勇者抜剣。相棒と開戦1
その情報がエースに届いたのは、王都に帰ってきて二日目。
王国騎士団と訓練が終わったところだった。
「魔族の目撃情報?」
エースにその情報を持ってきたのは、王国騎士副団長の男である。
エースが王都に来たばかりのころ、色々と戦闘の指導をいしてくれた、言わば師匠のような存在だった。
「ああ、なんでも近隣の林に隠れているのを冒険者が見つけたらしい」
「倒したのか?」
「いや、見つかった瞬間急いで逃げていったらしい。冒険者もそれほどランクが高くなかったらしく、追撃はしなかったそうだ。それで今朝、冒険者ギルドから連絡があった」
「すぐに逃げる?」
魔物は総じて好戦的だ。相手との実力差が開いている場合しか、戦闘を回避すると言う考えは浮かばない。それが見た瞬間に逃げるとは考えにくかった。
「騎士団の担任が二部隊ほどで捜索に当たっているが、特に進展はないようだな。一応エースの耳にも入れておこうと思ってな」
「助かる。ここに引きこもると情報が遅くなるんだよな」
「まあ、それは仕方ない」
訓練で流した汗をぬぐい、剣を鞘にしまう。旅の初めからずっと同じ剣を使ってきたが、そろそろ変え時だろうとエースは感じていた。
なんどか途中の村や町で研ぎ直しをしてもらっているが、それでも消耗は激しく、ここに戻ってくる際に遭遇した魔獣との戦闘で刃は一部が掛けてしまっていた。
「なあ」
「なんだ?」
「俺のもらった剣って普通のじゃないよな?」
エースがもらった剣は、旅立ちの時に王から直接手渡されたものだった。だからこそそう簡単に手放せなかったし、大切に扱ってきた。
「そいつか?」
「ああ」
「ただの鉄剣だぞ?」
「マジ?」
「マジだ」
エースに衝撃の事実発覚である。まさか普通の剣を手渡されるとは思っていなかった。やけに切れ味も良かったし、何より他の剣より輝きが違うと感じていた。しかしそれは単純にエースの技量と王から手渡されたという事実の幻だった。
「魔王を倒しに行くわけでもないのに、国宝級の剣なんかもらえるわけないだろ」
「いや、でも俺一応勇者だし」
「関係ないって。死ぬ時は誰だろうと一瞬で死ぬんだ。まあ、今回の功績で魔王城行く時は聖剣でも貸してもらえるんじゃないか?」
「くれるわけじゃないんだな……」
「聖剣っつても特に凄い精霊が宿ってる訳でもないし、凄い魔法が掛かってるってわけじゃないからな。ただドワーフが鍛えて、エルフがこれはすごい剣だって保証しただけだし」
「そんな普通の剣なのか?」
伝説と呼ばれる聖剣なのだから、なんでも切れる魔法が掛かっていたり、凄い精霊が宿っている物だとばかり思っていた。
「噂になるような凄い聖剣があるなら、とっくに王様直々に魔王殺してるだろ」
「確かにあの方ならやりかねないな」
娘のために聖剣を振り回し、魔物をなぎ払う王様の姿を想像して、二人してプッと噴き出す。
「さて、じゃあ俺は仕事に戻るぜ」
「ああ、情報ありがと」
副隊長が兵舎に戻っていくのを見送り、再び剣を抜く。
「ただの剣だったのか。そこまで大切にする必要もなかったな」
何度か軽く振って、感触を確かめる。
手に吸いつくようになじんだその剣を今さら手放そうと言う気にはなれなかったが、それでもやはり新しい剣は欲しい。
「これをナイフにしてもらって、新しい剣買おうかな」
勇者も国の騎士として登録しているため給金は支給されている。旅をしていた間は受け取ることが出来なかったが、それも戻ってきたときにまとめて受け取ってある。
そのため、今のエースの持ち金ならば、鉄剣よりいいものをいくらでも買える状態だ。
「買いに行くか。シルビア! トモネ!」
「ん? なに」
「何でしょう?」
模擬選をやっていた二人を止め、城下町へ剣を買いに行くことを説明した。
「なら何かお昼ごはん買ってきてよ」
「私もお願いします」
「食堂は使わないのか?」
