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魔城都市。侵入と探索4

「そっか……」


 話を聞いたシルビアの初めの一言がこれだった。


「あまり驚かないんだな」

「正直意外ですね」

「何となくね……キールさんの様子とか見てるとおかしい点はいくらかあったから」

「そうか。なら今からやることはわかるな」

「姫様の殺害……」

「そうだ。俺とサーニャ、それにカズマはこのことを知っている。もちろん王妃もだ。エースとトモネに言うと後が面倒だったから言ってないがな」

「そうね。トモネはショックで戦えなくなりそうだし、エースは何か道を探すとか言いそうよね」

「トモネは問題ないが、エースの行動は邪魔になりかねないからな」

「わかったわ。どうせここで決着決めるつもりなんでしょ? 私は止めないわ」

「そうか、なら行くぞ」


 上に向かう階段に向かって歩き出す。

 その歩みはすぐに止められた。

 階段の上にいる人型の陰。それはつい先日、森の中で見た人物と同じだった。


「たしかリズベルトと言ったか」

「人工魔獣の研究者ね」


 リズベルトは階段の上に仁王立ちになり、三人の行く手を遮る。その敵には光り輝く宝石のようなものが握られていた。


「ここまで来るなんて予想外だったわ。まさか仲間を平然とおとりにするとは思わなかった。追いつくのに時間かかっちゃったじゃない」

「そのセリフだと私たちの仲間がやられたように聞こえるんだけど……」


 リズがふふんと笑う。その眼には絶対の自信がうかがえる。


「私はそういったのよ。あのエルフ、すばしっこくて面倒だったんだから」

「カズマさんをどうしたの!?」

「さあ、自分で確認すれば?」


 リズがゆっくりと開いている手を挙げ、暗がりの一点を指し示す。

 そこには誰かが倒れていた。いや、誰かと言う必要はないだろう。そこに倒れているのは三人を中に入れるために敵を引きつけたカズマだった。


「カズマさん!?」


 シルビアは駆け寄りカズマを抱き上げる。

 体中にひどいやけどを負っており、息も絶え絶えと言ったところだ。


「あんまり鬱陶しいから思わず私の秘密兵器使っちゃったわ」

「何をしたの!?」

「この子を使ったのよ」


 リズが今度は自分の後ろを指し示す。そこにまた人型の影があった。

 体中の筋肉が盛り上がり、服が破れている。

 体中の血管が浮かび上がり、その姿からは苦しそうなうめき声のようなものが聞こえてきた。


「そいつはなんだ」

「複腕持ちの魔物よ。王都襲撃の時に怪我しちゃってたからついでに実験に使わせてもらったの」

「うおぉぉぉおおおおお!!!!!!!!!!!」


 後ろの影がリズの言葉に触発されたように雄叫びを上げる。

 その姿には、エースから聞いた魔物の面影があった。


「リズベルト、そいつはゴルドか?」

「あら、よくわかったわね。腹貫かれて撤退してきてたから、ふさぐついでにコアを入れてみたのよ。そしたらこんなすごいのになっちゃったわけ」

「むちゃくちゃだな。魔物は基本的に魔獣から進化させた存在だ。その状態でそのポテンシャルを完全に引き出した状態になっている。それをさらに改造しようとすれば暴走するのは当然のことだろう」

