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番外編2:コリンの日常

「へぇ、全員見つかったんだねー」


 手紙から顔を上げて、コリンはうれしそうに呟いた。

 ここはコリンが経営を任せられている店。業種は雑貨店とでも言えばいいのだろうか。多種多様なものが置かれている。

 そんな中にコリンは一人、姉から貰った手紙を読んでいた。


「今度王都に戻ってくるんだ。久しぶりに会えるなー。僧侶さんとかメイドさんとかにも会ってみたいし、楽しみだなぁ」


 勇者のパーティーメンバーが全員集まったということで、今度王都に戻ってくることになったらしい。その後、北の魔王城へと向かうと言うことだそうだ。

 毎回手紙に出てくる面白そうな勇者の仲間たちに期待を膨らませながら、店の中をぐるりと見る。

 案の定閑古鳥が鳴いていた。

 そこに一人の女性が入ってくる。


「こんにちはコリンちゃん」

「お姉さんいらっしゃい」


 入ってきた女性は少し前から王都で美容院をやっているお姉さんだ。

 ちょっとした買い物と、商品の紹介で知り合いになり、今では休憩のたびに店に顔を出してくれる常連さんと化していた。


「今日も閑古鳥ね」

「うーん。困ったもんだよねぇ」

「全然困ってる風に聞こえないわよ」


 お姉さんはあきれながら苦笑い。

 コリン独特の雰囲気が、場の雰囲気を軽いものにしていた。


「お姉さんは今日はなにか探し物?」

「ううん。特にそういうのは無いけど、何か面白そうなものがあれば欲しいわね」

「美容院で使えそうな面白そうなもんかぁ」


 コリンはうーんと唸りながら最近仕入れた試作品を思い出してゆく。


「最初はコリンちゃんに紹介してもらったつるつるの布が物珍しくて来てくれる人が多かったけど、物珍しさが薄れてきちゃって、そろそろ新しいインパクトが欲しいのよね」

「新しいインパクトかぁ。でも私美容院って行ったこと無いんだよねぇ。だからどういうことしてるのかとかもよく分からないし」


 よく考えてみると、コリンは今まで美容院と言うところに行ったことが無かった。

 これでは当然新しいアイディアなど出てくるはずもない。


「あら、そう言えば前そう言ってたわね。なら家に来てみない?」

「お姉さんのところに?」

「そうそう、開店のときにいろいろ手伝ってくれたから無料にしてあげるわ。実際に体験してみて、何かアイディアが沸いたら教えてよ」

「うーん」

「ね」


 お姉さんにかわいく言われてしまうと断るのも申し訳ない。

 お姉さんなら信用もできるし、体験してみるのもいいかもしれない。これも商売のためだ。それに近いうちにお姉ちゃんが帰ってくるなら、可愛くもしておきたいとコリンは考えていた。


「わかったよぉ、いっぺん体験してみるぅ」

「ありがとう」


 こうしてコリンの美容院に行くことになった。


 特に店を開けてても客が来ないという、言っててむなしくなる状態なので、今日はもう店じまいをしてしまう。

 そしてお姉さんに連れられて、美容院へ向かっていた。


「おや?コリンちゃん今日店はどうしたの?」


 美容院に行く途中に、八百屋のおじさんに会った。

 おじさんは思わぬところでコリンに会え、ニコニコとしている。


「いまから初体験しにいくんだよぉ」

「コリンちゃんの初体験だと!」

「おじさん変なこと考えてませんか?」


 初体験と聞いて顔を赤くするおじさんを、お姉さんが睨みつけた。


「そそ……そんなことねえぞ」

「ほんとですか? コリンちゃんに誓えますか?」

「お……おう。もちろんでい」

「まあ、コリンちゃんに不埒なことしようとした人は、私が許しませんけどね!」


 そう言ってお姉さんは、いつの間にか取り出した愛用のハサミを、コリンの後ろにいた男に向けた。


「ヒッ!」


 男は驚いて尻もちをつく。


「私が気づかないとでも思いましたか? 分かってますよ? 死にたいんですか?」

「ご……ごご、ごめんなさい!」


 男はそれだけ言い残して逃げ去る。


「あんた凄えんだな」

「美容師なら当然のことです」


 ハサミをポケットに戻しながら澄ました顔で言う。


「美容師って職業が分からなくなってきたぜ……」


 おじさんは苦笑いだ。


「にしても最近王都の治安が悪化してきたな。今までじゃ、さっきみたいな奴は全くいなかったのによ」

「さっきの痴漢ですか?」

「おう。シルビアちゃんが冒険に出てからちょっとずつ治安が悪くなってきてら」

「シルビアさんと言うと、コリンちゃんの話に出てくるお姉さんですか?」

「そうだよぉ。勇者さんと冒険にいってるの」

「そのシルビアちゃんはよ、コリンちゃんの面倒みるために王都にいるときはちょくちょく市場を通って店に顔出してたんだよ。そのおかげで、市場は騎士が巡回してるなんて噂になって変な奴らは来なかったんだがな」

