魔城最下。魔王と魔法2
「くっ……」
爆破の衝撃を至近距離で受けながらも、キールは持ちこたえ次の魔法を構築する。
そうしなければ守護者から魔法が飛んでくるのだ。
しかし、爆発のせいで視界が悪い。
部屋の壁が壊れたせいで地下の土がむき出しになる、さらに衝撃波で舞い上がっている。
今までは相手の構築と、発動のタイミングが見えたからこそ対等に戦ってこれたが、これだと相手の出方が分からない以上不利になる。
キールはとっさに判断し、今爆発でできた穴の中に飛び込み魔法を練る。
「魔力の構築が悪い……守護者か魔王石の影響か?」
先ほどからキールの魔力の魔法への変換がしにくい。一般の神官や僧侶、魔法使いでは発動することすらできなかっただろう。
キールですら苦戦するレベルの妨害なのだ。魔王であっても、この中では魔法を作るのにいつもより倍近い時間がかかるだろう。
これも神官たちが掛けた保険だ。
魔王石から半径二十メートルに入ると、守護者以外の魔法の発動を妨害してくるのだ。
キールが守護者か魔王石の影響だと考えたのは、この気配を感じたのが守護者の問いに答え、相手が攻撃してきた時からだったからだ。
「この邪魔な影響さえ消せれば何とかなりそうだが……」
守護者の攻略法はすでにできている。しかしその攻略法への妨害作がこの影響なのだ。
穴に隠れながら魔力を組み上げ、どのような妨害がされているかを調べる。
「魔力自体に影響は無い。ならば構築用の回路に影響が出てるのか? 違うな……これは」
考えに没頭しそうになったところでハッと意識を戻す。いまだ戦闘中なのだ。穴に入ったからと言って絶対安全とは言えない。
むしろ見つかれば厄介な状態になるだろう。
キールはそう考えて穴から出ることにした。
煙が薄くなってきたため相手の位置ははっきりとわかる。
相手はキールを見失ってあたりを見回している状況だ。
「大地を揺らし世界を嗤え。激震の一手」
穴から飛び出す瞬間に魔法を詠唱する。
飛び出してきたキールを見つけた守護者が魔法を放とうとするタイミングでキールの魔法が発動し、相手の地面を揺らす。
そのせいで守護者はバランスを崩し、魔法は不発に終わった。
そしてその時、守護者の魔力が奇妙な動きをした。
「なるほど、そう言うことか」
その動きで影響の秘密が分かった。
魔力が問題なのでも、構築の問題でもない。
問題は、魔力の流れだ。
通常の魔力の流れを時計回りだとするのなら、この影響はその流れに逆らうもの。魔力の量や力が弱ければそれだけで魔力の流れは止められてしまい魔法は発動しない。
魔力量が多く、力が強くても、抵抗がある分だけ魔法の発動は遅くなるし、威力は下がる。
ならなぜあの守護者は影響がないのか。
それは魔力の消え方でわかった。
あの守護者は魔力の流れ自体が普通とは逆なのだ。
だから普通なら抵抗になるはずのこの影響は、相手にとってみれば加速になる。
「カズマ!」
原理が分かれば解決の方法は浮かぶ。
それを実行できるのは現在カズマしかいない。
「なんですか!?」
「全力で魔力を込めて矢を撃て!」
「どこにですか!?」
「部屋の四隅だ!魔力の流れが乱れているのを強引に治すぞ!」
「そういうことですか」
キールの言いたいことを理解したカズマが矢を構える。
その間の時間稼ぎはキールの役目だ。その間さえ防ぎきれば守護者は守護者としての能力を失う。
「世界に反して世界を嗤え。重力開放」
「闇をもって世界を嗤え。暗闇の牢獄」
キールの重力解放と同時に、サーニャが暗闇の牢獄を発動した。
系統は違えどもどちらも相手の行動を阻害する魔法だ。
二重にかけられた魔法にさすがの守護者もその動きが遅くなる。
その間にまず二本の矢が放たれた。その矢は狙いたがわず四隅のうちの二つに突き刺さる。
