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勇者抜剣。相棒と開戦3

 ざっと見て半分ぐらいの魔物と魔獣が掃討されただろうか。

 エースの前には、大量の屍が横たわっている。

 だが本心は―――


「減ってる気がしないな」


 剣に付着した血と肉を振り払い、再び構え直す。

 最初のサウザンドシフトにより、魔力は半分以上使ってしまった。ワンショットやバランスはまだ使えるが、フィックスやサウザンドはもう使えない。

 それでもまだ優位に戦闘を進められているのは、一重にクリスタルアークのおかげだろう。

 クリスタルアークによって教えられた剣技は、エースの戦い方を今までと比べ物にならないほどスムーズにし、無駄なく力を使うことができている。

 そして精霊石の力を使った、スラッシュは周りの敵を数体単位でなぎ倒し、スティックは後ろの敵までをも貫いた。

 現在は門の前から、戦闘場所が序所に草原の方へと移り始めている。

 門の前を掃討したことで、門を守備していた兵士たちが、増援の兵と共に反撃を開始したのだ。

 誰もが対魔物の訓練を体に叩きこまれたエキスパートたちだ。

 戦闘は防衛戦から乱戦の様子を呈してきていた。

 そんな中、一気は大きな声が戦場に響く。


「一斉にかかれ! 相手は一匹だ!」


 隊長格の兵士が叫び、数人の兵士が一体の魔物に斬りかかる。

 しかし魔物はその兵士を一振りでなぎ払った。

 兵士たちの断末魔とともに、魔物が声を上げる。


「所詮人間はこの程度か!」


 四本の腕を次々に操り、兵士の持っていた剣を奪い振るう。

 その剣でさらに兵士の犠牲は増えて行った。


「あいつ、隊長格か!」


 エースは新たな目標にその魔物を定め、斬りかかった。


「甘いわ!」


 エースの斬撃を魔物が受け止める。


「何者だ!」

「魔王軍、東部隊部隊長ゴルドだ!」

「やはり部隊長か!」


 つばぜり合いから離れ、体勢を整える。

 ゴルドも真っ向から勝負する気の用で、エースに四つの瞳を向ける。


「貴様何者だ? 他の兵士とは違うな」

「勇者エースだ!」

「ククク、なるほど勇者か。ならばここで討ち取ろう」


 四本の腕で切りかかる。エースはそれをまともに受けることはせず、流すだけに止めた。

 そして距離をとる。

 こちらの手は二本、対して相手は四本だ。名実ともに手数で負けている。


「走れ光の刃! ライトニング・アロー、ワンショットシフト!」


 距離をとりながらも、発動が早く、比較的威力の高いワンショットで相手をけん制する。


「甘いわ!」


 ゴルドはそれを持っていた剣で切り裂いた。

 その反動で、一般の兵士に支給されている鉄剣が壊れる。


「脆いな。俺の拳より脆い!」

「まだまだ一気に行く! スティック!」


 エースが突きを放つ。何のフェイントもないただの刺突は簡単にかわされた。

 だが、そんなことはエースも重々承知している。

 かわされた瞬間に合わせるようにスティックからスラッシュに技を変えゴルドの腹を薙ぐ。

 だがそれも皮一枚を切る程度にかわされた。


「やるな」

「まだ止まらない!」


 魔物の部隊長は楽しそうに口元をニヤケさせるが、エースは長期戦に持ち込むつもりは無かった。

 スラッシュ、スティック。これら二つの技は、ただ斬撃を放ったり、強い刺突をするだけの技では無い。その程度ならば少し訓練した一般人にも出来る。

 精霊石の能力の真骨頂は、その先にある。


「スティック!」

「なに!?」


 真骨頂。それは技名と能力の発動を意識することで、強制的に所有者の体を動かすことだ。だからこそ、普通攻撃が出来ない姿勢からの追撃を可能にする。


 ――グジュッ


 魔物の腹に剣が突き刺さる。


「どうだ!」

「クッ……」


 魔物は後ろに飛び、剣に開けられた腹を押さえる。


「これでとどめだ!」


 膝をついたところに、エースが切りかかる。

 しかしそれは、周りにいる魔物たちがゴルドを庇うように立ちはだかったことで防がれてしまう。魔物が守る間に、ゴルドは自分の影の中に消えてしまった。


「チッ。邪魔だ!」


 当てつけのように、立ちはだかる魔物をスラッシュでなぎ払う。

 魔物側の総隊長が負傷し前線を去ったことで、魔物たちの士気が落ち、前線が崩壊した。


   ☆


「なかなかやりますね、この私と対等とは」

「はぁはぁ……まだまだこれからです!」


 南門では、トモネの前にも南部隊部隊長が立ちはだかっていた。

 一見なよなよしい肉体だが、その内には強大な力が秘められていた。トモネは次々に魔物の体を拳で打ち抜いてきたが、この魔物にだけはそれが通用しなかった。

 グッと拳を握りこみ、構える。

 カズマは上空から迫る魔物たちにかかりっきりになり、トモネの援護をしている余裕は無い。たとえ有ったとしても、全力で殴り合うトモネとその魔物の間に援護を入れるのは不可能だっただろうが……


