第0回廊―終焉を見届ける瞳(終)
俺は今一つの致命的なミスと・・・一つの大きな謎の前に思考が止まっていた。
ヤツ――The Lost Beastとの戦いで全力を出した・・・出し過ぎた上で俺はヤツに引き裂かれた。殺された。敗北した。
ただ敗北しただけならばまだいい・・・だがあろうことか俺は――アルス・マグナという全力を出してしまったのだ。
その結果俺の力は24時間完全封印され、何もできなくなる。無力なままヤツに残りの命も弄り殺されるか終わりの時を待つか・・・その二択となってしまった。
・・・そのはずだった。
[8/31 1:42] アンセムカイン城大聖堂前 残り22時間17分
「えっ?・・・はっ?・・・いっ一体、何が起きてるんだ?」
俺は驚愕する・・・唖然とする。信じられない事態に考えがまるでまとまらない。
『アルス・マグナ』というエンチャントスキルは24時間という時間を対価に力を与える。そしてアルス・マグナを使ってしまった今、俺はスキルを使えずステータスは実質0の無力なプレイヤーへとなり下がっているはず・・・なのに。
「制限が・・・ない?」
何度確認しても見間違いではなかった。保有するスキルは全て使用可能状態。銃も引き金を引けば弾丸が撃ち出されるし、ステータスも一つも変化は見られない・・・混乱する状況の中、ふと一つの有力な仮説が頭をよぎる。
死ぬ前の自分と死んだ後の自分はある意味別の自分・・・っと
突拍子もないような考えではあるが、システム的に考えれば『死ぬことで自分に掛けられたペナルティを全てなくす』と考えれば筋も通る。
今までアルス・マグナを使ってきた時はペナルティーを恐れ、絶対に勝てる時しか使わなかった。アルス・マグナを使った上で死んだことなどこれまで一度もなかった。
だからこんな・・・アルス・マグナのリスクから逃れる裏技に気付くことができなかったのだ。死ぬことでその負い目から抜け出す・・・夜逃げもびっくりの踏み倒し方だ。
だが、これで今までまるで無かった勝機が・・・初めて見えた。
今ので俺は53度目の死を迎えた。回廊を脱出したからなのかデスペナルティーがLv-1ではなくなっている。つまり何度死んでもレベルが下がることはない・・・力が衰えることはあり得なくなった。
100の死が俺に終わりを告げる・・・つまり死ねるのは99回・・・残り46回の死までは問題がない・・・それはアルス・マグナの使用回数で言えば後48回分も残っていることになる。その数を算出した瞬間、全身の毛が逆立つような感覚にさいなまれた。
48回・・・そう48回だ。たったの一回でも敵を跡形もなく屠る事ができるほどの力を48回・・・いくらヤツだってこれだけの数の力を受ければ・・・
「さて、どっちが先にくたばるだろうな?」
その時、俺は笑った・・・笑ったんだ。
それが勝利を確信した笑みなのかなんなのかは解らないが確かに俺は笑った・・・そして、俺が死んだことで目抜き通りの真ん中で俺を探しているヤツをアンセムカイン城の目の前にある大聖堂からヤツ目掛けて一直線に駆け寄った。
撃つか討たれるか?たどり着く結果はそれだけだろう・・・
[8/31 7:56] アンセムカイン城城下町 残り時間16時間3分 死亡回数64回
「っ!まだ・・・まだだ・・・!」
歯を食いしばりながら痛みに耐え、ヤツを見据える。あの後からすでに6時間もの時間が経過した。死亡回数も11回も重ねながら、ヤツと撃っては討たれ、討たれては撃ってを繰り返している。
最初は目抜き通りでガチンコ勝負をしていたが、ヤツが自分の立ち位置を不利と感じたのか両サイドの建物をその巨体で破壊しながら無人の居住区画へと飛び込んで行った。
