第?回廊―クリア報酬
[-/- -:-] ???
ここはどこだ?それが最初に湧いた疑問だった。視界に映るものは清潔感のある白一色・・・他の色は見当たらない・・・
次に、どうなっているのか?というのが湧いて出る。体が重い・・・思うように動かないどころか指一本動かせる気がしない。
何がどうなっているのか全く理解できない。何を考えようとしても何を思い出そうとしても何も浮かばない・・・
だけど、もっと広い範囲を見ることによって映るモノがいくつかの事実を教えてくれた。
壁に掛けられたアナログ表示の時計と日捲りのカレンダーが教えてくれた。
「あ・・・あ・・・あー」
特に意味はない。ただなんとなく声を出してみた。ややかすれ気味の俺の声は割と広い部屋に響き渡り、俺の耳へと帰ってきた。
帰ってきた・・・そう。帰って来たんだ。
俺はデスゲームを終わらせ、あの世界から・・・帰って来たのだ。それを今ようやく実感し始めて来た・・・実感した。そして少しずつ・・・一つずつ昨日あったことを思い返してみる。
[9/1 8:11] 都内某所の病院の個室
俺が目を覚まして一番最初に見たものは俺を囲うように見下ろしていた4人の人影
正直それがすぐには解らなかった。視界に入ったのは4人の人・・・そのうちの一人が急に泣き崩れ俺に抱きかかってきた時、それが自分の母親だということを理解した。それから続いて父親、兄、弟・・・遅まきながら認識した・・・認識できた。
だけどそれを認識したことよりも俺は自分の母親が号泣しながら俺に泣きついていることに驚きと戸惑いを隠せなかった。
良く言えば放任主義。悪く言えば無関心・・・そんな接し方が今までの俺と両親との関係だった。そこに寂しさを感じ、孤独さを感じながら生きてきたからこそ、初めてとも思える無関心以外に向けられたものに戸惑う。
そのあと、父親が部屋を飛び出したかと思えばすぐに白衣を着た老齢の先生を引き連れて帰ってきた。その人の指示通りいくつかの応答を返そうとするが、声はすかすかと出ないわ体は感覚はあるものの動いてくれないわで違和感万歳であった。
ただまぁ、実際のところ丸2年も寝た切りだったせいなのか体が衰えに衰えてろくに動かないだけで異常はないという結論が出た。俺の意識としてはこの二年間ずっと・・・いうなれば暴れまわっていたがゆえに何とも言えぬ微妙さを感じた。
先生が一通り診て戻った後はこれまたある意味大変だった。まるで今までの反動でも来たかのように母親がしきりに俺を気にかける。今までとの接し方の違いに戸惑うというか・・・流石にうっとうしく感じてしまう始末だった。
[9/2 10:00]
そんなこんなで身動きできない俺を甲斐甲斐しく世話する母親に少し辟易としながら一夜明けた今現在。タイミング良く誰もいなくなったので一息ついている状態だ。
身体も全く動かないと思っていたが、今もう一度動かそうとすると少し反応がある。とはいえ、あっちの世界であれだけ動きまわっていたギャップゆえに物凄いもどかしさすら感じるのだが・・・
「・・・失礼するよ」
などと自分の体の調子を確認していると衝立の向こうで扉が開く音と断りを入れる声が耳に届いた。だが、その声に聞き覚えなど一切ない声だった。なんとなく警戒心を強め、動けないながらも精一杯身構えようとしていると衝立の向こうから一人の男が現れた。
黒のスーツをびしっと決めたまさにエリート商社マンのような男だったが、当然そんな男見たこともない。
「突然すまなかったね。君がそのように警戒するのは仕方がないだろが、安心して欲しい。別に君に何かしようというわけじゃない」
安心しろと言って安心できる人間なぞまずいないだろう。当然警戒を緩めることはしないが・・・次に男が放った言葉が俺に大きな衝撃を与えた。
「手短に話そう。私は浅葉優一の使いでね、君にある物を渡しに来た。『Lost World Online』帰還者・・・スペルガンナー『ベイル』に・・・ね」
「あっ・・・っ!?」
男が言い放った内容はとても短かった・・・だけど動揺するには十分な内容だった。俺が『ベイル』であること、そしてあの浅葉優一の使い・・・警戒心はより一層強くなり、それ以上にこの男に・・・いや、その話の内容に興味がわいた。
