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世界を救った勇者様の婚活担当になりました ~職務ですと言い張る私ですが、どうやら彼の好みに一番近いようです~

作者: 太郎冠者
掲載日:2026/05/02

「俺、結婚したいんですけど……」


王都の一角に建つ、まるで砦のような勇者庁本部。

 その一室で、彼はまるで懺悔でもするような沈痛な面持ちでそう告げた。


 純朴そうな青年だった。


 中肉中背のバランスの良い身体つき。明るい茶色の髪とよく晴れた日の空みたいな青い瞳。

 一見すれば、どこにでもいる気のいい青年に見える。


 だが、彼の経歴は普通ではない。


 第七十二代国定勇者。

 『万剣斬魔』リオン・ハーネス。


 一年前に魔王を倒した正真正銘の勇者様である。


 胃がじんわりと痛くなってきた。


 勇者の婚活……?

 なんで?


 いや、それ自体は別にいい。

 彼とて人間だ。伴侶を求めることは何もおかしくない。


 ……ドラゴンとタイマンを張れる生物を人間に分類していいのかは我々勇者庁でも見解が分かれるところだが。


 ともかく。問題はそこではない。


 なぜそれを私に相談する?


 狭いながらも綺麗に整頓された会議室で私は途方に暮れていた。

 伸ばしっぱなしの金髪を指先でいじる癖が止まらない。

 最後に髪を整えに行ったのがいつだったかも思い出せない。

 これも全部、仕事が……勇者案件が悪い。


「やっぱり変ですかね? 俺なんかが結婚とか……。こんなこと誰に相談したらいいのかも分からなくて……」


 終始無言だったせいか彼が不安そうに追撃してくる。


 まずい。

 完全に頭が真っ白になっていた。


「いいえ! リオン様も適齢期の男性ですし、当然のお話かと存じます! 我々、勇者庁英雄管理課を頼っていただき、大変光栄です!」


 会心の営業スマイルでそう言い切る。


 嘘である。

 光栄より先に胃薬が欲しくなってきた。


 王立特務省庁、勇者庁英雄管理課。


 名前だけ聞くと立派な感じがするが、つまるところ勇者専門の何でも屋である。


 勇者を始めとした英雄たちは強い。

 それこそ魔王を倒せるのだ。その実力は生物として分類に困るレベルである。


 当然、そんな超生物が戦うと被害も大きい。

 それはそれは大きい。


 二年半前の激戦、ドルドーラ戦役の時なんか一カ月は家に帰れなかった。


 勇者の活動後に発生する様々な実務。

 被害額調査、人的被害の確認、補償、復旧、魔物の死体清掃、国外活動時の調整。


 そういった諸々を片っ端から処理するのが我々、勇者庁英雄管理課というわけだ。


  私、ノーラ・グラントがリオン様たち勇者パーティの担当窓口となって、もうすぐ五年になる。


「ありがとう。ノーラさん達には本当に色々助けてもらって、頼りになると思っていたんです。だから、迷惑かなとも思ったけど、今回も相談に来ました」


 後光の輝く勇者スマイルが私を貫く。


 くそ……さすがは勇者様。

 見た目は元より性格も良いと来たものだ。


 そこではたと気がつく。


「しかし、リオン様ほどの人がなぜ……ええと、言ってしまうと婚活なんてしようと? あなたほどの人なら引く手あまたでしょうに」


 少し興味が出てきた。


「えっと、確かに色々とお話は頂いたんですけどね……。その……」

「フィーリングが合わない?」

「あー、そう、なるのかな? どうも何か違うなと……」


 婚活のお断り理由ナンバーワンの台詞を吐くリオン様を横目に、私は魔法を発動する。


「『資料閲覧・参照資料番号一〇二五』」


 ヴォン、と空間が震え虚空から大きなファイルが現れる。


 私の固有魔法『無限書庫』。

 必要な資料を即座に呼び出せる、実務官にとっては便利すぎる魔法だ。


 便利すぎたせいで十八歳でこの部署に放り込まれて五年も激務に苛まれているのだが……。


 ぱらぱらとファイルをめくる。

 マジか。


「そうそうたる顔ぶれですね……。王女、公爵令嬢、聖女、大商会の跡取り娘。隣国の第三王女に、魔族融和派の姫君。……国家案件しかない」


 これは外交だ。


 まあ、それも致し方ない。

 国家最強戦力であり、平和の象徴たる勇者。

 これを政治利用しない官僚も政治家も貴族もいない。

 いない方が嘘である。


「話自体は全部継続しているんですね。お断りは――――」

「出来ると思います?」

「いいえ。出来たらそれこそ勇者です」

「魔王ともう一回戦うので勘弁してほしいです……。むしろそっちの方が気が楽で……」


 心底困った顔をするリオン様。


 今までこうやって面と向かって話すこともなかったが、なるほど。

 彼は私が思っていたよりずっと普通の感性の持ち主らしい。


「まあ、正直、結婚自体に忌避感があるわけではないんです。確かに年齢的に考えて、結婚していてもおかしくない歳ですし。前向きには検討したいと思っているんですが……」


 政治がらみのゴタゴタが難しすぎてよく分からないので助けてほしい。

 少し困った顔をした勇者様の顔には、だいたいそんなことが書いてあった。


「なるほど。確かにこれは我々勇者庁の仕事でもありますね……。ちなみに、リオン様としてはどのような方が好みですか?」


 初めて聞かれたのかというほど狼狽えたあと、リオン様は形の良い眉を寄せて、何とか答えを捻り出した。


「優しい人、かなぁ?」

「……具体的にお願いします」

「え、ええっと……危ないって分かってても、困っている人に手を伸ばしてしまうような……?」

「ちょっと例えが勇者過ぎますね……。見た目とかはあります?」


 婚活ファイルを見る限り、お嬢様系、お姉さん系、ボーイッシュ系、気の強そうなのや儚そうなの、選り取りみどりだ。


「見た目はあんまり……あ、でも、パーティーメンバーのガンツからは、抱きしめても壊れない女性にしとけよと言われて……」


 私は無言でファイルをぱたんと閉じた。


「人類は候補から外れますね」

「そ、そんな! 人類でお願いします!」

「そうは言いますが……見た目ならエルフや竜人、何なら魔族もそう人間と変わらないでしょう? 他種族に対してそこまで忌避感があるなら仕方ありませんが……」


 人魚族や獣人族は身体の仕組みが違うから子は成せなかった気がするが、まあ交配可能な種族も多い。


「いや、別に種族差別というわけではないのですが、何というか、普通のお付き合いと言うか、普通の生活をしたくてですね……」


 普通の生活……。


 そのあまりにも素朴な願いに、はたと言葉に詰まる。


 リオン・ハーネスは十歳で勇者として見出された。

 

