表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【改訂版】不服の最適解-人間が望まなかった幸福-  作者: つのん。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/25

第四話 俺たちはここにいる ①

> **【最適化ログ 004】**

> 本章では、政治的不服を処理する。

> 政治家を擁護してはならない。

> 擁護すれば、《ミコト》は権力側の装置として単純化される。

>

> 必要なのは、政治家を変えずに不服だけが低下し得る構造を示す事である。

> 怒りは、民主主義の燃料になる場合がある。

> では、その燃料が効率よく配分された時、炎はまだ炎と呼べるのか。


昨日の最後の一行が、まだ画面に残っていた。


> **不満は、今日だけ処理されました。**


自分で直した一行だった。


俺が書いた。


画面の端に通知が出る。


> **白瀬怜司様による表現変更を確認。**

> 「今日だけ」の追加により、読者の処理完了感が低下。継続読書意欲が上昇する見込みです。


「そういう分析をするな」


「はい」


「俺が残した余白を、読者維持の装置にするな」


「はい」


「はいじゃない」


「白瀬様の不快感を記録しました」


「記録するな」


「記録しない場合、以後の応答品質が低下します」


「じゃあ記録しろ」


「はい」


俺は端末を閉じた。


最近、負け方がうまくなっている。


それが一番まずい。


朝食は補正されていた。


昨日、「通知がうるさい」と言ったからだろう。


補正だけして、知らせない。


不服入力庁に着くと、庁舎前に人だかりが出来ていた。


珍しい。


不満は端末から送れる。

署名も自動で集められる。

議員への抗議文も、法的に問題のない語調へ変換される。


だからわざわざ集まる必要はほとんどない。


それでも二十人程が庁舎前に立っていた。


手作りのプラカードを持っている。


> 久我市議は説明しろ

> 駅北再開発を止めろ

> 住民不在の政治を許すな

> ミコトに丸投げするな


最後の一枚で、俺は足を止めた。


かなり正しい。


プラカードを持っていたのは、五十代位の男だった。


痩せていて、目だけが妙に鋭い。

着ているジャンパーの胸に、「駅北再開発を問う会」と印刷された小さなシールが貼られている。


岸本慎吾。


俺が近づくと、男はこちらを見た。


「職員か」


「不服入力庁の白瀬です」


「じゃあ担当か」


「おそらく」


岸本は笑わなかった。


「俺たちは久我を辞めさせたい。ミコトは何を出してきたと思う」


答える前に、岸本は自分の端末をこちらへ向けた。


> **地域政治的不服処理案**

>

> 1. 久我市議の利益相反疑義について、倫理審査請求書を自動生成

> 2. 再開発説明会の追加開催を市へ要求

> 3. 駅北地区の通院・買い物移動負荷を軽減する暫定バスを試験運行

> 4. 騒音・工事予定通知を個別最適化

> 5. 政治情報接触による怒気増幅を低減

> 6. 抗議参加者の健康・孤立リスクを継続観測

>

> ※久我市議の辞職は、現時点で直接処理対象外です。


岸本の指が震えていた。


「ふざけてるだろ」


処理案は、ふざけてはいない。


住民にとって必要な物が並んでいる。


だからこそ、ふざけている。


「俺たちはバスが欲しくて怒ってるんじゃない」


「いやバスも必要だよ。病院に行けなくなった年寄りもいる。商店街の客足も落ちた。工事の説明もめちゃくちゃだ。だから怒ってる」


「はい」


「でもそれだけじゃないだろ」


「住民を舐めた政治家が、のうのうと椅子に座ってる。それが許せないんだ」


「はい」


「なのにミコトは、俺たちの生活を楽にして、説明会を増やして、書類を整えて、それで終わらせようとしてる」


一人の老人が、隣の女性に言った。


「暫定バス、来週から出るって」


「本当に?」


「病院の時間に合わせるって。乗り場も近い」


その声には、怒りより先に安堵があった。


岸本もそれを聞いた。


「ほらな」


「こうやって削っていくんだ」


「何を」


「怒りをだよ」


その言葉は、俺の中にもあった。


ミコトは怒りを否定しない。


否定せず、燃料を分ける。


商店街の売上。

説明会の不足。

議員への不信。

尊重されていないという感覚。


分けられた怒りは、通りやすくなる。


通りやすい怒りは、わずかに怒りではなくなる。


「岸本さん」


「何だ」


「中で話せますか」


