第36回廊―追憶の痛み
[8/22 8:10] 第39回廊
足が重い。腕が重い。頭が重い。何より心が重い・・・
生存本能と理性を奮い立たせ必死に歩みを重ねるが、いまだあの『声』が・・・あの『言葉』が俺の中で響き渡り呪いの様に俺を蝕む。
――帰ったって意味ないのに
聞こえないはずのあの『声』がまた耳の奥底で響く。怠惰と絶望をまとった自分自身のあの声が・・・
「意味なんてなくない!それに死にたくなんてない!死にたくなんかないんだ!」
声を張り上げ自分に暗示をかけるように何度も叫び続ける。必死に自分を奮い立たせるために声が枯れるまで叫び続ける。
・・・でも、あの『声』は俺で・・・あの言葉の意味だって嘘じゃ・・・ない
[2年前 7/21]
俺はいつも一人ぼっちだった。
別に誰かからいじめを受けていたわけでもない。親から虐待を受けていたわけでもない。
でも俺はいつも一人で・・・居場所がなかった。
俺は三人兄弟の次男で特に金持ちだとかそーゆーこともない普通の家族の普通の次男だ。そう・・・普通なのは俺だけだった。
三つ上の兄と二つ下の弟は一言で言えば完璧人間だ。どっちも頭がよく運動神経が優れていて多くの人に慕われていた。
そんな二人を持つ両親は鼻高々。いつも何かで優秀な結果を残せば盛大に祝っていた。二人が褒められこそすれしかられているところなど一度も見たことがない。
それに対して俺は・・・褒められもしなければしかられもしない。学力もスポーツもよくもなければ悪くもない。だからなのか、俺は基本的に親に何をしろといわれることもなく何をしても怒られる事も無い。
遊んでいようと勉強していようと、何をしていても何も言ってこない。それを前向きにとれば放任主義と呼べるかもしれない。自由に自分の思うことをやれという無言の証なのかもしれない。でも俺はそれがとても寂しかった・・・何に成功しても何に失敗しても褒められることも怒られる事も何一つ・・・ない。
家に居場所が無い俺は学校に居場所を求めようとしたけど・・・やっぱりそこにも無かった。みんな優秀な兄と弟にばかり目が行き俺のことなど大して気にも留めない。何より俺自身の問題が学校での居場所を失ったといえる。
俺はとにかく話すのが苦手だ。初対面、顔見知り、家族に関係なくとにかく苦手なんだ。自分が相手とどのくらいの距離があるのかがまったく掴めない。そのせいで何を喋っていいのかいつも困り自分からは何も話さない――話せない。
たまに話を振られても適当な相槌をうつ程度でそれ以上話に混ざることもできない。だからなのかイジメられることは無かったが、俺に友達と呼べる人は誰一人いなかった。
ゲームに逃げたのは当然の帰結といえただろう。ゲームの中ならば多少の孤独感も緩和される。ネットゲームならきっと話せるだろう・・・そんな甘い考えを持っていた。
今までにいくつものネットゲームを渡り歩いてきたがそのどのゲームでもろくに話すことはできなかった。せいぜい臨時のPTに入った時の最低限の挨拶と事務的な会話しかできない。我ながら情けない話だ!仮想現実に逃げたのに結局やってることは変わらないんだから・・・
そして俺はこのLost World Onlineに行き着いた。このゲームを知った俺はすぐさまVR用の周辺機器を用意し、早速ゲームを始め・・・その日のうちにログアウトができなくなってしまった。
驚きと恐怖と不安の中にわずかな興奮を感じていたことを今でも覚えている。ログアウトのための攻略組みに入れば自然と仲間もできるだろう。何より自分が英雄になれるチャンスだと浮かれていた・・・がすぐにその考えも脆く崩れ去った。
今度は会話能力どころか、職そのものが原因でPTにすら入れない状態だった。スペルガンナー・・・その汎用性と職の響きからβテスト時代には非常に人気のあった職業だったのだが、使われるや否やその器用貧乏差が不況を買い俺が『LWO』に来たころにはスペルガンナー人口は非常に希薄で、PTに入れてもらおうとしても大抵鼻で笑われる始末となった。
行く宛てを完全に失った俺にはもうソロで強くなることしか選択肢がなかった。そしてその過程で喪失の回廊を見つけ、いつしかその回廊の攻略が優先事項となっていて・・・
[8/22 23:39] 第37回廊
ほぼ丸一日かけてようやく前来た回廊までたどり着いた。途中思い出したくも無い過去が何度もフラッシュバックを起こしてはその場に倒れこみそうになるのを必死でこらえては重い足取りで一歩また一歩と進んでいた。
今の状態で敵との戦闘なんて自殺行為なのは十分にわかっていたから地の底に眠る敵の気配すらも必死に探り敵のいない場所を探しては重々しく歩み続けた。疲労感など一切感じない。あるのは心に重くのしかかる過去の痛み。自分すらもがゾンビになったかのように地を這うようにただ黙々と歩き続けた。