「昨日の夜のこと思い出してみなさい。私たちが行ったらそれだけで人だかり出来て迷惑かけちゃったでしょ」
「そう言えばそうだったな」
勇者とその仲間ということで、今エースたちは色々な人から声をかけられる。
食堂へ行った時などは、ちょうど食事時と言うこともあり、大勢の騎士やメイドが食堂に集まっていた。
そこにエースたちが入って行ってしまったものだから、食堂はエースたちと話したい人で押しあいになり、一時期パニック状態になってしまったのだ。
「だから夕食も時間ずらすし、昼食は外で食べようって思ってたのよ。私たちはもう少し訓練してるから、城下町行くならついでに買ってきちゃってよ」
「ああ、そう言うことなら了解。でも剣選ぶから少し遅くなるぞ?」
「買ってきてもらうんだし文句は言わないわよ」
「了解。何が良い?」
「私はサンドイッチね。市場にある喫茶店のがおいしいからそこのお願い」
「トモネは?」
「私も同じものを」
「了解。じゃ、行って来るわ」
『行ってらっしゃい』
二人に見送られながら、訓練場を出た。
☆
「すみませーん」
エースは、シルビアから予め聞いておいた店に到着した。
大通りからは一本入ったところにあり、場所が若干分かりにくいし、店は汚いが、物だけは一級品だと言う。けなしているのかほめているのか、よく分からない勧め方をされた店だ。
その話しにあたがわず、店の前にはごみが散乱し、中も鎧や剣が無造作に置かれていた。
掃除も行き届いていないようで、剣や鎧に埃がかぶっているのもある。
本当に大丈夫か心配になりながらエースは声を掛けたのだった。
「なんだ?」
奥から出てきたのはひげをたっぷりと蓄えた小柄な男。
特徴からしてドワーフなのだろう。不機嫌そうにエースを睨みつける。
「シルビアの紹介で来たんですけど」
その言葉を聞いた途端、ドワーフの表情は一変した。
「なんじゃ、シルちゃんの知り合いかの。何の用じゃ剣か槍か? それとも鎧かの?」
「剣と後打ち直しをお願いしたいんですけど」
「ほう、打ち直しか。構わんがどれをどうするんじゃ?」
「この剣をナイフにしてほしいんです」
エースはドワーフに剣を鞘ごと渡す。
受け取ったドワーフはさやから刀身を抜き、その様子を確かめる。
「確かにだいぶ痛んどるの。じゃがナイフなら最高の物が出来そうじゃ。なにか要望はあるか?」
「今の握り心地が最高なんで、グリップはそのままに。あと長さは三十センチぐらいでお願いできますか?」
それが動物を捌くのにも、物を加工するのにもちょうどいい大きさだ。
「ふむ。了解した。これなら二日あれば出来る。金は先払いだがな」
「それでお願いします」
「後は剣か……坊主、そこの中から好きなの選べ」
ドワーフが促したのは、乱雑に置かれた剣の山だった。
そのどれもが痛んでいたり、傷ついていたりで、売り物として出していいレベルをはるかに下回っていた。
「これしかないのか? 新品とか」
「ないな。家はもう新しくは作っとらんのじゃ。なにせこの年だからな。一本作るごとに腰が悲鳴をあげよる」
「そうなのか……」
シルビアの勧めだからいい剣が手に入ると思っていたのだが、少し残念だと落ち込む。
シルビアの両手剣がそれほどまでに良いものだからだ。
「なに、そこにあるのはどれも一級品じゃよ。それをわしが鍛え直すんじゃ。物としては新品同様になる。全部一本金貨十枚じゃ」
「そう言うことか」
新しい剣を作れなくても、鍛え直しぐらいなら出来ると、だから中古の中から一番合うのを選ばせ、それを鍛え直す。
剣は使えば使うほど、エースの剣のように所有者にしっくりくるものだ。それは剣が戦場の雰囲気を経験しているのではないかと言われている。
この方法ならば、後は自分と剣を合わせるだけで済む分、すぐに馴染むようになるのだ。
「わしは炉に火を入れてくる。決まったら声を掛けてくれ」
そう言ってドワーフは奥えと戻っていった。
☆
