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勇者帰国。歓迎と日常3

 シルビア、トモネ、カズマの三人は市場を歩く。向かうのは、その先にあるコリンの店だ。


「では私はこの辺から見ていこうと思いますので」

「そう、分かったわ。市場はあと西の方にもあるから時間があるならそっちも見てみると良いわよ」

「ありがとうございます」


 そう言い残し、カズマは一軒の露店へと吸い込まれていった。


「コリン元気にしてるかしらね」

「向こうから手紙を受け取ることはできませんから歯痒いですね」

「そうなのよね。こっちから手紙は出せても、向こうの状況が分からないのは寂しいわ」


 話しながら市場を進むと、一人の男に声を掛けられた。

 それは喫茶店のマスターだった。買い物帰りなのか、大きな紙袋を抱えている。


「シルビアちゃんじゃないか。久しぶりだね」

「あらマスターじゃない。少し老けた?」

「出会いがしらに酷いこと言うね……僕だって気にしてるんだよ?」

「ごめんごめん」


 シルビアは笑いながら返す。マスターも同じように笑う。


「これからコリンちゃんのところかい?」

「ええ、久しぶりに帰って来たんだもの。あとで孤児院にも顔を出すつもりだけどね」

「そりゃみんな喜ぶだろうね。じゃあみんなによろしくね」

「ええ、ちゃんと宣伝しといてあげるわ」

「はは、ありがとう」


 紙袋を抱え人並みに消えていくマスターの背中を見送りながら、トモネが聞いてきた。


「今の人って」

「ええ、前話した喫茶店のマスターよ。時間があったら今度いきましょ」

「ぜひ!」


 次に会ったのはなんとなく予想していた通り、果物屋の店主だった。


「シルビアちゃん帰ってきてたのかい」

「ええ、今日ね。また少ししたら出て行っちゃうけど」

「なんだ、そうなのか。コリンちゃんが寂しがってたよ」

「今から行くところよ」

「そうか、ならこれ持ってきな」


 店主はそう言って、持っていた梨を渡してくれた。


「いいの?」

「ああ、カーちゃんには内緒だぜ」

「残念だけど、後ろにいるわ」


 しっかりと梨を貰い、店主の妻にお辞儀をしてから店を後にした。

 後ろから「ごめんかーちゃん! 帰らないで!」と必死に説得する声が聞こえるが、特に気にしない。毎度のことなのだ。


「今のが果物屋さんの店主さんですか」

「そうよ。後でコリンと一緒に食べましょ」

「はい!」


 次々と声を掛けられるのに律儀に返しながら、シルビアはトモネを連れてコリンの店の前までやってきた。


「相変わらず人がいないわね……」

「話に聞いていた通りですね……」

「じゃあ入りましょ」


 シルビアを先頭に店の中へ入って行く。

 店は相変わらず薄暗い。そして案の定コリンは――寝ていた。

 レジの机にうつぶせに眠っている。美味しい食べ物の夢でも見ているのか、口からよだれを垂らしながらにやけた顔をしている。

 その姿を見て、シルビアは大いにあきれた。そして大きく息を吸い込む。


「コリン!」

「は、はい! いらっしゃいませ!」

「ただいま」

「……、お姉ちゃん!」


 コリンはレジから飛び出しシルビアに抱きつく。

 思わぬ勢いに、シルビアがよろけた。


「ちょっといきなり危ないわよ」

「久しぶりだね! お姉ちゃん!」

「あ~はいはい、ただいま。ほら紹介したい人もいるから離れて」


 がっちりと抱きついたコリンを、強引にひきはがしトモネに目線を向ける。

 何が言いたいか理解したトモネがそこで前に出た。


「はじめましてコリンちゃん。トモネです」

「わあ! トモネさんだ! ほんとに手紙に書いてあった通りの人だ。雑貨屋の店主のコリンです! よろしくお願いします!」

「コリン、立ち話もなんだし奥行きましょ。果物屋さんに梨もらったしね」

「うん!」


   ☆


 エースは、王城の廊下を歩いていた。向かっているのはもちろんマリアの私室である。


