僧侶は盗賊に絡まれ、拳闘士は惚れる。2
翌朝、シルビアが目を覚ますと、野営地の自分の掛け布がある場所だった。
隣ではサーニャが横になっている。
「……全部夢だった?」
「おはようございます。どうかしましたか?」
「ひゃっ!」
サーニャが起きているとは思わなくて、思わず変な声が出てしまう。
「ううん、何でもない。なんか変な夢見た気がしてね、少し寝ぼけてたみたい。おはよう」
「そうでしたか」
サーニャはいつもと変わらない笑顔でほほ笑む。
それを見て、シルビアは少し落ち着いた。
「では私は朝食の準備をしてまいりますね。今朝の分までは保存食が残ってますから。ただ午後からの食事は狩りをお願いします」
「うん、任せて。こういう時ぐらい剣士は活躍しないと」
シルビアは力瘤を作ってウインクする。
すると、何か思い出したようにサーニャが突然振り返り、シルビアの耳元に口を寄せてきた。その光景にシルビアの脳内にデジャブが走る。
「あまり熱心に見られると恥ずかしいですよ」
そう言い残し、サーニャはたき火の元へ行ってしまった。
シルビアは顔を真っ赤にしてその場に停止する。
「夢じゃなかったの……」
真っ赤な顔を両手で押さえながら、呆然と呟くことしかできなかった。
川で顔を洗い、なんとかほてりが引いたので、やっと人前に出れるようになったシルビアは、たき火の元に来た。
すでにエース、キールはたき火の周りに座っており、サーニャは食事の準備を終え、シルビアを待っているところだった。
「待たせてごめんなさい」
「遅いぞ! 俺は腹が減ってるんだ。こんなお預けゾクゾクするじゃないか!」
「いろいろ言いたいことはあるけど、とにかくごめん」
「さあ、食事にしましょ」
四人で朝食を終え、出発の準備に戻ろうとシルビアが席を立った時、キールに呼び止められた。
「ちょっと待て」
「な……なに?」
不自然にならないように返事したつもりが、カクカクになってしまっている。
これでもシルビアの中では現状で一番正常な動きだ。
「お前らに少し話すことがある。ちょっと待ってろ」
「話すこと?」
エースを無視してキールは立ち上がり、木陰に向かって歩いてゆく。
エースが無視されることに喜び、ビクンビクンしていたが、シルビアたちはなるべく視界に入れないようにキールの進む方向を見る。
そしてキールが木陰で何かを担ぎあげ戻ってきた。
ドサッと音がして、担がれていたものが全員の前に落ちる。
それは簀巻きにされた男だった。
ぼろぼろの服を着ているが、農民には見えない。と言うより服の傷はまだ新しいものばかりだ。
「ちょっと!この人どうしたのよ!」
「結界に当たってぶっ倒れてた」
「大丈夫なの?」
「命に問題はない。それよりシルビアはずいぶんとこいつにやさしいな」
「当たり前でしょ? 私たちの結界のせいで傷ついたんだから」
「違うぞ」
「え?」
キールの言葉に、思わず傷の確認をしていた顔を上げる。
キールは、こいつなにを言ってるんだと言った様な表情でシルビアを見下ろしている。
「そいつの怪我は俺がやった。やけに暴れるしうるさいから、魔法掛けてボコボコにして黙らせた」
「暴れたって、もしかして盗賊かなんかだったの?」
「そうなんだろ。武器も持ってたからな。ま、俺には意味ないが」
「なら先に言ってよ! 心配して損しちゃったじゃない」
「知るか。そっちが勝手に勘違いしたんだろ」
確かにそうなのだが、シルビアは釈然としない。
ぼろぼろになった人が目の前にいたら、心配するのは普通じゃないのだろうかと、シルビアは思う。
もともと自分がコリンと共に孤児院に引き取られた時、二人ともぼろぼろで酷い状態だった。そんな所を助けてくれた孤児院の院長先生には感謝してるし、自分も同じように人を助けれるようになりたいとも願って育った。
その事も、シルビアが傷ついた人を助けたいと思う気持ちの一部になっている。
「とりあえず話したいのはそいつのことだ。こんな所に盗賊が一人でいるわけがない」
キールの言葉にエースが反応した。
「じゃあ、仲間が近くにいるってことか?」
「そういうことだろう。どうせ通商路を通る商人を狙って強奪してるグズな連中だ。いずれ国の連中に始末されるだろうが――俺に絡んできた以上見逃す気はない」
「なら捕まえるのか?」
「全員ぶち殺す」
「それは過激すぎよ! 私たちには力があるんだから捕まえて国に引き渡すべきだわ」
キールの発言にシルビアが真っ先に反対した。
エースもそれに続く。
「俺もそれは不味いと思う。だれか証人がいなけりゃ俺達が逆に野党扱いになるかも知れない」
「ならこいつは生かしておく。どうせ偵察に使われる程度の下っ端だ、グズで使えない捨て駒だろ。
だが他の奴らは別だ。盗賊はどのような罪状に問わず死罪が確定している。それをわざわざ国に引き渡す必要はない」
「確かにそうかもしれないけど……」
「なら決定だ。こいつ起こして隠れ家の場所吐かせるぞ」
キールが魔法を男に掛ける。
すると男は目を覚ました。
おそらく魔法で眠らされていたのを起こしたのだろう。そうでもなければ投げおろした時に痛みで目が覚めるはずだ。
「てめぇら! 何しやがる離しやがれ」
男は簀巻きにされたままごそごそと地面をはいずる。
それをキールが上から踏みつけた。
「おいクズ。お前らのアジトはどこにある」
「はぁ? 何言ってんだ坊さん。何のことかわかんねぇな」
「なら分からせてやる。サーニャちょっとそこの陰でお話聞いてこい」
「わかりました」
サーニャが男を引きずりながら、最初男を持ってきた木陰へと進んで行く。
そして三人から見えないところに行った。
「サーニャさんに任せて大丈夫なの?」
「問題ない。この手のことは俺よりあいつの方が上手い。俺だとつい殺しかねん」
「サーニャさんって何者よ……」
尋問の上手いメイドなど聞いたことが無い。
もしかしたら王宮に仕えているメイドならその程度もできるかもしれないが。
すると、木陰から男の断末魔が響き渡った。
「本当に大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫だ。サーニャは拷問のプロだからな」
「尋問じゃないの!?」
「それは羨ましいな。一度経験してみたいぜ!」
戻ってきたサーニャの手には血痕が付いていた。
そして行きと同じように引きずられて帰ってきた男は歯が何本か折れており、白目を剥いて気絶してしまっている。
「どうだった」
「場所が分かりました。詳しい人数も」
「流石だ。なら出発するか」
「ここから割と近くですので、二十分も歩けばつきますが」
「ならここに荷物置いといて俺達だけで行った方がよくないか? 結界があるなら俺達以外には入れないんだろ?」
「そうね。私もその方がいいと思うんだけど」
「そうだな。じゃあ荷物は置いてく。ウジ虫狩りだ」