「いいサポートだ。この調子で行け」
「ありがとうございます。蹂躙する刃は世界を嗤え。千本の刃」
「風流れて世界を嗤え。切断の風」
サーニャの千本の刃で生まれた風を利用して、キールの切断の風が発動する。
流れるように発動される魔王の魔法に守護者も防御を強いられた。
「これでラストです!」
その間にカズマが最後の矢を放った。
矢が刺さった瞬間、キールがその場に附せ詠唱する。
「清浄の命、世界を巡り正しく流れ。生命廻」
キールの神聖魔法が発動した瞬間から変化は訪れた。
素人目に見ても分かるほど明らかに守護者の動きが鈍くなったのだ。
キールの使った魔法は、神官になるために受ける試験で試される初級の魔法だ。
基本的にこの魔法は、魔力を暴走させやすい子供に使いその魔力の流れを整える魔法だ。
四方に魔力の入った魔石を置き、そこから出てくる魔力を使って対象の魔力の流れを調節する。そうすることで魔力が暴走するのを防ぐのだが、キールはこの魔法を応用した。
影響の出ているこの部屋と、守護者そして自分を対象に生命廻を発動させたのだ。
そうすることで影響は相殺され、魔力の流れが逆な守護者には影響と同じ効果がでる。
そしてキール自身はその力をブーストする。
「よくやった、決めるぞ」
自らの力が上がっているのを感じる。まさかただの暴走制御の魔法がここまで影響されるものだとキールは知らなかった。
しかしそれが今は強力な味方になってくれている。
だからこそ使える魔法がある。
キールのオリジナルなのだが、その能力が高すぎて魔力制御ができず使うことができなかった魔法だ。
しかし今のサポートされた状態なら扱える。
「無限に奪い、虚無を抱き、世界を嗤え!最後の捕食!」
キールの足もとに魔法陣が生まれる。
その魔法陣から光が溢れだす。しかしその光は明るくは無かった。黒く、冷たい印象を与えるその光がキールを包み込む。
――キーン!!
一際強く光ったと思うと光が収束していく。
そしてそこには黒い塊が残った。
「キール……さん?」
もやもやと揺れる黒い物体がキールなのだろう。しかしカズマにはその存在に恐怖しか感じなかった。
その恐怖は今までの比ではない。
魔王なんて比べ物にならない。守護者でも無意味だ。
その黒い影を見た瞬間、これが恐怖なのだと理解させられた。
その姿に若干一名、頬を赤くして見とれているものがいるが、それは見ないことにした。
その影が動く。
腕を軽く上げただけだ。それなのにカズマは死を覚悟させられる。それほどまでに恐ろしい者が今目の前にいるのだ。
「――失せろ」
そうつぶやき守護者に向けた手をキュッと閉じた。
その瞬間守護者の首が破裂し、消滅した。
ゆっくりと倒れていく体。しかしそれすらキールは許さない。
カズマが気付いた時、すでにキールは守護者の体をつかんでいた。
「――奪え」
黒い靄が徐々に手からあふれ出し守護者の体を包み込んでいく。
そして完全に飲み込まれると靄が霧散した。
その後には何も残っていない。
「サーニャさん、あれがどんな魔法なのか知っているのですか?」
うっとりとしたままのサーニャにカズマが尋ねる。
あれは異常な者だ。
存在自体が禁忌なものだ。
あんな魔法があってはいけない。
「あれはキールさまが魔王の魔法を改造して作り上げたオリジナルの魔法です。自らの身に闇を纏い、自らを魔法にすることで人間や魔物の限界を超える魔法です。魔力管理が難しすぎてキール様でも扱うことができなかったのですが、先ほどの神聖魔法で魔力調整を外部と連携することで扱えるようになったのでしょう」
「なるほど、限定的ですが使い道が分かったわけですか……危険な魔法ですね」
