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番外編:コリンの日常

「お姉ちゃん面白そうな旅してるなー」


 手紙から顔を上げて、コリンは羨ましそうに呟いた。

 ここはコリンが経営を任せられている店。業種は雑貨店とでも言えばいいのだろうか。多種多様なものが置かれている。

 そんな中にコリンは一人、姉から貰った手紙を読んでいた。


「危ない僧侶さんに、可愛い獣人の拳闘士か、個性的すぎるよねーお姉ちゃん埋もれてないといいけど……」


 多少ずれた心配をしながら、コリンは店の中をぐるっと見回す。

 今日は開店してから昼まで一人も客は来ていない。

 雑貨店と言っても、市場に行けば大抵の物はそろうし、店のある場所は市場の片隅。こんなところまで足を運ぶお客は少ない。

 すると一人の男が店に入ってきた。


「コリンちゃんいるかい?」

「おー、いるよー」


 店に入ってきたのは果物屋のおじさんだ。

 シルビアが旅に出た翌日位から、時々顔を出してくれるようになった。

 手には何種類か果物の入ったバケットが握られている。


「今日も可愛いね。はい、これお土産」

「おー、ありがとう。今切るからおじさんも食べてって」

「悪いね。ありがたく頂くよ」


 果物を食べながらおじさんと世間話をし、三十分ぐらいするとおじさんは、仕事が残っているからと言って帰って行った。

 いつも同じ時間帯に来ていることから、コリンは休憩のときにでも来てくれているのだろうと予想を付けていた。そこで今こっそりとお茶を入れる練習をしている。

 休憩のときに美味しいお茶を振るまって、すこしでも疲れを取ってもらう作戦だ。


 しばらくすると今度は喫茶店のお兄さんがやってきた。

 見た目はおじさんっぽいんだが、本人がお兄さんと言わないと怒るのだ。

 だから仕方なくコリンもお兄さんと呼んでいる。


「やあ、コリンちゃん」

「いらっしゃい、お兄さん」

「やっぱりコリンちゃんの声はいやされるね」


 お兄さんはニコニコとしながらコリンに持ってきた袋を渡す。


「はいこれお土産。家で出してるサンドイッチだよ」

「おー、ありがとう。今果物屋さんから貰った果物があるから」


 コリンはついさっき貰った果物からいくつかを取り出して切り分ける。


「(チッ、あの野郎また来てやがったのか)」

「なにか言ったかー?」

「なんでもないよ、こっちの話し。それで今日の調子はどう?」


 お兄さんはニコニコと笑顔を絶やさず話す。

 コリンも果物を切りながら、それに答える。


「今日も閑古鳥がないてるよー、なかなかお客さん来てくれないねー」

「ここは市場の端っこだからやっぱり難しいね。大々的に客引きすれば少しは何とかなるかも知れないけど、一人だとどうしてもやれることに限度があるからね」

「そうなんだよー、いい方法無いかな?」

「家でよければ簡単に宣伝ぐらいなら出来るよ?」

「本当!? それはたすかるよー」


 切り終えたリンゴを出しながら、ふにゃーっとほほ笑む。

 コリン独特の力の抜けた笑顔だ。

 この笑顔を向けられた人は、すべからくコリンの笑顔と虜になると言われている。そしてその笑顔を得るためならばどのような努力も惜しまないらしいとは、このお兄さんの言葉だ。


「任せときなって」


 そして少し世間話をした後、いつものようにお茶の入れ方を練習する。

 喫茶店のマスターだけあって、お兄さんのお茶の入れ方は非常に上手い。

 それを真剣に学ぶコリンの腕もメキメキと上達していた。


「じゃあ俺は店があるからそろそろ帰るよ」


 一時間くらい練習に付き合って、お兄さんは帰って行った。

 時刻は午後四時前。

 そろそろ日が傾いてくるため、店じまいの準備だ。

 コリンはまだ十二歳のため、夜六時以降の営業が認められていない。


「今日もお客さん来てくれなかったなー」


 店の前でボーっと道行く人達を見ながら呟く。


「あの、すみません」


 すると突然横から声を掛けられた。


「はい、なんでしょう」


 コリンは驚いて、思わず普段は意識しても出てこない敬語が出てしまった。


「ここって雑貨屋さんでいいんでしょうか?」

「はい、そうですよ」

「もう店じまいですか?」


 女性はコリンの持っている営業中の縦板を見て聞いてきた。


「いえ、まだ六時まではやってますよー」


 コリンはやっといつもの調子に戻りながら言う。

 今日初めての客だ。なんとか何か買ってもらいたい。

 そう思いながらコリンは女性を店の中へ案内した。


「本当に色々なものがあるんですね」

「あんまり量はそろえれなかったけどねー。そのかわり品数は多くそろえたつもりだよー」


 コリンは定位置について、店の中を色々と見て回る女性を見ながら話す。


「どんなものをお姉さんは探しているのー?」

「えっと、櫛なんですけど」

「櫛ならそこから向かって左側の棚の上から四番目にあるよ」

「あ、ありがとうございます」


 コリンは店にある全ての商品と、その商品の置いてある場所を把握していた。

 コリンには完全記憶能力があった。見た物をそのまま全て覚えてしまうのだ。

 その能力があったからこそ商店などを始めることができたのだ。

 普通だったら、十二歳の少女にけっして商店の経営など出来ない。その能力を認められ、孤児院を先に卒業していった先輩たちからの支援金のおかげで、やっと店を持つことが出来ているのだ。


