第30回廊―痛みの支配者
[8/24 9:00] 第39回廊 Lv227
「すぅー・・・はぁー・・・すぅー・・・はぁー・・・」
必要な準備はすべて済ませた。静かに数回深呼吸をし最後に必要な覚悟と気力を全身にいきわたらせる。目指すは30回廊ただひとつ・・・
「エンチャントスキル・・・『風翔の加護』発動」
発動の宣言とともに全身を柔らかな風が包み込む。それを確認するともう一度深呼吸をして、力強く踏み出す・・・するとたった一歩踏み出しただけで数十メートルもの距離を一気に駆け抜ける。まさに風のように回廊を駆け抜けていく。
「おぉぉぉ・・・おぉぉぉ」
目の前にマスターデット達の集団に遭遇する。普段ならば視界に入れた時点ですぐさま迂回を選択する状況だが、今はそんな余裕もなければ必要も・・・ない。
ただひたすらにまっすぐ駆け抜ける。進路を妨害するように立っている奴は足に力を込めて強く踏みしめれば軽々とその頭上を飛び越える。そして視界に入れてから集団を駆け抜けるまで10秒とかからず、その間・・・いや今現在ですらマスターデット達は俺の存在に全く気付いていない。何事もなかったかのようにただ集団で立ち尽くしているだけだ。
これこそがエンチャントスキル『風翔の加護』の力・・・使用者の移動速度を強化し、かつ自分の存在を眩ます。この能力を使えば敵と一切戦闘を行わず高速で先に進むことができる。
この力はスペルガンナー自信が持つ能力ではない。エンチャントスキルとは武器や防具などのアイテムに付加されている能力の事。このエンチャントスキルを付加されているアイテムを装備、又は使用することでそのアイテムが持つ能力を使用することができる。
今使っている『風翔の加護』は俺が足に装備している防具『[Lost No.007]フレスヴェルクの羽』の力だ。『Lost No.シリーズ』俺はそう呼んでいる。・・・おそらくこの『LWO』の中で最強の能力を持ったアイテムだ。『Lost No.シリーズ』は手に入れた順に番号が一つずつ振り分けられる。表記を見る限りだと999種のアイテムが存在すると考えてもいいが・・・まぁ現実的じゃないか。
ともかく俺はその『Lost No.シリーズ』の一つフレスヴェルクの羽を使って30回廊までの道のりをノンストップで駆けあがっている。これこそが俺の最後の手段・・・俺が持っている装備のエンチャントスキルの使用解禁。言葉にすれば簡単で・・・だけど重いリスクを背負う行動。
だが、フレスヴェルクの羽のエンチャントスキルだけ解禁したわけではない。むしろこの程度の能力なら使用を禁止する意味なんてないんだから。『風翔の加護』の使用にかかるリスクは持続的にMPを消耗するだけ。移動しながら回復薬を飲めば済む程度のリスクなのだ。
[8/24 9:36] 第31回廊
・・・気付けばもう30回廊へ進むための光の柱の目の前に立っていた。40回廊から出発して40分足らずで30回廊まで到達・・・間違いなく過去最短の攻略時間だろう。だがそんなことはどうでもいい。ここでの失敗にかかるリスクを考えたらどんなに早くついても意味はないのだから・・・
「すぅー・・・はぁー・・・さぁ行け・・・忘れるな・・・俺は生きたいんだ・・・」
喉を振わせ、音にして、耳に届かせる。その言葉の意味をその言葉の想いを。自身を鼓舞する・・・それでも未だ心に重い感情の塊を感じる。それが足と腕に枷をし、思考を鈍らせようとする。
――。
「っ!!忘れるな!俺は生きたいんだ!生きたいんだ!」
また『声』が聴こえたような気がしてより強く叫ぶように自分に言い聞かせる。揺らぐ心を必死に支えゆっくりと呼吸を整えていく。
「・・・行くぞ」
[8/24 9:40] 第30回廊 マスターエリア
30回廊に足を踏み入れた途端全身に寒気が走る。この場を支配している空気があの『声』を呼び起こそうとしているような気がしたがまだ耐えられる程度だ・・・あせることは何一つない。
「・・・来るっ!」
出現の前兆を感じとりすぐさま身構える。唐突に目の前の床に魔法陣のようなものが描かれ、そこから青白い巨大な塊が現れた。
ペインロード Lv0
情報はそれだけしか現れなかったが、それだけですべてを物語っていた。奴は最優先でこちらを精神から切り崩すならば、やるべきは先手必勝!エンチャントスキルを使う暇も惜しんでペインロードに銃口を向け引き金を――
――撃つのか?
