19 演説
「うわあ、すごい騒ぎになってるね」
資料調査部調査第二課の執務室。桐野が机上端末でニュースを見ながら声を上げた。
ニュースでは、事務総局が公表したミサイル攻撃事案に関する報告書の内容が、トップニュースとして扱われていた。
「この後、一体どうなるんですか?」
カタリナが桐野に聞いた。
カタリナは、万が一の事態に備え、非致死性のゴム弾を装填した拳銃を金庫から取り出してきていた。一方の桐野は丸腰だ。
桐野がいつもの笑顔で答える。
「もうすぐマムの記者会見が始まる。そこで今後どうなるかが決まるよ。私たちが単なる犯罪者になるか、火星臨時政府の職員となるのか……ワクワクするね」
カタリナが信じられないという顔をした。
「よくそんな心の余裕がありますね。私、緊張で気分が悪くなってきました……」
「大丈夫? 医務室に行ってくる?」
「そういう問題ではないのですが……」
カタリナが呆れていると、机上端末で見ていたニュースで、事務総長の記者会見が始まった。
♢ ♢ ♢
「先ほど公表させていただいた調査報告書にあるとおり、日本を除く常任理事国四か国は、自国民である式典招待者の命を犠牲にしてまで、火星の独立を阻止しようとしていたことが分かりました」
事務総局庁舎の大講堂。警察官による厳重な警備の中、駆け付けた多数のマスコミを前に、事務総長が説明を始めた。
「火星諸都市は、常任理事国によって建設され、常任理事国の領土として、常任理事国の庇護の下、個別に発展してきました。そして、我々事務総局は、火星諸都市間の連絡調整、諸都市の住民に対する公共サービスの提供等を可能な限り行ってきました。しかし、火星への入植が始まってから百三十七年。火星諸都市は、相互の結び付きを強固なものにしてきました。火星諸都市は、もはや各国の個別の領土というよりも、ひとつの『火星世界』に、そして、火星の住民は、各国の国民というよりも、ひとつの『火星民族』とでもいうべき存在になってきました。このように、火星諸都市を各国の領土とし、火星の住民を各国の国民とする制度と、ひとつの火星世界、ひとつの火星民族となっている実態との間に大きな乖離があるため、事務総局によるサービス提供に様々な困難が生じてきています」
事務総長が自分の左手の指輪をちらりと見ると、説明を続けた。
「今回、我々事務総局としては、常任理事国四か国が火星の独立を阻止しようとして行ったことをありのままにお伝えするとともに、火星諸都市の皆様に判断していただきたいと考えています。どのような結論となるにせよ、火星の未来は、地球の国家の陰謀により決まるべきではなく、火星の住民によって決せられるべきだと考えたからです。その火星の未来とは……」
事務総長が講堂内を見回し、一呼吸置くと、再び口を開いた。
「……火星の諸都市と事務総局が一つになり、火星の独立を目指すのか。それとも、現状のまま各国の領土として個別の発展を目指すのか、です。短時間で誠に恐縮ですが、今から約六時間後、午後九時までに、事務総局が提供している住民投票システムで投票をお願いいたします。投票方法の詳細や、投票の判断に必要な情報は、全て事務総局のホームページに掲載いたします。どちらの結論になったとしても、事務総局は、火星の住民の皆様の判断に従い、全力で対応いたします。なにとぞよろしくお願いいたします」
事務総長が深々と頭を下げた。
火星の運命を決める六時間が始まった。




