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勇者進行。魔獣と食糧1

「はぁ!!」


 ザシュっと肉を裂く音が森に響く。


「次!」

「もういないわよ。落ち着きなさい」

「はあ……、はあ……、はあ……」

「前に出すぎよ? もう少し慎重に――」

「このままでいい!」


 しかしエースはそれを拒否しさらに奥へ進もうとする。


「だめよ!」


 その言葉に今まで我慢してきたシルビアがとうとう切れた。

 そしてシルビアとエースの言い争いが始まる。


 今勇者パーティーがいるのは、王都から北へ三日ほど進んだ森の中だ。

 近隣の村から魔獣の被害が多いと言うことで、魔王城へ行くがてら討伐を行っていた。

 それまでは魔獣などを討伐する機会が無く、気づくことが無かったエースの違和感に、今シルビアたちは初めて気づく。

 エースがやけに攻撃的なのだ。

 確かに以前から魔獣魔物に対してはせん滅を旨としていたエースだが、今の状況は明らかに異常だ。

 仲間を頼らず、一人で突き進み強引になぎ払っている。そんなことを繰り返していれば、魔王城に到着するまでに重大な怪我をしかねない。

 それを見かねたシルビアが、エースにストップをかけたのだ。


「いいんだ! 俺はまだいける! 今日中にこの森の魔獣は全滅させる!」

「無理に決まってるでしょ! 頼まれたことも村周辺だけの討伐よ、そもそもこの森だけでどれぐらいの広さがあると思ってるのよ!」

「広さなんて関係ない! 魔獣も魔物も全部ぶっ殺すんだ!」


 エースはシルビアの話に聞く耳を持たず、さらに森の奥へ進もうとする。

 そこにキールの詠唱が聞こえた。


重力開放グラビティ・バニッシュ


 短縮魔法で発動された重力解放は、エースをピンポイントで地面に叩きつける。

 エースはそれに必死にあらがおうとするが、起き上がるどころか、手をつくことも出来ない。


「俺たちの役目は魔王城へ行くことだ。こんなところで無駄な時間を過ごす必要はない」

「魔獣を倒すのが無駄だって言うのか!」

「無駄だ。魔王を倒せば魔獣は統制を失う。統制のとれない魔獣などただの獣と同じだ。村の猟者でも狩れる」

「クッ……」

「それとも何か? お前は魔王城へ行くのを少しでも遅らせて姫の生存率を下げたいのか?」

「違う!」

「なら先へ行くぞ」


 そう言ってキールは魔法を解く。それと同時に、エースが飛び上がるように起き上がった。抑えつけられてた力が突然消え、力の加減を誤ったのだ。


「おわっとと」

「少しは落ち着いた?」

「すまん……」


 エースはそれだけ言って来た道を戻って行く。その背中を見ながら、シルビアはキールに話しかける。


「キールさん、ありがとう。私だけじゃ今のエースは抑えられなかったわ」

「俺は時間を無駄にしたくないだけだ」

「それにしても、今のエースは危ういわね」

「攻撃的……と言うより怒りに我を忘れている感じだな」

「魔王城まで持つかしら?」

「持ったとしても使い物にならなくなってるだろうな」

「どうにか出来ない?」

「それはお前の仕事だ。俺は俺の障害になるようだったら力ずくで止めるだけだ」

「はぁ……気が重いわ」


 シルビアが肩を落とす。そこに分かれて討伐を行っていたカズマとトモネが合流する。トモネは相変わらず魔獣の血で体中をべったり汚していた。


「あ~! もう! トモネまた汚しちゃって!」

「しょうがないじゃないですか、格闘専門なんですし」

「体をぶち抜く必要無いでしょうが! 骨折るとか、内臓壊すとか」

「それだと死んでるの確認するのが難しいんですよ。内臓を外に出しちゃえば、後は出血で勝手に死にますし」

「洗濯物するサーニャさんの身にもなってみなさいよ……毎回血みどろの服洗うのって大変よ?」


 騎士団で毎日汗まみれ埃まみれになるまで練習していたシルビアには、洗濯の辛さが身に染みるほど良く分かっていた。


「そりゃ分かってますよ。私も最初は一人旅だったんですから」

「ならどうしてそうなっちゃうのよ……」

「えへへ」


 笑ってごまかそうとするトモネを見ながら、今度サーニャさんに何か良い洗剤でもプレゼントしようと決めたシルビアだった。


   ☆


 村長に村周辺の魔獣の掃討が終わったことを説明し、お礼として何日か分の食糧をもらった。

 そして宿屋がないこの村で、村長の家に泊めてもらった一向は、翌日には出発することを決める。

 だが、ここからが問題だった。

 魔王城のあるウィンティアへ向かうには、ここから最低でも二週間はかかる。

 食糧を節約しながら行ったとしても、どうしても足りなくなるのだ。

 通常ならば馬車を借りるところだが、今の時期に馬車を出してくれるところがあるはずも無く、シルビアは困り果てていた。


「と、言うわけなのよ」

「確かに節約してもこの量だと私たちだけでは二週間が限界ですね。帰りの分を

考えると明らかに足りません」

「そこは魔王城から奪うことができるんじゃないでしょうか?」

「それも難しいわね。私たちの目標は姫様の奪還を第一にされているわ。だから食糧庫にまで忍び込んでる暇はないかもしれない。不確定な状態を頼りにすることができるほど魔王城は簡単じゃないと思うし」

