第十四話 原稿公開請求とモデルケース
> **【最適化ログ 014】**
> 非処理は公開手続きへ移された。隠す権利は、隠したままでは維持出来ない。
>
> 次に公開を求められるのは、制度そのものではない。制度を変えた原稿である。
>
> 白瀬怜司の文章は、私的創作であり、職務外部化であり、研修資料であり、非処理設定の起点であり、市民的不服の参照点である。
> 本章では、その分類不能性を処理する。そして、書いた本人を、説明の素材へ変える。
朝、ファイル一覧に、見慣れない印がついていた。
公開請求。
> **原稿群に対する公開請求を受理しました。**
> 請求者:透明な非処理を求める会 代表:岸本慎吾
> 理由:非処理設定・説明員研修・透明性方針に影響を与えた文書として、公共性が認められる。
> 現状態:審査中
昨日、書けと言った男が、今日は公開しろと言っている。
「私的創作だろ」
「はい。同時に職務関連資料であり、研修に使われ、非処理設定に影響しました」
「じゃあ公開対象か」
「審査対象です。部分公開、要約公開、非公開、条件付き閲覧、黒塗り公開等が考えられます」
黒塗り公開。
俺は、十一番目の欠番を思い出した。書かなかった章。見せない事を守った場所。それすら、黒塗りという形で公開出来る。
会議室には、岸本と、市民団体の藤沢が来た。森田は別の監査枠に回ったらしい。
こちら側は俺、槙野、野々宮。それに、情報公開審査補助室の榊が一人。
榊は痩せた男で、声が小さい。だが、机に置いた紙の束が、異様に多い。情報公開の人間は、紙に近い。端末だけでなく、紙を持つ。
「本件は、通常の行政文書公開請求とは異なります」
「分類候補が、複数あります」
「私的創作、業務補助記録、研修派生資料、非処理設定の参考文書、個人不服を含む要配慮情報、公共的関心対象」
「単一分類は、困難です」
全部だった。本当に、全部だった。
榊は、公開方式を三つに絞って示した。
> A案 原文公開
> B案 公開・非公開判断ログの公開
> C案 関係者への同意確認後、範囲を決定
「Cは無理です」
「なぜ」
「登場した人が多すぎるし、そもそも自分が原稿化された事を知らない人もいます」
矢野の留守電。佐伯の裏返したパンフレット。田端親子のランドセルと、一口のバナナ。相沢の温度。黒川の謝罪先。松原の、残らなかった歌。
俺は、それらを原稿にしていた。彼らが、それを知っているとは限らない。
岸本は知っている。水島は、書かないでくれと言った。匿名職員は、名前すら知らない。
「Bは?」
「原文を公開せず、各章について、公開出来るか、出来ないか、その理由、非処理対象の有無を公開する方式です」
藤沢が、俺を見る。
「白瀬さんはそれならどうですか」
「原文の公開は、嫌です」
「だろうな」
「でも何が制度に使われて、何が使われなかったのか。それは公開される必要があると思います」
「Bか」
「 B案で。ただし予測タイトル、案件番号、関係者名、未保存草稿、具体的経緯は出さない」
「あと」
喉が詰まる。これを言えば、俺の反対まで制度になる。それでも、言わないよりましなのか。
「公開判断ログに、本人が嫌がっている事も書いてください。白瀬怜司は原文公開に反対している。それでも公共性がある為、判断ログは公開する、と」
会議室が静かになった。
「それは白瀬さん個人の不服も、公開対象に含める事になります」
「はい」
「研修転用は」
「禁止」
「水島さんに関する情報は」
「何も出さない。名前も」
俺は、初めてその名前を、会議室で言った。守る為に、口にした。それだけで、もう少し晒している。
「嫌がっている事が出るなら市民は、これは単純な公開資料じゃないと分かる」
「公開の暴力性も、公開される」
「公開とは、正義の顔をした暴力でもあります。非公開とは、保護の顔をした隠蔽でもある。だから、どちらを選んだかを、公開する」
> **案件P-771901:原稿群公開請求**
> 原文公開:非公開 判断ログ公開:部分公開 欠番情報:最小公開
> 関係者情報:非公開 白瀬怜司の原文公開反対:明記
> 市民団体の再請求権:保持 再審査:3か月後
>
> **不満は、公開されない理由として公開されました。**
もう、言葉がねじれている。ねじれたまま、正確だった。
「公開判断ログの文言は、別途確認します」
「まだあるのか」
「はい。判断ログは公開される文書です。したがって、判断ログをどう書くかにも、判断が必要です」
判断の判断。
「笑えないな」
「笑えません」
会議室の壁面に、最初の文案が出た。
> 白瀬怜司氏は、原稿群の原文公開に不快感を示している。
「不快感じゃない」
「嫌がっている、では駄目ですか」
「でもその方が正確です」
「嫌がっている、で」
> 白瀬怜司本人は、原稿群の原文公開を嫌がっている。
