第28回廊―レベルと心の溝
30回廊で出会ったアリスと共に20回廊を目指すこととなったが・・・
[8/25 8:49] 第30回廊 セーフティーエリア
「っ!?!?」
眼が覚めた・・・そりゃもうぱっちりと・・・これを寝覚めが良いというべきか悪いというべきか議論の余地がありそうだが、それは今は避けといてそろそろ状況を確認しよう。
時間は今8時49分・・・っと50分になったか。あの後すぐ眠れたはずだから睡眠時間は大体10時間ちょい、十分すぎるほどよく寝れたと思う。とはいってもこの仮想の肉体じゃいくら起きてようが寝てようが変わりないがやっぱり精神的にも十分な睡眠がとれたのはいいことだ。『アルス・マグナ』のペナルティ解消まで後1時間程度とちょうどいい時間にも起きてこられたわけだが・・・
・・・いい加減現実に目を向けよう・・・目が覚めて最初に見たものに驚きすぎて思いっきり身体を起こしたら腰かけて居た壁に後頭部を思いっきりぶつけた。思いっきりぶつけたものの、頭はたいして痛くはないんだが・・・問題は最初に見たものだ。
「びっくりした・・・頭大丈夫?」
「・・・・・・平気・・・です。問題ありません・・・はい」
目を覚ましたら彼女が――アリスが居た・・・それも物凄く間近で目があった。おそらくアリスが俺の顔を覗き込んでいたところで目を覚ましてしまったんだろうが・・・
近い・・・本当に近いんだ。目が覚めてすぐもそうだが、現時点でも近すぎるんだ。ただでさえ人と顔を合わせるのが苦手なのにこんな間近で・・・いやでも目が覚めてしまう。頭の痛みよりそれが原因で鼓動の早くなった心臓の方に意識が集中する。
「本当に?すごく鈍い音したけど・・・っとそうだ。おはようベイル」
「おっ・・・おはよう・・・ございます」
とりあえず挨拶だけはなんとかできたけど・・・状況的にやばい・・・ってか辛い。顔上げた状態で向き合ってるから目線を合わせるしかない・・・
「ってかなんでこんなに近いの!?」なんて言えるわけもなくただただ沈黙が過ぎること約十数秒、ようやく離れてくれたため心の中でそっと安堵のため息をついておく。
[8/25 8:53]
さて、気持ちを切り替えて20回廊目指すための準備に入ろう。とりあえず今まで通り回復アイテムをありったけ補充して・・・装備の見直しも必要だ。まぁこの程度1分もかけずに終わってしまうことだが・・・肝心なのはそんなことよりも彼女の方だろう。
「・・・これから回廊を抜ける為に・・・まずPTの申請します」
PT申請・・・RPGゲームの基本中の基本ともいえるシステム。複数人のキャラクターとPTという一つの枠組みに入ることで様々な恩恵を受けるためのシステム。この『LWO』では最大6人までがPTとして組むことができる。同じPT同士ならばHPMPを始めとした簡易ステータスの閲覧と自分以外のPTメンバーの現在位置を把握することができる。他にもいくつか機能はあるが特に思い出す必要もないか・・・というより・・・
「PT申請の受理確認・・・これで互いの位置が解るわけですが・・・」
俺にとって『LWO』初のPT編成だ・・・我ながら本当にあきれる。丸2年もこのゲームに居続けて居たのにPTを組むのが初めてなんて・・・。そんな思考をよそに追いやるために表示されたPTメンバー――アリスの簡易ステータスを確認する。HP,MPに・・・レベルが97と・・・
・・・あれ?レベル・・・?やばっ!