「大丈夫よ。確かに最初は危なかったけど、制御装置つけて安定させたから、今はすれすれで暴走していないわ」

「ふん、すれすれだろう。ワンショットシフト」


 キールが小さくつぶやくと、一本の光の矢が現れゴルドに向かって飛翔した。

 グジュッと音がして、ゴルドの右肩に突き刺さる。


「ぐおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

「その程度なら抑え込めるわよ。ほら」


 リズがゴルドに向かって魔法を唱える。すると暴れる寸前だったゴルドが突然苦しみだし、地面に倒れこんだ。


「改良した時にどうも知能レベルが下がっちゃったみたいでね。痛みで抑え込むのが一番だってわかったのよ」

「なるほどな。ならば殺すか」

「あなたにできるかしら? 確かに魔法の才能があるみたいだけど、僧侶程度の魔法じゃゴルド改は倒せないわよ。やりなさいゴルド!」


 リズベルトの指示に従って立ち上がったゴルドが階段から飛び降りてくる。

 キールは一歩下がってそれを交わすと、シルビアとサーニャに下がるように言った。


「大丈夫なの?」

「問題ない。お前たちは先に行け」

「わかったわ」

「ご武運を」

「行かせると思うの? ゴルド!」


 ゴルドが二人の行くてを防ぐように動く。キールはそこにさらに先回りした。


「グラビティ・バニッシュ」

「ぐがっ!!」


 突然地面に押し付けてくるような圧力を加えられ、膝をつく。

 その間に二人は間を抜け上の階へ上がっていった。


「さて、抜けたぞ」

「チッ、役立たずが」

「それはお前もだろ」

「私は役に立ってるわよ。この軍の強化もほとんど完成したし」

「無意味だったな。今日で魔王軍は崩壊する」

「できるものならやってみなさい! ゴルド!」

「ウオオオオオオオ!!!!」


 雄叫びを一つ。圧力に逆らい強引に体を起こす。

 限界すれすれにまで強化された筋肉がミチミチと悲鳴を上げているのが離れていても聞こえてくるほどだ。


「ウオオオォォォォォォォォォオオオオ!!!!!!!!!」


 完全に立ち上がり、キールに向かって走り出す。しかしその速度はどう見ても筋力を全開にした速度では無い。

 立ち上がるだけですでに筋が切れ、力が出せないのだ。

 そんな姿を見て、キールが憐みの視線を投げる。


「リズベルト。お前は無機物型を完成させた時点で満足しておくべきだった。それ以上を研究したところでどうしようもないことだ」

「あら、どういうことかしら。私に不可能があると?」

「人間に作られた分際で、人間を超えることなどできるわけがないだろう」


 すぐそばまで来たゴルドに足を掛け倒すと、その背中に足を落とす。

 ドスン!と音がしてフロア全体が揺れるような錯覚にリズベルトは襲われた。


「人間に作られたですって! バカなことを言わないでもらいたいですね。私たちは魔王様によって生み出された存在。愚かな人間に罰を下す存在です」

「ふむ、そういう考えに教育されているのか」


 キールはリズベルトの言葉を聞き、顎を押さえて一人考える。

 魔王も魔物も魔獣もすべて人間によって生み出されたものだ。しかし魔物も魔王もそのことを知らない。

 ならばどのように生まれたのか。

 魔物たちは魔王に生み出されたと思っている。

 最初に魔王がいて、魔物を生み出し、魔獣を作り、魔物に使役させ群れを作る。

 これが魔物たちの共通認識だった。

 これも人間が魔物たちを作った時にそうなるように魔法に組み込まれた能力かキールには判別することができなかったが、今重要なのはそこではない。

 重要なのは魔物が魔王によって生み出されたと思っていることだ。

 この考えを否定し別の考え(真実)を教えた場合、魔物の忠誠心は変わるのだろうか。

 キールはゴルドの背中を踏み潰しながらそんなことを考えていた。


「リズベルト、真実を教えてやる」 


 ゴルドの背中を踏み抜いて、殺す。もともと強引な強化で生きているのか死んでいるのかも分からない状態だったゴルドは、なすすべもなく内臓をぶちまけてこと切れた。

 そしてそのままキールはリズベルトに歩み寄る。


「チッ!」


 リズベルトは生粋の科学者だ。ゆえに魔物であっても戦闘能力は皆無と言っていい。

 ゴルドがやられた時点ですぐさま反転し、階段を駆け上がろうとする。

 しかし一般人とさほど変わらない運動能力しか持たないリズベルトがキールから逃げ切れるはずも無く、階段を上りきる前に拘束されてしまう。


「くっ……離せ!」

「真実を知れ」


 拘束したリズベルトの頭に手を乗せる。そして言葉を紡いだ。


「我の智を()の者に、永久に続く英知となせ。フォースエデュケイション」


 この魔法は基本的に神官が次の世代に技術的や経験値的な能力を引き継がせるものだが、強制的に脳内に教え込むため、このような使い方もできる。

 魔法が発動されたことで、リズベルトは沈黙した。

 今リズベルトの頭の中で、キールに与えられた記憶を処理しているのだ。莫大な量の知識は、一度に脳に入れると脳がマヒして記憶を取り込まなくなってしまう。

 そのためこの魔法は、記憶の量に応じて、脳が処理できる速度で徐々に記憶させていくのである。

 キールは今回、魔王、魔物、魔獣の発生起源だけを教えているため、それほど時間はかからなかった。

 やがて拘束されているリズベルトがガタガタと震えだす。


「あ、ああ、ああああぁぁぁぁあああああ!!!!!!」


 悲鳴を上げながら自分を抱き込むようにうずくまる。

 その様子を見てキールは拘束を外した。


「ふむ、自己の出自でここまで壊れるか。しかし完全に壊れたわけではないようだな。時間がたてば自我を立て直すだろうな。その過程も興味深いが、あまり時間も無い」


 キールの目標はあくまで魔王システムの破壊だ。魔物の研究をしてきたのも最終的にはそれのためである。

 うずくまるリズベルトを見下ろし、数秒考え結論を出す。


「楽にしてやる」


 懐からナイフを取り出し、リズベルトの背中に振り下ろす。

 ナイフは的確にリズベルトの心臓を貫き、血だまりを作った。

 体から引き抜かれたナイフの血を、リズベルトの服で簡単に拭い再び懐にしまう。

 そして先ほどから完全に無視されていた死体同前のカズマに歩み寄る。


「生きているか?」


 つま先でカズマの体を何度か揺らす。その刺激にカズマが意識を取り戻した。


「う、うう……」

「生きているようだな」

「なんとか……ですがもう、お役に立てそうもありませんね」


 明らかに出血量が多い。ここで回復魔法を使っても血が増えない限り貧血で倒れるのが落ちだろう。

 カズマもそれが分かっているから、動かずすぐに意識を手放したのだ。


「とりあえず傷口はふさいでおくぞ」

「すみません」

「ホーリーキュア」


 短縮魔法で唱えたのにもかかわらず、カズマの傷は瞬く間にふさがっていった。


「すごい回復力ですね……」

「魔力が違うからな」

「これが魔王の力ですか……」


 サーニャと契約しているからこそ使える魔王の魔力を使った魔法は、一般の魔法と隔絶した力を持っている。


「俺は先に行くぞ」

「はい、魔王石をお願いします」


 カズマを置いて、キールはシルビアとサーニャが昇って行った階段を追っていった。


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