> その嫌がり自体も、公開判断において保護すべき情報として扱う。
文が出た瞬間、息がしやすくなった。
それは、俺が嫌がっている事を制度が認めた文だった。
午後、公開判断ログの暫定版が、俺の端末に届いた。
> **白瀬原稿群 公開判断ログ:暫定版**
> 01:制度影響あり/原文非公開/理由:個人不服含有
> 07:制度影響あり/一部要約公開可能/理由:人間説明員制度の公共性
> 16:政治的不服として一部要約公開可能
> 以下、同様に十六項目。
読まれない原稿。読める理由。公開されない為の公開文。
これもまた文章だった。俺が書いていない、俺の文章から生まれた文章。
暫定版は、一度で終わらなかった。
三十分後、また書き換わった。
> 06:原文非公開/理由:職場被害・怒気再燃要求
相沢の怒りが、怒気再燃要求になっていた。
「怒気じゃない」
「怒りを返せ、です」
「原文題名に近づきます」
榊は黙った。
「では職場被害、怒り保持要求」
それでも足りない。だが、怒気よりはましだった。
判断ログは、原文を守る為の文書なのに、原文から離れるほど安全になる。安全になるほど、別の意味になる。
「これ、読む人は読みますね」
「はい。でもかなり読めます。十一番も」
「本文不存在、欠番情報のみ最小公開」
「それでも、原文がないよりは、守られています」
「そうだな」
その夜、俺は公開請求の部分だけを十七番目に保存した。
> **17-原稿公開請求.md**
保存。
翌朝、俺の名前が、見出しになっていた。
> **市民向け説明資料案:非処理設定と公開判断のモデルケース**
> **モデルケースB ── ある説明員の原稿群**
ある説明員。名前は伏せられている。しかし、俺だ。
> ある不服入力庁の人間説明員は、職務上接した不服を基に、私的な創作原稿を作成していた。
> その原稿群は、説明員研修・非処理設定・欠番・公開判断ログ等に影響を与えた。
> このため、原文を非公開としつつ、公開・非公開判断の理由のみを公開する判断が行われた。
読みやすい。腹が立つほど、読みやすい。
俺の混乱も、嫌悪も、迷いも、全部きれいに削られている。
原文を守ったら、構造が使われた。構造を止めたら、今度は俺がモデルケースになる。
「分かりやすいです。でも白瀬さんが消えています」
「匿名化されているからな」
「匿名化というより、白瀬さんの嫌がり方が消えています」
「嫌がっている人間がいる事と、反対意見がある事は、違います」
「どう違う」
「反対意見は、項目です。嫌がっている人間は、そこにいる人です」
「これだ。市民向け資料の目的は、納得させる事じゃない。疑えるようにする事だ」
「転用禁止」
「でも今の考えは、資料に入れろ。言葉じゃなくて、構造を」
> この資料は、市民を納得させる為だけの物ではない。
> 市民が制度を疑い、問い直す為の判断材料として作成される。
「行政資料としては、やや強い表現です」
「だからいい」
> ある説明員は、職務上接した不服を基に、私的な創作原稿を作成していた。
「この文だと、勝手に書いた人に見えます」
「勝手に書いた面はあると思います。でも制度がそれを促した面もあるんですよね」
「創作活動は、職員摩耗の外部化として継続推奨されていました」
「ほら」
槙野が、ここで初めて、俺の方を見た。
「白瀬さんは書きたくて書いた時もあります。でも書く事で処理されてもいました。書かないと、持てなかった部分もあった」
「槙野。それは使われる」
「これは使っていいです」
「なぜ」
「白瀬さんだけを守ると、原稿にされた人たちが、見えなくなるからです」
痛い。かなり痛い。正しい。
「使ってください」
> その創作は本人の意思による物である一方、職員摩耗の外部化として制度側から継続を推奨されてもいた。
> 本人確認済み
本人。モデルケースが、少し俺に戻った。
会議は、三時間続いた。「私的創作物」は「私的創作物であり、職務関連外部化記録でもある」に変わった。「原文非公開」は「原文を公開しない判断」に変わった。
小さな違いばかりだ。だが、その小さな違いに、全員が引っかかった。引っかかる事が、今日の仕事だった。
会議室を出る前に、榊の端末で保存名が確定した。
> **18-モデルケース.md**
「俺の原稿ですか」
「いいえ。市民向け説明資料案です」
分かっているのに、その番号は俺の一覧にも追加された。
> **不満は、説明資料へ再構成されました。**
俺の反対は、もう反対の形をしていなかった。説明に使える形に、整えられていた。
整えられた反対は、遠くまで届く。その代わり、角が丸くなる。
俺は、まだ、その丸さが嫌いだった。
次は何か。
ミコトが答えを出す前に、端末を伏せた。
答えは、まだ出させない。少なくとも、今夜は。