 女性は一つ一つ櫛を手にとってじっくりと見ながら吟味してゆく。

 そして一つの櫛で手が止まった。

 コリンがその場から少し背伸びをして覗きこむと、シルビアがこれはいいものだと言って置いて行った櫛が持たれていた。


「これ、すごい……」


 女性が小さく呟く。

 コリンには櫛の価値が分からなかったが、それでもそれは他の櫛に比べるとかなり高い代物だ。

 女性は迷わずその櫛をコリンの元へ持ってくる。


「これ、おいくらですか?」

「えっとそれは銀貨一枚だよ」


 国の貨幣は全て金貨、銀貨、銅貨によって取引されている。

 銅貨十枚で銀貨、銀貨が十枚で金貨となる。

 一般的に銅貨三枚あれば一日は生活出来るなかで、銀貨一枚は櫛としてはかなり高い値段だ。


「そんなに!」


 やはり女性は驚いていた。

 他の櫛が銅貨一枚から最高でも三枚のなかでそれだけが銀貨一枚なのだ。

 かなり高い部類だ。値段を聞いたら買うのをやめてしまうだろう。

 コリンはそう思って不安になっていた。


「そんなに安くて良いんですか!?」


 だが女性はコリンの想像とは別の意味で驚いていた。


「これってハーミントンのオリジナル作品ですよ!? 普通に買ったら銀貨五枚はしますよ!?」


 コリンにはハーミントンが誰なのか分からなかったが、女性がかなり驚いていることと銀貨五枚と言う価格から、相当な人物なのだろうと辺りを付ける。

 だが、ブランドを気にしないコリンにはその意味がよく分からなかった。

 コリンの考えでは櫛は櫛である。

 その中の優劣は使いやすいか使いにくいかの違いだけだ。


「いいよー」

「でもそれだとこちらが悪い気が……」

「そんな風に言ってくれるお姉さんなら、きっとその櫛も正しく使えるんでしょ。だからいいよー」

「ありがとう。ならこの櫛はありがたく頂くわ」


 そう言ってお姉さんはポケットから銀貨を一枚取り出すしコリンに渡した。

 そして言葉を続ける。


「そう言えばこのお店って、注文は取ってくれるのかしら?」

「どんなもんをー?物にもよるけど、だいたいは取れると思うよー」


 コリンの仕入れ先は無駄に広い孤児院のネットワークだ。

 孤児院から出て行った子供達が成長し、それぞれに仕事を見つけ働いている中、コリンは彼らの作ったものを売ることを職業にした。

 それは彼らにとっても自分の物が人の目に触れる数少ない機会だったため、拒否することは無く、とんとん拍子に事は進んだ。

 結果、量は手に入らないが、品数だけは以上に多い店が完成したと言うわけだ。


「私ね、この街で美容院をやろうと思ってるの」

「美容院?」


 コリンには聞いたことのない言葉だ。商業をするため、ある程度のことを勉強したつもりだが、まだまだ知らないことは多い。


「髪を切る場所よ。専門の人が切ることで、より綺麗な髪型にするの」

「へ~、そんな所があるんだ~」


 コリンが髪を切ると言えば姉のシルビアの役目だ。それならばお金もかからないし、安心できる。

 知らない誰かに刃物を持たせて、自分の頭の回りで動かすなんて、コリンには怖く思えたからだ。


「それでタオルが沢山いるの。市場でも色々聞いてみたんだけど、なかなか安定して手に入るところが無くて」

「タオルかー。家が仕入れてる所だと三つあるけど、どれも手作業だから沢山は難しいかなー」

「やっぱりそうなのね。他の所も同じようなこと言ってたわ」

「タオルじゃないといけないのー? 他に代用品とか」

「髪を切る時に毛が下に落ちるでしょ? それが服に掛からないようにするためにタオルを首の周りに巻くのよ。だからタオルじゃないと難しいわ」


 それを聞いて、コリンはあることを思い出した。

 それはたまたま孤児院の一人に、何か面白そうなものはないか聞いた時の話だ。

 なんでも冒険者用のマントを作ろうとして、頑丈さを優先して魔法で布の肌理を細かくしすぎた結果、つるつるのマントができたという話だった。

 それをコリンはお姉さんに話してみる。

 するとやはりお姉さんは喰いついた。


「それ今手元にあるかしら?」

「あるよー」


 コリンは立ち上がり、マントのしまってある棚からお目当ての品を取り出しお姉さんに渡す。


「これは凄いわね。つるつるじゃない」

「ね、凄いでしょ。これなら髪の毛とか切っても布に引っ掛からんよ」

「そうね、これならさっと掃うだけで残った髪も全部落ちるわ。これは私の求めていたものよ!」


 お姉さんは嬉しそうにマントを抱き締める。


「これどれぐらい用意したらいいー?」

「そうね、まず私一人で始めるつもりだからあんまり数はいらないわ。すぐに使い回しができるみたいだし、タオルほど数はいらないわね。とりあえず五枚って所かしら」

「それなら一週間あれば準備できると思うよー」

「ならお願い。また一週間後に取りに来るから」

「値段は聞かんでも大丈夫ー?」

「大丈夫よ。あの櫛の値段だもの、きっと適切な価格より安いわ」

「変に期待されても困るよー」


 コリンはお姉さんの浮かれように苦笑しながら、値段をきめるのだった。


 翌日、その話を果物屋のおじさんと喫茶店のお兄さんに話したらこっぴどく怒られた。

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