戦闘終了。沈黙と沈痛2
「おかしいな……」
キールとサーニャにあてがわれた部屋で、キールは机の上に地図を広げ眉をしかめていた。
「何がでしょう?」
キールの呟きを聞いたサーニャが尋ねる。
それにこたえるようにキールは地図をサーニャに見せた。
それを見て、サーニャの表情も険しくなる。
「分かったか」
「はい。作為的ですね」
地図に書いてあるのは、現在トモネとカズマが掃討した魔物がいた場所だ。
それはまるで何かに指示されたかのように少しずつ外に広がって行っていた。
「まるで討伐出来る人たちを外に追いやろうとしているようです」
「おそらくそれであっているのだろう。しかし、それをしてどうするのかが問題だ」
「どこか別の場所から奇襲――と言うのが一番一般的ですが」
「ならばもう侵入されているとみていいだろうな」
「最初の戦闘の時ですか?」
「そうだ。トモネから“時間稼ぎは終了”したと言った奴がいたことを聞いた。おそらくそれが内部に入り込むための時間だったのだろうな」
さらに他の魔物達も示し合わせたように撤退していった。兵士たちは気づかなかったようだが、今回せめてきた物たちの中に、強いものは魔物全体に比べてかなり少なかった。
そもそも複腕の魔物達がたった四体であること自体がおかしいのだ。
いくら強力な魔物だと言っても、三本腕、四本腕などはいくらでもいる。
魔王城ならば、通常の警備兵すら複腕がいるほどだ。
「サーニャはゴルドとシャールという名前に聞き覚えは?」
「あります。ともに分隊長クラスではありました。しかし部隊長を任されるかと言われれば疑問に思います」
「お前が魔王城を出てから強くなった可能性は?」
「あります。しかしそれでも上には上がいますから」
「そうだろうな。魔物が城に侵入している可能性はロンバルトに伝えておく。お前は城を巡回して魔物の気配を探せ。どうせ無駄だろうがな」
いくら元魔王のサーニャと言えど、完全に気配と魔力を消した魔物を見つけることは不可能だ。城に 侵入してくるぐらいの物なのだから、それぐらいは出来るだろう。
キールは立ちあがり、扉に向かう。
「分かりました。いってらっしゃいませ」
サーニャはキールの背中に深々とお辞儀した。
☆
ロンバルトは、自室で城の修繕費そして城下町の被害に頭を悩ませていた。
すると外から慌てたような声が聞こえてくる。
(待て、ここは王の私室だぞ!)
(謁見には許可がいる!)
(じゃまだ)
((うわっ……))
バタンと強引に扉が開けられる。ロンバルトがそちらに顔を向けると、案の定キールがいた。そして部屋の警備兵は廊下で伸びている。
「お前は……」
キールの破天荒さに頭を抱える。
「邪魔をする」
「もう少し丁寧に入ってこれんのか」
「外の連中のことなら知らん。俺は会わせろと言った」
「それで」
「拒否されたから眠らせた」
平然と言われてさらに頭が痛くなる。
王の私室を警備しているのは、城の兵士のなかでも腕利きの物たちだ。
それを邪魔の一言で眠らされたのでは、兵士たちのメンツにかかわる。
「こんどからはこれを見せろ。そうすれば兵士たちはお前を通すはずだ」
ロンバルトは机の引き出しから一枚の紙を取り出し、そこに王印を押してキールに渡す。
それは王と同等の権利が与えられる許可書だった。
「助かる。何度も眠らせるのは面倒だからな」
「そう言う問題ではないのだがな……それで何の用じゃ? 遊びに来たわけではないのじゃんろ?」
「あたりまえだ。この城に魔物が侵入している可能性がある」
「何じゃと!?」
キールは、地図を見せ、自分の考えを話す。ロンバルトはそれを聞くと、背もたれに大きくもたれかかり、溜息をついた。
「まだ終わっとらんのか」
「これからだ」
すでに兵士たちの多くが傷つき、民も多くが疲弊しきっている。やっと復興の目処がたった所でこの追い打ちだ。
「俺は独自に調べるが、おそらく止めることは出来ん。覚悟しておけ」
「なるべく被害を減らすにはどうするべきだと考える?」
「お前が生贄になるしかないだろうな」
王自らが玉座で一人になり、魔物の暗殺者に殺される。
それが一番確実で、一番被害が少ない方法だ。国の被害としては途轍もなく大きくなるが、ロンバルトが言った被害とは人命のことだ。キールはそれを知っているからこそ、その答えを出した。
もしロンバルトが国としての被害のことを言っていたのなら、キールは別の方法を答えただろう。
「そうか……」
ロンバルトは俯いて眼を閉じる。キールはそれをじっと見ていた。
「エリスは――エリスは無事だろうか」
「無事だ。確実に生きている」
「そうか。ではエリスに伝えてくれ。ふがいない父ですまなかったと」
「分かった」
「しばらくひとりにしてくれ。やらなければならないことがある」
キールはその言葉に従い、そっと部屋を出てドアを閉める。
ドアを閉じた所で、そのドアにもたれかかり、小さくため息をついた。
「直接言え……」
キールの呟きは、誰に聞かれることもなく、消えて行った。