僧侶の暴走
「よし、こっちは大丈夫だ! 板を頼む!」
その村では急ピッチで復興が進んでいた。
数日前に魔物に襲われ、けが人を出しながらもなんとか撃退はした村人だったが、その代償に数件の家が壊されてしまっていた。
今は壊された最後の家の復興に取り掛かっている所だった。
村人が声を掛けられたのはその時だ。
「すみません」
「ん? ちょっと待ってくれ!」
屋根の上に上がっていた男は、女性の声に反応して、工具をいったん置き、屋根の下を見る。そこには美しいメイドの姿があった。サーニャだ。
ふんわりとウェーブのかかった黒髪をなびかせ、メイド服なのに汚れ一つ無い立ち姿は、メイドと言うよりむしろ貴族を彷彿とさせた。
「…………」
「あの? なにか?」
メイドの姿を見て、思わず固まってしまった男に、メイドは首を傾げる。
「あ、いやすまねぇ。何だった?」
「主人と旅をしておりまして、今日はこの村に泊まろうと考えているのですが、どこか泊まれるような場所はりますでしょうか?」
「お、旅人さんかい。なら村長の所に行くとえぇ。こっから見える一番でっかい家がそうですわ」
「ありがとうございます」
メイドは綺麗なお辞儀をして去っていく。男はその後ろ姿を屋上からずっと見送っていた。
そのメイドは、主人であるキールの所に戻ってくると、今聞いた話を伝える。
「ならそっちへ行くぞ。交渉は全て任せる」
「分かりました」
二人はサーニャを先頭に、村長の家に向かった。
数回扉をノックすると、中から初老の男性が出てきた。
「おや、お客さんかね」
「初めまして。サーニャと申します。こちらは主人のキール様になります」
「これはこれはご丁寧に。この村の村長をしておるトルバじゃ」
「今日はこの村に泊まりたくて、訪れさせていただいたのですが」
「おお、お客さんじゃったか! そりゃいい、入ってくだせぇ。この家は旅人さんの宿も兼ねとりますからの」
そう言って老人はサーニャとキールを家の中へ誘導する。
中に入って二人の視界に飛び込んできたのは、町の酒場のような大きなホールだった。そしてすでに数人の冒険者らしき風体をした男たちが、席に座って酒を煽っている。
カウンターには、誰が書いたのかいびつな字で『宿・トルバ』と書かれていた。文字を覚えたての子供が書いたような字だが、そもそも小さな村では字を書くことが出来る者の方が少ないため、それも仕方のないことなのだ。
「村長の家が宿になっているのですか?」
「ええ、儂の趣味と実益を兼ねたもんですがね。息子たちが手伝ってくれて、何とかやっております」
そう言いながら、村長はカウンターの中に入って、鍵を取り出す。
「お部屋はどうしましょう。シングル二つ、ダブル、ツイン、それより多人数で泊まれる場所も空いてますがの」
「ダブルでお願いします」
「ホッホッホ、承知しました。こちらが鍵になります。夕食と朝食はいかがしますか?」
「両方ともお願いします。お時間は?」
「夕食は一八時から二一時までになります。朝食は五時から八時になります。ここに降りてきてこの札を見せてくれればすぐに用意しますので」
村長は再びカウンターから木の板を取り出した。それを鍵と共にサーニャに渡す。
「部屋は三階の一番奥です。ごゆっくり」
「ありがとうございます」
サーニャは鍵と板を受け取って、適当にテーブルに座っていたキールの元へ戻る。
「ダブルですが部屋が取れました。三階の奥部屋だそうです」
「ダブルか」
「はい、それしか空いていないと言うことでしたので」
「はぁ……そう言うことにしておこう」
キールはため息一つで席を立つ。
「行くぞ。やることは山ほどあるからな」
「はい」
サーニャは嬉しそうにキールの後に続いて部屋に入って行った。
日も暮れて、飲食店になっている一階の酒場はにぎわいを見せていた。
その中で、キールとサーニャは酒場の隅のテーブルで静かに食事を取る。
そこに数人の男たちがやってきた。
「なあ、あんたらもせっかくだから飲もうぜ。ここじゃ人が少なくて町の酒場みたいに盛り上がれねぇんだわ」
「キール様」
「俺は遠慮する。酒は苦手でな。サーニャは好きにすると言い。お前らもその方が良いだろ」
「へへ、兄ちゃん分かってんね。やっぱ飲みには花がねぇとな。安心しな。変なことは絶対にさせねぇからさ」
「問題ない。変なことをしようとすれば痛い目を見るのはそっちになるからな」
「そうですね。私は強いですよ」
「そりゃ気を付けねぇといけねぇな」
男たちは笑い声をあげながらグッとジョッキの中の酒を煽る。
キールはサーニャに目くばせすると、食事を食べ終え鍵を持って部屋に戻って行った。
残ったサーニャは、男たちに誘われて席を移動し、中央付近で駆けつけ一杯と一気にジョッキを煽った。