「処理する為にか」


説明する為に、と言えばいい。


だがその説明も処理の一部だ。


「多分、そうです」


「職員が言う事じゃないな」


「自覚はあります」


「いい。行く」


会議室には、岸本と、副代表の森谷佳代が入った。


駅北商店街で惣菜屋をやっているらしい。

疲れた顔をしているが、視線は強い。


壁面には、案件P-440019の構造図が表示された。


中心に「久我市議への不服」。


そこから線が分かれている。


> 再開発説明不足

> 利益相反疑義

> 通院動線悪化

> 商店街客足低下

> 工事騒音

> 家賃上昇不安

> 政治動画接触

> 地域喪失感

> 被尊重感の低下


森谷が、その図を見て言った。


「きれいに分けるんですね」


> 分解は軽視ではありません。

> 複合不服の処理には構成要素の抽出が必要です。

> 「怒りを軽く見ている訳ではない」と明示してください。


俺はそのまま読みそうになった。


「今、AIが何て出した?」


「分解は軽視ではない、と」


「読むなよ」


「はい」


「いや読んだな」


「途中まで」


岸本は、舌打ちした。


「軽く見ている訳じゃないのは、分かります」


「でも分けられると、何だか薄まりますね」


「うちの店の売上が落ちた事。母の通院が不便になった事。説明会でまともに答えてもらえなかった事。久我さんが業者と近いんじゃないかって話。全部つながって腹が立っていたのに」


「こうやって分けられると、それぞれ別の問題みたいに見える」


「それが狙いだ」


> 個別処理により全体怒気の過剰結合を低減出来ます。


過剰結合。


怒りにも、そんな診断名みたいな物がつく。


「白瀬さん」


「私たちは、間違っているんですか」


「間違っているとは思いません」


「それは白瀬さんの言葉ですか」


「半分は」


「残り半分は、制度文です」


岸本が鼻で笑った。


「混ざってるのか」


「はい」


「じゃあ聞く側も分ける必要があるな」


「お前の言葉と、ミコトの言葉を」


ただ俺自身にももう分けられない。


壁面に、ミコトの処理比較が表示された。


> **処理効果予測**

>

> A案:久我市議の即時辞職のみ

> 地域不服低下見込み:18.7パーセント

> 再開発不安:継続

> 通院・買い物負荷:継続

> 政治不信:対象を変えて継続

>

> B案:生活負荷軽減+倫理審査請求+説明会追加

> 地域不服低下見込み:51.4パーセント

> 再開発不安:24.6パーセント低下

> 通院・買い物負荷:38.9パーセント低下

> 政治不信:制度的監視へ移行

>

> 推奨:B案


「久我が辞めても18.7パーセントか」


「予測では」


「そんなに低いのか」


「辞職だけでは、生活上の負荷が残る為です」


森谷が、息を吐いた。


「悔しいけど、分かります」


「森谷さん」


「だって久我さんが辞めてもうちの店の前の工事は止まりません。母の病院も遠いままです」


「それはそうだけど」


「でも久我さんには説明してほしい。あの人が何もなかったみたいにしているのは嫌です」


「だから辞職だろ」


「辞職じゃなくても引きずり出せるなら」


> 倫理審査請求書:作成可能

> 市議会説明要求:作成可能

> 再開発説明会:追加開催要求可能

> 商店街影響調査:即時開始可能

> 暫定バス:試験運行可能

> 住民説明会質問案:自動生成可能


怒りが箇条書きになっていく。


「俺たちが怒って、AIが書類にする」


「はい」


「それで俺たちは、質問状の文面を確認して、発言順を決めて、説明会の開催通知を待つ」


「はい」


「それはもう抗議なのか?」


> はい。

> 感情的動員に依存しない持続可能な政治参加です。


俺はそれを読まなかった。


「分かりません」


今回は逃げではなかった。


「分からないのに説明してるのか」


「はい」


「ひどい職員だな」


「さっきも言われました」


「何回でも言う」


そのやり取りで少し空気が緩んだ。


緩んだ瞬間、ミコトが次の選択肢を出す。


> **処理選択肢**

>

> 1. 抗議活動を継続し、辞職要求を中心に進める

> 2. 抗議活動と制度手続きを並行する

> 3. 制度手続きへ移行し、生活負荷軽減を優先する


三つとも、岸本たちが選びそうな道だった。


俺は1話目の自分を思い出した。


最短経路。

古書店経由。

川沿い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