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第0回廊―終焉を見届ける瞳(離)

――俺には見覚えがあった。その出で立ち、その眼光、その威圧感、その存在感・・・


――ひたすらに力を求め、盲目なまでに強くなり続けた果てにヤツ(・・)は居た


――己が力を示すべく、魂を削るような戦いの末・・・俺はヤツ(・・)を討ち取った


 喪失の獣・・・The Lost Beast・・・喪失する世界の終焉を見届ける獣




[8/31 0:12] 第0回廊――地上 封霊の森


「・・・・・・」

「えっ?・・・あっ、ちょっとま――」

 走れ・・・そう自分で言ったような気がした・・・本当に自分が口にしたのかは解らなかったが、いま大事なのは走ること・・・

 無意識のうちにアリスの手を掴み強引に引っ張って走り出す。驚いたアリスは足をもつれさせながらも俺に引っ張られながらついてくる。


 走るんだ・・・走って・・・逃げて・・・それから・・・


「―――――――――――――――ッ!!!」

 鼓膜を打つヤツの咆哮。それを聞くたびに全身に恐怖が走り、逃げる足が一段と速くなる。そして全身が恐怖で埋め尽くされてゆく中で頭の隅にわずかに残った思考回路が一つの違和感を必死に解読している。


 確かにヤツ・・・The Lost Beastの名には覚えがある。実際にヤツと出会い、戦い、そして勝った。だが、今のヤツはあの時とは違う。

 俺は今、同じ名を冠しながらその圧倒的な違いを目の当たりにして・・・




[8/31 0:23]


 深い森の奥までひた走っていたが、少しずつ減速し・・・立ち止まる。俺に引っ張られながら走っていたアリスは全身フラフラな様で、今にもその場に座り込みそうになるのをかろうじて我慢しているようだった。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・ねぇ・・・今のって・・・何・・・?」

 息絶え絶えのアリスが息を整えながら疑問を投げかける。もっともな疑問であろう・・・隠す必要はない、彼女のには知る必要がある。


「The Lost Beast・・・かつて喪失の回廊・・・その最深部である第50回廊に居た敵です」

 そう・・・もう2週間も前になるあの日・・・たった一人で回廊を突き進んだ先にいた敵。だが、あの時戦ったヤツとは何かがまるで違う・・・そう感じた。

 かつてヤツは巨体ではあったがせいぜい3メートルほどだったが、今はそれをはるかに上回る巨体。まとっていたオーラも禍々しさどこにもなく・・・むしろ神々しさすら感じた。

 湧き上がる圧倒的力の差の謎・・・そしてその答えは、俺が今まで自分に叩き込んできた・・・培ってきたものが教えてくれた。


The Lost Beast Lv250


 もはや無意識のうちに発動したスキルによって読み取られた奴のデータ。たった一文程度の内容はすべてを語っていた。恐怖の理由もはっきりした・・・俺は理解している・・・本能的に敗北を・・・

 再度システムウィンドを開き、ログアウトのボタンを確認するが・・・押せない。回廊を脱出したことによりログアウトができる状態になった。

 しかし、別の・・・元来あったはずのシステムによってログアウトを阻まれる。


 LWOではシステムが戦闘状態と認めた場合、ログアウトができなくなる。ログアウトによって戦闘を回避するという方法を防ぐためのものだ。

 もちろん外部から回線を切ってしまえばログアウト可能だろうが、現実問題それは不可能。つまり未だここから抜け出すことはできない。


 ここから抜け出すためにはサーバーが閉鎖する・・・この世界が終るまっで残り23時間35分・・・その間にログアウト可能な状態・・・つまり戦闘状態を解除しなくてはならない。


 戦闘状態を解除する最も単純な答えは・・・敵を倒すことだ。


 他にも敵から一定距離以上離れるなどで敵の戦闘の意思が途絶えた場合という手段もある。これは敵のテリトリーから出るという発想で回廊間を移動した際に回廊を超えて敵が襲ってこないのはこれが該当する。

 しかし、現状未だに戦闘状態は続行している。ほんの数分ではあったが全速力で逃げたため、相当な距離を開けたはずなのに解除されない。

 それはつまり、その程度では奴の戦闘の意思が途絶えることはない・・・ヤツにとってのテリトリーはこの世界全体・・・そう直感した。


 そうなれば残された手段は一つ・・・


 だけど、その前に――


「えっ?・・・ちょっちょっとベイル!?」

 素っ頓狂な声をあげるアリス・・・それもそのはず。いきなり組んでいたPTを解散したのだから・・・だけどこれは・・・どうしても必要な事・・・


「解散しました。このまま隠れて居ればログアウト可能になるはずです」

「何言ってるの!それってつまりっ・・・」

 これは普通はしないであろう戦闘状態からから解除される方法。

 システム上戦闘状態となるのは敵が認識した対象とそのグループ。つまりPTで誰か一人が敵のターゲットになってしまえばどんなに遠くてもそのPT全員が対象の敵と戦闘状態になってしまう。だが裏を返せばPTさえ組んでいなければ戦闘状態が解除されログアウト可能となる・・・