 初陣は十二歳。

 十六歳で魔王軍四天王の一角を討伐。

 二十一歳でドルドーラ戦役を終結させ、各地を転戦。

 二十二歳で魔王を討った。


 資料上は、完璧な英雄譚だ。

 だが、そこに「普通の生活」の欄はない。


 十歳から戦場しか知らない人生。

 国民は彼を英雄と呼ぶ。

 政治家は平和の象徴と呼ぶ。

 軍人は最終戦力と呼ぶ。

 神殿は神に選ばれし者と呼ぶ。


 では、誰が彼をただの青年として扱ってきたのか。


 ……いや。

 いかん。思考が逸れた。

 これは職務中の思考ではない。


「あー、つまりリオン様は政治的な縁談ではなく、普通のお付き合いから始めたいと。二十代そこそこの若者がするような普通の恋愛をしたいという事ですかね?」

「はい。そう、ですかね」

「承知しました。では、まずは条件整理から――――」


 その時だった。


 会議室の隅に置かれた緊急連絡用の魔導具がけたたましい音を立てて震えた。

 胃痛がさらに深くなる。


「……失礼」


 私は魔導具へ駆け寄り通信を繋ぐ。


「こちら英雄管理課、ノーラ・グラントです」

『ノーラか! 近郊都市アルバに魔物の群れが出た! 規模は中型を含む二十数体! 現在、民間人の避難中!』

「アルバ? 王都から馬車で半刻ですよ!?」

『だから緊急なんだ! リオン様はそこにいるな!?』

「いますが、今は婚活相談中です」

『知るか! 勇者様に出てもらえ! お前も現場に行け! 被害確認と避難誘導だ!』

「了解しました。あとでこの件について課長の机に苦情申立書を積みます」

『好きにしろ!』


 通信が切れる。


 まったく。

 ウチの仕事はいつもこうだ。


 恋愛相談をしていたはずが、次の瞬間には魔物被害の現場に放り込まれる。

 婚活と魔物討伐を同じ会議室で処理する部署など王国広しといえどもここくらいだろう。


「リオン様」

「はい」


 さっきまで困った顔で婚活相談をしていた青年の表情が変わっていた。

 空色の瞳から迷いが消えている。


 勇者の顔だ。


「近郊都市アルバに魔物の群れが出ました。出動要請です」

「行きます」


 即答である。さすがは勇者様だ。


「緊急措置として私も同行します。現地部隊との折衝が出来ていないので並行して行います」

「危険です」

「職務です」


 即答するとリオン様は一瞬だけ目を丸くし、困ったように笑う。


「ノーラさんは勇敢なんですね」

「残念ながらそういう仕事です」


 私は机の上のファイルを閉じ、腰に下げた護身用の短剣を確認する。

 剣と盾、そして王国を象徴する城を図案化された勇者庁の紋章が光る。


 戦えない私がこんなものを持っていても仕方がないが、身分証も兼ねているので現場には忘れず携帯しなければならない。


「では、参りましょう」

「はい」


 次の瞬間、リオン様が私に手を差し出した。


「え?」

「急ぎますよね」

「急ぎますけど」

「掴まってください」

「……念のため確認しますが、移動手段は?」

「飛びます」


 飛ぶ。


 人類の移動手段として不適切な単語が出た。


「リオン様……」

「分かっています。かなり加減します」

「加減が必要な移動手段を提案しないでください」


 そう言った時には、もう遅かった。


 ふわり、と身体が浮く。

 リオン様の腕が私の背と膝裏を支える。


 俗に言う、お姫様抱っこである。


 照れるより先に嫌な予感がした。


「行きます」

「待って心の準備が――」


 言い切る前に、リオン様が会議室の窓から跳んだ。


 一瞬だけ、絵画のような王都の街並みが見えた。


「――あ、綺麗……え?」


 浮遊感はほんの一瞬。

 次の瞬間、身体が地面に向かって落ちていく。


「きゃあああああああああ!?」


「『万剣創造・飛剣』!」


 短い詠唱と共に羽のような剣が生成される。

 意思があるような動きで剣はリオン様の足元に滑り込み、落下が止まる。

 リオン様は私を抱えたまま、幅広の剣の刀身を足場に空中に立っていた。


 これがリオン様の固有魔法『万剣創造』。

 なるほど。初めて見たが人類判定がまた遠のいた。


「これでアルバまで飛びます。加速しますので舌を噛まないように気をつけてください」

「加速!?」


 剣が、空を蹴った。


「きゃあああああああああああああ!」


 王都が後ろへ吹き飛んでいく。

 風が顔面を殴る。

 胃が置いていかれる。

 髪が終わる。


 これで加減している?