「そうだったんですか」

「お姉ちゃんなら今度帰ってくるって言ってたよぉ」

「まじか、コリンちゃん!?」

「うん。仲間が集まったから、一度王都に戻ってくるんだってー」

「そりゃいいこと聞いたな。最近はシルビアちゃんが見えないからあんな奴らが沸いてきちまったんだし、一回でも帰ってきてくれればまた治安も戻るだろ」

「面白そうな人いっぱい連れてくるけどね」

「そりゃ市場もにぎわいそうだ」


 コリンの面白そうな人とおじさんの面白そうな人に違いがあることを気づかないおじさんは、愉快に笑う。


「じゃあコリンちゃん行きましょうか」

「そうだねぇ」


 お姉さんにつられて再び歩き出した。



「ここが私のお店ですよ」

「おー。綺麗だねぇ」


 自分のボロ小屋同然の店とは違い、清潔感の保たれた綺麗な店内に、コリンは素直に感嘆する。


「まだ完成して間もないですからね。さあ、こっちに座ってください」


 大きなガラスの付けられた壁の前に案内される。

 そこに置いてある椅子の上に座って髪を切ってもらうようだ。


「じゃあ、今日はどんな髪型にしますか?」

「うーん。任せちゃってもいい?」

「じゃあ、すこし短くして整える程度にしておきましょうか? お姉さんも帰ってくるなら綺麗にしておきたいですよね?」

「そうだねぇ。じゃあそれでお願いします」

「はい。まかされました」


 お姉さんはそう言って、コリンの店で買った布をコリンにかぶせる。すると、コリンの体はすっぽりと布に隠れてしまった。

 コリンが緊張した面持ちで、じっと鏡の中の自分とにらめっこをしているのをおかしく思いながら、お姉さんは慣れた手つきでコリンの髪をカットしていく。

 コリンの髪はくせ毛の無いストレートだ。今は髪が伸びてきて肩までかかっている。

 お姉さんはそれを三センチほど切り、耳の少し下ぐらいまでの長さに整えてゆく。


「これぐらいでどう?」

「いいとおもうよぉ」

「よかったわ、じゃあ簡単に切った髪の毛払っちゃうから目瞑っててね」

「わかったよぉ」


 コリンが目をつぶるのを確認して、ぬれタオルで髪を拭く。

 洗ってしまう方が確実だが、美容院には髪を洗うような高級な施設は無い。

 だから髪を拭いて、できるだけ取るのが一般的だ。

 ぬれタオル、櫛、乾いたタオル、そして櫛。それを繰り返すこと数回。

 乾いたタオルに目立った切れ髪が無くなったところで終了だ。


「はい、お疲れ様」

「ありがとう~」


 綺麗に整えられた自分の髪を見ながら、コリンはにこやかに笑う。

 その表情に満足げにお姉さんも笑いながらグーッと伸びをした。

 その姿がコリンには気になった。


「お姉さんどうしたの~?」

「ん? ああ、大人ならいいんだけどね。背の低い人の髪を切るには腰をかがめないといけないのよ。その格好で三十分以上切ってるから腰が固まっちゃうんだよね」


 お姉さんは笑いながら腰を叩く。


「そっか。大変なんだねぇ」

「まあ美容院の宿命だから仕方ないけどね。椅子の高さなんて変えようがないから」

「椅子の高さかー」


 そこでコリンは孤児院出身の一人を思い出した。


「お姉さん、良いものがあるかも」

「ほんと!?」


 お姉さんは急に眼をきらきらとさせる。


「うん。すこし調べてみるね」

「お願い。やっぱりコリンちゃんを招待した甲斐があったわ」

「まだ確実じゃないからあんまり期待しないでねー。じゃあ今日はもう帰るよ。その商品のこともあるから」

「うん。また来てね」

「お金に余裕があったらねぇ」

「サービスするわよ」


 店の入り口までお姉さんに見送ってもらい、その日は家に戻った。


 家に戻り、早速孤児院出の知り合いに連絡を取るため、近所にある研究所へ向かう。

 そこは孤児院出の機械好きの青年、ツクモが発明用のラボとして使っている場所で、ツクモはいつもそこに引きこもっている。


「ツクモォ、いるかぁ?」


 ノックも無しに、研究所の中へ入って行く。

 そこにツクモはいた。ソファーに毛布をかぶって横になっている。


