メイドは魔物と再会し、僧侶は楽しむ。1
トモネを仲間に入れた一行は、再び通商路を通って南に進んでいった。
そして二日目の昼には、東と南をつなぐ通商路のちょうど中継地点に到着した。
そこには村があり、商人を相手に宿を経営したり、飲食店を経営していたり、馬車の整備や馬の売買などを行っている。
「ずいぶんと賑やかな村ね」
「私もここを中継しましたが、商人を相手にしているのでお金の回りがかなりいいそうです。ただ商人気質が移ったのか、私も商品に見られそうになりましたが」
トモネが耳をショボンとたれさせてうなだれる。
「あらら気の毒に。でも今は大丈夫よ。もう私達の仲間なんだもの」
「そうだぜ。なんたって勇者の一行の仲間なんだからな。変なことしようものなら、速攻で国に指名手配されちまう」
シルビアがトモネをやさしく抱き締め、頭をやさしく撫でる。
「うう……ありがとうございますシルビアさん」
「このスルーっぷりがたまんねえぜ」
トモネは、最初の出会い方が最悪だったエースを、完全にいないものとして扱っている。
そして、その行為をトモネの放置プレイだと解釈したエースは、毎日身もだえていた。
そんな光景を見続けるキール、サーニャ、シルビアの三人はうんざりしていた。
「とりあえず、私たちが泊まれる宿を探しませんか? お金はあるとはいえ、通商路なら宿泊客も多いでしょうから」
「それもそうね。なら宿を探しましょう。どこに宿があるか、近くの人に聞いてくるわ」
シルビアはすぐにグループから離れ、露店に近づく。
「あのすみません」
シルビアが声を掛けたのは、小さな露店だ。青年が一人で切り盛りしているが、他の場所がにぎわっているのにもかかわらず、そこだけは人がいなかった。
「あ、はい。いらっしゃい!」
青年はシルビアに気づくと威勢よく答える。
「ここの町で五人が泊まれる宿ってありますかね?」
シルビアが客じゃないのが分かると、青年は目に見えて落胆した。しかし根がいいのか、シルビアの問いには素直に答えてくれる。
「ここは商人目当てにかなりの人が宿を経営してるから、どこに行っても大抵泊まれると思うよ。まあ、法外な値段をふっ掛ける店もたまにあるから、借りる前に値段だけは確認しとくといいよ。普通に朝食付きで一泊泊まるだけなら、だいたい銀貨一枚で泊まれるから」
「ありがと。そうだ、ここはどんな商品置いてるの?」
シルビアは親切に教えてくれたお礼に何か買おうと考えた。
だが、青年の露店にはほとんど商品が置いていない。
「悪いけど、今品薄でほとんど在庫が無いんだ。いつもは冒険家から洞窟や遺跡で発掘してきた宝石や魔結晶を取り扱ってるんだけど……
今あるのはここにある魔結晶が一つだけなんだ」
青年は懐から、小さな黒く光沢のある結晶体を取りだした。
魔結晶はその名の通り、魔力が結晶化したものだ。魔法使いが自身の魔法の威力を高めるため杖にはめ込んだり、はたまた直接、魔結晶自体に魔法を組み込んで、それをいつでも発動出る状態にして持ち歩いたりする。この、何時でも誰でも発動できるようにした魔結晶の事を、魔法源と言って魔結晶と区別している。
「品薄って冒険者から買い取れなかったの?」
「いや、冒険者たちが魔結晶や宝石を手に入れられなかったんだ。最近、冒険者たちが小遣い稼ぎに行く遺跡に、強い魔獣がすみついたらしくてね。その魔獣が、ここを通る冒険者たちじゃ太刀打できないそうなんだ」
「冒険者でも太刀打できないとなると、魔獣と言うより魔物じゃないの?」
魔物と魔獣は別の物だ。魔物の方がはるかに強い。だが一番の違いはその生まれ方だろう。
魔獣が一般にいる獣に魔力が宿り暴走した姿で、魔物はその名の通り、魔力そのものが生物の形を取った状態の物のことを言う。
魔王が支配出来るのはこの魔物の方だ。魔王は魔力を自在に操ることができ、魔力そのものである魔物も当然操ることができる。
「でも魔獣を実際に見た冒険者もいるんだ。その人の話だと、魔獣は鹿が素体になっているらしいよ。凶暴になって、頭の角が何本も生えてるんだって。それで突き刺してくるそうなんだ。冒険者たちも怖がって、誰も遺跡に入らなくなっちゃったから、こうして品薄状態になってるのさ」
「冒険者を集めて倒そうとか、ギルドに依頼しようとはしなかったの?」
「町からギルドには連絡したらしいんだけど、最近いろんな所の魔物や魔獣が活発になってて、ここまで手が回らないみたいなんだよね」
「おい、シルビアいつまで掛かっている」
そこにいつまでたっても戻って来ないシルビアに、しびれを切らしたキールがやってきた。後ろにはサーニャとトモネもついてきている。エースは何故か最初に待っていた場所で腹を抱えてうずくまっていた。