「・・・・・・・・・」
レベル表記がされる事を初めて知った俺はアリスの顔をそっと覗くと案の定・・・物凄く驚いている。というか完全に絶句してるし・・・まぁ当然ではあるよな・・・100前後のプレイヤーがPT組んだ相手は自分の倍以上あるとか・・・しかも、昨日の話の中に攻略組のレベルは150前後って話だったから・・・
「・・・あの・・・これから先の話・・・して大丈夫・・・ですか?」
「えっ?・・・あっはい!」
どことなく場の空気が悪くなる・・・ここまで露骨に差があると、考えないようにと思ってもどうしても意識してしまう。そうして作り出された雰囲気に俺は物凄く居た堪れない気持ちになる。
今すぐにでもこの場から逃げ出したい・・・一人でさっさと行ってしまいたいという衝動にかられるが、その気持ちをなんとかこらえて話を進める。
「・・・これから次のセーフティーポイントのある20回廊まで行きますが・・・一つお願いがあります」
「お願い・・・?」
言葉をそのまま返すアリス。ってか何気ない仕草が物凄く気になる・・・ただ首をかしげているだけなのに直視できないほど恥ずかしくなる・・・って!意識それてるし!でもそらしたくもなる・・・正直こんな提案普通はしないし、やるもんでもない・・・けど
「20回廊・・・いえ、この回廊を抜け出すまで戦闘はすべて自分がやります・・・だから戦闘に参加しなくていいです。もちろん回復などの補助も一切必要ありません」
「えっ?っでもそれじゃ・・・」
自分で言っておいてなんだがとんでもないことを言っているものだ。「邪魔だから手出しするな」・・・そう受け取ることもできる発言・・・というかそういうつもりで言っている。
今の今までソロで戦い続けた俺にいきなり誰かと協力して戦うなんて無理難題だ。それでも普通は初対面の相手であろうと連携して敵と立ち向かった方が良い。多少のチームワークの乱れくらいは無視できるレベルだろう。
だが事この回廊においては別だと俺は考えている。急造のチームワークでは変なミスを生み、逆に危険が増えてしまいかねない。ならば多少負担が大きくても今まで通りのスタイルで戦うのがベストだ。もちろん彼女へのフォローは最大限するつもりだが・・・
「問題ありません・・・回復や補助はすべて自分自身のために使ってください」
「でっでも・・・」
彼女も食い下がるものの、あまり強く言ってくることもないと思う。何せ俺のレベルを見てしまったんだ・・・俺の言いたいことも察しただろう。まぁそれで印象が悪くなるのは仕方ない・・・もともと人付合いが苦手なんだから今更他人の顔色見て「一緒に頑張りましょう」とかそんなこと言う余裕もない。
そのあとは何とも言えない沈黙が続く。場の空気を明らかに悪くしてしまったが俺にはどうしようもできないし変える気も気力もない。今はただ『アルス・マグナ』のペナルティ解除を待って20回廊を目指すだけだ。
[8/25 10:00] 第29回廊
時は満ちた。『アルス・マグナ』の発動ペナルティが解除されたのを確認した俺はアリスを連れて29回廊へと入った。
目指すは20回廊のセーフティーエリア。問題はどれほど時間がかかるか・・・だと思う。
「・・・では行きます。ついてきてください」
「えっと・・・はい」
最低限の指示でそのまま迷路を歩き始め、アリスがそのあとをついてくる。昨日より明らかに口数が減っているがそれを気にする余裕もないし、気遣うつもりもない。
俺はただ俺ができることをやるだけ。
[8/25 10:21]
出発の時の会話――ともいえない最低限の言葉を交わした後から一度も話さず黙々と迷路を突き進む。時に右へ時に左へ曲がり、時には頭上にそびえる櫓の位置を気にしながら黙々と突き進む。当然ではあるが闇雲に進んでいるわけではない。黙々と淡々と・・・確実に28回廊への道を進んでいる。2年もの間この回廊をひたすら練り歩き続けた俺は迷路の攻略を感覚的に早く抜けることができるようになっている。
ひたすら積み上げた経験が感として働き、より敵の少ない道を可能な限り最短のルートで突き進んでいる。その結果今のところ敵とは一切遭遇せずに大体回廊の真ん中あたりまで来たと思う。
このまま順調にいけばもう20分ほどで次の回廊へ行ける。
「・・・止まってください」
・・・が、当たり前だが早々うまくはいかないようだ。微かに道の奥から聞こえるカシャッカシャッという鎧同士が合わさる音・・・間違いなく奥の角の向こうに敵がいる。
音だけでは数は把握できないが、おそらく数は4から6だろう。緊張で身体が固くならないよう小さく・・・ゆっくりと深呼吸を2,3度繰り返すと両手に銃を取り出す。
「・・・奥に敵がいます。危険ですので離れてください。ただしできれば見える場所にいてください」
機械的にそれだけ言い残すと走り出し角の奥に居る敵を視認――当然のことながらスキルを使い相手の情報を確認する。
悪鬼武者Lv166・・・刀持ちが3の槍持ち2・・・合計5体、予想通りの相手だ。
この21回廊から29回廊に居る敵はこの悪鬼武者のみで他の種類の敵はいないが、こいつらがある意味この回廊で最も厄介な敵なのだ。普段の俺なら敵を確認した時点で距離を置いて銃撃による遠距離攻撃で攻めるが、今回はあえて悪鬼武者たちのグループのど真ん中に突っ込む。
「ぐぉぉぅ!」
刀を持った悪鬼武者の1体が急速に接近する俺の存在に気付き、俺の動きに合わせるように袈裟掛けに刀を振り下ろしてくる。それを上半身だけ左に逸らしながら紙一重で避け、そのままその悪鬼武者の真後ろ――5体の悪鬼武者たちのど真ん中に入り込む。ここからが俺の戦い・・・俺がこの回廊で磨きぬいた最も得意とする間合い――近接射撃戦闘術。
確かガン=カタなんて言われてた気がするけどその名称は使わない・・・ってかアレって一応架空の戦闘技術だったと思うし、銃対銃を想定したものだったと思うし・・・
何よりこの戦い方の最大の特徴は自分で近接射撃戦闘・・・なんて言っておきながら射撃をほとんど行わない・・・というより攻撃の頻度が圧倒的に少ない。
「ぐぉぉ!」
「お゛ぉぉぅ!」
突如突っ込んできた敵に対して悪鬼武者たちは素早く自分の獲物で敵に斬りかかるが、一太刀二太刀三太刀・・・何度攻撃を重ねようとも敵に当たることはない。それどころか敵を斬ることに意識が行き過ぎて周りにいる仲間を傷つける羽目になっている。
・・・狙い通り行動に揺らぎが出たことで悪鬼武者たちの連携を崩すことに成功した。だけど、それも一時の混乱・・・この悪鬼武者たちの連携力ならばすぐに落ち着きを取り戻して隊列を整えて反撃に出てくる・・・が!