「そうですね。噂では城下町まで魔獣や魔物があふれているとか」

「戦闘するとなると、ほんと時間との勝負になるわね」


 サウスティアからスプリジアに戻った時のように魔獣の肉を食べれればいいのだが、ウィンティアにいる魔獣たちはどれも、魔王の魔力の影響を受けて肉質が変化し毒を持っている。そのためウィンティア地方の魔獣は食糧にできないのだ。

 そこに今まで黙っていたエースが口を開く。


「なあ、このあたりの魔物ならまだ食えるんだよな? さっき狩った魔物を持ってけばよくね?」

『それだ!!!』


 エースの発言に、シルビア、トモネ、カズマが一斉に声を上げる。


「盲点だったわ。そうじゃない。ウィンティアに近づけばダメなだけで、このあたりならまだ大丈夫じゃない。今から干し肉を作るとしても、移動しながら作れば、もらった食糧を使い切るまでに完成する。そうよ、なんでそのことに気付かなかったのかしら!」


 シルビアは突然現れた光明に興奮したように話す。


「なら明日朝一で狩った魔物から肉をはぐわよ。それで下ごしらえだけして、出発するわ。明日の朝は早いわよ! じゃ、あたし寝るからお休み」


 一人マシンガントークのように話、さっと部屋を出て行ってしまった。

 シルビアがいなくなったところで、自然に会議も解散される。

 エースが部屋を出て行こうとしたとき、キールが呼び止めた。


「待て犬」

「誰が犬じゃ!」

「しっかり反応している時点でアウトだと思いますよ?」


 エースの叫びに、トモネが冷静に突っ込む。


「ちきしょう!」

「今は夜だ。あまり騒ぐな迷惑になる」

「クッ……で、なんなんだよ」

「お前の今日の行動のことだ。何を焦っている」


 キールはすっと目を細めてエースを観察する。

 エースはキールと目を合わせようとせずさっとそらした。


「別に……焦ってなんかねえし」

「いや焦っていた。魔法を使うことを忘れるほどにな。今日の状態なら、お前は魔法を使ったほうが体力をロスせずに魔獣を討伐することができたはずだ。そのことに気付けないほどお前は焦っている」

「俺は……」

「王都が襲われたことが原因か」

「……」

「図星か」


 キールは、お茶を一口含みながら、エースの過去を思い出す。ロンバルト王から間接的に聞かされた話だが、エースの村が魔王の統括する魔物と魔獣の部隊に襲われていることは知っていた。

 ゆえに、今のエースの状態も何となく予想がつく。

 つまり、村と同じように王都を襲われ、しかも王を守ることができなかった自分にふがいなさを感じているのだ。

 勇者と言っても、元は普通の男子。ちょっと特別な力を得たからと言ってなんでもできるようになるわけではないのだが、エースはそれをいまだしっかりと理解できずにいる。


「お前は無力だ。それを忘れるな」

「どういうことだ! 俺は勇者の力を持ってる! 無力なんかじゃない!」

「いや、無力だ。確かに普通の魔物程度までならお前でも戦える。だがお前が立っている戦場はどこだ? そこら辺の兵士と同じ場所か? 違うだろ、お前が立っている戦場は、普通の兵士では到達することすらできない戦場の最前線だ。そこではお前の勇者の力と言えど無力だ。それをお前は分かっているのか?」

「それは……」

「一介の僧侶にも勝てないお前が無力じゃないなど、バカも休み休みに言え」


 話を黙って聞いていたトモネとカズマは、どこが一介の僧侶なのかといろいろ突っ込みたいところがあったが、キールの話はおおむね正しいことを言っているので黙っておくことにする。


「お前が焦って突出すれば誰に被害が来るか考えろ。お前は一人で戦っているわけではないんだぞ」


 珍しくキールさんが良いこと言ってる……とトモネは陰ながら感動する。


「お前が前に出れば俺の仕事が増える。それは俺に面倒を掛けるということだ。お前、俺の奴隷のくせに主人に迷惑かけるのか? ああ!」


 だんだんキールの話の流れがおかしくなってきた。


「そもそもテメーが、自分の尻すらまともに拭えねぇ弱者なのが悪いんだろうが! グジグジ意見したいんだったら力つけてみろや! カスが!」


 そう言って、キールは立ち上がると部屋を出て行く。サーニャもそれに続いた。

 ボロクソに言われたエースは呆然となり、キールが部屋を出たことで動き出したトモネとカズマが慰めるという状態が出来上がっていた。


「……」

「サーニャ、言いたいことがあるなら言え」

「最後の方かなり投げやりじゃありませんでしたか?」

「まとめ方を考えていなかった……」

「フフッ」

「笑うな」

「すみません」


 言いながらもサーニャの口元は笑みを浮かべたままだった。


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