「状況が呑み込めたようだね。ではまずこれを見てもらおう」
そう言って男はスーツケースからノートパソコンを取り出し、少し操作してからベッドに付属してあるテーブルの上に置き画面が俺に見えるようにした。
『――――――やぁ、久しぶり・・・ん~顔を見るのは初めてだろうからここはやっぱり初めましてだな。うん・・・ってことで改めて、初めまして。浅葉優一だ」
ノートパソコンの画面に映し出された男は自分を浅葉優一と名乗った。その姿は病弱で・・・酷く痩せこけ見えた。
『この映像をどれだけの人間が見て居るかは私には解らないが、これを見て居る者は全て俺のゲームを・・・俺との勝負に勝利した勝者だ』
「こっ・・・これ――」
「できればそのまま最後まで見てほしい・・・」
スーツ姿の男に聞こうとしたが、止められてしまった。それならば最後まで・・・最後までただ静かにみるとしよう。
『この映像を見て居る者・・・勝者には報酬として俺から渡すものがある。いくつかあるんだが・・・俺が直接とは言えないが、直接渡したいものは・・・まず、『真実』だな」
『真実』・・・浅葉優一はそう口にした。真実とは一体何だ?そしてなぜそれを知るのが俺?そんな疑問が泡のようにとめどなく湧いては消えて行った・・・
『昔っから子供じみてた俺は馬鹿みたいに研究を重ね、ついに夢にまで見た技術・・・VR技術を一つの形として完成させた。そして完成させたVR技術を使ったゲームも手掛け、プロトタイプを完成させた・・・』
病に苦しむ姿を垣間見せつつも満面の笑みで自分の成果を自慢する浅葉。しかし、突然その笑みに陰りが生じた。
『だが・・・俺の努力の結晶をある企業が根こそぎ奪って言ってしまった。VR技術、ゲームのプロトタイプ・・・それら全てを俺から奪い去ってしまったんだ』
先ほどまでの笑みから一転、憎悪と痛みで顔ゆがめる。映像の端では悔しそうにシーツを力強く握りしめているのが見える。
『奴らは・・・自分たちの利権の為だけに!俺から全てを奪い去った!それだけならばまだいい。たとえ奪われたとしても、それをより高めてくれるならば悔しくても諦めただろう・・・だが奴らは事もあろうか俺の作ったものをただ使うだけだった!自分たちは何の努力もせずに!!』
叫ばずには居られなかったのだろう。すぐにむせかえり、つらそうにせき込む。口を押さえる手から赤いものがこぼれるのが見えた。
『そんなあいつらに復讐するために・・・俺はプロトタイプである『Lost World Online』を利用したんだ・・・はっきり言って酷い話だと思う。俺のしょうもない私怨のために、自分の夢を穢し・・・それどころか俺と同じようにこのゲームを楽しみにしていた者たちの思いを穢し、巻き込んでしまった・・・』
「もう・・・やめてください。俺にこんなものを見せてどうしようって――」
「最後まで見て欲しい。答えはその後に・・・」
なぜ?俺はこれを見ているのだろうか?なぜ浅葉の語る『真実』を見ているのか?・・・なぜ、俺なのか?
『すまない・・・では足りないくらいの事件を起こした自覚は・・・ある。だが、自分ではもう止められなかった・・・だからこれを止めてくれた者に・・・俺自身が穢してしまったものを守ってくれた者への敬意として送る報酬。世に出回っている作られた『真実』ではなく、当事者の・・・元凶である俺自身が語る『真実』をどうするかはこれを見ている者に委ねることにしたよ・・・ははっ!まったくもって笑えるよ。まるで刑事ドラマで主人公に追い詰められて、しなくてもいい自供を始める犯人の気分だ』
自嘲気味の笑みが出る。だが、その笑みは満足しきったかのような・・・言ってることとやってることがちぐはぐだと感じさせるほどの満面の笑みだった。
『本当はもっと色々話したいこととか、伝えなくちゃいけない事はたくさんあるけど・・・もう限界っぽいからさ・・・最後にどうしても聞きたいことを一つだけ・・・』
その時俺が見たもの・・・彼が投げかけた問いは、彼のその最高の笑顔と共に忘れられないモノとなった・・・
――俺の作ったゲーム。面白かっただろ!
