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勇者抜剣。相棒と開戦4

「なぜですか!」


 北門の外側で、北部隊隊長を任されてたシリゴルが叫ぶように問いかける。

 その体は自らの血に汚れ、すでに立っていることが出来ないほど消耗している。


「なぜあなたが立ちはだかるのですか!」


 怒りを込めて叫ぶシリゴルを、サーニャは冷ややかに見降ろしている。


「あなたには関係ありません。そして主からはせん滅しろとの命は出ていません。ですからここは、引くなら見逃しましょう。しかしこれ以上立ち向かう場合、容赦はしません」


 少しも表情を変えず、かつて忠実な部下だったシリゴルに対し言い放つ。

 シリゴルは、その言葉を呆然と聞いているだけだった。


「どうするのですか? 引きますか、来ますか? あなたに与えられた選択肢は二つです」

「私は……」


 シリゴルは深く考えるように俯く。サーニャはそれをただじっと見守る。

 そして決意したように顔を上げる。その目には決意の光がはっきりと宿っていた。


「私は戦う! 今、私がお仕えしているのは現魔王様。あなたでは無い!」

「そうですか。では戦いの続きをしましょう。

 蹂躙する刃は世界を嗤え。千本の刃(サウザンド・ナイフ)

「魔力解放! 障壁展開! 守れ絶対の砦!」


 サーニャの詠唱と同時にシリゴルも詠唱する。

 サーニャが使うのは、キールと同じ魔法。無数の刃。

 対してシリゴルが使うのは防御の魔法の中でも、最上位に位置する魔法。

 さらにそれをシリゴルは、自らの魔力をすべて注ぎ込んで作った。

 そのため、今の勇者程度ならば、どのような攻撃でも防ぐことができるほどの堅牢な防御魔法になっている。

 無数の刃が一斉にシリゴルを襲う。しかし障壁がそれを阻む。

 嵐のように舞い続ける刃を防ぎながら、シリゴルはしっかりとサーニャを見つめ言葉を放つ。


「あなたが敗北したと聞いてから、私はひたすら自らを悔いた。あなたを守れなかったことではない。魔王様を倒すような男に、私が勝てるとは思えない。私が悔いたのは、魔王様の隣で戦うことができなかったこと! だから私は魔王様が敗れた後、ひたすらに修行した。そして私は強くなった! せめて魔王様の隣に立てるようにと!」


 刃の嵐は一行にやむことなく、障壁は序所にその堅牢さを失い始めた。


「その力を今お見せしよう!」


 堅牢さが無くなったのは、限界が来たからでは無かった。

 それは障壁を維持しつつ、他の魔法の準備をしていたからだった。


「暴れよ我が魔力! 己が肉体を蹂躙せよ!」

「バーサークですか」


 自らの体に流れる魔力を暴走させ、肉体を一時的に強化する。

 その強化は一般の魔法とは比べ物にならないほどだ。しかし、だからこそ反動が大きい。

 バーサークは一度使うと寿命を半分に減らし、一カ月は動けなくなると言われている。


「あなたの隣に立つにはこれしかないと考えた。だから! 今ここで! あなたの隣の立てる程の力だと証明する!」


 サーニャと対等に戦うことで、自分がサーニャの隣に立てるほどの力を持っていると証明する。それがシリゴルの決断だ。


「いいでしょう。立ち向かって来るのなら容赦無く潰します」


 サーニャは千本の刃(サウザンド・ナイフ)を止め、新たに詠唱を開始する。


「時移ろいて世界を嗤え。遅時の針(レイト・クロック)