「えっ・・・?」
引き金を引くことができなかった・・・なぜなら今目の前に居る・・・いや居たはずのペインロードだった青白い塊はどこにもなく。目の前にいるのは青白いが人の形をした・・・どこか見覚えの
――撃つのか?
『声』が響く。先ほどと同じ問いを投げかけるが俺の内側から聴こえる『声』じゃない・・・目の前にいる奴から
――俺を撃ってそのあとどうする?
人の形をしたそれはなおも俺に問いかける。ノイズ交じりの『声』そしてあいまいな輪郭だが見覚えのある・・・
「あ・・・」
――俺を撃ってそのあとどうする?帰っても居場所なんてないのに
気付いた・・・気付いてしまった。その『声』その姿・・・誰よりも近くで見て聞いて感じている存在・・・
今そこにいるのは自分だ
「ぅっ!?」
目の前の存在を認識したとたん全身が震えだす。まるで体中の血液が凍ったかのように芯から身体が冷える・・・寒い。
「うぅ・・・うあぁ!?」
動悸が激しくなり息をするのがどんどんつらくなる。耐えきれずに両肩を強く抱きその場に崩れ落ちるように両膝をついてしまう。
――現実に帰ってどうする?意味ないだろ?
『声』が執拗に俺の心をえぐる。一番聞きたくない言葉を・・・触れられたくない場所を問答無用で蹂躙する。意識が少しずつ薄れ始める・・・このままでは二の前だ・・・
――誰が望んでいるでもないこんなこと・・・疲れただろ?もういいだろう?
否定・・・できない・・・それが事実だと解っている。解っているから抗えない・・・
タタンッ
「っ・・・忘れるな!」
最後の力を振り絞って意識を呼び起こす。手にした二丁の銃を自分の両脇に突きつけありったけの力を込めて引き金を引く。
撃ち出された二発の弾丸はそれぞれ両の脇を貫き地面にめり込み、その痛みが全身を駆け巡り支配する。だがそれが凍りついた身体を溶かすように意識が戻り・・・暴走を始める。
「知るか知るか知るか!そんなこと今はどうだっていいんだ!今必要なのは生きたいってことだけだぁ!!」
半狂乱になりながら立ち上がり再び銃を突きつける。ペインロード・・・いや自分自身に
「エンチャントスキル『アルス・マグナ』発動!!」
自分が出せる限界いっぱいの叫び声でエンチャントスキルの発動を宣言する。すると右手の銃から無数の魔法陣が飛び出し展開してゆく。そしてそれらの魔法陣はまるで時を告げるかのように長い針がカチッカチッとゆっくり動いてゆく。
「続いてエンチャントスキル『コードシフト』発動!全属性を火属性に変更!」
続けて宣言したエンチャントスキルに呼応するように左手の銃から煌々と紅い光が発せられる。
――撃つんだね?後悔するよ?
「だまれ!知るかって言っただろーが!!銃撃魔法『ダークブリンガー』!すべて消し飛べぇ!」
かけられた最後の『声』を振り払いもう一つの属性の銃撃魔法『ダークブリンガー』を発動させる。
『LWO』に存在する属性は火・水・風・地・雷・光・・・そして闇の合計七つ。それらの属性には各々特徴があるのだが闇属性・・・それの銃撃魔法の特徴は至って単純、ただただ攻撃力が高いのだ。
風属性のようにDoTがあるわけでもなければ他の状態異常を引き起こすでもなく・・・ただおかしいほどに攻撃力が高いのだ。単純計算でも一発の『ダークブリンガー』で『ストームブリンガー』数回分を優に超えるダメージを叩きだすことができる・・・DoTを含めて。
しかし、それほどの高い攻撃力を持っている『ダークブリンガー』だが使える場面は極端に少なく・・・言ってしまえば使い勝手がとてつもなく悪いのだ。なぜならばほぼすべての敵モンスターが闇属性に対して耐性や無効・・・果ては吸収を持っているのだ。特にゾンビのようないかにもな敵は闇属性の吸収持ちの代表格のようなくらいだ。
どんなに攻撃力が高くてもそれが無効や吸収されては意味がなくなるため地雷呼ばわりされる属性だが、今の俺にはその弱点は存在しない。
左手に持った銃『[Lost No.002]アカシック・レコード』のエンチャントスキル『コードシフト』。これを発動させた後、すべてのスキルの属性を火・水・風・地・雷の内任意の属性を自由に選択して発動することができる。つまりたとえ相手に耐性のある属性しか持っていなくてもこのエンチャントスキルを使えば弱点を突くことすら自在なのだ。