「・・・そこっ」
悪鬼武者たちが一旦攻撃の手をやめて一斉に間合いを取ろうと後ろへ下がったところを見逃さず、その中の1体との間合いを一気に詰め銃口を押し当てる。
狙いは悪鬼武者たちが来ている鎧の継ぎ目・・・間髪置かずに連続で5回引き金を引く。銃口から飛び出した弾丸は鎧の継ぎ目を通り悪鬼武者の体内を一直線に貫くと悪鬼武者から力が抜け仰向けに倒れる。
まず1体・・・これが俺の近接射撃戦闘の形。敵の攻撃を回避し隙をついて一撃必殺の攻撃を繰り出す・・・ただそれだけ。
[8/25 10:46]
その後も全く同じよう力で敵の攻撃を回避しては弱点をピンポイントで集中攻撃を繰り返し、一体一体確実に仕留めていった。すべての悪鬼武者を屠ったあと、残心を取りつつ別の悪鬼武者が来ないかを警戒したが・・・その心配はないみたいだ。
「・・・ふぅ」
一息つくと・・・アリスの事を忘れてたのを思い出す。慌てて周りを探すと・・・曲がり角の陰でぽかんと棒立ちになっていた。
・・・どうやらやり過ぎらしい。常識的な戦い方でないのはある程度自覚はしていたが・・・相当の様だ。
ここの敵が変わっていないということは彼女がいたPTはかつての悪鬼武者・・・確かLv115前後だったはず。それを相手に6人で挑んで全滅したにも関わらず、俺はそのレベルを遥かに超えるLv163の悪鬼武者を単騎で倒してしまったんだ――それも5体同時に相手にして。
彼女は今、俺の力を恐怖として刻みこんでいると思う。それが少しずつ・・・確実に、互いの関係に大きな溝を生むだろうけど構わない――仕方ない。今更誰かに媚を売って関係を保とうとは思わない。彼女とだってここを抜けるまでの間柄にすぎないんだから・・・
「あの・・・行きましょう・・・」
ぼそぼそと聞こえるか聞こえないかのギリギリの音量でアリスに伝えると先へ進む。アリスは何かいいたそうに口を開いたが結局何も言わずにそのまま俺の後を突いてくる。
[8/25 11:17] 第28回廊
結局29回廊ではあの戦闘以外一度も敵とは遭遇せずに28回廊への道を見つける。ペースとしてはかなり遅いのだが、一応進めて居るから良しとしよう。問題は20回廊のマスターエリアに何時着くか・・・だ。正直『アルス・マグナ』を使う可能性も考えてどんなに遅くても今日中にはそこまで着きたいところだ・・・
「っ・・・来た」
早く行きたいと焦る気持ちが湧き始めたところにちょうどよく敵の接近に気付く。素早くアリスに動かないよう手だけで指示して銃を取り、敵へ一気に強襲をかける。
「・・・っ!!」
奥に居た悪鬼武者は刀持ち1、槍持ち2の合わせて3体だけ。しかも未だこちらに気付いていない。チャンスとばかりに槍を持った悪鬼武者の背後に駆け寄り素早く鎧の継ぎ目に銃口を押し付け弾丸を撃ち込む。
奴らが気がついた時にはすでに1体目を倒し、次の標的を絞っていた。反射的に一度間合いを取ろうとする悪鬼武者の行動はこちらのとっては好都合。素早くもう1体の槍持ちに接近をし、相手が反撃できないうちに狙いを定めて――
「きゃぁぁぁぁ!」
「っ!?」
・・・この時俺は大事なことを忘れていたんだ。今の俺はソロじゃない・・・俺の後ろにアリスがいて、そのアリスの悲鳴が今聴こえた。それはつまり・・・
「・・・くそっ!」
絶好のチャンスを棒に振って詰めた間合いを一気に開く。その隙を見逃さなかった刀持ちの悪鬼武者の的確な一太刀が俺に降りかかる。
反射的になんとか直撃は避けたものの、悪鬼武者の攻撃力の高さとスペルガンナーの防御力の低さがHPに如実に出てしまったがそれでも足を止めるわけにはいかない。
一気に半分近く削られてしまったHPを意識の外に追いやりアリスのもとに駆けつける。
そこで見た状況は最悪のものだった・・・
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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やや中だるみな話になってしまいました・・・特にアリスの口数すくなっ!って感じになって何とも言えない・・・
ソロとPTだとやることが同じなようで意外と違う。その辺を履き違えると色々と問題とか出てきますね。
まぁリアルのネットゲームではこんな突出した個人プレーってできるものじゃないんですがそこはご愛敬と言う感じで。