 実際に時を遅くすることなど出来ない。この魔法は、相手と自分にそれぞれ間逆の効果の魔法を掛けることで成立する。

 相手には、一時的に五感から伝わる反応を遅くし脊髄反射を起こせないようにする。そして、自らには脳の情報処理を加速し、肉体と反射神経を強化しスピードを上げる。

 この二つの魔法を同時に掛けることで、片方を掛けるより遥かに強力な時の魔法となる。

 この二つの魔法を同時に発動できるようにしたのが遅時の針(レイト・クロック)だ。

 サーニャは加速する思考の中、まだ自分がバーサーク化して、魔法が掛けられたことも気づいていないシリゴルに走り寄り、目の前で千本の刃(サウザンド・ナイフ)を唱える。

 目の前でズタボロになりながらもそれすら気づかず、突っ立っているままになったシリゴルを見ながら、遅時の針(レイト・クロック)が解けるのを待つ。


「終了です」


 静かに魔法の終了を告げ、シリゴルの感覚が普通に戻る。

 そして一斉に押し寄せてくる激痛と、死の感覚。


「私はまだ、あなたの隣に立てる程、力を付けてはいなかったのでしょうか?」


 死に間際、シリゴルの放った言葉は最後まで共に戦いたいと言う意思だった。

 だからこそサーニャはそれに答える。


「私の隣に立てるのはご主人様だけです」


 しかしシリゴルが、その言葉を最後まで聞くことは出来なかった。


   ☆


「見つけたぞ」


 外壁を飛び降りたキールは一直線に森の中へ入り、今回の町襲撃の本隊を探していた。

 そして、五分ほど森の中を走り、やっとその本隊らしき魔物達を見つけた。


「誰だ!」


 見張りの魔物が叫び、敵襲を告げる。

 キールはそれをどうこうしようとせず、悠然と本隊のそばへ歩み寄ってゆく。


「死ね!」


 歩み寄ってきたキールを、敵と判断し切りかかってきた魔物は、突然吹き飛ばされ近くの木に背中を打ちつけ倒れる。

 それを見た魔物や魔獣が、一斉にキールに襲いかかった。


「邪魔だ雑魚ども。サウザンド・シフト」


 それだけ呟くと、空にエースが使った時と同じ魔法陣が浮かび上がる。そしてその中から光の矢が降り注ぎ、一帯の魔物と魔獣をせん滅した。

 それを確認し、一番魔物達が生き残っている場所へ向かう。

 キールは強いやつらが集まっているところにえらいやつがいるだろうと適当に判断し足を進める。

 その判断は間違っていなかった。

 多く生き残っていた魔物達の中から一体の魔物が前へ出る。


「久しぶりと言った方がいいのか」


 総隊長のベルズがキールに声を掛ける。


「どうでもいい。貴様がトップか」


 キールはそれを切り捨て、逆に問い返した。


「そうだ」

「ならばお前を殺す」

「前のようにはいかん!」


 ベルズは自分を奮い立たせるように声を張り上げる。

 ベルズは知っていた。キールが先代の魔王を倒し、一度魔王城を崩壊寸前まで追い込んだことを。

 キールが魔王城へ攻め込んだ際、魔王の前で戦い、完膚なきまでに叩きのめされ、その後魔王も同じように敗北した。

 魔王の敗北する姿を直接見たのはベルズだけである。

 だからこそ目の前にいる男の恐ろしさを知っている。そしてその恐怖がベルズに逃げろと語りかけてきている。

 しかしベルズはそれを無視した。

 自らの心を高ぶらせ、魔物の本能である闘争心を煽り立てる。

 ベルズの周りにいた幹部級の魔物達も、ベルズの高ぶりに合わせて戦闘の構えをとった。

 ――だが、それは何の意味もなさない。


「世界に反して世界を嗤え」


 その詠唱を聞いた幹部級の魔物が騒然とする。

 詠唱の最後が「嗤え」で終わる物は、魔王しか唱えられないはずだからだ。

 しかもキールが唱えた魔法は、その魔王が使う詠唱の中でも最上級の物。


重力解放グラビティ・バニッシュ


 以前改造魔獣を跡形もなく消したような使い方は、敵の数が多すぎて出来ない。