そこで彼の・・・浅葉の時が止まったかのように映像は終了した。スーツの男がノートパソコンを静かに閉じ、元のケースに戻すのをただ呆然と見届ける。
聞きたいことは山ほどある・・・言いたいことも山ほどある・・・でも、言葉が出ない・・・形容できない感情が体の奥から溢れては全身を物凄い勢いで駆け巡る。
形容できない感情の高ぶりがついに瞳から滴となってこぼれる・・・それがきっかけとなって、自然と言葉が漏れる・・・『問いの答えを示す』
「すごく・・・面白かった・・・遊び方下手で、説得力0なことばっかやってたけど・・・面白かったさ・・・」
「その言葉・・・あの馬鹿にちゃんと聞かせたかったな・・・」
俺の出した答えにスーツの男は遠くを見るような目で・・・満足げに反応した。
「さて・・・私もやるべきことをやろう。浅葉優一の代理として・・・終焉を見届けた者に渡す報酬。浅葉優一の『真実』、そして『記憶』・・・浅葉優一が自分の終わるその瞬間まで続けた努力の結晶・・・彼の研究データの全てを・・・君に譲渡する」
「え?それって・・・」
浅葉優一の研究データの譲渡・・・それが一体どういうことなのかまるで理解が追いつかない。だが、一つだけわかるのは・・・
「だ・・・だめだ・・・受け取れない・・・俺は・・・」
――俺はそれを・・・受け取っちゃいけない
俺にはその資格はない・・・権利はない・・・浅葉優一が一連のデスゲームの犯人で、それを止めたというのならば俺ではないはず・・・俺じゃないはずだ。
もっと・・・本来受け取るべき相手がいるはずだ。何もせずに全てが終わってしまった俺が受け取って言い物のはずが・・・
「いいや、君には受け取るだけの理由がある。どうやら君はそれを自覚していないようだけど・・・確かに存在する。だから君がなんと言おうともこれは君のものなんだ。そして、それをどうするかは全て君に委ねられる。あの男の『過去』も『現在』も・・・あったかもしれない『未来』も・・・全て君の手の中にあるべきもので・・・君以外にこれを受け取れるものは・・・いないんだ」
男は断言した。俺には資格があると・・・自覚していない資格・・・
「解らないならこれから考えればいい・・・これから知ればいい・・・誰も何も急かすつもりは無いよ。それでももし何か思うところがあると言うなら・・・私に相談してもらっていい。少々残念なことに私はあの馬鹿の親友でね、あいつのやろうとしていた事を手助けし、見届けたいから・・・君があいつに続く者になるのだろうから私はそれの協力を惜しむつもりは無いよ」
「・・・・・・」
なんと言っていいのか・・・なんと聞いていいのか・・・解らない。問いあぐねた俺とその人の間に静かな沈黙が続く。
そして、その沈黙を遠くから響く足音が破る。その人は懐から名刺らしきものを取り出し、そっと頭の横にある机の上に置くと無駄のない動きで扉の前まで歩いて行ってしまう。
まだ、何も話していない。何も聞いていない。何も・・・何も・・・!
だが、その人を止める言葉は一向に出ず・・・その人が去っていくのを見届けるだけだった。
「またね、ベイル君。君の戦いはここでエンディングを迎えるだろう・・・でも、もしかしたらエンディング後の物語の方が長いかもしれないね」
冗談じみた一言を残してその人は去って行った。
どことなく感じていた何かが一つわかった気がする・・・
俺の・・・『ベイル』の・・・Lost World Online・・・孤高で、孤独で、孤立した戦いは終わったんだ
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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長らくお付き合いいただきありがとうございました。
次で最後の最後。最終話となります。最後までどうかお付き合いよろしくお願いします。