「すみませんが、こちらはあまり時間がないのです。だからさっさと通らせてもらいますよ!」

「させません!」


 トモネが拳を振るい、魔物がそれを受け流す。

 流されたところを通り抜けるように膝を置く。しかしこれも一歩ズレることでかわされた。

 そして体勢を立て直す前に反撃の拳が来る。

 それをガードするも、威力が強く受けきれないと判断したトモネは倒れるように後退し、すぐに立ち上がった。


「今のパンチを受け止めますかぁ。普通なら骨が砕けるはずなんですけどねぇ」

「獣人をなめないでください!」

「なるほど、その硬さと俊敏さはやはり厄介ですねぇ」


 魔物は愉快そうにクックックと笑う。


「その笑い方も不快です!」


 苛立ちを募らせるトモネ。

 そんなトモネを楽しむように、今度は魔物から攻め込んできた。

 振り下ろされる拳を左手で受ける。そして右手で魔物の腹に拳を叩きこむ。

 しかし、その拳は届かない。魔物の背中から新たに二本の腕が飛び出し、トモネの腕を押さえた。


「しまった!」

「知っていますかぁ?部隊長クラスは全員腕が四本以上あるんですよぉ」

「腕を止められたなら、蹴ればいいんです!」


 初速の無い状態からの蹴り上げはそれほど威力が出ないが、獣人の瞬発力を使えば、人間の比では無い威力が出せる。

 トモネはそれで魔物の足を狩ろうとした。


「甘いですねぇ」

「そんな!?」

「腕は四本だけとは限りませんよぉ?」


 蹴りを入れようとした魔物の太ももから、新たに手が飛び出し蹴りを受け止めていた。


「私は五本の腕を持っていますからねぇ。さて、手も塞ぎ足も止めた。しかし私には後一本左手が残されています。この意味がお分かりですねぇ」

「まだ足は残っています!」

「おや」


 トモネは器用に尻尾でバランスを取りながら、残った足で魔物を蹴りつける。

 思わぬ奇襲をくらった魔物の拘束が緩む。その隙にトモネは魔物から抜け出し距離をとった。

 魔物は蹴られた腹をさすりながら楽しそうに笑う。


「いいですね~いいですね~。予想外の反撃は、私大好きですよぉ」

「いい加減諦めて帰ってください!」

「それはできませんねぇ、魔王様のご命令ですからぁ」

「その魔王って何者なんですか!?」

「美しい女性ですよぉ。おっとこれは人間には秘密でしたねぇ」

「どう言うことですか!」

「秘密ですよぇ」

「トモネさん!」


 そこに一本の矢が飛来した。


「カズマさん、空は!?」

「大方片付きました。強化型じゃないとやはり柔らかいですね」


 今まで強化型の魔獣とばかり戦ってきたカズマにとって、普通の動物と変わらない柔らかさを持つ魔物や魔獣は非常に楽な相手だった。


「おやおや、邪魔が入ってしましましたねぇ」

「私には好都合です!」

「私には不都合ですねぇ、ここは引きましょうか」


 あまりにも簡単に引き下がろうとする総隊長の魔物に、トモネが思わず素で驚く。


「そんなに簡単に引いていいものなんですか?」

「私たちの役目は陽動と時間稼ぎですからねぇ、役目はすでに終わっているのですよぉ。それではまたいずれどこかでぇ」


 魔物は自分の影に沈んでいってしまう。