「さっき謁見の間で見た限りじゃ元気そうだったけど」


 エースには一つ気がかりがあった。それはマリアと神官たちの関係である。

 エースが城にいたころも何度かマリアが神官から言い寄られているのを見たことがあり、そのうち何度かは割り込んで助けたこともある。

 神官たちは、今まで世界最大宗教の権力を持って、王城で色々な発言権を得てきた。

 しかし、全くの一般人が突然ホーライトからフィロの信託を受けたなどといって現れれば、わずらわしく感じるのは当然だろう。

 基本的(・・・)にはおとなしいマリアは、そんな苛立ちを募らせる神官たちの良い標的になっていた。

 エースがそばにいるときは表立って何かをすることはなかったが、旅に出た後、ずっとそれが気がかりになっていたのだ。

 考えているうちにエースはマリアの私室の前に来ていた。


「マリア、エースだ。いるか?」


 ドアをノックするが、反応は無い。

 今は特に礼拝の時間でもないし、前はこの時間はいつもいたのにおかしいなと考えながら、エースはドアノブに手を掛ける。


「マリア?」


 声を落としながら部屋を覗くように扉を開けた。

 部屋の中にマリアはいた。ただベッドに横になりすやすやと眠っている。

 それを確認してそっと扉を閉めようとすると、不意に後ろから声を掛けられた。


「行かれないのですか?」

「ひっ……」


 自分で強引に口を塞ぎ声が漏れないようにする。

 驚いて後ろを振り返れば一人のメイドがたたずんでいた。その顔エースは見覚えがある。


「確か……マリア付きのメイドの」

「はい、リリーでございます」

「やっぱりか。で、いきなりびっくりするじゃないか」


 先ほどの出来ごとに対して、エースは抗議の声を上げる。

 危うく声でマリアを起こしていしまうところだった。


「いえ、せっかくマリア様が無防備な姿で眠っていらっしゃると言うのに、なぜ襲わないのかと?」

「誰がするか!」

「マリア様のことはお嫌いですか?」

「いや、そう言う問題じゃないだろ!?」

「大丈夫です。誰にもばれません」

「そう言う問題でもないわ!」


 エースはこのメイドが苦手だった。キールのように上から来るのでもなく、かと言って無関心でもない。

 淡々とエースをからかい、そしてこっそりと楽しむ。それがリリーだった。


「さて、冗談はこのくらいにして、私がマリア様を起こしてまいります」

「いや、良いよ。せっかく眠ってるんだし眠らせておけば」

「いえ、マリア様からエース様がいらっしゃったら起こすようにと仰せつかっておりますので」

「そうなのか? なら頼む」


 そう言うことならとエースはリリーに頼んだ。

 リリーが部屋に入り、しばらくすると声が掛けられる。その声は懐かしいマリアのものだった。


「どうぞ入ってください」

「おじゃまします」


 扉を開け、中に入る。部屋にはどことなく女の子特有の甘い匂いに満ちていた。


「エース様、鼻息を荒くしてどうなさったのですか?」

「しとらんわ!」

「このやりとりも久しぶりね」

「毎回こんなことやらされるこっちの身にもなってくれ」

「ふふ、良いじゃない。面白いんだから」


 テーブルを挟んでマリアの正面に座る。マリアの部屋で話すときの定位置だ。

 座ると同時に、リリーがお茶を出す。


「ありがとう」

「そんなふとした優しさ程度で、私がときめくと思ったら大間違いですよ?」

「そんな期待は微塵もしとらんわ!」

「そんな、私には女としての魅力は無いとおっしゃるのですね……」


 リリーがよよよと泣く真似をする。しかし、その表情は無表情であり、かつ手は機敏に茶菓子の準備をしている。

 非常にシュールな光景だった。


「エース、お帰り。無事に帰ってきてくれて嬉しいわ」

「ああ、ただいま。まあ、しばらくしたら今度は決戦だけどな」

「私が毎日お祈りしているから大丈夫よ」

「それなら安心だな」


 マリアと談笑しながら、話は自然に旅の内容へと移って行った。


   ☆


「やっぱり実際に聞くと凄いことしてんだねぇ」

 

