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25 それぞれの進む道

 火星諸都市が独立を宣言してから二か月半後。オフィル州は、州になって初めての年末を迎え、クリスマスや新年に向けて活気に満ちあふれていた。


 カタリナは退庁後、繁華街の華やかな飾り付けを眺めながら、「居酒屋キリちゃん」へ向かった。


 十二月頭、中国とインドが火星諸都市の独立を承認し、月政府や地球各国の大多数も火星の独立を承認した。


 その後、火星臨時政府は、火星諸都市を州政府とし、火星連邦政府の大統領及び連邦議会議員の選挙を年明けに実施することを発表した。


 大統領選への立候補が当然視されていた事務総長は、これを固辞。大統領の選出・就任後、政官界を去ることを表明した。


 これを受けて、火星諸都市の政治家や事務総局幹部が続々と立候補を表明し、初代火星連邦大統領が誰になるかがマスコミや様々な情報網で盛んに議論されていた。



 ♢ ♢ ♢



「いらっしゃーい!」


 カタリナが「居酒屋キリちゃん」に入ると、店内から威勢のいい声が聞こえた。


 あの声は、確か火星独立戦線の元構成員だった若者の一人だ。桐野は、本当に元構成員を雇ったようだった。


 カタリナがカウンターに座ると、後ろからスッと小鉢の料理が出された。


 カタリナが後ろを振り向くと、懐かしい笑顔が見えた。


「来てくれてありがとう。これはサービスだよ」


「小鉢ですか……これ以外にもサービスがあるという理解でいいですよね?」


 カタリナがニッコリ微笑んでそう言った。桐野が笑う。


「ははは、カタリナさんには敵わないなあ。もう一品サービスするよ」


「それじゃあ、この店で一番高いもので。ご馳走様です!」


 カタリナは嬉しそうに笑った。


 カタリナの後ろのテーブル席では、巡視艇アルシアのメンバーが日本酒を飲んでいた。


「いやあ、艇長。この店はいいですな。日本酒の銘酒が勢揃いだ!」


「この焼き鳥も美味しいですね。カセイ州でもここまで美味しい焼き鳥は中々ないですよ」


 熊野が嬉しそうに冷や酒をグビグビ飲み、西郷が美味しそうに焼き鳥をパクパク食べた。


 深瀬が笑顔で二人に言った。


「気に入ってくれて良かったよ。さあ、ようやくの長期休暇だ、今日はたらふく飲み食いしてくれ」


 アルシアは、十二月に入るまで断続的に火星周回軌道の哨戒任務に当たっていたが、ようやく艇体の本格修繕を行うことになり、長期休暇が認められたのだ。


「そういえば、アルシア嬢の娘さんの回収はできそうなんですか?」


 熊野が日本酒のおかわりを注文してから言った。深瀬が答える。


「うん。無人救難艇として再利用できるかは不明だけど、再利用できなくても火星独立の記念に保存展示する可能性があるんで、正式に回収が決まったよ」


 西郷が続ける。


「敷設船で勤務する幼なじみに聞いたのですが、早ければ年明けにも敷設船で回収するらしいですよ。なんでも、大統領就任前までに間に合わせることになったらしいです」


「なるほど……アルシア嬢はきっと喜んでますな」


 熊野が火星独立戦線の構成員だった店員から冷や酒を受け取りながら、感慨深そうに言った。


 飲み慣れない日本酒で少し酔ってきた西郷が嬉しそうに言う。


「アルシアの活躍が、火星の無血独立のきっかけの一つになったんです。本当に良かったです!」


「ああ、そうだな。本当に良かった……」

 深瀬が燗酒のお猪口ちょこをクイッと飲み干した。



 ♢ ♢ ♢



 アルシアのメンバーのテーブルの隣では、外務局北米課の篠原が、部下の係長と飲んでいた。


「ようやく飲みに行ける余裕が出てきたわね。あ、大将の息子さん、ビールおかわり! はあ、この二か月、死ぬかと思った……」


 ジョッキのビールを一気に飲み干した後、篠原がため息をついた。係長が心の底から同意する。


「同感です……」


 常任理事国等により火星の独立は承認されたが、独立国家として軌道に乗るかどうかは、これからが勝負だ。


 火星連邦政府の財政基盤の確立のためには、今後のメインベルトや木星系、トロヤ群の開発が鍵になる見込みだ。


 そのための各種交渉に、篠原達は日夜奮闘していた。


 係長が篠原に聞いた。


「そういえば、地球各国での大使館開設の話、どう思います?」


「どうも何も、ずっと1G下での生活なんて耐えられないわ。月なら何とかなりそうだけど」


 篠原が焼き鳥を食べながらそう言った。


 火星が独立国家になったことから、地球各国等で大使館を開設することが検討されている。


 しかし、火星の重力は地球の三分の一程度。火星の住人は、子どもの頃から定期的に1G下での運動が義務づけられており、日常的な筋力トレーニングをするなどしているものの、やはり地球での長期滞在は体力的にキツい。


 そのため、地球での長期滞在が体力的に可能な職員が少なく、まずは月に大使館を設置する方向で検討されていた。


「月なら行ってみてもいいかな……」


 篠原がつぶやいた。係長が笑顔で言う。


「私は別に地球でも大丈夫ですけどね。ほら」


 係長が背広を脱いで、両腕を曲げて篠原に見せた。シャツの上からでも力こぶが見えた。


「え、係長って隠れマッチョ⁉」


 篠原が驚いた。係長がニヤリと笑う。


「ふふふ、日々鍛錬してます」


「今度局長に地球の大使館要員として推薦しておくわ」


「ありがとうございます。是非インド、インドをお願いします!」


 係長が嬉しそうに言った。



 ♢ ♢ ♢



「はい、ビールお待ち!」


 桐野が笑顔でビールジョッキを篠原に渡すと、厨房に戻り、この店で一番高いワインを用意した。あの「毒入りワイン」と同じ銘柄だ。


 桐野は、さも愉快という感じでクククと笑うと、ワインを持ってカタリナのいるカウンター席へ向かった。


 その後、桐野に向かって「ほんっっと、相変わらず人が悪いですね!」と叫ぶカタリナの声が店内に響き渡り、それを聞いた他の客が大笑いした。


 火星の夜は、賑やかにけていった。

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