魔王秘話。真実と現実2
キールとサーニャ。二人は廊下を歩く。
「どちらに向かわれるのでしょうか?」
「王妃の部屋だ」
「王妃は今床に伏せっているのでは?」
一人娘の誘拐に続き、夫を暗殺されたのだ。精神的ショックは計り知れないものとなって王妃を蝕んでいる。
「そんなことは分かっている。だが、今言わないとそのままになってしまう」
「では魔王のことを?」
「そうだ。気付けの魔法をついでに掛ける。今後王妃が王政にもっとも深くかかわることになるだろうからな。国に興味は無いが、俺の周りが荒れるのは困る。以前見た王妃の腹には新しい命もあった」
「では世継はまだいるのですね?」
「王妃が無事ならな。今のままでは流産は免れん」
城の兵士に王印の押された許可証を見せ、王妃の部屋に入った。
「失礼する」
「あなたは……キールさん?」
「そうだ。体調はどうだ?」
「ごめんなさいね。だいぶ良くはなったんだけど、まだベッドから起き上がれないの」
ベッドから起き上がれない状態ですらだいぶ良くなった状態なのだ。最初がよほど酷い状態だったのだろうとあたりを付ける。
「王妃に気付けの魔法を掛ける。少し話したいこともあるから聞いてくれ」
「分かったわ。お願いします」
「正常なる光、彼のものに一時の守りを聖光印」
呪文と共に、王妃の腕に神聖魔法のしるしが現れた。
「そのしるしがあるうちは心が折れることなく強く保たれる。効力は俺の力を使ったからだいたい半年だ」
「ずいぶん長いのですね」
「これからの話に関わるからな」
そう言ってキールは王妃からいったん離れ、来客用の椅子に座った。
「さて、王妃。いい話と悪い話がある。どちらから聞く?」
「出来ればいい話だけ聞きたいのだけど、夫が無くなったのだからそう言う訳にもいかないんでしょうね……いいわ、悪い話から教えて」
「分かった。まず悪い話だ。王女エリーシスが生きて帰ってくることは考えるな」
キールの言葉を聞いた瞬間、フッと王妃の体が傾いた。あまりのショックに気を失いかけたのだ。しかしそこにキールが掛けた神聖魔法が発動し、気絶と精神的ショックを和らげ意識をすぐに取り戻す。
「そんな! 何で! まだ生きてるって!」
「そうだ。まだ生きている。だが、魔王を討伐する以上エリーシスは死ぬことになる」
「どう言うことよ! なんで魔王が倒されると娘が死ぬのよ!」
王妃が声を荒げるが、外の警備兵が部屋に入ってくることは無い。予めサーニャが防音の魔法を部屋に掛けているからだ。
「現魔王。ロンバルトを殺した魔王は、エリーシスだからだ」
「そんな! ……嘘に決まってるわ! エリスは魔王の指示で魔物に攫われたのよ! なんで攫われたエリスが魔王になってるのよ!」
「エリーシスが攫われたのは事実だ。だが、それは魔王の指示では無い」
「どう言うこと!」
「それを説明するのには、魔王のことを知ってもらう必要がある」
「いいから! どれだけ時間が掛かってもいいから分かるように説明して!」
王妃は泣きじゃくるように言い放つ。その姿は非常に痛ましく、見ていることすら辛い状態だ。
「まず魔王と言う存在だが、この魔王は人間によって生み出された存在だ。馬鹿な神官どもが戦争を止めるためにと人間に共通の敵を作った。それが魔王だ」
魔王の発生した当時、国は細かく分裂し、戦争を行っていた。そのため民は疲弊し病気は蔓延、人間と言う種自体が絶滅しかけていたのだ。
そのことに対し、神官は人間以外の共通の敵を作ることで、人間同士の争いを止めさせ、共に歩む道を作ろうとした。
そこまでは良かったのだ。
だが、共通の敵を決める時点で間違えてしまった。
神官たちは、日ごろから民を苦しめている魔獣に共通の敵となってもらうことを決めた。しかし魔獣は一匹で行動することが多く、各国でも小隊、もしくはそれ以下の人数で倒すことが出来てしまった。場合によっては村の自警団ですら魔獣には対処が出来てしまっていた。
だから神官たちは魔獣の中に強力な個体を作ることで統率力を生み出し、人間と同じように群れることを可能にした。
その際に神聖魔法で生み出された知能と力が強い魔獣が今の魔物である。
当初魔物は神官たちの予想通りその力と知識で魔獣たちを従え、村を襲うようになった。
だがここで思わぬ事態が起きる。