「なんだ、コリン」

「前言ってた発明のことで話があるんだよ」

「リフトのことか?」

「そうそう、それそれ」


 リフト。それが、コリンが注目した発明の名前だ。最近ツクモに紹介されて、何か使い道がないか聞かれたが、その時は何も思いつかなかった。

 ツクモは重い荷物を高い場所に運ぶために作ったと言っているが、試作段階のため、最高でも五十センチ程度しか上がらない。それ以上はもっと大きな機械が必要になってしまい、実用性に欠けるのだ。

 だが、今日お姉さんが腰を痛めている姿を見て、一つ思いついたことがあった。


「リフトってさぁ、人ひとり乗せたままでも上下させられる?」

「俺の発明だ。当然できる」

「ならその機械をさ、椅子に仕込むことってできる?」

「椅子に?」

「そう。椅子の足に入れて、人が座った状態でも上下できるようにするの」

「ふむ……」


 ツクモはソファーから起き上がり、考えるように顎に手を当てる。


「明日までに考えておこう」

「お願いねぇ。明日の昼ごろにくるから」

「わかった」



 翌日。

 約束通り、昼ごろに研究所へ行くと、そこには真ん中に大きな椅子が置かれていた。


「これ?」

「ああ、そうだ」


 四足の椅子ではなく、真中に太い足が一本生えているタイプの椅子だ。真ん中がやけに太いのは、その中に機械が組み込まれているからだろう。


「座ってみてくれ」

「うん」


 言われた通り、椅子の座る。

 その後ろにツクモが立った。


「ボタンは、椅子の背もたれのところに設置してある。言われた通り、後ろから動かしやすいようにしておいた」

「ありがと」

「じゃあ押すぞ」


 ツクモがボタンを押すと、ブブブブと引くい音がして、ゆっくりと椅子が上がって行く。


「真ん中にリフトを組み込んで、支柱自体を延ばす仕組みにした。これならほかのところに大掛かりな仕掛けを必要としない。持ち運びも可能だ」

「想像以上だねぇ」


 椅子ごと上下を繰り返しながら、コリンが面白そうに笑う。


「俺だからな。で、これでいいのか?」

「うん。ばっちりだよぉ。これなら紹介できそうだねぇ」

「なら後は頼んだぞ。試験品だから金は要らん。使ってもらうことを第一に交渉してくれ」


 コリンに交渉を任せるあたり、商売に関して何も分かっていないツクモだ。

 それにコリンは「分かったよぉ」と笑顔でうなずく。


 研究所から椅子を運び出し、その足でお姉さんのお店へ向かった。


「お姉さん」

「あら、コリンちゃんいらっしゃい」


 お姉さんはちょうど一人髪を切り終えたところなようで、女性から滑る布を取り払っていた。


「昨日話してたの持ってきたよぉ」

「もう持ってきてくれたの!?」


 お姉さんがうれしそうに椅子を持ったコリンを迎え入れる。


「うん。これが昨日思いついた奴だよ。ここにボタンが付いてて、押すと椅子の高さが上下するの」

「高さが変わるの?」

「私が座るからボタン押してみてぇ」

「ええ、分かったわ」


 コリンが座ったのを見計らって、お姉さんはボタンを押す。

 先ほどと同じように、ブブブブと音がしてゆっくりと上昇する。


「凄いわね! これなら屈まなくてもよくなるわ!」

「でしょ? これはまだ試験機だから、試しに使ってみてほしいんだよぉ」

「こちらこそぜひとも使わせてほしいわね。おいくらかしら?」

「そうだねぇ、試作品だからそんなに高くはないよぉ。材料費とか込みで、だいたい金貨一枚ってところかな?」

「わかったわ。それなら後でコリンちゃんのお店に払いに行けばいいかしら?」

「うん。それでいいよぉ」

「ありがと。使ってみて良いようだったら、他の椅子二つも変えてもらうことになると思うから」

「その時に改善点とか言ってもらえると、相手も喜ぶと思うよぉ」

「わかったわ。ありがとね」

「どういたしまして」


 翌日から早速使用を開始したお姉さんの美容院は、また反響を見せることになるのだった。


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