 しゃくしゃくと梨を齧りながら思い出を語る。


「自分でも話してて呆れてきたわ」

「他人視点に立つと非常識ぶりに拍車がかかりますね」


 キールと会うまでは割と普通の旅をしていた気がする。しかしキールとあってから何かが変わった。

 エースの調教から、盗賊の襲撃、盗賊のアジトごと洞窟をつぶしたり、ゴブリンの大規模な群れにたった数人で突入。最終的には全滅させて出てくるなど普通の人間が行える所業では無い。

 しかもその間に、事件に巻き込まれるようにして見つかる仲間たち。


「でも今度行く魔王城はもっと酷いところなんだよね?」


 コリンが噂で聞くウィンティアと魔王城は、かなり過酷な場所だと言うぐらいだ。

 何しろ具体的な話が出てこない。それはウィンティアへ行って、帰ってこれた人が少なすぎるからだ。


「そうね。何しろ魔王の本拠地だもの」

「これまでみたいには行かないんでしょうね」

「怪我とか気をつけてよ?」

「大丈夫よ。こっちにはエースもキールさんもいるし」

「その二人は大丈夫かもしれないけど、いつもその二人がそばにいるとは限らないんだよぉ。引き離されるかもしれないし、病気になることだってあるかもしれないんだから」

「む……それもうね」

 

 コリンの思わぬ正論に、押し黙る。


「私たちももう少し強くならないといけないかもしれませんね」

「そうね、いつまでも二人に頼ってられないし」

「頑張って二人とも!」

「ええ!」

「はい!」


 切った梨を食べ終わったところで、シルビアがそろそろと言って立ち上がった。


「もう行くのぉ?」

「この後孤児院にも顔出すつもりなのよ。あんまり遅いと悪いしね」

「そっかみんなによろしく言っといてぇ」

「了解」

「じゃあおじゃましました」

「また来てね!」

「はい。必ず」


 コリンの見送りを背中に店を出る。外は徐々に日が傾き始めていた。


「じゃあ次は孤児院ね。ここからならそんなに時間はかからないわ」

「楽しみです!」


   ☆


「何よそれ!? エース勇者なんでしょ! なんでそんなぼこぼこにやられてるのよ!」

「ちょっ、落ち着けってマリア」

「そうですよマリア様。それがエース様の趣味なのだから受け入れなくては」

「趣味じゃねえよ!?」


 キールの話題が出たときのマリアの反応だ。

 確かに、エースは勇者だし、キールは僧侶だ。普通ならエースがリーダーとしてメンバーを引っ張って行くものなのだろう。それが僧侶に傅く勇者など怒って当然かもしれないと思いながらも、エースは必死にマリアを宥める。


「確かにキールはかなり横暴だけど間違ったことは言ってないんだ。実際俺はあの時天狗になってて、シルビアの意見も全く聞かなかった。今思い出すとかなり恥ずかしいことしてたんだと思うんだよ」

「全くです。何が勇者だから当然ですか。そんなことを言っていたとは、私は嘆かわしい」

「いや……ほんと辛いんで」

「おや、ここまで黒歴史と化していましたか」


 リリーは少し驚いた。いつもなら鋭い突っ込みを入れる勇者が本当に落ち込んでいたのだ。


「リリー言いすぎよ?」

「すみません。加減を間違えました」


 リリーが素直に頭を下げる。


「結局ぼこぼこにやられて色々思い出してさ。前はなんか情緒不安定だった気がするけど、今はだいぶ落ち着いてきたし、結果としてはよかったと思ってるよ」

「うーん。エースが納得してるなら良いけど、私としては腑に落ちないわね」

「大丈夫だよ。別にいつも理不尽なことさせられてるわけじゃないし」

「させられてたまるもんですか!」

「マリア様はエース様のことになるとすぐ熱くなりますね」

「そんなんじゃないわよ!」


 マリアが顔を真っ赤にしながら否定する。


「では私は、変えのお茶を持ってまいりますので」

「ええ、お願いするわ」

「では失礼します」


 リリーが出て行った部屋で、エースとマリアは二人っきりになる。


「そう言えばそっちはどうなんだ? 神官から変な嫌がらせとか受けてないか?」

「大丈夫よ。私もいつまでもやられてばっかりのつもりはないもの。ちょっとずつ情報を集めて、エースが旅だった時には使えるように準備してたの。面白いぐらいに大人しくなったわ」