「あ、ごめん。宿はどこでもありそうなんだって。それでね、少しこの人と話をしてたんだけど、このあたりの遺跡に強力な魔獣が住み着いて、商品が入って来ないらしいの」
「それがどうした」
「ここはやっぱり、力のある私たちが何とかするべきじゃないかしら」
「ギルドには依頼出してるんだろ? なら必要ない」
「それが、どこもかしこも魔物や魔獣が活発に活動してて、ここまで手が回らないんですって」
シルビアは、さっき青年から聞いた言葉を繰り返す。
「面倒は嫌いだ、俺は行かん。あの落ちこぼれでも、一人で放り込んどけば喜んで退治してくるだろ」
「またそういうこと言って。これ以上エースのM属性が悪化したらどうするのよ。ただの変態よ!?」
「知るか! 俺のせいじゃない」
「もともとキールが調教に失敗したせいじゃない!」
「あのグズが弱いのが悪いんだ!」
シルビアとキールが青年の露店の前で喧嘩を始めてしまった。
トモネは止めに入ろうとするが、タイミングが分からずおろおろするばかり。サーニャに至っては、ニコニコとほほ笑みながら青年の持っていた魔結晶を見ている。
そこに痛みから復活したエースがやってきた。
「トモネ、あの二人何してるんだ?」
エースが後ろから声を掛け、何気なく肩に手を掛けた。
だが、エースを変態として扱っているトモネにとって、それはやってはいけない行為だった。
「キャー! 変態ー!!!!」
振り向きざまのトモネのアッパーがエースの顎を捉える。無意識の反射に手加減などと言うものは、一切ない。
「うぐぅ……」
エースは華麗に中を舞って地面にドサッと倒れ伏す。
その音に気づいたキールとシルビアが倒れたエースを見る。
「エース、これはしばらく動けそうに無いわね」
「勇者が拳闘士にやられるって……本当にウジ虫なみの弱さだな」
「私たちで行くしかないわね」
「チッ」
「少々お待ちください」
突然、今まで青年の持っていた魔結晶を眺めていたサーニャがストップをかけた。
「どうした?」
「少し気になることがございまして、遺跡へは私とキール様で行きたいと考えます」
「俺とお前でか?」
「はい」
サーニャは一つだけうなずく。その目は真っ直ぐにキールを捉えて離さない。
しばらく見つめ合ったまま動かない二人を見ながら、シルビアはあることを思い出していた。
そう、森の中での出来事だ。
「(まさか、暗い遺跡のなかでまたヤるんじゃ……)」
「そうではありませんよ?」
「考え読まれてる!?」
シルビアはボンッと顔を真っ赤にして俯く。
それを無視して、キールが言葉を発した。
「分かった。いいだろう、遺跡に行くのは俺とサーニャだ。それでいいかシルビア?」
「ええ、ちゃんと魔獣を退治してくれるならね」
「お任せください」
サーニャが優雅に一礼する。
そこでシルビアはあることを思い出した。サーニャが戦ってるところを実際に見たことが無い。実力を知らないのだ。
教会の時はキール一人が戦ってたし、盗賊の時は物影に隠れたままだった。
「そう言えばサーニャさんって強いの? 一応魔獣の住んでる遺跡に行くんだけど大丈夫?」
「安心しろ。サーニャはお前らより遥かに強い」
「うそ!?」
「本当だ、カスが。お前らの強さを十としたらサーニャは今で六十と言ったところか。全盛期なら八十は行っただろうがな」
「サーニャさんって何者よ!?」
「聞くと引き返せなくなるぞ」
「あぁぁ! もう! いいわよ聞かないわよ!」
シルビアの中でサーニャの存在がどんどん分からなくなってゆく。
最初はただのメイドだと思っていたら、拷問のプロだったり、かと思ったら自分やエースより遥かに強いと言われる。キールの言っていることなのだから、おそらく本当なのだろうが、だとしたらなおさら、納得しがたいものがある。
「今日潜ってもあまり時間が無い。行くのは翌朝にするぞ」
「はい、問題ありません。その間に情報を仕入れておきます」
「頼んだ」
「あ、あんたらが何とかしてくれるのかい?」
さっきまでキールたちの会話においてきぼりだった青年が、口を挟んできた。
「そうだ。文句があるのか」
「いや、こちらとしちゃ願ったりかなったりだ。ぜひ頼みます」
「なら口を挟むな鬱陶しい」
「す……すみません……」
キールの辛辣な言葉に青年は縮こまってしまう。
「ごめんね。この人かなり口悪いから。あんまり気にしないで」
シルビアが縮こまってしまった青年にフォローを入れて、キールたちはその場を後にした。
もちろん気絶した勇者はシルビアが引きずって行った。