メイドは魔物と再会し、僧侶は楽しむ。2
翌朝。キールとサーニャは予定通り二人で遺跡に来ていた。
話していた遺跡は、村から五分ほどの所にあった。確かにこの近さなら、村にいる冒険者たちが、小遣い稼ぎに潜るのも分かる。
サーニャが集めた情報によれば、ここに出てくる魔獣はどれも弱いものばかりで、初心者の冒険者にもお勧めできる遺跡だそうだ。
そこに強力な魔獣が住み着いてしまい、青年のみならず、村の色々な人が困っているとのことだった。
「それで、この遺跡に何がある」
「あの青年の持っていた魔結晶ですが、どうやら普通の物とは違います」
「どう違った」
「あれは天然に出来たものではありませんでした。強力な魔力を人工的に凝縮して作られた物です」
「魔結晶の人工生成はまだ不可能だと聞いたが?」
「人間には不可能です。凝縮するための魔力が足りませんから。ですが魔物なら可能です」
「つまり、この遺跡の中にいるのは魔物だと?」
「間違いありません。しかもかなり高位の魔物でしょう」
魔物の中でも高位に位置する物は自分の意思をはっきりと持って行動しているものもいる。そうでなければ魔王と言う概念は存在しないし、魔結晶の人工生成もあり得ない。
「で、どうするんだ。俺が捻り潰すか?」
「いえ、私が対処します。マスターは遺跡の最深部へ行っていただき、そこにいるであろう魔獣の退治をお願いします」
「魔獣も実際にいるのか?」
「おそらくその魔物が、魔結晶を利用して生み出した、かなり強力な個体がいると思われます」
「そうか、面白そうだ」
「では後ほど」
そう言うと、サーニャはキールの隣から姿を消した。
それに対してキールは驚くことは無い。それはサーニャができて当たり前のことだからだ。
誰もいなくなった遺跡の前から、キールはゆっくりと歩みを進めた。
サーニャにあらかじめ貰った地図を頼りに、キールは最深部へと一直線に進んで行く。
色々な冒険者によって発掘されているため、道は思いのほか広く、綺麗で歩きやすい。
どんどんと奥へ進んで行くと、地図に書いてある通りの大きな空間に出た。
その先に扉が見える。そこに地下に進む階段がある。
「さて、一体目――と言うことでいいんだろうな」
広間には巨大な鹿がいた。おそらく話しにあった魔獣だろう。
三メートルはありそうな巨体に、大きく鋭い角。目は双方とも暗闇の中で赤く輝いている。
魔獣はグルルルルとキールを威嚇している。臨戦態勢と言った状態だ。
「なるほど確かに強そうな魔獣だ。だが……」
キールが言葉を言いきる前に魔獣は動きだした。
物凄い勢いでキールに向かって突進してくる。その速さの突進で角に当たれば、致命傷は間違いないだろう。
「威勢がいいな。壁!」
ガン!!!っと魔獣が突然何も無い空間で何かにぶつかった。
しかし、尚も前に突き進もうとぶつかった何かに体当たりを続ける。
「俺の壁は、簡単には破れんぞ」
キールが使ったのは魔法だ。それも詠唱を行わない短縮魔法。
短縮魔法は威力が下がる代わりに発動までの時間が掛からず、先手を取りたい時によくつかわれる方法だ。
そして唱えた壁は自分の魔力を消費して、それに見合っただけの透明な壁を作り出す魔法だ。短縮魔法で作られたことによって、普通に詠唱するよりもはるかに脆くなっているが、それでも魔獣の攻撃にびくともしない。
「次は俺の番だ。
蹂躙する刃は世界を嗤え。千本の刃」
キールが唱えると、魔獣の周りに大量の魔力が集まる。それは少しずつ固まり、鋭利な刃を形成する。
形成を終えた刃が、一斉に魔獣に向かって放たれた。
広間の中で隠れる場所も無く、無防備な体をさらす魔獣はその刃にいとも簡単に串刺しにされていく。
血しぶきが飛び散り、魔獣の悲鳴が遺跡内にこだました。
魔獣の悲鳴をサーニャは遺跡の中腹で聞いていた。
「マスターも人が悪い。一撃で仕留めてあげればいいものを」
サーニャが目指しているのは、この遺跡のどこかに隠れている魔物の場所だ。
サーニャの目には、はっきりとその存在が映っている。
壁越しであろうと、どれだけ強力な結界を張ろうと、サーニャの目をごまかすことはできない。サーニャには魔力が直接見えるのだ。それも、壁や地面を透して。
「なるほど、この壁の奥ですか。結界を張って、壁自体に注意が向かないようになっているのですね。いい方法ではありますが、ベストではないですね」
サーニャが壁に触れる。するとパリンとガラスの割れるような音が響いた。
いや、実際にはそんな音はしなかった。魔力が見え、より身近な存在だからこそ、サーニャにはそう聞こえるだけだ。
「これで結界は破れました。後はこの奥の魔物だけですね」
壁をグッと押し込むと、いとも簡単に壁がずれた。
そして一部が開き、その奥に通路が姿を見せる。
サーニャは躊躇わずその中へ入って行った。
地下三階。それがこの遺跡の最深階層だ。初心者の練習にもいい遺跡なのだからそれぐらいが当然だろう。
キールはその地下三階に到達した。
地下二階の広間にも魔獣はいたが、一階の魔獣と同じようにザクザクと貫いて終わらせた。
「さて、最後ぐらいは楽しませてくれるんだろうな」
魔獣がいる広間以外は特に何も無く、すいすいと進んできてしまったため、遺跡に入ってからまだ一時間も立っていない。
広間に入ると、キールは口元に笑みを浮かべた。
「ケルベロスか。なかなかいいものを用意してくれる」
ケルベロス。それは魔獣の中では高位の存在である。
発見例が非常に少なく、発見された場合は、国を持って討伐するほどの危険な代物だ。
三つ首はそれぞれ別の感情を持っており、独立している。
しかし今は、その全ての首がキールを睨みつけ、敵と認識していた。
当然だろう。ここまで来る間に倒した魔獣は二体とも、壮絶な悲鳴を上げて死んでいったのだ。
それがここまで聞こえてこない訳が無い。
グルァアアアアアアアア!!!!!!!!