 マリアがニヤッと笑う。それがマリアの本当の笑い方だった。いつも、神官や王様の前では猫を被っているのだ。

 別に猫を脱いだからと言って性格が悪くなるわけではない。大人しく清楚な巫女のイメージを壊さないために猫を被っているだけだ。本当のマリアは、素直で元気のいいただの子供だ。そのことを知っているからこそ、エースはマリアの前では素直に話すし、マリアもエースのまえではかぶっていた猫を脱ぐ。


「良くそんな情報集まったな。そういうのって普通は厳重に隠されてるもんじゃないのか?」

「メイドさんの情報網を甘く見てもらっちゃ困るわ。私も初めは半信半疑だったけど、案外侮れないのよ」

「そうだったのか……俺も気をつけたほうがいいのかな?」

「やましいことでもあるの?」


 思わず口に出たが、エース自体考えてみればそんなものは無い。


「ないな」

「なら良いじゃない。私は猫がばれると少し困るかもしれないけど、王様は理解ある人だから大丈夫だろうし」

「そうだな。そんな王さまのためにも早く姫様を助けないと」

「気をつけてよ。ウィンティアってかなり危ないらしいから」

「ああ、気をつけるよ。さて、そろそろ俺は行くぜ。騎士団の方にも顔出しておきたいしな」


 マリアはその意味をなんとなく理解した。


「ああ、明日から訓練に参加するって言ってたわね」

「毎日の訓練の積み重ねだからな。サボるとすぐに腕が鈍りそうだ」

「変わらないわね」

「いや、変わってまた戻ったってところだろ」

「ふふ、ならキールって人に感謝しなくちゃいけないのは私の方かもしれないわね」

「ん? どういう意味だ?」


 言葉の意味が分からず、エースは眉をひそめる。

 先ほどまでエースをないがしろにされ、キールに対し随分と怒こっていたのだが、今度はさっきと正反対の感謝と言う。


「エースが昔のままなのはキールのおかげなんでしょ。なら感謝よ」


 マリアは椅子から立ち上がり、エースの元へ近づいてくる。


「エース」

「何だ?」

「エース、私はあなたのことが好き。大好き。だから変わらないで」

「な……マリアいきなり何を」


 あわてるエースをよそに、マリアは近づきエースの頭を優しく抱きしめた。


「変わらないで生きて戻ってきて。それが私の願い」


 猫を被っていない、素のままのマリアの頼み。切実な思いがマリアの温もりを通じてエースに伝わる。


「分かった。必ず帰ってくる」

「ただ帰ってくるだけじゃダメ。変わらないエースのままで帰ってきて」

「ああ、約束する」


 エースもマリアを優しく抱きしめる。

 そして一度離し、お互いに正面から見つめ合う。序所に二人の距離が近づいてゆき……


「良いところで申し訳ありませんが、お茶が入りました」

「きゃっ!」

「うおっ!」


 いつの間にか戻ってきたリリーがカップにお茶を注いでいた。


「リリー、いつの間に!?」

「マリア様がエース様の頭を抱きしめたあたりからです」

「いたんなら声掛けなさいよ!?」

「良い雰囲気を壊すのも何かなと思いまして」

「なら最後まで黙っててよ!?」

「そんな、肌を重ね合うお二人を、ただお傍で見ていろとおっしゃるのですか!?」


 その言葉を聞いてマリアの顔が先ほどより一層真っ赤に染まった。


「そこまで言ってないわよ! バカ! 知らない!」


 そこで限界が来たのか、マリアは部屋を飛び出して行ってしまう。


「リリー……お前な……」


 エースは小さく微笑んでいるリリーを見てあきれ顔で溜息をついた。

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