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魔城上層。魔王と魔王

「あら、あまり驚かれないのですね」


 鈴を鳴らすような声で魔王が話す。その表情には微笑みが張り付いている。


「ここの全員は知っているからな。お前が現魔王であることを。さすがに外に残した奴らは知らないが、関係ないことだ」

「まさか勇者様をおとりに使うとは思いませんでしたわ。おかげで大半の部隊を勇者様のもとへ送ってしまいました。完全な作戦ミスですね」

「ふん、どっちにしろ雑魚がいくら集まったところで俺たちは止めれん。あきらめて首を差し出せ」

「うふふ、ずいぶん過激な人なのですね。僧侶ごときが剣士の前に出て、魔王である私と向かい合うだなんて、無謀なのか無知なのか」


 その言葉でキールはエリーシスが自分について詳しく知らないことを判断する。

 言葉ぶりからパーティーのメンバーとサーニャが魔王であることは調べてあるようだが、個々の実力までは知らないらしい。


「それともここまで来るのに消耗してしまったのかしら。それならちょっと残念ね。私の力を試してみたかったんだけど」


 エリーシスはシルビアがここまでの魔物を倒したと思っている。

 ゆえに後ろに下がっているシルビアを見て、消耗を回復しようとしているのだと考えた。

 そもそも魔王の力の前にはシルビア程度の実力では腕試しにもならないのだが、戦闘と言うものをしたことが無いエリーシスは自分の実力を正しく判断できていなかった。


「それにしても不思議ね。なんで旧魔王が生きているのかしら? 私が選出されたということは、世界にはあなたが死んだと判断されたはずよね?」

「あなたが知る必要はありません」

「そうだな。お前が知る必要はない」

「あら、お二人とも冷たいのね。じゃあ、ずっとしゃべっていても何も始まらないし、そろそろ勝負してみましょうか」

「サーニャ、お前がやれ。実験のデータ収集だ。魔王の力がどれほど残っているか調べる」

「わかりました。ではエリーシスさん、私がお相手します」

「あら、僧侶の言うことを聞いてるの?」

「私の御主人様ですから」


 サーニャの言葉にエリーシスが目を見開く。サーニャを倒した人物が目の前の僧侶だと気付いたのだ。

 配下から魔王を倒した人物が魔王を従えているとは聞いていたが、まさかそれが僧侶だとは思っていなかった。


「ふーん、そこの僧侶が主人なんだ。つまりそこの人間に負けたってこと。魔王の恥さらしね」

「私はそうは思っていません。キール様に勝てる人などいないのですから」

「心底心酔してるわね。まあいいわ、勝負しましょ」


 サーニャとエリーシスが同時に腕を上げる。


『蹂躙する刃は世界を嗤え。千本の刃(サウザンド・ナイフ)


 同時に同じ魔法が唱えられた。

 瞬間、周囲一帯の魔力が枯渇し、なお足りない魔力を術者から奪って魔法が発動される。

 それぞれの周囲に数百の魔力の刃が生まれ、襲いかかる。

 サーニャはそれをステップで鮮やかに躱した。それとは正反対にエリーシスはその場から動かない。しかし詠唱を唱えた。


「拒絶する心、世界を嗤え。貫けぬ壁アンブレイク・ウォール


 襲いかかる刃がエリーシスに触れる直前に、何かに当たり消滅する。


「この魔法ね、この城にあった旧世代の魔王のデータから作ったオリジナルなの。王女としていろいろな人に愛想振りまいてきたから、心の壁を作るのは得意なのよ。それを応用したらかなり強い防御魔法ができちゃった」


 エリーシスは嬉しそうに自分の魔法について話す。

 その表情は、子供が新しい遊び道具を与えられた時のように明るい。


「なるほど。心理を応用した魔法か。そもそも魔法自体が心に大きく影響されるものなのだから、心の状態をそのまま使う魔法は条件さえ整えば強力だな」

「そうでしょ! 私も最初はびっくりしたわ。こんな簡単に強力な魔法が生まれるなんて思ってなかったもの!」


 キールの分析にエリーシスは興奮したように話す。

 そのせいで一瞬エリーシスの意識がサーニャからキールに移った。

 その隙を逃さずサーニャが攻めに出る。


「世界に反して世界を嗤え。重力開放グラビティ・バニッシュ


 完全詠唱で発動された重力開放だ。

 強化魔獣ですら塵と残さず消し去る魔法がエリーシスに襲いかかる。

 しかしその魔法ですら貫けぬ壁アンブレイク・ウォールによって防がれた。


「無駄無駄。言ったでしょ歴代の魔王たちの魔法を研究して作ったって。その程度の魔法なら、ちゃんと防げるように作ってあるわ」

「そうですか」


 サーニャはそれだけ言うと地面を蹴ってエリーシスに接近する。魔法が効かないのならば、肉弾戦で戦えばいいのだ。

 エリーシスは戦闘の経験がないと言っていた。そして肉弾戦ならば魔法の発動より早く攻撃を出すことができる。

 一歩の踏み込みで拳の射程圏まで近づき全力で振るった。

 

 バキッ!

