第29回廊―もう一人のプレイヤー
ここにきて初の新キャラ・・・流石に主人公一人だけで話を進めるのにもこのあたりが限界でした。
[8/24 9:58] 第30回廊 セーフティーエリア
ゆっくりと視線を上げ今聞こえた声の主を見る。視界に入ったのは一人の人物・・・背格好や雰囲気からたぶん自分と同年代の女の子だということは解った。
だけど大事なのは今目の前にいる子が誰かとかどんな子かとかじゃない・・・『目の前に自分以外の誰かがいる』という事実だ。俺は今日の・・・今の今まで『LWO』に残っているプレイヤーは俺一人だけだと思っていたが・・・
「あっ・・・あの」
女の子が声をかけてくる。「今は情報が必要だ」と少しずつ動き始めた思考が出した結論に従って反応しようとするが、自分にとて一つだけ・・・大問題を抱えているのを思い出してしまった。
「―――――」
声が出ない・・・決して喉が潰れたわけでも言葉を忘れたわけでもなくただ単に・・・人と喋れない。
もともと人と話すことが苦手な俺はこのゲームに来てから更に人と話すことがなく・・・ここ最近に至っては他者と一度も話していないのだ。そんな状況で久方ぶりに訪れた他者との会話・・・とてもじゃないができるわけがない。何より相手は女の子で・・・その・・・物凄く・・・可愛い。
まっすぐ伸びた綺麗な金髪。透き通るような碧眼。目や鼻も整っていてお人形見たいとはまさにこのことだと初めて理解した。
そんな相手とまともに会話することなどできない俺は無意識のうちに視線が再び下を向き、首の後ろに垂れて居たフードを目深にかぶる。はっきり言って情けない・・・自分のことだが本当に情けない。独り言なら飽きるくらいブツブツブツブツ言っていられるのに他人と向き合ったらすぐこれだ。何より今はそんなことしている場合じゃないのに・・・
「あの大丈夫ですか?気分・・・悪いんですか?」
「あっ・・・えっと・・・大丈夫・・・です」
俺の無意識の行動を見て心配になったのか声をかけてくる子に対してようやく最低限の受け答えを返した。頭の中がぐるんぐるんし始める・・・今さっきまであった虚脱感はもう感じられなくなり、その場に倒れこんで気絶するような心配はなくなったが・・・正直今すぐこの場に倒れこんでしまいたいという衝動にかられている。
「・・・他にも・・・誰か・・・いますか?」
「いいえ、ここには私以外誰も・・・」
この出会いは一つの可能性を示唆していると感じた。この30回廊には彼女一人のようだが、もしかしたら20回廊や10回廊のセーフティーエリアにも人がいる可能性が出てきたわけだ。
しかし・・・なんとか言葉を紡ぎだすが、たったこれだけでも俺の心臓にはとてつもない負担だ。他にも聞きたいことはいくつかあるのに初っ端かこれではまともに聞きだせるだけの会話が続けられるかどうか・・・
「あっ!私はアリスっていいます。職はハーヴェスターです」
俺がどうしようかと悩み始めようとした時、彼女――アリスが名乗ってきた・・・正直ありがたいかぎりだ。どう切り出せばいいか悩む自分にとってありがたい助け舟だった。
しかし、ハーヴェスターがこの回廊に一人でいることにかなりの不自然さを感じた。
たしかハーヴェスターは魔法系職の中でも抜きんでた回復魔法と支援魔法を持っており、防御力も魔法系職の中ではトップクラスで同レベルならスペルガンナーより上なくらいだ。
その反面、攻撃能力は皆無で物理攻撃は当然のこと魔法も攻撃系のものは一切ないというまさに支援特化職。
PTならばこれほど優秀な職は早々ないがソロなどほぼ不可能。そんな職の彼女がこの高レベルダンジョンである喪失の回廊の30回廊にどうやってきたのか・・・。
「・・・あっ、その・・・ベイル・・・スペルガンナー・・・です」
危うく自分が名乗るのを忘れるところだった。とりあえずどうしてここに居るのかという疑問は・・・可能ならおいおい聞くとしよう。どうせ後24時間は何もできないんだから。
なにはともあれただ立っているだけなのも・・・肉体的には疲れないけど気分的に座っておきたい。会話が続かないことにおろおろし始めた彼女をしり目に近くの壁に寄り掛かるとそのまま床にドカッと座り込む。それを見たアリスはまた心配そうな顔をしてこちらに歩み寄ってくる。
