視して、二人の正面のソファーに座り、僧侶はシルビアに顔を戻す。サーニャは僧侶の後ろにそっと移動する。
「で、なんのようなんだ」
「はい、実は折り入って頼みがあります」
そこでシルビアは一旦言葉を切る。
孤児院出身のため、敬語は所々怪しい部分はあるが、それでも騎士団に努めている身だ。目上の人との会話の仕方はあらかた頭に入っている。
目上の人と会話をする場合、一気にまくしたてるように話すのではなく、一言一言に間を置き、相手の反応を待ってから話すのが常識だ。
「言ってみろ」
僧侶の反応から、この人物がかなり身分の高いくらいにいた人物だと言うことが分かった。
シルビアは言われたと通り、言葉を続けた。
「私達と共に魔王を倒すべく、協力してもらいたいのです」
「魔王を倒す?」
僧侶は眉をしかめる。シルビアは最初、魔王が復活しているのを知らないんのではとも思ったが、それは無いと判断する。
ある程度の身分の者なら、出家していても情報は入ってくるはずだ。
まして、今の受け答えがすんなり出来る程度の身分の人間は貴族ぐらいしかいない。
なら魔王の情報ももちろんもっているはずだ。勇者と言う言葉に、それほど驚かなかったところからもそれは分かる。
「はい。私たちは現在、聖母ホーライト様の啓示により、勇者、剣士、拳闘師、弓使い、僧侶の仲間となる人達を探しています」
「それで?」
「聖母ホーライト様はその仲間たちを集め、魔王を倒すようにおっしゃいました。私たちはその啓示に倣い、今仲間を集めている最中なのです」
「なるほどな」
僧侶はシルビアの言葉に一応は納得する。
そこにシルビアは現状を付けくわえた。
「また、現在王女さまが魔物によって王城から攫われ、魔王城に軟禁されております」
「王女が?」
「はい、どうやら魔王の命令で魔物が動いたと考えられております。城にいる預言者の預言によって、一年は命の保証はされておりますが、我々は出来るだけ急ぐべきと考えております」
女王がさらわれたと聞いて、僧侶の態度が一変した。
何やら考え込んでいる様子だ。
そしてしばらく沈黙が続く。
流石のエースもこの重い空気に騒ぐのを止めていた。
先に口を開いたのは今まで後ろに控えていたサーニャだった。
「本当に魔王が命令したのでしょか?」
「魔物に命令出来るのは魔物を統べる王、すなわち魔王しかいないと我々は考えています。そうでなければ、今まで人間に会えば即殺そうとしてきた魔物たちが、王女様を攫うなどとはしないでしょうから」
「なるほど、確かにそうですね」
そしてサーニャまでも何かを考えるように黙ってしまう。
それと変わるように今度は僧侶が話しかけてきた。
「なんでいちいち仲間なんか集める。勇者がいれば軍を連れて魔王城に乗り込むことぐらい出来るだろ。王女奪還ともなれば兵士の士気も相当上がるはずだ」
「それが神の啓示だからです。勇者と共に旅をする仲間を五人。先ほど言ったメンバーを集めて魔王城に乗り込めと」
「なるほど。つまりそこのゴキブリが弱いから王国軍じゃ逆に潰されるって訳か」
そう言って僧侶は鼻で笑う。
「だから仲間を集めながら旅をして経験値を稼げと。神も面倒くさいこと選んだもんだな。俺なら強引にでも突撃させるね」
僧侶の神をも恐れない態度にシルビアは驚く。
サーニャは僧侶の後ろでクスクスと笑っていた。
そして先ほどから間接的に馬鹿にされ続けていた勇者が、ついにキレた。
僧侶との間にあるテーブルを蹴りあげ、勢いよく立ちあがる。
そして腰に付けている剣を抜き放ち、僧侶の眼前に向けた。
「さっきから黙って聞いていれば神様を馬鹿にして、俺を馬鹿にして、いい加減にしろよ! 僧侶程度が、そんなこと言っていいと思っているのか!」
「いい加減にするのはてめぇのほうだ。人ん家のテーブルぶっ壊しやがって。これだからクズだって言ってんだ!」
僧侶は剣を突き付けられても変わらず、勇者を罵倒し続ける。
それを聞いて、勇者の眉間には今にもはち切れそうなほど青筋が浮いていた。
怒るところはそこなのかと突っ込みたいのをグッとこらえ、シルビアはその光景を急いで止めようとする。
しかし、それはいつの間かシルビア後ろに移動していたサーニャによって腕を掴まれ止めれられた。
驚いたことに、日頃戦士として鍛えていたシルビアだが、その手はふりほどけないほど強く握られている。
「サーニャさん、止めないでください。あなたの主人が危ないんですよ!?」
「キール様なら問題ありません。見ていてください」
サーニャは落ち着いた声で言うと、小さく微笑んでシルビアの腕を離した。
勇者は今にも、ソファーに座ったままの僧侶に切りかかりそうな体勢だ。
「非常に不愉快だが、お前は神の啓示によって選ばれた僧侶なんだ。勇者の俺についてこい!」
剣を構えながら言うそれは、明らかに脅迫だ。
「ウジ虫が粋がるなよ! 雑魚がいくら吠えても所詮雑魚なんだよ! 連れて行きたきゃ力見せてみろ!」
シルビアは二人の緊迫した喧嘩を見ながら、エースの一人称が徐々に酷くなってるなーと思っていた。もはや現実逃避ぎみである。
孤児院で辛い過去を経験してきたはずだが、それでもこれからの旅が思いやられる現状に、これまでにない危機を感じていた。
「良いだろう! 俺が勇者の力を見せてやる!」
「水虫が! 身の程を教えてやる!」
こうして勇者対僧侶という世にも奇妙な決闘は決まった。