 ゆえに、ただ重力を強化するだけ。それだけでキールの周りにいた魔物達を全員行動不能に追い込む。

 だがその中に一体だけ立ち続ける魔物がいた。


「この中で立つか」


 弱い魔物は、すでに重力によって地面に押しつぶされ、骨が砕け内臓が飛び出している。

 魔獣も同じようなものだ。

 だが、そんな強烈な重力の中で、ベルズはしっかりと立っていた。


「当然だ。二の鉄は踏まん」


 キールの理不尽さをもっとも近くで見ていたベルズは、あり得ないだろうと言われることまで、すべて対処できるように努力した。

 その中には当然魔王の魔法に対する対抗手段も入っている。

 その対抗手段を手に入れるために、現魔王に魔王の魔術を教わり、弱点を教わった。

 だが、そんなものをやすやすと教えてくれるはずが無い。

 魔王に教えてもらう条件として、絶対の服従と奴隷の首輪の着用を提示された。

 だがベルズは、それで躊躇することは無かった。

 もともと魔王に忠義を誓っていたベルズだ。奴隷となろうとも、自分の立場が変わることは無い。

 二つ返事で承諾したベルズはそうして魔王の魔術に対する対抗魔術を魔王から教えられていた。


「なるほど、努力家だ。だが無意味だな」

「それを決めるのは貴様では無い。結果だ!」


 キールの魔法を無効化しながら、ベルズは剣を抜く。

 その剣は、両手ですら持つことが出来ないほど大きく重い。

 ベルズはそれを四本の手で持ち、軽々と構えた。


「魔法を解けば周りの物が貴様を襲う。魔法を解かなければ私が貴様を斬る!」

「やれるものならやってみればいい」


 キールは悠然とその場に立っているだけだ。

 ベルズはそこに巨大な剣で斬りこむ。

 常人には決してかわすことが出来ないほどの剣速。それをかわせるのはエースか、未来視が出来るシルビアぐらいのものだろう。

 しかし、エースに出来てキールに出来ない道理は無い。

 キールはそれをかわしベルズの懐へ飛び込む。


「お前は忘れていないか?」


 強烈な拳がベルズの腹に叩きこまれる。その反動にベルズは一瞬宙に浮かされる。


「俺が魔法を手に入れたのは、魔王を倒したからだぞ?」


 宙に浮いたベルズに今度は蹴りを入れる。

 なされるがままに後方に吹き飛び、木に背中をぶつける。


「魔王を倒したのは、俺の拳だぞ?」


 ベルズが顔を上げた瞬間には、キールは目の前まで迫り、ベルズの顔面に拳を叩き込んだ。

 ゴリッと嫌な音がして、ベルズの鼻の骨が砕ける。


「グハッ!……」

「結果が決める。お前はそう言ったな」


 キールはベルズに語りかけながらも、その攻撃を止めない。

 ベルズも剣を手放し、キールの拳を受けとめようとするが、気づくと手は払われ、いつの間にか拳が目の前に迫っている。

 何発も、何発も殴られ、その衝撃に後ろの木が軋み、幹に罅が入る。


「結果は、俺が決めるものだ」


 とどめと言わんばかりに、キールは回し蹴りをベルズの顔面に叩き込む。

 ベルズもその大ぶりな攻撃を四本の腕すべてで受ける。

 ――しかし止まらない。

 キールの蹴りは、ベルズの四本の腕をすべて砕き、顔ごと吹き飛ばした。

 幹に脳症と血がべったりと付き、蹴りの衝撃でへし折られる。

 ベルズの動かなくなった体を無表情に見降ろし、死んだのを確認したキールは、最後の仕上げを開始した。

 骨が砕かれ全身から血を流し、動けなくなった魔物と魔獣達にとどめの魔法をかける。


「終焉の劫火、不浄を払い魔を絶やせ。大火葬ラスト・クリメイション


 僧侶達の使える神聖魔法。その中で唯一と言っていい、戦うための魔法。

 その炎は触れた魔を焼きつくすまで消えることなく、しかし魔を持たない自然には燃え移ることが無い。

 魔物、魔獣を浄化するためだけの存在する魔法。

 その炎に焼かれ、倒れていた魔物達はすべて焼き払われた。


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