「陽動?」

「トモネさん。まだ魔物はいます! 今は目の前のことに集中してください!」

「は、はい!」


 カズマに諭され、トモネは近くの魔物を殴り飛ばした。


   ☆


「多いわね……」


 シルビアは魔物と魔獣に囲まれていた。

 住民の避難はほぼ済んだが、町には火の手があがり、かなりひどい状態である。

 周りを見ながら警戒していると、死角から魔物が攻撃を仕掛けてきた。

 しかし、能力を使っているシルビアに死角は存在しない。

 いとも簡単にかわし、背中を切りつけた。

 完璧すぎる対応に、周りの魔物たちに動揺が走る。

 そこに一体の女性型魔物が出てきた。


「あんたやるわね」

「あなたは、他の奴らとは違いそうね」

「ええ、私は西部隊隊長のシャールよ。よろしくね」

「よろしくされる言われはないわ。あなた達にはここで全滅してもらうんだからね」

「ふふ、強気な子は好きよ」

「何あなたそっち系?」

「失礼ね。強気な子が好きなだけで、別にそっち系では無いわ」

「まあいいわ。とにかく覚悟しなさい! 行くわよ、プロメテウス!」

「あなた達は先に行きなさい。この子は私が抑えるわ」


 シャールの言葉に、シルビアを囲っていた魔物、魔獣達が一斉に動き出す。


「させない!」

「だめ」


 逃がすまいと振ったプロメテウスは、シャールによって防がれる。

 タイミングの良いことに、そこに王城からの増援部隊が到着した。


「増援部隊は周りの魔物達を掃討して! こいつは私一人で十分よ!」

「あら、なめられてるのかしら?」

「事実よ!」


 散った魔物達を兵隊に任せ、シルビアはシャールと切り結ぶ。

 プロメテウスの未来視は、シャールのかわしきれない方向を明確に見せる。

 しかし、シャールはかわすことなく、剣を受けることで防御した。


「あなたのその能力は厄介ね」


 シャールは先ほどまでの戦闘で、シルビアの能力にあたりを付けていた。


「ならさっさと諦めて死になさい!」

「いやよ」


 剣を何度もシャールに打ち付ける。しかし、シャールも的確にそれを捌く。

 未来視で先が見えようとも、シルビアにはその先にシャールに当たる未来が見えなかった。

 純粋な運動能力で負けている。

 未来視は先を見せることはできても、運動能力を上げたり反射神経を上げることはできない。

 自分の体の限界を超えることはできないのだ。


「これじゃ切りが無いわね!」

「ならこっちから攻めるわね」


 シャールが大きく後方に引く。そこに逃すまいとシルビアは飛び込もうとするが、プロメテウスの未来視により、とっさにその行動を中断した。


「やっぱり未来視は厄介ね」


 シャールの体から新たに四本の手が飛び出した。

 それは肩甲骨の位置とわき腹から二本ずつだ。


「なかなかグロい体してるわね」

「女性にグロいだなんて失礼ね。これは力の証なのよ」

「どうでもいいわよ」

「それもそうね。じゃあ頑張って防いでみてね」


 先ほどまでの三倍の攻撃がシルビアを襲う。それは剣撃だけでなく魔法も加えられた厄介な攻撃だった。それをプロメテウスを使い、ギリギリでかわしていく。だが、確実に追い詰められていった。