 

 その拳もエリーシスの魔法によって防がれた。


「この魔法ね、心理描写をそのまま魔法に形成したから魔王の魔法も神聖魔法も勇者の魔法も物理攻撃も全部はじくようになっちゃったのよ。まあ戦闘には最適だけど、日常には不便なのよね。これ普通に握手することもできなくなっちゃうし」


 エリーシスの表情は全く困ったように思えない。

 ほほに手を当てはぁと小さく息を吐く。


「じゃあ次は私の番ね。作った魔法はこれだけじゃないのよ?

 憎き想い、世界を嗤え。憎悪の棘(ヘイトレット・ソーン)


 魔力が鞭のようにうねりながらサーニャに襲いかかる。

 それをサーニャは躱していくが、僅かに掠った。それだけでサーニャに激痛が走る。


「くっ……これは……」

「どお? 痛いでしょ? これは魔力の鞭に大量の棘が生えているの。その棘に掠っただけで強烈な激痛が走るのよ。これで何度もたたいて相手の戦意が喪失するまでじっくりといたぶるの。さっきの防御魔法と組み合わせると本当にえげつないのよ」


 完全な防御力を誇る魔法と、相手に激痛を与え続ける魔法。

 攻撃しても全く効かず、逆にこちらは掠っただけで痛みが走るのだ。

 それは兵士からしてみれば苦行以外の何物でもないだろう。しかも相手はこちらを殺す気が無いのだ。じっくりと痛めつけ続けるだけの戦いなど誰が好むものか。


「なるほど。魔王らしいと言えば魔王らしいですね」

「ふふ、魔王だもの。人間に従うあなたよりよっぽどね」

「あなたももとは人間でしょうに」

「関係ないわ。私は人間を超えたんだもの」


 エリーシスが微笑みながら魔力の鞭をふるう。

 サーニャも今度は余裕をもって避ける。しかしそれも鞭が一本の場合だ。

 ずっと力の抜けた状態でたれ下げられていたエリーシスの左手が動いた。

 その瞬間、サーニャに先ほどと同じ痛みが走る。


「同時発動もできるのですか」


 二種類の魔法を併用しながら使うのは、少し強い魔物なら可能だろう。しかし同じ魔法の同時発動ほど難しいものは無い。

 同じ魔法を同時に発動しようとすると、お互いの魔法の魔力が干渉し合い魔力の形が崩れるのだ。

 形が崩れれば当然魔法は発動しない。同時に発動させるためにはよっぽど精密な魔力制御が必要になるのだ。

 それは魔力制御が得意なホゾですら不可能なことだった。

 体に走る痛みに耐えながら鞭を躱し突破口を探す。


「ほらほら、逃げてばかりだとじり貧ですよ?」


 エリーシスの笑みに徐々に狂気が含まれる。初めての戦いで酔っているのだ。

 そのせいで攻撃がワンパターンになってきていることにエリーシスは気づかない。


「やはりお姫様ですね」


 迫る一撃を躱すと前に出た。

 そして続けざまに来るもう一本の鞭をその手で正面から受け止める。

 激痛が走り、体が硬直しそうになる。しかしサーニャは止まらない。


「そんな!?」

「この程度の痛みで……私が止まるとは思わないことです!」


 魔力で自らの拳を覆い、威力を高めた拳がエリーシスに襲いかかる。

 当然エリーシスはそれを躱すことができない。しかし結界がある以上サーニャの攻撃もまたエリーシスに届くことは無い。

 だからこそサーニャは結界の破壊を最優先した。

 バチバチと激しい音を立てながら拳と結界が衝突する。魔力で覆われた拳は弾かれることなく結界と拮抗する。サーニャはそこにさらに魔力を込めた。

 魔力が拳を覆う分からあふれ出し、制御の許容限界を超える。

 魔力の暴走は、ホゾの魔力球にシルビアが剣を突き刺した時と同じ状況だ。

 つまり――


 ドーン!! パリンッ!!


 結界に触れたまま、強烈な爆発が起きた。

 それと同時にガラスの割れるような高い音が響く。


「そんな!?」

「これで結界は壊れましたね」


 言葉からはエリーシスが追いつめられ、サーニャが優位に立っているように見える。しかし現状は全く逆だ。

 結界が壊れたが無傷のエリーシスと、魔力の爆発に無防備のまま巻き込まれたサーニャ。

 体中に火傷を負い、服はボロボロになっている。

 そこでキールが割り込んだ。


「サーニャ、下がれ」

「……承知しました」


 追い打ちに警戒しながらキールのもとまで下がった。

 そこですぐにシルビアがかけ寄る。


「サーニャさん、大丈夫?」

「問題ありません。多少火傷を負っただけです」

「多少って……体中ボロボロじゃない。あの姫様の技もかなりくらってたみたいだし」

「あの程度の痛みは痛いうちに入りません。あの程度で痛いと思っていてはキール様のお仕置きは耐えられませんから」


 そういいながら、少し頬を染めるサーニャ。

 それを見てシルビアはなんといえばいいか分からなかった。ゆえにそっと話をそらす。


「キールさん。どうするんですか?」

「これ以上実験を続ける必要はないからな。さっさと殺して目的を達成するぞ」

「わかったわ。私は何をすればいいかしら?」

「サーニャを見ていろ。そう言っているが、かなり我慢している」

「あ……そうなんだ」


 どうしてそう分かったのかはシルビアには分からなかったが、契約で何かしているのだろうと適当に納得しておく。

 キールとサーニャのことをいちいち分かろうとしても無駄な努力なのだ。

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