そうしてこの37回廊までたどり着いたが、今のところあのザ・ペインは見当たらない。やつとクルセイドホロウには最大限の注意を払わなければならない。クルセイドホロウに会えばもちろん1分と持たずに死を迎えるが、何よりもう一度ザ・ペインと会い・・・痛みをもう一度えぐられれば今度こそ立ち上がる力すら奪われてしまうだろう・・・。
そうこうしているうちに36回廊へ行くための光の柱の目の前までやってきた。今の時刻は8月23日の1時11分となっていた。運がいいのか悪いのか・・・ここまでたどり着くのに一度も敵と遭遇せず無傷でここまでこれた。これはもっと喜んでいいことなのだが、もうそんなことを考える余裕すらなくただ黙々と36回廊に続く光の柱の中へ入る。
[8/23 1:13] 第36回廊。
「あっ・・・あぁっ・・・あぁぁぁぁぁ!」
叫ぼうとするが声がろくに出ず半端なうなり声しか上がらない。だが、目の前にある光景を目にしてそんなろくに出ない叫びでも上げずにはいられなかった・・・。
36回廊についてすぐに目に付いたもの・・・おびただしい数の青白い塊――無数のザ・ペインだ。10・・・20・・・歪みつつある視界では正確に何匹いるかなど分かるはずも無い・・・だがこのままでは間違いなく。
その先をイメージする前に急いで37回廊へ戻ろうとした。各回廊は空間的にはほぼ別次元的な扱いで回廊を移動してしまえばそれまで追っていた敵が回廊を超えて追いかけてくることは無い。だから今は37回廊・・・いや40回廊まで逃げることが最善の手段なのだが・・・
「あぁぁ・・・し・・・うご・・・動け・・・動け!」
自分に言い聞かせ必死に足を動かそうとするが・・・逃げるどころか自分の意思に反してその場にへたり込んでしまった。
「やっ・・・やめろ・・・っ!!」
わずかにもれた拒絶の言葉が意思を持たない敵に届くことなど無かった・・・
[8/24 5:17] 第40回廊セーフティーエリア Lv227
気がつけばまたここに倒れていた。いつ倒されたのか・・・もう記憶に無い。無数のザ・ペインが俺の体を通り抜けた瞬間頭にあの『声』が大音量で響き渡り全身に言い知れない何かが走り・・・気を失った。そのごクルセイドホロウが現れ一撃で葬られたのか、攻撃力がほぼ無いザ・ペインに嬲り殺されたのかはわからない。今はっきりしているのはもう立ち上がる力がなくなっている。このままなら間違いなく・・・ゲームオーバーだ。
――それでいいだろう。もうあきらめて休もう
『声』はいまだ語りかける。俺の心を殺すために語りかけ・・・身をゆだねるしかなくな――
「・・・だ・・・いや・・・いやだ!死にたく・・・死にたくなんて!!」
必死に最後の力を振り絞り『声』に抗うため・・・自分の腹に銃を突き付け・・・
「がふっ」
迷わず引き金を引く。放たれた弾丸が自分の腹を貫く痛みが全身に走る。だがそれでとまらず2発、3発と自分に向けて何度も引き金を引く。弾がなくなったらおぼつかない手つきでリロードを行い再び引き金を引く。
――もうやめよう。痛いだけじゃん?自分だけが辛いだけじゃん?
この自傷行為で自分のHPが減ることは無い。しかし、痛みは残る・・・もはや正常に働くことのない思考回路で自傷行為をひたすら続ける。だが、その程度の痛みではまだ『声』に抗うためには足りなかった。
――この先にあるのは帰り道じゃないんだから
「『―――ブリンガー』!!!」
俺はもうひとつの属性の銃撃魔法を自分に向けて放つ。無数の閃光が俺に向けて飛び込み全身を貫く。痛みで狂いそうになりながらもその痛みによって自分の意識を無理やり呼び戻す。
――そう・・・やって・・・
――また目・・・をそら・・・したって・・
『声』は完全に消えうせた。MPをすべて費やしこれでもかというくらいに自分に撃ち込んだおかげで何とか気力を取り戻した・・・それでも普段の2割程度といったところだろう。このままただ30回廊を目指しても同じことの繰り返しとなる。
「エンチャントスキルを・・・」
だから最後の手段を使うことを決めた・・・これでたどり着けなければもう脱出の手段は完全に失われるだろう・・・でもやるしかない・・・
「生きて・・・帰る・・・理由なんて・・・後でいい・・・無いならないで・・・いいんだ」
自分に言い聞かせながら未だ重さの残る足取りでゆっくりと戦いの準備を始める。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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「好きの反対は嫌いではなく無関心」っというどこで聞いたか忘れたような解釈を意識して書いてみました。
全体の話の中で最も重い・・・っていうか暗い話です。必死に生きようともがく自分と生きることを諦めた自分との葛藤を描くような感じにしようとしたらこんな風になってました・・・