伝説のチーム
その情報はエースが日課の訓練をしている時にもたらされた。
「おう、エースちょっといいか?」
「カルトか、この時間にここにいるなんて珍しいな」
振り返れば、そこには金髪をなびかせるイケメンがいた。
エースは、振っていた模擬剣を降ろし、タオルで汗をぬぐいながら答える。
カルトはエースの数少ない親友だ。勇者としての異名が、騎士団に入ってからも彼らとエースの距離を遠ざけていたのだ。
その中でフランクに話しかけてきたのがカルトだった。
ナンパ癖や、サボり癖など色々と問題点のあるカルトだが、その軽さが勇者という名前の壁を平然と打ち破ったのだ。
「ひでぇな。俺だってたまには訓練ぐらいするって」
「どうせ、降られて暇になったとかだろ」
「ご名推。まさか、あの子の友達に元カノがいるとは思わなかったわ。世の中狭いな」
「お前の回りは女しかいないから狭いんだろ」
元カノからのカルトの軟派な性格がバレてしまったせいで、ドタキャンされてしまったわけだが、別に今回に限ったことではない。
城下町の子に声をかけまくっているせいで、女性陣の中で情報網が構築されていたりするのだが、この二人にはそれを知るすべは無かった。
「エースの世界はもっと狭いけどな」
「余計なお世話だ。俺は今幸せでいっぱいだからな」
「けっ、所帯持ちが。いつか地獄を見るぜ」
カルトは結婚が人生の墓場だと信じて疑わない性格だった。
「俺の人生の墓場はキールに会った時だったからな。あの地獄に比べれば、好きな奴が隣にいるだけで幸せなことはないね」
「噂の僧侶だっけ。会ったことないから分からねぇや」
「あいつだけは言葉に出来ない迫力とかあったからな。正直今でも会いたいとは思わねぇけど、生きてるかどうかだけは知りたいな」
「お、それだ、それだ」
「何がだ?」
「俺がエースに話しかけた理由だよ」
カルトの言っている言葉の意味が分からず、エースは首を傾げる。
「西部防衛騎士の奴から聞いたんだけどさ、どうもそいつっぽい奴が最近見つかったらしいんだよ」
「なに!? いつ! どこで!」
カルトの言葉に、エースは反射的に飛びついた。今まで全くと言っていいほど入ってこなかった情報だ。少しでも発展の可能性があるなら、飛びつくのも当然だろう。
しかもそれは騎士団からの情報だ。信憑性は冒険者の情報よりも遥かに高い。
「落ち着けって! それに姿はその僧侶に似てるらしいんだけど、どうも犯罪者っぽいんだよな」
その言葉に、エースの頭がスッと冷える。
「どういうことだ?」
「西部の村が二人組の賊に襲われたって情報が入ったんだ。その姿が金髪にカソックの男と、メイド服の黒髪女って話なんだ。な、エースの話してた僧侶とメイドにそっくりだろ」
「確かにそうだな。で、犯罪ってどういうことだ?」
「その二人組はフラッと村に訪れたらしくてな。最初は村人も普通に冒険者か教会関係者だと思ったらしい。普通に宿に泊まって、酒場で飲み食いして、どこにでもいそうな奴だったんだと。まあ、しゃべってたのはほとんどメイドの方らしかったけどな。そんで事件が起きたのはその翌日だ」
そこでカルトが一旦言葉を区切る。そして溜めるようにエースを覗き込む。
その溜めに、エースの感情は急かされる。
早く話せと言ってしまいたいが、そんなことを言えば、足元を見られるのは間違いないと、グッと堪えた。
堪えたのを見たカルトは諦めたように言葉を紡ぐ。
「突然その僧侶とメイドが暴れ出して、次々に家を襲撃したらしい。最初の二件は何も取らずに出て行ったらしいが、三軒目と五件目の家に入った時に、そこの住人を拉致したって話だ」
「拉致?」
「ああ、そこにいた村娘を拉致して村を出て行ったんだと」
エースにはそんな馬鹿なと言う気持ちがあったが、サーニャと言う前例がある以上、完全に否定はできなかった。
「そうか、情報サンキューな」
「いいって、今度かわいい子紹介してもらえればな」
「抜け目ないな……」
エースには確かに友達が少なかった。しかし、勇者という名前は、女性ファンを大勢作ったのも事実だった。マリアと結婚してからは熱烈なアプローチをしてくる女性はいなくなったが、いまだにエースにあこがれを抱いている女性は多い。
そのため、その中で良い子がいれば紹介してくれと言うのが、カルトの言い分だ。
「へへ、勇者様様ってね」
「いつか刺されるぞ……」