こーなると左右移動が楽になったヤツに『ジャベリン』の命中率は格段に落ちてしまうだろう。同時に空爆用の『ダウンバースト』もその価値を失う。防御兼広範囲攻撃の『ランパート』ならばあたりはしてもダメージとしてはいまいち。
そうなるとヤツを囲うようにして展開できる『プリズン』を使うのが一番効率がいいのだが・・・アレは発動位置の指定に割と時間がかかるし、展開から射出までに僅かだけどタイムラグもある。魔法陣自体には壁としての役割は無いから、攻撃が始まる前にヤツが檻の外に逃げてしまえば攻撃は無駄になってしまう。
最初のアレは前に『ジャベリン』と『ダウンバースト』を受けて動きが鈍くなっていたから当たったまでで、なんの補助もなく当てるのは至難の業・・・それこそこの城塞都市を丸々覆うような馬鹿みたいな範囲で囲うくらいでないと当てられない。
だから攻撃には最深の注意を払い確実に当てるタイミングを見計らう。とうぜんアルス・マグナを発動しないうちに死ぬような無駄もしないようヤツの攻撃は確実に避けながら・・・
[8/31 16:31] 廃都アンセムカイン城 残り時間7時間28分 死亡回数78回
狂う・・・間違いなく発狂する。
そんな事を頭のどっかが警鐘を鳴らしながらも、黙々とヤツとの戦いを繰り広げて居た。これだけの時間、集中力を一度も切らさずに戦っている今こそ・・・すでに狂っているからなのかも知れない。
俺とヤツのと戦いはまさに終焉にふさわしいような戦い方となっていた。戦場として選んだアンセムカイン城の町並みは俺とヤツの攻撃の被害を受けて粉々に砕け、今では壊れかけの城を中心に瓦礫の山が積み重なる廃墟と化していた・・・
それでも俺たちは戦いをやめなかった。互いに撃っては討たれ、討たれては撃ってを繰り返し続けた。
気の遠くなるような戦いの中で少しずつ疲弊して行くヤツ。全身を覆う神々しさを纏った白銀の毛は血に濡れたのか黒く染まり、焼け焦げた場所もある。一番大きい成果はヤツの左目をつぶせたことだろう。
確実に近付きつつある勝利・・・それを確信しながら・・・
だけど勝利がまた少しずつ遠退いて行く・・・
「――――ッ――――ッ―――――――ッ!!!!!!」
「っ!?『アルス・マグナ』発動っ、続いて『ランパート』多重展開!!!」
ヤツの異変にいち早く気付き、自分の正面を魔法陣の城壁が幾重にも展開していく。だが、ヤツの攻撃はこっちの防御をつらぬだけの一撃を放ってきた。
これまでヤツは爪と牙と角・・・己の身一つで戦ってきた、だがヤツはここにきてあろうことか魔法を使いだしたのだ。それも、今まで見たことのないタイプの魔法だった。
ヤツの放った魔法は眩い光を放つ光球。それだけならば対して問題にはならなかったが、一体どういうことか!?ランパートによって撃ち出された閃光があの光球に触れるとまるで何もなかったかのように消えてしまうのだ。
通常魔法同士が衝突した場合、互いの魔法が互いの力を削り合う『相殺』という現象が起きる。この相殺が起きた場合、魔法の威力や属性の相性などによって互いが消えるか、どちらかが残っても威力が減少するというものだ。
だから、あの光球がどの属性の魔法であれ、俺の攻撃ならば必ず威力の相殺ないし減衰が起きるはずなのに、あれにはそれが起きない・・・
[8/31 23:35] 残り24分 死亡回数98回
もう、全てにおいて限界ギリギリだった。時間も、死亡回数も・・・精神力すらも。ヤツが使い始めた光球は圧倒的破壊力で俺を圧倒する。どんなに攻撃を重ねようともあの光球は破壊できない。となれば光球は完全に無視して、ヤツ本体を直接叩く!