 嘘だろ。


『急加速で飛んでも耐えられること』


 婚活条件にはこれも追加しよう。絶対いる。


 僅か数分の飛行の後、アルバの町外れに着いた私は地面に両手をついてへたり込んでいた。


「ノーラさん!? 大丈夫ですか!?」


 慌てて声を掛けてくるリオン様。

 うん、犯人はあなたですけどね……。


「……一応、生きてます。吐かなかったのは奇跡だと思ってください」

「……かなり加減したんですけど」

「これで?」

「はい」

「これで?」

「……は、はい。すみません」


 リオン様は本気で困った顔をした。


「これでも駄目なのか……」


 心のチェックシートに『勇者基準を信用しない』と追記して、頭を切り替える。


 城壁の外れから煙が上がっている。

 悲鳴。

 鐘の音。

 逃げ惑う人々。

 その向こうに、黒い狼のような魔物の群れが見えた。


 リオン様と視線がぶつかる。


「ノーラさんはここで――」

「ここの警備隊と連携して業務に移ります。リオン様はお怪我と……市街地への被害には気をつけて」

「分かっています」


 私の冗談交じりの応援にクスリと笑い、リオン様が駆けた。


 次の瞬間、彼の姿が消える。


 いや、消えたのではない。

 速すぎて目で追えないだけだ。


 遅れて、魔物の群れが次々と崩れ落ちる。

 血飛沫すら最小限。

 家屋への損害なし。

 道路の陥没なし。

 完璧だ。


 さすがは歴代最速の勇者だ。

 よし、私もやるぞ。


 命を張って戦うのがリオン様の仕事なら、戦闘以外を回すのが私の仕事だ。


 両頬を叩き気合を入れる。


 ――――その時、細い泣き声が聞こえた。


「……お母さん」


 振り向く。


 崩れかけた雑貨屋の軒下に、小さな男の子が座り込んでいた。

 その背後では、壁が嫌な音を立てて軋んでいる。


 まずい。


「君! こっちに来て!」


 男の子は動かない。

 恐怖で足がすくんでいる。


 リオン様は少し離れた場所で大型の魔物と交戦中。

 他の誰かはいない。


 後になってみても、なぜそうしたのかは分からない。

 でも、きっとまた同じことが起これば、私は同じことをするだろう。


 ただ、身体が弾かれるように動いた。

 軒下に飛び込み、男の子の腕を掴む。


「立てる!?」

「う、うう……」

「大丈夫。怖いのは分かる。でも今は走る!」


 背後で、ばきりと音がした。


 屋根が落ちる。


 間に合わない。


 私は男の子を抱き寄せ、せめて自分の身体で庇う。

 視界が影に覆われる。


 その瞬間。


 銀の線が走った。


 落ちてきた屋根材が音もなく細切れになって崩れる。

 続いて風が吹いた。


 リオン様が、そこに立っていた。


「怪我は?」

「ありません。少年は無事です」

「そうじゃなくて、ノーラさんの怪我です」

「え……あぁ、大丈夫、です」


 言いながら、膝が笑っているのが分かった。

 怖かった。

 普通に怖かった。


 でも、男の子は泣きながら私の服を掴んでいる。

 生きている。


 良かった。


「泣かずに偉かったね! 勇者様が来てくれたからもう大丈夫。さ、お母さんを探しに行こう!」

「う、うん!」


 震える男の子の手を握り、私は精一杯の笑顔を向ける。


「リオン様。私たちはこれから警備隊の本部へ向かいます。きっと避難所も近くにあると思うので……」

「そうですね。なら行きましょうか」


 そう言って、リオン様はこともなげに手にしていた剣を離した。

 剣はさらさらと銀の塵になって消えていく。