三つの首が一斉に吠えた。咆哮が衝撃波となってキールを襲う。
キールはそれを壁を使うことで難なく防いだ。
「いいぞ。いい威勢だ。俺を楽しませてみろ!」
キールとケルベロスの戦いが始まった。
先手を取ったのはケルベロスの方だ。その巨体に見合わない、俊敏な動きでキールに迫る。
キールはそれを、壁を張って再び受け止める。
ガンッ!と重い音がして、ケルベロスが壁にぶつかる。今度も一体目の魔獣と同じように、ケルベロスの突進は止まった。
しかし、ケルベロスはやはり普通の魔獣とは力が違った。
ぶつかった壁に罅が入る。そして、大きく振りかぶった前足で、ケルベロスはその罅の入った壁を殴りつけた。
すると、今までの魔獣の体当たりにびくともしなかった壁が、ガラスが割れるように砕け散る。
「ほう。短縮魔法とは言え、俺の壁を破るか。やはりケルベロスの名は伊達じゃないと言ったところか」
キールは自分の魔法が破られたことに対して、その笑みを増す。
「俺の壁がこうも簡単に破られたのは何時以来だ? そうだな、たしか最後はあいつと戦った時だったから一年ぶりって所か」
キールが一人呟いている間に、ケルベロスはキールと距離を取った。
その内の一つ、右側の頭が、他のとは違う動きをし始めた。魔法を使う気だろう。
高位のものであれば、魔獣も魔法を使う。自らの体内に蓄積された、暴走する魔力を使って、魔法を発動させるのだ。
もちろん魔獣は詠唱などと、高度なことができるはずも無く、原理としては短縮魔法をより強引に発動した形になる。
そのため魔力消費も半端ないが、暴走する魔力はそれを可能にする。
グラァアアアア!!!!!!
右側の頭が吠え、口から炎を吐きだした。
「水壁!」
キールは炎が届く寸前に、自分の前に先ほどの透明な壁とは違い、今度は水の壁を出現させる。
炎と水が激しくぶつかり合い、ドンッ!と爆発を起こした。
キールはその衝撃を壁で防ぐ。
ケルベロスはまともに衝撃を受けたが、それが聞いているようには見えない。
「良いぞ。俺に敵対心を燃やせ。俺に殺意をぶつけろ!」
グラァァアアア!!!!!!!!
今度は先ほどと反対側の頭が吠えた。そして口にバチバチと帯電する玉を生み出す。
「ほう、頭によって属性を変える、そんな能力もあるのか。興味深い」
さらにそれは電気を固めた玉だ。水壁などいとも簡単に撃ち抜いてくるだろう。
キールは水壁を解除して、次の魔法を発動する。
「土壁!」
今度は土の壁がキールとケルベロスの間に立ちはだかる。
雷球はそれに直撃して、壁の一部を吹き飛ばす。しかし、貫通するまでには行かなかった。
「針山!」
キールが続けざまに魔法を唱える。
土壁の中から、突如として大量の金属でできた針が出現し、一斉にケルベロスに襲い掛かる。
すると今度は真ん中の首が吠えた。
キールは炎、雷と来たのだから真ん中の属性は水と考えていた。だからこそ、三種類のどの属性でも防ぎきることのできない針山を使った。
しかし、真ん中の首の属性は、キールの予想とは違う物だった。
突如として、広間の中に嵐が吹き荒れる。
そして、ケルベロスに向かって放たれた針山の軌道をそらした。
「ほう、風の属性を持っていたのか。てっきり水だと思っていたが、実に面白い!」
ケルベロスはもちろんキールの呟きを黙って聞いているなんてことはせず、間髪いれずに魔法を放ってくる。
今度は三つの首が同時に吠え、魔法を発動した。
「三つ同時に吠えると五月蠅いな。首を減らさせてもらうぞ!
風流れて世界を嗤え。切断の風」
先ほどケルベロスが作った風の流れを利用して、キールはカマイタチを生み出す。
それは見えることなく、ケルベロスの首の一つを切り落とした。
ギャァァアアアアア!!!!!
他の首が、その痛みに悲鳴を上げる。
「どうした! まだ魔法は続いているぞ!」
二本めのカマイタチが再びケルベロスに襲いかかった。