魔物どうしで縄張り争いを始めてしまったのだ。それはまさしく今の人間と同じ状態だった。ゆえに神官たちはさらに強い個体を一つ作ることで、それらを国のように統率させようとした。
そして生まれたのが魔王である。
だが、魔物を魔王にすることは出来なかった。魔獣から発展させた物が魔物だが、魔王ほどの力を持たせようとすると、体が持たず自壊してしまうのだ。
だから魔王と言う存在を神官たちは人間から作り出した。
魔力と親和性が強く、自己意識が強い存在が魔王となるように世界に魔法を掛けたのだ。
その結果生まれたのが今の魔王の形。
「つまり……魔王は人間だと?」
「そうだ。ちなみに前魔王も人間だった。そこにいるメイドだ」
「初めまして。前魔王のサタンです。今はキール様のもとでサータニアンと名乗らせていただいております」
「魔王!?」
「問題ない。こいつは魔王の力こそまだ持っているが、俺がしっかり抑えつけている。俺がいるうちは俺の許可なく魔王の力は使えないし、俺が死ねばサーニャも死ぬ」
「そう……なの」
「話を戻すぞ」
そう言ってキールは魔王の秘密を淡々と話し続ける。
「そして前魔王であるサーニャが俺に倒されたと世界に認識されたところで、遥昔に世界に掛けられた魔法が発動し、新たな魔王が選出された。それが今回はエリーシスだったと言う訳だ」
「そんな……ならあの子は……無理やり魔王をやらされているの?」
「違う。魔法が発動する条件に自己意識が強いものと言うのがあるのを忘れたか? 魔王になるものは全て自らの意思でなる。たまに力に取りつかれる奴もいるが、今回は違うだろうな」
「なんで……そう言い切れるのですか?」
「今回の王都襲撃に、魔王が出てきていないからだ。力におぼれた奴なら、これほど力を示すのに格好の期を逃すはずがない。それに今回の襲撃の時期場所どれもエリーシスが直接指示したんだろうな」
「なんであの子がそんなことを……」
「魔王になったんだ。人間を効率よく滅ぼそうとするのは当然だろ」
「優しい子だったのに……」
そう言って王妃は再び泣き崩れる。
魔王生誕の魔法。その魔法は、魔王を選出するとそのものの自我に働きかける。そして魔王としての本質に目覚め、いかに効率よく人を殺すか。国を滅ぼすかを考えるようになる。
サーニャの場合は、勇者がどMに目覚めるほどの激しい調教を超えた調教を与え、魔王の自我を消しそこに与えたものだ。ゆえにサーニャも魔王になる前の人間の感情は持っていない。
「ゆえに、魔王を討伐する場合、エリーシスを殺すことになる」
「今度の出発がそれになると?……」
「そうだ。俺が殺す」
「そしたらまた魔王が新しく選出されるのですね」
「次に選出されるのは最速でも一年後だ。それまでに今開発途中の魔法を完成させ、魔王のシステム自体を破壊する」
「可能なのですか?」
「そのためにサーニャを捕まえた」
それがキールがサーニャを連れている理由。
魔王の魔法を解析する上で最も重要な検体になるのは魔王である。その魔法を消し去るための研究材料として、キールはサーニャを捕獲した。
「わかりました。悲しいですが、これ以上魔王の侵略を見過ごすわけには王族として出来ません。最後に残った王族として、その使命は必ず全うします」
王妃は、目をぬぐって涙を払い、キールをまっすぐに見る。その眼にはしっかりと決意が宿っていた。
キールはその目にひとまず安心する。そしてここに来た二つ目の話しを持ち出した。
「今度はいい話だ」
「?この状況では、どんなにいい話でも素直に喜べそうにありませんが……」
夫が娘に殺されたのだ。王妃の気持ちとして当然といえば当然だろう。
「王妃の腹の中にはロンバルトの子が宿っている。まだ直系が完全に潰えた訳ではない。大切に育てろ」
キールはそれだけ言って王妃の部屋を出た。その後にサーニャも続く。
扉が閉められると、王妃のむせび泣く声だけが背中に聞こえた。
☆
王の崩御が国民に知らされたのは、暗殺から二日後のことだった。
大臣たちは、それまでに王の遺書通りに忠実に役職に付き、仕事をこなしていった。そのおかげか、王の崩御を受けても国民の経済が大きく揺らぐことは無かった。
しかしそれは王の崩御と同時に伝えられた、王妃の中に宿る新しい命のおかげが大きかったのかもしれない。