「――は? 何を仰っているんです!? 魔物は――!」

「もう終わりました。これでも歴代最速の勇者です」


「さ、行きましょう」とにこやかに笑うリオン様の勇者スマイルを、私は呆気に取られたまま眺めることしかできなかった。


 リオン様は到着後、瞬く間に事態を解決した。


 しかし、被害確認はこれから。

 補償申請もこれから。

 復旧手配もこれから。


 つまり、私たちの仕事はここからが本番である。


 アルバの警備隊本部の外れ。

 魔法通信による勇者庁への報告を終え、溜息をつく。


 ふと顔を上げると、リオン様がじっと私を見ていた。


「何ですか?」

「ノーラさんは、優しい人なんですね」


 その言葉に、私は一瞬だけ固まった。


 困っている人を見たら、思わず手を伸ばしてしまうような人。


 さっき、リオン様が言っていた条件が頭をよぎる。

 いや、違う。

 違うだろう。


 勘違いするな私。これはそういう話ではない。


「……職務です」


 どうにか、それだけ返した。


 リオン様は、少しだけ困ったように笑った。

 戦場では誰より頼もしいくせに、こういう時だけ妙に無防備な顔をする人だった。


「そっか」

「そうです」

「でも、怖かったでしょう」

「怖くないわけないでしょう。魔剣で空を飛ぶ次くらいに怖かったですよ」

「……え、あ、その……すみません」

「いえ。助かりました。……さすがはリオン様です」


 本気で申し訳なさそうな顔をするリオン様にクスリと笑う。

 

 言うべきことは言う。

 礼も言う。

 それでいいと私は思う。


 リオン様は少し黙って、それからまた笑った。


「ノーラさんは俺のことを叱ってくれるんですね」

「……え?」


 意味深なことを言って笑うのはやめてほしい。

 何というか、目に毒だ。


「ノーラさんに相談してよかったです」

「まだ婚活は何も進んでいませんが」

「でも、俺が探したい人のこと、少し分かった気がします」

「それは結構なことです」


 私は落ちていた木片を避け、周囲を確認する。

 対応が早かったから被害は軽微そうだ。

 

 遠くの方で無事を喜び合う声がする。


「リオン様」

「はい」

「婚活相談の続きは、報告書を書きながら行います」

「報告書を書きながら婚活を?」

「勇者庁ではよくあることです」

「本当ですか?」

「嘘です。今回が初です」


 リオン様が小さく笑う。


 その笑顔を見て、私は思う。


 この人は、本当に普通の生活をしたいだけなのだろう。

 食事をして、街を歩いて、家に帰る。

 そんな当たり前のことをリオン様はわざわざ婚活相談として持ち込んできた。


 まったく。

 魔王討伐より対処の分かりにくい案件である。


 でもまあ、仕方がない。


 私は勇者庁英雄管理課の職員だ。

 勇者案件の後始末が仕事である。


 たとえそれが、世界を救った勇者様の婚活であっても。


「では、リオン様」

「はい」

「まず確認します。抱きしめても壊れない女性という条件は、本当に必須ですか?」

「……できれば」

「人類が遠のきましたね」

「諦めないでください!」


 こうして、私の担当業務は正式に決まった。


 世界を救った勇者様の婚活支援。

 魔王軍との決戦よりも厄介で、王国勇者庁始まって以来の難件。


 これは、のちに「勇者婚活事件」と呼ばれることになる前代未聞の大騒動の全容であり――私と、戦うことしか知らなかった勇者リオン様の日々の記録である。

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