その豪快な飲みっぷりに酒場にいた全員が盛り上がる。
そうして、宴は始まった。
「と、言うことはみなさんが魔獣の退治を?」
「おうよ、俺達がバッサバッサと薙ぎ倒してこの村を守ったんだ」
「何言ってんだよ。何匹か逃して村に被害出しちまったじゃねぇか」
「けが人が出なきゃいいじゃねぇか。壊された家もだいたい直ってんだろ」
その言葉でサーニャは、この村に来たときに尋ねた男のことを思い出した。
「それは村はずれにあった家ですか?」
「お、あんたも見たのかい?」
「ほぼ直っていましたが、男の方が直していました」
「そりゃそうだ。もう襲われたのは三日前だからな。俺達もいつまでもここで油売ってねぇで、そろそろ町に戻らねぇとな」
「魔獣の部位も換金したいしな」
男たちはサーニャに、自分たちが狩った魔獣たちの爪や牙を見せて自慢する。
サーニャはそれを眺めながら、どれも低レベルだと感じだ。
昔行動を共にしていた者たちが、危険な魔物を優先して狩っていたため、今ではそこらへんの冒険者や少し鍛えた村人でも対応できるような魔獣ばかりが残っている。
低レベルな魔獣の為、そこまで金になるような物でもないが、冒険者にとっては重要な生活費になる。
「そうですか。私もご主人様も明日には旅立つ予定ですので、この村が寂しくなってしまいますね」
「町に着いたら俺達が宣伝しとくさ。この宿もオヤジがやってるみたいでなんか懐かしい感じがしたからな」
「ここの村にも可愛い子がいたし、また来たいよな」
「そうそう、君と同じぐらいの子が二人いたよな。たしか一人はもう婚約者がいるんだっけ?」
「もう一人は所帯持ちだよ」
「婚約ならまだチャンスはあるよな!」
「お前じゃどっちにしろ無理だよ」
「なんだとっ!」
男たちの会話に、周りから笑いが起こる。
サーニャはその中で笑顔を振りまきながら、ジョッキに口をつけるのだった。
大半の冒険者が飲み潰れた中で、強い連中がつぶれた連中を見ながらしっぽりと飲んでいた。
「サーニャさんは強いね。あいつらと同じぐらいのスピードで飲んでたと思ったけど」
「はい。ご主人様に御付き合いして飲んでいるうちに強くなってしまいました」
「主人と言うと、さっきの神父様かい? 見た目は神父様には見えなかったけど」
冒険者は、無口で愛想の悪い金髪の男を思い出す。
冒険者にはキールのことがどうしても神父には思えなかった。むしろ敏腕の冒険者だと言われても疑わなかっただろう。
それだけの眼光と風格を備えていたのだ。
「元教会関係者と言うのが正しいかと。今は旅人として各地を回っています。私はその間の身の回りの世話をさせていただいているんです」
「貴族か何かだったのかい?」
貴族が没落した際に、教会に身を渡すのは珍しい事ではない。
貴族としての教育に読み書きがあるため、そのスキルを利用して経典を広めるなどのことが出来るためだ。
また、貴族時代に寄付などをしていれば、教会内での地位もある程度高くなる。
それは平民に身をやつした中ではかなりの高収入を得ることが出来るのだ。
「いいえ、キール様は平民の出です。私はあの人に勝手に付いて来てる感じになりますかね。平民の出ですが、少し特殊なので、身の回りのことがあまり出来ない方なのです。なんといえばいいのか、それが保護欲をそそられてしまって」
「ハハハ、母性ってことか。男はやっぱ少しは弱点があった方が良いのかな……俺なんか冒険者が長いせいで、大抵のことは自分で出来ちまう。そのせいで彼女すら、いないしな」
それ以前に冒険者という安定しない職業が彼女を作るのに最大の障害になっているのだが、男はその事に気付かない。
冒険者はどうしても旅が多くなる。一つの町に留まると言うことはかなり少ないため、恋人を作っても、いつも遠距離恋愛になってしまうのだ。
有名な冒険者などはそれを割り切って現地妻のようにする場合もあるが、そこまで稼げない冒険者には恋愛は難しいのだ。
しかし、サーニャはそれを知らない。
「あなたもかなり男前ですから、もっとアタックしてみても良いと思いますよ?」
「そうかい? へへ、嬉しい事言ってくれるね。実は首都に気になってる子がいるんだ。今度戻ったら告白してみるよ」
「そうでしたか。応援させていただきます」
その後、冒険者が首都に戻った時、その女性に告白するが、思いっきり振られるのはまた別の話。
時間は過ぎて、宴はお開きとなり、サーニャは部屋に戻ってきた。
キールはベッドの背に寄りかかりながら本を読んでいる。
「ただいま戻りました」
「そうか」
「情報は揃いました。怪しい人は二名になります」
「この村の警備は?」
「冒険者が八名いますが、問題は無いでしょう。低級の魔獣に苦戦する程度ですので」
サーニャはただ飲んでいた訳では無かった。話の中から必要な情報を聞きだしていたのだ。