ごそごそと剣をあさる。
しかし剣の量が多すぎてどれにするか決めかねていた。
「なんじゃ坊主、まだ決めとらんかったのか」
炉に火を入れたドワーフが戻ってきた。
「ああ、多すぎてどれがいいのかさっぱりだ」
「なら直感に掛けてみたらどうじゃ。剣も持ち主を選ぶからな。その物が良いと思ったものが最高とは限らん。お互いに引かれ合ったものこそ最高のパートナーとなるじゃろ」
「そんな考えもあるのか」
目を閉じ、精神を集中させる。
目の前にある剣の山にゆっくりと手を伸ばし、触る。
安全を確認しながらだんだんと手を奥へと進めて行く。
そして一本の剣が手に触れた。
「これだ!」
柄を掴み、思いっきり引きぬく。
「ほう、それを引いたか」
ドワーフが関心したように唸った。
エースが引きぬいた剣は、普通の鉄剣とさほどフォルムは変わらない。
しかし素材が違うのか、少し重さも違う。そして一番の特徴が、その剣の刀身に宝石のようにきらめく玉が埋め込まれていた。
「なんだこの玉」
「それは精霊石じゃよ」
「精霊石?」
「なんじゃ知らんのか?」
「精霊は知ってるけどな。精霊石は初耳だ」
「精霊石っちゅうのはな、精霊の力を込めた玉のことじゃ」
「まんまだな。なにか使えるのか?」
精霊の力を使えるのは、極一部の精霊の魔力と呼ばれる才能を持つ者だけだ。
エースは使えなかった。
なんでも出来るキールのことだから、もしかしたら使えるのかもしれないが、使ったところは見たことが無い。
エルフであるカズマも少しは使えるかもしれないが、それはカズマがエルフだからで、普通の人間ならば五万人に一人の確率でしか使えないと言われている。
それほどまでに珍しいものだった。
「精霊石は誰にでも使える訳じゃない」
「じゃあ意味ねえじゃねえか」
ドワーフの言葉を聞いて落胆した。使えないのではただの飾りにしかならない。下手に金属部を減らしている分、剣としては二流品だ。
「まあ、待て。おぬしはそれを直観的に引き当てたじゃろ。それはもしかしたらその剣に、つまりその精霊石に認められたってことかもしれん。精霊の力は特別な魔力を持っとらんと使えんが、精霊石は選ばれれば使えるようになる」
「そうなのか?」
「精霊が力を貸す人を選ぶように、精霊石も人を選ぶ。だがそれは才能とは関係ない部分で選んどるんじゃ。じゃから才能が無くても精霊石を使うのには関係ない。ためにし裏で使ってみろ」
ドワーフに促されるまま、エースは裏庭へ出る。
「どう使うんだ?」
「剣を構えて精霊石に意識を集中させてみ。使えるんなら精霊石が使い方を教えてくれる」
言われた通りに構え、精霊石を凝視する。
「凝視するんじゃのうて、集中せい!」
「あ……ああ」
集中……集中……
すると剣の中へもぐりこむような感覚に襲われた。
そしてさまざまな場面がエースの瞳に映る。
戦場、洞窟、海、森、魔物、魔獣、人、獣人、エルフ……
それは間違いなく剣の記憶だった。エースが今構えている剣のこれまでの記憶がエースの目に映る。
そしてそれは不意に消えた。
「どうじゃ?」
「分かったぜ」
ただ念じればいい。それが精霊石の使い方だ。そしてその能力も、先ほどの剣の記憶で分かった。
「じいちゃん、少し離れてな」
注意を促してから上段に構える。
そして一気に振り下ろした。
ザシュっと音がして、一瞬にしてかかしが真っ二つになる。
それも鉄の鎧ごとだ。
それを確認した後、今度は剣を見る。
刀身に傷一つなく、太陽にきらきらと輝いていた。そして玉の部分も白く輝いている。
「通じ合ったようじゃな」
「ああ。完璧だ」
「ならその剣でいいじゃろ。今から鍛え直すから、明日の朝には出来とるぞ」
「了解。なら明日朝一で来るよ」
「待っておるよ」
エースはドワーフにナイフと剣の分の金を渡し、ウキウキ気分で城に戻った。
すっかりシルビアたちの昼飯のことなど忘れており、再び城下町へパシらされたのだった。