魔城上層。連戦と魔王2
体をくねくねとさせながら、壁から湧き出てくるホゾ。
「影の魔術は魔力の残留が多いです。魔法を使える相手から隠れるときにはいい手とは言えませんよ、ホゾ」
サーニャが壁から出てきたホゾをまっすぐに見る。
ホゾはその視線からさっと逸らした。
サーニャの魅了魔術から逃れるためだ。
「やだ、サタン様ひさしぶりぃ。まさか生きてるなんて思わなかったわぁ。魔王様からその話を聞いたときはびっくりしたわよ。元気だったぁ」
「私は素晴らしい主人を見つけ、順風満帆な生活を送っています」
「あら、じゃあなんで今更魔王軍にちょっかい出すのぉ?」
「主人の望みですので」
「あら、一途ぅ」
「さて、そろそろ準備運動は終わりましたか?」
「あら、気付いてたのね」
「昔から変わってませんでしたからね」
先ほどまでくねくねと体を動かしていたホゾがピタリと止まった。
ホゾは、その独特の間の伸びたしゃべりと、そのキャラで相手をかく乱し、その間に準備運動(体をくねくねさせる)をする。
そして体がほぐれたところで一気に殺しにかかるのがスタイルだ。
「じゃあ行きますねぇ、ジールちゃんとサポートしてね」
「わかってますよ。まあ、その方が旧魔王様と聞いたときは驚きましたが――私のやることは変わりませんし――ねっ」
そう言ってサーニャに細い瓶を投げつけてきた。
サーニャはそれを難なくキャッチする。普通ならキャッチすることのできない速さなのだが、普通じゃないサーニャには造作もないことだ。
だが、それがジールの狙いだった。
「これは……」
サーニャの体が重くなるのを感じる。それは体調を崩したときのような重さだ。
その重さに思わず片膝をついてしまう。
「かかりましたね。それの中身はただの酸ですよ。かかればまあダメージを与えれますが、特に重要でもありません」
「本当の狙いは容器自体に塗られた毒ですか」
「正解」
「この状態のサタン様なら私でも倒せるでしょ~」
ホゾがにやりとほくそ笑む。その顔を見てサーニャは失笑を隠しきれなかった。
「ふふ、甘い考えですよ。魔王を甘く見すぎです」
そう言ってついさっきまで膝をつきそうだったサーニャが何事もなかったかのように立ち上がる。
「あれ? もしかしてもう抗体を作ってしまいましたか? 新薬だったのですが……」
「え~? 早すぎるぅ。まだ私攻撃してないのにぃ」
二体から不満げな声が上がるも、サーニャはそれを無視する。
いちいち付き合っていられない。
「この程度でどうにかしようと思う方が間違っています。仮にも元魔王ですよ? あなたは今の毒が現魔王に効くと思いましたか?」
「いえ、私も最初は魔王様が即死するぐらいの毒を作りたかったんですよ? ただ魔王様自身がそれを禁止したので……」
ジールが残念そうに肩を竦めるが、そのしぐさからサーニャは毒が開発されていると考えた。
ジールの言動は基本的に相手をだますことを心情にしている。ならば禁止されたからと言って作らないわけがない。今のしぐさは無いように安心させるための罠だと考えてサーニャは動く。
「さて、では始めましょう。私からは攻撃しませんので、自由に来てもらって構いません。所詮は時間稼ぎですから」
「なら遠慮なくぅ」
ダンッと地面を蹴り、ホゾが接近する。その横を抜けるようにナイフが飛んできた。
それを顔を傾けるだけで躱し、ホゾを迎え撃つ。
「せーい」
気の抜けるような声だが、その威力は人間ならば簡単にミンチになる威力のパンチだ。
サーニャは伸ばされたホゾの腕に、自らの腕をからませ関節を固め向きを変える。
そしてさらに飛んできたナイフをホゾの腕で防いだ。
「いたーい!」
「おや、すみません」
「仲間同士で攻撃とはずいぶんとお粗末な連携ですね」
「今日組んだばかりですからね。付け焼刃なんですよ」
そう言ってジールは懐から瓶を取り出す。そして今度はコルクを抜いて投げた。
中身が飛び出して、サーニャと取り押さえられたホゾに降り注ぐ。
サーニャはそれをホゾを盾にして躱した。
「ぎゃー!!!!!」
ホゾが液体を浴びて悲鳴を上げる。かかったところからジュっと音がして白煙が上がる。
「とける! とけるぅ!」
「今度は被弾前提ですか」
「おとりって重要でしょ?」
ジールがさらにもう一本投げようとした。
ホゾはそれを見てとっさに自らの腕をすべてはやす。生えた腕がサーニャを抑え込もうと動く。
それに反応して、サーニャはすっと引いた。
その動きを見てジールも瓶を投げようとするのを止める。
「ホゾ、もう少し押さえといてくださいよ」
「ふざけんじゃないわよ! 私を殺す気!」
「まあ、旧魔王も道連れにしてくれれば大歓迎ですね」
「仲間意識はゼロですか。魔王の器量の低さがうかがえますね。そんなに複腕持ちに不足してたのですか?」
「実力主義なんですよ」
「そういうことですか。つまり烏合の衆ですね」
サーニャは挑発するように言葉を選ぶ。シルビアとカーキを二人にすることが目的だからだ。怒りで集中してくれれば行幸ぐらいに考えている。
しかし二体が一向に怒り出す様子は無い。
連携事態は下手だが、その冷静さがサーニャの一番の気になるところだった。
「じゃあ私から行きますよぉ」
ホゾが再び近づく。その手には今度は黒い魔力玉が生成されていた。
ホゾの得意な攻撃魔法だ。純粋な魔力を手の平に集中させて物理的な攻撃ができるほどの威力に上昇させたもの。原理としてはエースのサウザンド・ナイフ、フィックスシフトに近いものだ。
そのため素手で防げばその場から傷を負う。攻撃は躱すか、同じく魔力をぶつけるしかない。
繰り出される攻撃をサーニャはステップで避わしていく。
「攻撃が単調になっていますよ? もっとペースを変則的にしないと当たりませんよ?」
「簡単に言ってくれるわねぇ」
「変則的なら私が得意ですよ」
ヒュッとまたナイフが投げ込まれる。
顔に直撃するコースを取るそのナイフを、サーニャはバク転で躱し、同時にホゾからも距離を取る。
ナイフが通ったせいでホゾも足を止めるしかなかった。
「あなたも大概学習しない魔物ですね……本当に複腕持ちですか?」
先ほどからホゾの邪魔にしかならない攻撃を続けるジールを、サーニャはあきれた目で見る。
その視線を受けて、ジールもさっと視線をそらす。
やはり魅了に対して全員が注意するように徹底されている。
それを確認したサーニャは、相手を魅了して時間稼ぎするのをあきらめた。
「シルビアさん。そろそろ終わらせないと次が辛くなりましよ?」
「わかってるわよ!」
シルビアはサーニャに言われた通り、すれすれでこん棒を避けながら答えた。