「そうか。怪しい二人とは?」
「私ぐらいの娘が二人いるとのことで、一昨日にこの村も魔獣に襲撃されています。村に侵入を許したということで、かなりパニック状態になっていたようですから」
「わかった。明日直接見よう。時間と場所的にはここに来ている可能性は高いからな」
「承知しました」
キールが本を閉じ、ベッドに横になる。
サーニャはそれを見て、灯りを消すと、服を脱ぎ、静かにベッドに入った。
翌日。キールたちが行動を起こしたのは午前中、男たちが仕事の為に家を出る直前の事だった。
「な! あんたいきなり何してんだ!」
男の怒声が部屋に響き渡る。キールはその声を無視して男の家の中に押し入った。
「おい! 聞いてんのか!」
「煩い奴だ。少し黙っていろ」
近づいてキールを掴もうとしていた男に、キールは拳を振り抜く。鳩尾に入ったそれは男の意識を一瞬で刈り取った。
「ふむ、ここにはいないか。次に行くぞ」
「はい」
キールが男の相手をしている間に、サーニャが屋内を探索。目当てのモノがあれば奪うという流れで、キールたちは次々に村にある家を襲って行った。
そして二人が目当てのモノを見つけたのは、五件目の家だった。
「キール様いました」
「そうか。連れて行くぞ」
「この野郎!」
キールに向かって振り下ろされた包丁を平然と躱し、隙だらけの家主に蹴りを見舞う。
吹っ飛ばされた家主は、家具を巻き込みながら派手に倒れる。
「黙って見ていろ。そうすれば怪我をせずに済むぞ」
「おまえ……」
苦痛に眉をしかめながら必死に立ち上がろうとする。しかしその足には力が入らなかった。キールの蹴りが想像以上に体に響いているのだ。
しかし、サーニャが奥の部屋から戻ってきたところで、男の目が見開かれる。
「テリア!」
「テリアと言うのか。この娘は預かる。サーニャ持って行け」
「はい」
サーニャは奥の部屋から気絶した女性を運んできた。そして必死に立ち上がろうともがく男をしり目に、平然と家から出て行く。その後をキールがついて出て行った。
残された男は、ただ声を上げることしかできなかった。
八件目。ここでも探しモノは見つかった。
今は女性をキールが担ぎ、サーニャが部屋を物色している。
抵抗してきたこの家の男はすでに気絶して床に寝かされている。
「あ、あなた誰!? 夫はどうしたの!?」
二階から騒ぎを聞きつけ降りてきた女性に、サーニャは無言で近づく。
「答えなさい!」
女性の言葉を無視して、サーニャはその赤い瞳で女性の体を舐めるように観察する。そして一つ頷いた。
「この方もですね」
「捕まえろ」
「はい」
キールの端的な指示に、女性の表情が青ざめる。それはキールの足元に倒れる夫の姿を見てなのか、それとも知人の女性が意識のないままキールに担がれているからなのかは分からない。
しかし、その青ざめた顔が長く保たれることは無かった。
サーニャがその女性の瞳を覗き込み、頭に触れた手で魔法を発動されたのだ。
すぐに意識を刈り取られた女性は、最初の女性と同じようにサーニャによって担がれる。
「この村ではこの二人だけのようです」
「では行くぞ。この村にもう用はない」
「はい」
二人は女性を担いだまま、村人たちの恐怖の視線を一身に受けながら村を出て行こうとする。そこに立ちはだかったのは、昨日サーニャと一緒に飲んでいた冒険者たちだ。
「お前たち! 自分が何をしているのか分かっているのか!?」
「人攫いだ」
驚くほど簡潔にキールが答える。
「分かっているならすぐにやめろ! それは犯罪行為だぞ!」
「知ったことか。俺は必要なことをしているまでだ。邪魔するならお前らも踏み倒す」
「俺達相手に二人で何ができる!」
冒険者たちは全員で五人いた。残りのメンバーは昨日の宴の酔いが残っていて参戦できなかったのだ。
しかし、冒険者たちに数の有利があることに変わりは無い。
「サーニャ、俺が運んでおく。潰せ」
「承知しました」
キールはサーニャから女性を受け取り、両肩に一人ずつ、まるで米俵のように担ぐ。
そして男たちに向かって歩き出した。
その横をサーニャが駆け抜け、男たちに殴り掛かる。
躊躇なく平然と殴り掛かってきたサーニャに、驚きを隠せない男たち。当然だろう。昨日親しげに話していた落ち着いていておしとやかな女性が、突然人攫いの協力をして、自分たちに牙をむいてきたのだから。
しかしそこは冒険者、裏切り行為も頻繁な世界に生きる者たちだ。サッと意識を入れ替えサーニャに対して攻撃を放つ。
サーニャは男たちの剣をやすやすと躱し、五人を瞬間で地面に叩きつけた。
うめく男たちをしり目に、そこまで到着したキールが悠々と横を通り過ぎていく。
冒険者たちはただその背中に手を伸ばすことしかできなかった。