魔城上層。連戦と魔王3
避けながら突破口を考える。
今の状態では避けているのが限界だ。反撃に出る余裕は無い。
しかし続けていればどこかに隙が生まれると信じている。
確かに魔物の力は強いし、持久力も人間とは比べ物にならないが、それでも四本のこん棒を振り続けるのは体力を使うだろう。
シルビアがすれすれで体力を極力使わずに躱し続ければ、相手の持久力を奪うのも不可能ではない。
しかしそれは相手が一体だけの場合だ。
この後に二体も今サーニャさんがひきつけている魔物を倒さなければならないのだ。
それではいくらカーキの体力を削って倒したとしても、あとの二体につぶされるのが落ちだろう。
「何とかしないと……」
「なんとかできりゃこんな状況になってねえだろ!」
カーキが楽しそうにこん棒を振り下ろす。
そこに僅かな隙ができる未来が見えた。
「そこ!」
防戦一方だった状態から一歩踏み込み攻勢に転じる。
「いいぞ! いいぞ!」
カーキは懐に踏み込まれたというのに余裕の表情を作っている。
ザシュッとプロメテウスがカーキの腹を切る。しかし傷が浅い。
「そうだ! もっと切り合おう!」
「無駄に熱いわね……」
「勢いがなければ戦いは詰まらんからな!」
「バトルジャンキー?」
「ハハハ、そうとも言う!」
徐々にだが、こん棒を躱しながら会話をする余裕が出てきた。目が慣れてきたのか、それとも体が慣れてきたのかシルビアにはわからなかったが、これなら反撃もできると考える。が――
「やっと動けるようになってきたな! ならば速度を上げるぞ!」
「なっ!」
突然こん棒のスピードが上がった。さらに、振り下ろされるこん棒が二本から三本になる。
「手加減してたの!?」
「すぐに勝負が決まってはつまらんだろ!」
「バカにしないで!」
「バカにされたくなければ強くなるんだな!」
「このくそっ!」
シルビアが挑発に負けた。
強引に踏み込みカーキの腕を切り飛ばそうとする。
しかしそれを狙っていたかのように四本目の腕がシルビアの目の前に現れた。
「しま……」
「ハハハ!」
寸前にプロメテウスで受けるが、その衝撃をいなしきれない。
ボールのようにうち飛ばされ、部屋の石壁に背中を叩きつけられる。
「かはっ」
強く背中を打ったせいで息が詰まる。呼吸ができずに、酸素が回らない。
視界が霞み、ぼやける。その中でもカーキだけがはっきりと近づいてくるのが見えた。
「う……」
「シルビアさん。大丈夫ですか?」
気付いたとき、サーニャが隣になっていた。
「サーニャさん!? あいつらは……」
「抑え込んでいます」
視線を向ければ、二体の魔物が疲れたように地面に尻をついていた。
「なにしたの?」
「一時的に気力を減少させました。これで動けるようになるまでにはしばらく余裕ができます。シルビアさんは、その間にカーキを倒してしまってください」
「そんな、倒せって言われても」
今、目の前で戦っているところを見ていたではないかと思う。
明らかに今のシルビアでは力量が足りない。
カーキは手加減し、相手を挑発して遊ぶ余裕があるのだ。この戦いで少し強くなれたとは言え、かなう相手ではないではないかと。
そんな考えを知ってか知らずか、サーニャがシルビアに話しかける。
「確かに今のあなたでは勝つのは難しいかもしれません。しかし勝たなければいけないんです」
その言い方にカチンときた。
「何でよ! キールもエースもサーニャさんも私なんかよりよっぽど強いじゃない! トモネだってたくさんの魔物を一気に倒せる技があるし、カズマさんもそうよ! 私はそんな力は無いわ! ただの剣士だもん! それなのになんで私がこんな戦わなくちゃいけないのよ!」
それはシルビアがずっと抱えていた不安だった。
キールや旧魔王のサーニャの力は言わずもがな、勇者として神の祝福を受けたエースや氣を使い地割れを起こすことのできるトモネ、矢の一本でトモネですら砕けなかった岩の魔獣を一撃で屠る威力を持ったカズマなど、シルビア以外のメンバーはみんな強力な技を、力を持って魔物を倒していた。
しかしシルビアは違う。
少し未来が見えると言ってもそれだけだ。一撃で大量の敵を倒すこともできないし、強力な一撃を持ったわけでもない。
王都襲撃の時も自分だけ重い怪我をして、魔王城への出発を後らせてしまった。
自分の力だけが周りより格段に弱い。それがずっとシルビアの心に旅をするほどに少しずつ積もっていた。
その不安がここにきて爆発した。
「私は確かに騎士の中では強いかもしれないわ。でもただの一般人よ! あなたたちとは違うの! なのになんであなたたちと同じレベルのことを要求するのよ! そんなのできるわけないじゃない! そんなのあなたたちがやればいいだけの話じゃない! 私に変な期待をおしつけないでよ!」
「言いたいことはそれだけですか?」
「えっ?」
サーニャの今まで聞いたことも無い冷めた声に顔を上げる。
サーニャの声には今までも感情が入ることは少なかった。粛々とキールの言う通りにしていた雰囲気がある。
しかし今の声は明らかに別物だった。
冷めたという言葉では足りない。もっと冷たい何か。
顔を上げた時にあったその視線にも冷たさが溢れている。
「別にあなたがここまでだというのであれば私はそれでいいです。ここにいる魔物は私が倒しますし、魔王の場所までも私が切り開きます。シルビアさんは帰っていただいて構いません」
「なっ……」
「そもそも私はあなたに期待したことなど一度もありません。私が感情を向けるのはキール様のみです。あなたが何をしようと、どこで死のうとかまいません。私はただキール様にあなたをサポートするように言われたからサポートしているにすぎません。勝手に勘違いされても迷惑です。そもそも私は人間に興味がありません。と言うより嫌いです。できることなら関わりたくありません」
サーニャの言葉がシルビアに突き刺さる。
期待を持たれていなかったどころの話ではない。シルビアに対して感情を持っていなかったサーニャ。それは究極の無関心であり、もっとも低い評価だ。
「おいおい、いい加減話は後にいてくんねえかな、こっちは――」
「愚図が黙りなさい。私の前で勝手に口を開くことは許しません」
先ほどまでとは明らかに違う存在の強さ。その気配の強さにカーキは口をつぐんだ。
「さて、シルビアさん。どうしますか? 帰りますか? 帰るなら壁のところで待っていてください。一応サポートをするように言われていますので、ウィンティアの外までは案内しますよ」
「私は……」
「まあ、そうなった場合は王都が滅ぶことを覚悟してもらわなくてはいけませんが」
「えっ?」