意気揚々と練習場を出て行くカルトの背中に、エースはぼそっと呟いた。
エースからの緊急の呼び出しを受け、三人が町の酒場に集まったのは、その情報が入ってから三日後の事だった。
最初にエースが来ており、そこに仕事を終えたシルビアが合流する。
シルビアは豪華に彩られた総騎士団長専用の鎧では無く、ラフなズボンにシャツという姿だ。そのため、ここに騎士団のトップが来ているとはだれも気付かない。
「よ、なんか久しぶりだな」
「同じ町の同じ騎士団に努めてるんだけどね」
「仕事内容が違いすぎるからな」
片や一介の騎士として、町の治安維持と周辺警備。片や騎士の顔として、大量の書類業務と王族の護衛。
どちらも国を守る意味では非常に重要な仕事だが、王城の中と外ではその毛色が全く違う。
「やっぱり偉い人に囲まれてるのは肩がこるわね。あ、私ビール」
肩をぐるぐると回しながら、通りかかったウェイトレスに注文をする。
「俺も」
それにエースも続き、とりあえず乾杯することになった。
「トモネはもう少し時間がかかるって。遠征自体は終わってこの町に戻ってきてるみたいだけど、装備の補充とかで戸惑ってるみたいね。乾杯」
「相変わらず事務作業は苦手か。乾杯」
二人で一気にビールを飲み干す。
「ぷはぁ! やっぱりこの一杯が至高よね」
「おっさんみたいになってるぞ。まあ、異議は無いけどな」
お互いに酒を飲める年になり、仕事のストレスなどから飲む機会も自然と多くなった。しかし、完全に酔いつぶれるまで飲むことは無い。騎士団には休暇という概念はなく、待機任務中ということになっているからだ。
魔獣や魔物の襲来に対して、常に全員が動けるようになっているのである。
「私は良いのよ。これでも美少女騎士団長なんて言われてるんだから。それよりそっちはどうなのよ? 順調?」
「もちろんだ。エリアも可愛い盛りだしな。アリアも子育てには大分慣れて来たみたいで、今は俺が色々教えてもらってる」
「前に会ったのは半年も前なのよね。そろそろまた会いに行きたいわ。すごく可愛かったし」
「来てくれたらアリアもエリアも喜ぶよ」
多忙すぎる二人は、仲間と言えど気軽に遊ぶ時間など無く、ほとんどすれ違いの日々だ。こうして緊急の召集がかけられなければ、今日この場に集まることも無かっただろう。
しばらく二人の近況報告などをやって、ビールが三杯目に突入しようかと言うところで、最後のメンバーが酒場に入って来た。
「トモネ、こっちだ!」
入口からきょろきょろと二人を探す仕草をしていたトモネに、エースが声を掛ける。
それに気づいたトモネが、パッと笑顔を輝かせて席に駆け寄ってきた。
「お待たせしました」
「お先に始めさせてもらっちゃってるわよ」
「いえいえ、あ、お茶お願いします」
「トモネは相変わらず飲めないのか」
トモネの注文に、エースが苦笑する。トモネの騎士団正式入隊の歓迎会として行われた酒の席で、初めてトモネはアルコールを口にした。
その結果、ビールを一杯飲んだところで、泥酔しぶっ倒れた過去があるのだ。
「あれ以来怖くて飲めませんよ。一応待機任務中なんですから」
「そりゃそうだな、まあとりあえず仕切り直しと行くか」
そう言って、三杯目のジョッキを掲げるエース。それを見てシルビアもトモネもそれぞれのカップを掲げる。
「久しぶりの我々三人の再開に――」
『乾杯!』
やり直しの乾杯をしてすでに一時間。適度な食事を取り、トモネの辺境の話や愚痴、シルビアの部下に対する愚痴、エースの我が子自慢などを話しているとあっという間に時間は過ぎて行った。
そこで、シルビアが話をいったん区切り、エースを見る。
「さて、それじゃそろそろ良いんじゃない? なんで私たちを集めたの?」
「そうですね。ただ愚痴を話し合う程度じゃ、エースさんは呼ばないでしょうし」
「そうだな。じゃあ単刀直入に言うぜ。三人の行方の情報が入った」
その言葉にシルビアとトモネ、二人の目がカッと開く。
『いつ!? どこで!?』
それはエースがカルトから話を聞いたときとまったく同じ反応だった。それだけシルビアもトモネもキールたちのことが心配だったのだ。
そしてエースがカルトから聞いた情報を整理しながら話していく。
その話を聞いて、二人は顔を喜びから驚き、困惑などに色々と変化させていく。それはまさしくキールたちの行動に一喜一憂させられていた当時そのものだと、エースは話しながら感じた。