「あの本当に大丈夫ですか?やっぱりどこか悪いんじゃ」
「いえ・・・本当に大丈夫です・・・ただここまで来るのに少し・・・疲れただけです」
なんだかんだいいながら少しずつだが話ができるようになってきた。これで当面の心配はなんとかなる・・・と思う。こうしている間にも時間は刻々と過ぎて行くが、今俺にできるのは彼女と話をし、情報を少しでも得ること・・・たったそれだけだ。
[8/24 13:06]
とりあえず今後は彼女と一緒に回廊の脱出をすることになった・・・まぁ当然の結論か。そのついでになんで彼女がここにいる理由も聞けた。
彼女はもともと知り合いとPTを組んでつい最近発見したこのダンジョンに潜ってきたメンバーの一人だったらしい。PTのレベルは平均Lv110ほど・・・二度目のデスゲームが始まる前の回廊なら十分適正レベル圏内のPTだ。彼女自身もLv97と決して低いレベルではないしハーヴェスターならそのレベルでも十分回復として役立てる。
それで意気揚々と21回廊まで突き進んでいったが、そこで壊滅的な打撃を負ったようだ。確かに21回廊から29回廊までは敵のレベルこそ大したことはないが厄介な敵が多かった。そして地上への帰還ポイントのある20回廊まで戻ろうとしたけど彼女以外はたどり着く前に死んでそのまま地上に叩き返されたわけだ。
彼女自身もやられる直前に一度目のデスゲームが終了して・・・二度目のデスゲームが開始されてしまった。現行のルールに則り、回廊から抜けられなくなった揚句20回廊へも逃げ切ることができず死んでしまいこの30回廊のセーフティーエリアに叩きだされてしまった・・・ということらしい。
これで納得がいく・・・が、これは彼女にとって不運だとしか言いようがない・・・ハーヴェスターではよほどのことをしない限りソロで脱出など不可能だろう。
・・・しかし、たったこれだけの内容のためにすでに3時間も経過している。それはなぜか?単純に俺がうまく会話を進められなかっただけではなく。
「ベイルは一人なの?」
「ベイルはどうやってここまで来たの?」
「ベイルはこのデスゲームについてどう思う?」
「ベイル。どうしてフード被っちゃうの?」
ねぇベイル――ベイル――ベイル――
などなど・・・とにかく話が横道にそれたり矢継ぎ早に次々と質問を投げかけられる。しかしまぁ・・・良くこれだけ喋れるなとわずかだが羨ましく思う。
彼女も一人ぼっちで脱出の手段もない詰みの状態でおよそ一週間も居たんだし、人と会えたのてうれしくなるのも仕方ないのだろう。ただ相手が俺ではろくに会話も成立しないわけだが・・・何より答えずらい質問がやけに多い。
「ねぇ・・・さっきからずっとそうしてるけど・・・先に進まなくていいの?」
ここにきてようやくその疑問に辿り着いたようだ。まぁ当然の帰結だし、これは答える必要がある。成り行きではあるがこれから一緒にここを脱出する仲間なのだから
「・・・自分は今ある理由で明日の10時までは戦うことができません。出発は明日の10時からにしますのでその間に休むか準備をしておいた方が・・・いいと思います」
「そう・・・解ったわ」
今は無理・・・現在の俺は24時間の間全くの無力なプレイヤーとなっているのだ。それこそがエンチャントスキル『アルス・マグナ』を使ったことによるリスク・・・対価だ。
『アルス・マグナ』の能力でわずかな時間チートとも呼べるほどの力を振うことができる代わりに、発動後24時間はすべてのスキルが使用禁止となり銃も撃てなくなる。更に俺自身のステータスも実質0となるのだ。だが、あれだけの力を行使できるならばリスクなんて軽いと見ることもできるが・・・流石にそこまで楽観視できない。
『Lost No.シリーズ』の事についてはあまり触れたくないので伏せたためあまり十分な説明ではなかったが、彼女はそれで納得をしてくれたようだ。
[8/24 22:14]
あの後もずっとアリスと話を・・・というか一方的にアリスの話を俺が聞き続けて居た。最初はこの回廊について色々聞かれていたのだが、途中からアリスが経験した『LWO』での出来事・・・つまりは世間話になっていた。