多分あの光球は一種のサインだ。あれだけの破壊力を持った魔法を今の今まで使わなかった・・・おそらく俺のアルス・マグナに匹敵するほどのヤツにとっての奥の手なんだ。それを使わざるを負えなくなった・・・それだけ追い詰められている。
あとすこし・・・あとすこし・・・!
ひたすらに、盲目的にヤツを倒すことだけを考えたこの戦いもあと少しで終わる・・・互いに残った僅かな力を出して互いを倒す為に・・・
だが、互いに僅かな差ゆえ・・・本当に僅かな差が・・・勝敗を決してしまう。
「しまっ――」
ヤツへの攻撃に意識をまわし過ぎ、光球を回避する余裕を失い直撃を受け一瞬にして無に帰してしまう。
死亡回数99回・・・後はなくなった。
だが、問題はそこじゃない!戦いに専念しすぎたあまり、戦っていた場所が最悪の立ち位置になってしまった!
死亡し、復活のために戻るポイントは瓦礫と化した大聖堂の前――それは同時にヤツの眼前でもあった。
「――ッ――ッ――ッ――ッ―――――――ッ!!!!!!」
ヤツに歓喜にも似た・・・狂喜を見た気がした。今まで以上の咆哮を上げながらあらん限りの力を振り絞るかのようにして今までで最大級の光球を撃ち出した。
・・・それは俺からはまるで太陽が降ってきたかのようにも見えた。その大きさと撃ち出された距離はどうあがいても逃げ切れる距離ではなかった。敗北を確定するような一撃だった。
だが、今の俺にはもう勝敗など眼中になかった。目の前の光球すらも眼中に・・・ただヤツを倒す・・・その一点だけに絞られていた
「『アルス・マグナ』発動・・・降り注げ・・・『ゼロブリンガー』・・・」
ヤツが白の光球ならば俺は黒い光柱・・・天に無数の『ジャベリン』を展開し討ち出す。
俺のブリンガー魔法による戦略級の破壊を生みだすマクロ宣言『ゼロブリンガー』。考えはしたものの使うことなど無いと思っていた真に俺の最後にして最強の攻撃。
アルス・マグナの効果をその力が追いつかなくなるのではないかというほどの・・・頭の回路が焼き切れそうになるほどの膨大な量のスキル宣言。
勝敗はこれで決しただろう・・・このまま互いに互いの最後の一撃を受ければ、良くて相討ち・・・っといったところだろう。まぁそれも成功率3,4割くらい・・・かな?
やるだけのことをやりたいようにやりつくし、不思議な充実感の中へと意識を持って行きそうになる中で――
「―――――」
何かが聞こえた気がした・・・それが何なのかは解らなかった。
でも、その何かによって俺の意識は再び戦いの中に引きずり戻され・・・もう一手動けと騒ぎ立てる。
今の今まで記憶の奥底で忘れられていたモノたちが使えと言っているような気がした。
「エンチャントスキル・・・『風翔の加護』、『キャスリングミスト』・・・」
なぜ忘れて居たのだろう?なぜ使わずにいたのだろう?俺にはまだ武器がある・・・『アルス・マグナ』だけが俺の全てではない。『Lost No.シリーズ』はそれだけじゃない・・・そう主張するかのように続けざまに発動を宣言する。
全身を覆うように風が渦巻くと、突然全身から濃い霧が溢れ出て・・・
「――ッ――ッ――ッ!?」
ヤツにとってこれほど驚くこともないだろう・・・確実に仕留められたはずの俺が突然霧散し、次の瞬間には自分の懐までもぐりこんでいるのだから・・・
――皆無だった勝機に、僅かな光がさし・・・
――僅かな光は少しずつ大きく確かなものとなり・・・
――今、俺の目の前で勝利として輝こうとしていた
「『コードシフト』属性を闇に変更・・・エンチャントスキル『アンドヴァリの呪い』・・・!」
俺の記憶はそこで途切れて居た・・・はたして輝いた光をその手に掴んだかどうか・・・
『――――――――――――――――――――――――――――――――――――――』
「――――!――――!」
何かが聞こえたかどうかも・・・
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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