ただし、『コードシフト』を使うに当たってのコストには問題がある。属性を変えて使う場合スキル発動に必要なMPが3倍になるという問題だ。どんなに弱点が突けると言ってもMPの消費が3倍になっては利点はほぼ内に等しく使い勝手に困るエンチャントスキルなのだが・・・一つだけ例外がある。
「消えろっ消えろっ消えろぉ!俺は死にたくなんかないんだ!俺を惑わすなぁ!」
火属性となった『ダークブリンガー』は無数に展開された魔法陣から赤みを帯びた黒い閃光が何十、何百と放たれ降り注ぐ。その数はヨルムンガンドに放った『ストームブリンガー』よりもはるかに強力で・・・遥かに圧倒的な数の弾数が放たれている。消費MP3倍にも関わらず『ダークブリンガー』の発動数は『ストームブリンガー』のそれを遥かに上回っている。
これこそが俺が持つ最強の武器・・・『[Lost No.001]アルス・マグナ』のエンチャントスキル『アルス・マグナ』。俺が最初に手にした『Lost No.シリーズ』にして間違いなく『LWO』内最大のバランスブレーカーだろう・・・。
銃と同じ名を冠するこのエンチャントスキルはまさに最強と言っても過言ではなかった。
『スキル発動の消費MP、及び冷却時間をすべて0とする』
それが意味する効果は途方ないものだ。どんなにスキルを使ってもMPが減ることはなく、一度使えばもう一度使うまで長い時間を要するような強力なスキルを何度も使い放題にさせる。一体これ以上の能力がどこにあると言えるだろうか?
アルス・マグナ・・・確か錬金術に関係する単語だった気がするが・・・どんな意味だったかはいまいち思い出せない。しかし、今繰り広げられているのはまさに錬金術の至高ともいえる光景だろう。
際限なく湧き出る魔法陣。そこから放たれる無限に等しいエネルギー。ただ一つの対価を糧にわずかな時・・・その至高の力を手にすることができる・・・
そしてそのわずかな時は終わりを告げた。ひたすら展開を続けた『ダークブリンガー』の魔法陣は消え、赤みを帯びた黒い閃光も撃ち尽くされた。後に残るのは『ダークブリンガー』によって穿かれ、巻き上げられた土煙りと・・・
――そ・・・れなら・・・かっ・・・て・・・に・・・
断続的に聴こえるノイズの激しい『声』。すべて聴きとることができず、完全に聴こえなくなった時には撒き上がった土煙りはすべて失せていた。
「鏡・・・か」
最後に残っていたのは粉々に砕け散った鏡だった。その鏡も音もなく消え失せ何一つ残ってはいなかった。
終わったのだ・・・抉られた傷をも省みずただひたすらに突き進みこの30回廊を制覇・・・
「うっ・・・!」
気が抜けたとたん再び全身に寒気が走る。確かに奴は倒した・・・だがそれは心の奥底にいたあの『声』を奥底にねじ伏せ、再び心の奥底に追いやったにすぎない。アレはすべて俺が考えていること思っていること・・・眼をそらしていたまぎれもない事実そのもの・・・
「あっ・・・くっ・・・」
がくがくと目に見えて震えだした足を必死に押さえながら一歩・・・また一歩と歩きだす。視界は揺らぎ思考はほぼ完全に停止してしまいもうただ前に歩くことだけしか考えられなくなっていた。
[8/24 9:58] 第30回廊 セーフティーエリア Lv230
なんとかここまでは来れた・・・しかし精神状態はどう見ても限界を軽く超えている。このまま倒れたらもう立ち上がれない・・・そんな感覚もあるが、もう意識を保てない。
静かに目を閉じ、そのまま床に倒れるように・・・
「だっ・・・誰!?」
唐突に耳に届きふと感じた・・・一体いつ以来だろう・・・自分以外の声を聞くのは・・・
「・・・えっ?」
遠退いて居た意識が一瞬にして引き戻される。銃で腹を撃ちぬくよりも強烈で鮮烈な衝撃が全身に駆け巡った。自分以外の声・・・
つまり
ここまで読んでいただきありがとうございました。
誤字・脱字・感想・ご指摘など、何かありましたら感想フォームにてよろしくお願いします。
なんていうか・・・今回は長い・・・我ながら長いものとなったなぁ・・・っと感じております。正直前後編で二つに分けるってことも考えたのですが分けどころがなかったので思い切ってまとめました。
ここまでの長々としたものを読んでいただき本当にありがとうございます。