「やっぱり体は普通の人間ね。対応出来ないんでしょ?」

「五月蠅いわね!」


 シルビアは自分の限界を指摘され、苛立った。その苛立ちにはやすやすと人間の動きの限界を超えているエースやキールに対する嫉妬も混じっていたかもしれない。


「私は人間なんだから仕方ないでしょ!」


 苛立ちに任せて大きく(・・・)相手の攻撃をはじいてしまった。


「しまっ……」


 大きくはじいたせいで次の攻撃をかわしきれない。

 プロメテウスの未来にも、攻撃をかわす未来は存在しない。

 とっさにダメージを最少にするため自分から後方へ飛ぶ。そこにシャールの魔法が当てられた。

 吹き飛ばされ、民家に突っ込む。

 民家の外壁を突きやぶり、中に倒れた。


「クッ……」

「ヒッ!」


 シルビアが倒れた民家の中で、思わぬ声に顔を上げる。


「なんで!?」


 そこにはまだ幼い少年が一人泣きながら隠れていた。

 そこにシャールが入ってくる。


「あら、可愛い坊やね」


 ニタッと笑うシャールの笑みは、シルビアと戦ってきた時以上に凶悪だった。

 その表情をみた少年が体を硬直させる。


「逃げなさい!」

「どこに逃げるのよ」


 とっさに叫ぶが、周りは魔物がどこから飛び出すか分からない状態である。

 シャールの言うとおり、逃げる場所など無かった。


「クソッ!」


 気合いをこめて立ち上がり、剣を構える。

 壁に突っ込んだ際にいたるところを打撲して、体が悲鳴を上げている。

 シルビアの目はすでにかすみ始めていた。


「あら、まだ頑張るのね。なら坊やの前で、人が無惨に死ぬところを見せてあげようかしら」

「そんなことさせる訳無いでしょ!」


 その言葉とは裏腹に、体はどんどんと重くなる。

 肋骨が何本か折れているのか、息も苦しくなる。

 だが子供の前でだけは倒れる訳にはいかなかった。孤児院で育ち、成長しながら孤児院に入ってきた子供たちの面倒を見てきたシルビアだからこそ、この場で子供を守らなければならないと強く感じる。

 ――拾ってもらい、助けてもらった。だから今度は自分が助ける番。


「負けられないのよ! 今だけは!」


 痛みを無視し、苦しさを無視し、目の前の倒すべき敵にすべてを集中させる。

 一挙手一投足そのすべてを逃すまいと凝視する。

 シャールが動く。右側三本の腕に魔法を溜める。左手側の三本がシルビアを捕まえようと腕を伸ばす。

 プロメテウスが未来を見せる。

 動かなければ、腕に捕まり魔法を全身に浴びて死ぬ。

 右腕を切れば、腕に捕まり、三本の腕で力任せに体を引き裂かれる。

 左腕を切れば、魔法を全身に浴び、倒れる。

 すべての未来がシルビアの敗北を告げる。だが、そんなことは今のシルビアは気にしない。見えた未来のさらに先を予想する。そして選ぶ―――


 ―――左腕を切る未来を。


「そこ!」


 プロメテウスによって伸ばしてきた左腕が一息に切りあげる。

 切断は出来なかったが、それでも捕まることは防ぐ。

 しかし次の瞬間には、右手の魔法がシルビアに襲いかかる。

 二つは避けれた。だが一つはどの未来でもよけきれない。ならば避けずに一歩進む。

 わき腹から出た腕の魔法で、シルビアのわき腹が抉られる。だが無視する。


「死ねぇぇぇぇぇぇえ!」


 切り上げた剣を全力で振り下ろした。

 肉を切り骨を砕く感触が手に伝わる。


「馬鹿……な……」


 袈裟切りにバッサリと切られたシャールが、その場に倒れ動かなくなる。


「どんな……もん……よ」


 それを確認したシルビアも、多量の出血と全身の打撲、骨折で意識が遠のいていく。

 シルビアが意識を失う直前に見た光景は、泣いている子供と駆け寄ってくる兵士の姿だけだった。


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