「そうですね。失敗すれば自らも消滅しますから、たとえキール様と言えどおいそれとは使えません」
「そこまで危険なものなのですか……」
確かに今の威力を見れば、失敗した時の代償が大きいことが予想はできたが、まさか失敗が死に直結するとはカズマも想像できなかった。
キールを見ているとその靄が次第にしぼんでいくのが分かった。そして徐々にキールの体が見えてくる。
「キールさん!」
「……問題ない。それより魔王石を壊すぞ」
守護者を倒したことでその先にある祭壇への道が開けた。
そこにはまさしく魔王石と言わんばかりの石が鎮座している。
三人は近づきそれを観察する。
「どう思う?」
「私はなんとも。そもそも魔王石というものすら知りませんでしたので」
「そうですね。おそらくこれが魔王石で間違いないかと。ただこんな簡単に置かれているとなると何か罠がある可能性が高いですね」
「そうだな。確実に備えているだろう。逃げる準備だけしておくか、それともこの場で一撃で壊すか」
「できることならこの場で壊してしまいたいですね。迂闊に外に持ち出すとどうなるかわかりませんから」
「そうだな。ならばここで壊すこと前提に進めよう。サーニャは逃げ道の確保をしておけ。ここから真上に行けば城の中庭に出るはずだ。道を作っておけ」
「わかりました」
「カズマはそのサポートだ。サーニャの魔法なら問題ないだろうが、道を作っている間は無防備だ。魔物が来ないとも限らん」
「ええ、任せてください。キールさんには魔王石を一任します」
「どれぐらいの耐久性があるか分かるか?」
「いえ、ただもともとは水晶だったそうですからそこまで固くは無いと思います」
「そうか。魔力強化も合わせても全力をぶつければ何とかなりそうだな」
「さっきの魔法ですか?」
全力と聞いてカズマは魔法になる魔法を思い出す。
しかしキールは首を横に振った。
「あれは危険すぎる。そう簡単には使わん。魔王の魔法の中で威力があるものだ」
「なら安心ですね、お願いします」
そういってキールから距離を取る。ある程度とれたところでサーニャが魔法を天井へ向けて放った。
「打ち抜きます」
純粋な魔力を天井へぶつける。それだけで石が崩れ土が大量に崩落してきた。
しかしそれがサーニャに降りかかることは無い。壁の魔法で土を防ぎそのまま壁で押し付け道を作っていく。
カズマはそれを見ながら入口を警戒した。
☆
「さて、では行くか」
魔王の最大攻撃力の魔法はさっき守護者に使った《名も無き槍》だ。
「不定を貫き世界を嗤え名の無き槍」
魔力が槍の形をとったところでその槍を全力で魔王石にぶつける。
――バキッ!!
名も無き槍は魔王石に突き刺さり貫通した。しかし魔王石が砕けることは無い。
「やはり砕けないか」
魔王石はやはり魔王の魔法では砕けなかった。しかし砕く方法は必ずあるはずだ。
そこで思い付くのが神聖魔法。
神官どもが作り、自分が壊すことも考えていたのだとしたら神聖魔法で壊せないはずがないのだ。
「神聖魔法の攻撃魔法。あれか
終焉の劫火、不浄を払い魔を絶やせ。大火葬」
魔を滅する炎が魔王石にあたる。すると先ほどとは全く違う反応が起きた。
魔王石が激しく輝き中から罅が入ってくる。
「やはりこれが正解だったか」
――ペキペキ……パリン!!
魔王石が砕けた。すると魔王石に凝縮されていた魔力があふれ出す。
その魔力は世界にかける魔法だけあって途方もない。
巻き込まれれば、たとえキールであってもひとたまりもないだろう。
「サーニャ! カズマ! 引くぞ!」
「わかりました」
「準備はできています」
サーニャが示す先には大きな穴ができており、外から光が差し込んでいる。
「では脱出するか」
飛行魔法を使えないカズマをサーニャとキールが両肩から担いで三人は中庭に出た。