聞いているだけとはいえ流石に疲れる。だが、アリスは永遠と喋り続けて・・・さっきようやく喋り疲れたのか静かに寝息を立てて眠ってしまった。「女の子と言うのはどうしてこうも喋るのが好きなんだろうか?」なんて会話が苦手な俺はつくづく思ってしまうわけだ。
それにしても・・・
「・・・すぅ・・・すぅ」
「うぅ・・・」
すぐ真横で可愛く寝息を立てるアリス・・・いくらなんでも無防備過ぎるだろう。何かしようってわけじゃないが・・・とにかく目のやり場に物凄く困ってしまい視線が泳ぐ。
人と話すことがほとんどなかった俺にとって他人・・・それもこんな可愛い女の子とこんな近くで話て、おまけにこんな無防備な姿までさらされる・・・とてもじゃないが思考が追いつかずどう対応していいかわからない。
そんなどことなく居心地の良いようなな悪いような空間から離れるための理由として、今の内に一つやっておきたいこと・・・確認しておきたいことに取り掛かる。
眠っているアリスを起こさないようにそっと立ち上がり静かに歩きだす。向かう先は29回廊への扉・・・
[8/24 22:16] 第29回廊
別に彼女を置いて先に行こうだとかそういうわけではない。そもそも本当に今は全く戦えない状態なんだからどんなに頑張ったって先に進むことは不可能。今やっておきたいこと・・・それは回廊の中身の確認だ。
「ここ・・・前と構造が全くおんなじ」
目の前に広がる光景・・・そこはまるで日本の城を彷彿とさせるような塀だ。瓦を乗せた屋根を持つ壁の高さはおよそ4メートルほどでそれが行く手を阻み迷路のようになっている。
ここはかつてここを訪れた時と同じ回廊・・・の構造だ。高い塀に囲まれたこの回廊には鎧武者たちが待ちかまえているこの回廊は普通なら迷路のように入り組んだ通路をひたすら突き進み敵と遭遇したら片っ端から倒すという基本的な迷宮ダンジョンなのだが・・・実は物凄い裏技的攻略方法――この塀に登るという至ってシンプルな攻略方法がある。
そのまま道を進めば敵との戦闘はどうあがいても免れないが、この塀の上を走れば敵との遭遇率は格段に減る上敵との戦闘を回避することも可能となる。ただしここには高い櫓から弓がこちらを狙ってくるため塀の上に立てば良い的になってしまう。まぁそこはフレスヴェルクの羽の力を使えばどうとでもなる・・・が。
「とりあえず戻るか・・・」
今回はその手段を使うことができない。これは俺一人が強引に突破することによって成立する裏技で今は俺一人ではなく彼女がいる・・・流石に彼女に同じことをしろなんて無茶を言えるわけもない。敵の情報も少し調べて置きたい気持ちもあるが回廊の構成が同じならば出現する敵もほぼ同じ・・・奴らだろうからとりあえず後回しだ。
[8/24 22:25] 第30回廊 セーフティーエリア
・・・さて、帰ってきたは良いがここで別な問題が発生する。時間も時間だし早めに休んで明日万全の態勢で臨みたい・・・が!問題はどこで休むかだ。
正直さっきまでいたアリスの隣なんて選択肢はない!とてもじゃないが無理だ・・・ってか休まる気がしない。かと言って露骨に離れすぎるのもなんとも・・・
「・・・はぁ」
結論として出たのは隣でもなければ遠くでもなく・・・中途半端に距離を置いた壁にまた背中を預けそのまま寝ることにした。フードは・・・少し邪魔だがこの方が落ちつくからそのまま寝ることにした。
それこそが人との距離を置いていると露骨に表現していると解っていても外せない・・・本当に情けないと思う。それでもこの程度の自己嫌悪ですむならまだいいか・・・今はとにかく休んで先に進むことだけ考えよう・・・
「・・・そういえば『声』・・・聴こえなくなったな」
ふと出たつぶやきを最後に静かな・・・深い眠りについた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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ついに本作ヒロインのアリスが登場しました~!そしてこれかも続々と新キャラが!?
・・・ってことになるかどうかはこの先を読んでいただければそのうち解ります。