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魔城最上。勇者と剣士2

「キール、お前!」


 怒りに我を忘れたエースは、がむしゃらに切りかかる。

 しかしそんなおおざっぱな攻撃が当たるはずも無く、あっさりと躱されてしまった。


「エース、お前はトモネと一緒に搖動をしていたはずだ。それはどうした? まさか逃げ出したのか?」

「そんなわけないだろ! 大部分を殲滅したら、魔物が城に向かい始めたから追撃しながらこっちに来たんだ。トモネは途中で会ったカズマについてもらってる。ここまで来させなくて正解だったな。お前のこんな姿なんてあいつは望んでない」

「知ったことか。お前が勝手に勘違いするのはかまわないが、それに俺を巻き込むな。死にたいのなら一人で死ね」


 シルビアは、キールの話し方で察した。キールは目的の邪魔になるのなら、たとえ神に選ばれた勇者でも平然と殺す。

 

「まってキールさん! エースもいい加減やめなさい!」


 このままでは本当に同士討ちになりかねない。そう判断したシルビアは止めるために動き出す。

 キールとエースをこれ以上戦わせると、間違いなくエースが殺される。そこでシルビアはキールの前に立ち、エースに刃を向けた。


「やめて! 自分が何をしているのかわかっているの?」

「邪魔だシルビア。それともお前も魔王の仲間だったのか!?」

「今魔王の仲間になっているのはあなたよ、エース。キールさん、ここは私に任せてエリーシスをお願いします。いくら弱っているとはいえ魔王ですから、私じゃ倒せません」

「ふん、サーニャの言った通り、少しはましになったみたいだな」


 シルビアの背中を見ながらキールが一人ごちる。

 その声はシルビアには聞こえなかったが、キールがエースから視線を外すのを感じてホッと安心する。これで同士討ちという最悪の状態は避けられたからだ。まあ、それはシルビア自身がエースに殺されなければの話だが……

 キールがシルビアの言うとおりに勇者の陰に隠れたエリーシスのもとへ回り込もうとする。

 それを防ぐようにエースは立ちはだかるが、そこにシルビアが切りかかった。


「いい加減目を覚ましなさいエース!」

「目を覚ますのはお前だシルビア!」


 切り結びながら言葉を交わす。だが無意味だ。

 今のエースを止める方法は、倒すしかないとシルビアは分かっていた。

 だが、自分の心が戸惑いを投げかける。

 ――勇者であるエースに勝つことはできるのか ――今まで一緒に旅してきた仲間に本気で剣をふるうことができるのか

 だがその戸惑いはすぐに消える。

 エースの斬撃が目に入った瞬間、スッと心が冷めるのが分かった。

 思考がクリアになり、どうやったら相手を斬れるかだけ(・・)を考えるようになった。

 今まででは到底受けることができなかったスピードだ。これが受けれるようになったのは、死闘を繰り広げた先ほどの連戦からだ。


 ガキンッ!