そして全てを話し終えた後、最初に口を開いたのはトモネだった。
「私は専門外ですから情報が入らないのも分かりますけど、どうしてシルビアさんに情報が上がってこなかったんですか? 報告義務があるはずじゃ?」
「さすがに村の盗賊関連だけじゃ総騎士団長までは情報は上がんねぇんだよ。せいぜいが西部防衛の団長止まりだろ。普通ならその程度の問題だしな。俺もカルトから聞かなけりゃ知らないままだっただろうし」
総騎士団長と言っても、騎士からすべての情報が集まって来るわけでは無い。厳密には部下が必要と判断した情報が昇ってくるのだ。
そのため、村が盗賊に襲撃された程度では、情報が上がってこないのだ。むしろ、その情報が総騎士団長まで上がってくるようなら、部隊長の能力を疑うか、かなりの被害が出て、一部隊ではどうしようも無いと判断された場合である。
「権力がありすぎても問題よね」
シルビアが呆れたようにため息を吐く。総騎士団長の就任も、最初は行方不明の三人の情報が集めやすそう程度の感覚で受けた話だったのだが、それが逆に障害になってしまっているのだから当然だろう。
「まあ、そう言うことだ。事実ならかなりの問題だろ」
「そうよね。偽物なら偽物で早めに潰さないといけないだろうし」
「本物だったとしたら、キールさんたちのことだし何か理由があるんだろうけど、犯罪は犯罪ですからね。騎士団が放っておくわけにも行きません」
「けど、本物だった場合、一介の騎士程度じゃどれだけ集まってもキールには無意味だろうな」
「それなのよね」
キールの実力は底が知れない。当時より格段に実力が付いた三人だが、それでもキール一人には勝てるかどうか分からないと言うのが正直な感想だ。
「とりあえず私が情報集めさせるわ。それで二人に渡すって感じで良いかしら?」
「ああ、それが一番だろうな」
「そうですね。しばらく遠征は無さそうですし」
「じゃあそう言うことで、とりあえず一週間後にまたここに集まりましょう」
『了解』
一番情報が集めやすいシルビアが情報を集めると言うことで、その場はまとまり、一週間後、再び会う約束をして、三人は各々の自宅に戻って行った。
一週間後、事態は急転を迎えていた。
シルビア、エース、トモネの三人は現在、謁見の間にて女王と対面していた。
事の次第は、エースたちが集まった翌日。村が再び襲われたと情報が入ったのだ。
その村は最初に襲われた村からそれほど離れた場所では無く、徒歩で移動可能な距離にあった。その村でも二人組に家を襲撃され、再び二名の村人を拉致されたのだ。
そしてその翌日も、また翌日も同じ事件が別の村で発生した。
そのすべての事件で目撃されている二人組。目撃者が多いことから、その容姿の詳細は鮮明だ。
一人は短めの金髪に、反り込まれた眉。人を睨み殺すことが出来そうな鋭い眼光を持ち、カソックを纏った男。
もう一人は男のすぐ後ろを歩き、黒い髪をなびかせ、赤い目を輝かせるメイド。
そこまで情報が集まってしまっては、三人も偽物とは思えなかった。
そしてその情報は女王の耳にも入る。
「では、その二人組はキールさんたちで間違いないのですね?」
「ほぼ確実かと」
女王の言葉にシルビアが答える。
「あの人がそんなことを……私もこの子もあの人に助けられた身。俄かには信じられないわね」
そう言って女王は腕の中の赤子を撫でる。
女王は無事に男の子を出産していた。その子はこの国の第一王位継承者となっているため、現在大切に育てられている。
母も子も、もしキールの気付けの魔法が無ければ、王の死と娘の死で確実に無事では済まなかっただろう。
その事を知っているからこそ、女王は三人を呼び出したのだ。
「我々も、彼が何も考えずにそのような行為に及ぶとは考えておりません。しかし、罪を犯しているのも事実。そのため動こうと考えております」
「三人で行くつもりなのですね」
「彼の実力は相当なものです。想像したくはありませんが、もし戦闘になるとすれば、我々でも個人では到底太刀打ちできないでしょう」
「そうね。分かりました。あなたたち三名に勅命を与えます」
そう言って女王は何かを決意するように言葉を紡ぐ。
「現在我が国の国民を拉致しているその二名を発見し、その身柄を確保しなさい。抵抗する場合は攻撃も許可します。何としても事情を聞き出しなさい」
『勅命、承りました』
こうして、二年の歳月を経て、今再び勇者パーティーの復活が決まった。