「ヤツは自分が対処します。ですから先にログアウトしてください」

「そんなことできるわけないわよ!いくらベイルだってあんなの相手じゃ・・・私も一緒に戦う!全然役に立たないかもしれないけど・・・でも!」

 一人で逃げる事を拒むアリスは強く反論し、俺にPT申請をしてくる。俺の視界にはPT申請を受理するか否かの確認画面が浮かび上がる。


 本当は・・・すごくうれしかった。今までずっと・・・ずっと一人だったから・・・どんな状況のどんな形のどんな理由でも一緒に居てくれるという申し出は・・・

 でも、だから・・・そう・・・だからこそダメだ。そんな人を一緒に行かせるわけにはいかない。そんな人を道ずれにするわけにはいかない。

 ずっと一人だった俺に。ろく話もしなかった俺に。成り行きで一緒になっただけの俺に・・・手を差し伸べてくれる・・・


 だから、言葉にしないけど・・・ありがとう。そしてありがとうだから――


「ひゃんっ!?・・・いっいきなり何するの・・・っ!?」

 俺は唐突に・・・思いっきり彼女を突き飛ばし、かわいげな悲鳴をあげながら地面に倒れこむアリスに向かって銃口を向ける。

 正直心が痛い・・・多分、初めて触れた他人の優しさを・・・差しのべられた手を無下にする事が辛い・・・それでも今は言わなければならない。


 冷静に・・・冷徹に・・・冷酷に・・・


「・・・はっきり言わなきゃダメみたいだな。邪魔だ・・・一緒に居られても迷惑だ。逃がすのはせめてもの慈悲だってのに」

 自分の思いつく限りの精いっぱいの悪意で彼女を突き離す・・・辛い・・・辛い・・・彼女の優しさに揺らぐ・・・彼女の優しさに甘えたくなってしまう。

 でも・・・それはできない・・・できない。


「で――」

「『ヴォーパルバレット』」

 止める・・・何もさせない。彼女の言葉は銃声によってかき消す・・・彼女の行動は銃弾によって阻む。

 俺が彼女に望むのは・・・ただ逃げること、生き延びること・・・それだけでいい。


 だから俺は無慈悲に、機械的に引き金を引き彼女の足を撃ち抜く。その行動にシステムとしてダメージは存在しない・・・でも同時に使ったスキルと数値に出ない痛みが彼女の言葉を止め、動きを止める。


「足手まといはいらない。死にたくないならさっさとログアウトボタンを押すことだ・・・『風翔の加護』」

 もう、俺がこれ以上ここに居る理由はない。むしろこれ以上いればヤツがここまで来て彼女を巻き添えにしてしまうだろう・・・だから風を纏い、風となってその場を去る・・・行くべき戦場へと駆け出す。

 その時、俺の口から漏れた小さな「さようなら」はきっと、俺の中に残った最後の未練だったのだろう。未練も別れの言葉とともに捨て置いた。




――やっぱり、死にたいんじゃないか

「別に死にたいわけじゃない。確かにやろうとしてるのは自殺もいいとこだけどさ」

 彼女と別れてすぐに自分の内側から響く声。それに対して声に出して答えるただの独り言。


――だったらあの時の言葉は嘘になるな。何が生きたいだ

「ん~どうだろ?死にたくない・・・生きたいってのは別に嘘じゃない。でも今やってることはどう考えても真逆なんだよなぁ・・・」

 ひたすら続ける自問自答。言ってることとやってることの矛盾をぼんやりと、漠然と考える。


――もう解ってるんだろ?今更とぼけてどうする?

「あーだよな。そーだよなぁ・・・やっぱそーなんだよなぁ」

 答えなんて解ってる。とっくの昔に出してる。俺が今何をしたいかなんて


 この世界の最後の戦い・・・俺の最後の戦い・・・

 あの日、喪失の回廊の最奥から始まった・・・きっとこの世界に来たときから始まってた・・・


「誰も知らない。誰も語らない。間抜けで情けない俺の英雄伝説・・・」

 ゆっくりと足を止め、目の前の・・・俺が戦う敵を・・・静かに見据える・・・。ヤツも俺を見据え、敵意を害意を殺意を放ち始める。


「独りぼっちの英雄ベイルの物語は幕引きのお時間だ・・・って感じかな?」

 ともに戦ってきた二丁の相棒をその手に確固たる戦意を持って対峙する。


 生きるか死ぬか?そんなことよりも今はただ全力で・・・




[8/31 0:30] 残り23時間29分

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