 剣どうしで何度も打ち合う。

 エースが何度も切りかかるのに対してシルビアは基本的に受け流す。

 そしてエースが体勢を崩せばすぐさま反撃し、エースが体勢を立て直してきたところでまた離れると言うことを繰り返していた。

 どれだけ切りかかっても一向に進展の見せない攻防に、先に動いたのはやはりエースだった。


「スラッシュ!」


 クリスタルアークの力を使い、斬撃を飛ばす。

 シルビアは振りぬかれたクリスタルアークの斬線を冷静に見抜き、斬撃の飛んでくる位置を割り出す。

 スラッシュは、斬線の通った位置から直線にしか飛ばない。

 ならばその斬線さえ見切ってしまえば避けることは可能だ。

 しかし横一文字で振りぬかれたスラッシュの斬撃は幅広い。ステップで躱すのは不可能だ。

 シルビアはそのことを瞬時に判断し、真上に飛んだ。


「……」


 足元を斬撃が過ぎるのが風の流れでわかる。

 スラッシュを躱されるとは思っていなかったエースは一瞬動揺した。

 シルビアはその隙を逃さない。

 着地と同時にエースに詰め寄る。


「……プロメテウス」


 そこで小さくつぶやきプロメテウスの効果を発動させた。

 実力が上がったからだろうか、未来の見える時間が増えている。三秒程度の未来視が五秒程度まで伸びただけだが、その二秒は途方もなく大きい。

 その二秒分だけ多くの未来の分岐が見えるのだ。

 その中には、三秒の時とは比べ物にならないほど多くの未来が存在し、自分の求めている未来も見つけやすい。

 シルビアはそこから一つの未来をなぞる。

 剣の腹を使って、エースを弾き飛ばすように薙ぐ。


「くそっ!?」


 バランスを崩したところに、左腕を伸ばし胸元をつかみ押し倒した。

 馬乗りになり足でエースの両腕を拘束する。


「これで終わり」


 右手のプロメテウスと、左手に持ったナイフをエースの首元にクロスさせて添える。

 これでエースは完全に動けなくなった。


「勇者ってこんなものだったんだ」


 今まで自分の弱さを気にしていたのがバカに思える。

 何のために死ぬ思いをして魔物たちを相手にしたのか――

 こんな弱い勇者に負い目を感じていたのか――


「くそっ、離せ! 姫様が!」

「いい加減きちんと現状を把握しなさい。現実逃避をするんじゃないわよ」

「どう見てもキールが魔王だろ!?」

「ならなんで私たちと一緒にいたの? なんであんな辺境の村にいたの? なんで私たちを助けてくれていたの? なんで? ねえ?」


 シルビアの問いかけにエースは明確な答えを出せない。出せるわけがない。


「なんで魔王の城の最上階であるここに魔王がいなくてエリーシスがいるの? 明確な理由を答えて。それができないんじゃ私たちの言ってることが事実で、エースあなたは魔王に加担した反逆者になるわ。この場で私が殺す」


 そう言いながら少しだけ剣に力を込める。それだけでエースの首筋から血が流れ落ちた。

 だがエースは何も反応しない。

 エースは今の出来事以上に、シルビアの淡々とした反応に驚いていた。そのせいで頭に上っていた血が徐々に引いていくのを感じる。

 誰よりも長く一緒に旅をしてきた二人なのだ。それが今日だけでこれほど変われるものなのだろうかと。むしろ今のシルビアが偽物だと言った方が、信じる人間は多いだろうと思ってしまうほど、シルビアの変わり方は激しかった。

 それは戦闘についてもそうだ。

 正直、頭に血が上っていたとは言え、エースは勇者だ。

 その力は確かなものだし、普通の人間では追いつけない物だと思っていた。

 事実、ここまで来るときに何度か訓練で手合せしたが、すべてエースが勝っている。

 それが今日は手も足も出ずに負けた。

 しかも相手を拘束して勝つという、力量差が明確に無いとできない行為でだ。


「シルビア、お前どうしたんだ?」

「なにがよ?」

「なんでそんなに淡々としてられるんだよ! 仲間に剣向けて平然としてられるような奴じゃなかっただろ!?」


 エースは怒りで我を忘れていたとはいえ、断腸の思いだったのだ。それをシルビアは平然とやってのけているように見えた。


「殺さなきゃ、大切な人が死んじゃうもの。エースも私の大切な人を殺すんでしょ?」


 シルビアが何のことを言っているのかわからない。しかし、ここに来るまでに何かあったのは確実だ。

 でなければこんな風になるなんておかしい。

 そしてその原因があるとすればやはりキールしかいない。

 目線だけを動かしキールを見る。


 ――そこには血だまりに立つ僧侶の姿があった。


「姫様あぁぁぁああ!!!」


 力のいっぱい叫ぶ。しかしその声が姫に届くことは無い。


「シルビア、そっちは終わったか?」

「抑え込んで説得してる。無理なら殺すわ」

「なるべく殺さずに済ませろ。これからが本当の戦いになる」

「ええ、わかってるわ」


 エースの体から力が抜けるのを感じて、シルビアが立ち上がる。

 呆然と血だまりの先になる頭のなくなった体を見ながら、エースがゆっくりと立ち上がった。


「そんな……姫様が……」

「どうした喜べ、魔王は死んだぞ?」

「そんな……」


 理解の追いつかないエースが、ふらふらとエリーシスの体を抱きかかえた。

 その姿を見ながらシルビアが話しかける。


「エース、やったわね。村を襲って、王都を襲って、そして王様を殺した元凶を倒せたじゃない」

「俺はこんなことのために戦ってたのか……」

「戦ってるのよ。まだ終わりじゃないわ。キールさんが言うには魔王の制御を離れた魔物が昔みたいに暴れだすから、私たちはそれぞれで魔物を退治しないといけなくなる。これからが一番急がしくなるわよ」

「……俺は戦えない」

「どうして?」


 否定したエースにシルビアが不思議そうに首をかしげる。

 魔物を一番憎んでいたのは、村を滅ぼされたエースのはずだ。それがなぜ戦えないなど不思議なことを言うのだろうか、シルビアにはわからなかった。


「こんな虚しいことをするために戦ってきたわけじゃない! 俺は守りたくて戦ってたのに!」


 もともとエースたちが旅立ったのはエリーシスを助けるという使命からだった。

 そして今回の旅の最重要目的はエリーシスの奪還だった。

 それなのに自分は何もできずに、この結末だけを見せつけられた。

 いまだエリーシスが魔王だと言うのが信じられない。

 だが、キールは平然とエリーシスを殺した。そしてシルビアもそのことに対して動揺は無い。落ち着きすぎている気もするが、そのことを気にする余裕は今のエースにはなかった。


「守りたいものを何も守れなかった。……もう俺は戦えない」

「いいわ」

「え?」


 エースの言葉にシルビアがあっさりと肯定した。

 てっきり騎士道精神の強いシルビアのことだから、ふざけるなと言いながら叱るものだと思っていた。

 しかし予想と大きく外れた反応に、エースは驚く。


「私が戦うだけだもの。まあ、間に合わなかった村は滅ぶでしょうけど、私はそれでも全力でやるだけよ」

「なんでそんなに割り切れるんだよ……」

「全力でやるからよ。やらなければ死ぬんだもの、当然でしょ?」


 何を当たり前のことをと言う雰囲気でシルビアは再び首を傾げる。


「そう……なのか……?」


 あまりにも当然と言われて、エースもそう思い始める。

 確かに魔物を倒さなければ人は死ぬ。自分が戦わないと言えばその人数は増えるだろう。

 そしてシルビアはそれでも全力で守るために戦うと言ったのだ。


「戦わなきゃだめなのか……」

「さあ? それはエースが決めることでしょ?」

「そうだな……」


 抱きかかえていたエリーシスをゆっくりと降ろす。


「話は終わったか」


 そこにサーニャと共に寄ってきたキール。その手には、袋が握られている。

 その中にエリーシスの首が入っているのだ。


「話が終わったのなら俺は行くぞ。まだやることがある」

「魔王石の破壊でしたっけ?」

「この城のどこかに隠してあるはずだからな。カズマと合流して捜索する」

「私も手伝うわ」

「いや、シルビアは先に王都に戻れ、あとでトモネも合流させる。魔物はすぐにでも動き出すはずだ。なるべく情報の集まる場所にいた方がいい」


 魔王が死んだのは、感覚的に魔物に伝わっている。

 行動の早い魔物だと、そろそろ村を襲うために準備を始めているものがいてもおかしくない。


「わかったわ。私とエースとトモネで先に戻るわ」

「そうしろ。魔王石を破壊したら俺たちも王都へ向かう予定だ。まあ、絶対に行くとは限らないがな」


 キールは持っていた袋をシルビアに渡す。魔王を倒した証明だ。少しでも早く王都へ持っていくべきだと考えたのだ。

 エリーシスの顔には幻術が掛けられ誰の顔か分からなくなっている。

 王都でのエリーシスに対する発表は王家の人間に一任されているため、キールは関与するつもりはなかった。

 魔王を倒したときに相討ちにあったと英雄譚にするか、それとも真実を話すかはわからないが、それは政治次第だろう。


「そうね。これから忙しくなるでしょうし……でも私は死ぬつもりはないわ。また会いましょう」


 シルビアはその袋を受け取り背中に背負う。


「そうか、また会おう」


 それだけ言い残し、キールはサーニャを連れて部屋を出て行った。

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