第7話 人妻は温泉旅館で敗北を宣言する
俺の名前は八上義人。
『えぬ・てぃー・あーる』という名の特殊能力の持ち主だ。
俺は今、その能力を使用して人妻の圭子さんと共に温泉旅館に来ている。
圭子さんは俺のことを、彼女の義理の息子である「ノリ君」だと思い込んでいる。これも、能力の力だ。
旅行の名目は「会社の慰安旅行」──圭子さんの勤める会社が日帰りの温泉巡りを企画したので、そこに便乗する形で能力を使用した。
会社の人たちはもうすでに帰路についている。
旅館のロビーはがらんとしていて、従業員の姿もまばらだった。
圭子さんだけが宿に部屋を取っていた。
そこに俺が現れて、二人でお泊りする流れになったわけだ。
「じゃあ、温泉に入りましょうか?」
俺の方からそう提案する。
「そうね、私ももう一度いただくことにするわ」
圭子さんの声が、どこか浮かれているように聞こえた。
俺と圭子さんは、温泉に入りに行く。
湯けむりが漂う廊下を歩き、露天風呂へと向かう。
ここの温泉は露天風呂なので、それ自体が楽しみだったのだ。
男湯の暖簾をくぐり、脱衣所へ。
服を脱ぎ、体を清めてから湯船に浸かる。
開放的な露天風呂は、山々の緑に囲まれていて、鳥のさえずりが心地よく響いていた。湯の温かさが全身にじんわりと染み渡る。
日々の疲れが溶けていくようだ。
俺は温泉を満喫し、縁石に座って涼みながら圭子さんが出てくるのを待つ。
しばらくして、女湯の暖簾から圭子さんが姿を見せた。
湯上がりのせいか、彼女の肌は薄く紅潮している。
「待たせてごめんね、ノリ君」
「いえ、大丈夫ですよ」
圭子さんと共に、旅館のゲームコーナーでレトロゲームをしたり、卓球を楽しんだりしてエンジョイした。
卓球の球が心地よい音を立てて弾み、笑い声が響く。
その後、二人で泊まるための部屋に移動する。
部屋は広々としていて、窓からは庭園の美しい景色が見えた。
温泉旅館の豪華な食事を二人で堪能した。
色とりどりの料理が並び、箸を進めるたびに海の幸、山の幸の豊かな香りが立ち上る。
食後、俺が圭子さんにマッサージをしてあげると提案する。
「……ノリ君、エッチなことする気でしょう? 駄目よ」
圭子さんが俺の顔を覗き込むようにして言った。
その視線に、思わずドキリとする。
「誓って、そんなことしませんよ。いつもお仕事を頑張ってくれている圭子さんへのお礼です」
できるだけ真剣な表情を作る。
「本当に──?」
圭子さんは疑いのまなざしを俺に向けるが、そのようなことをする気はない。
少なくとも、今の時点では。
俺は布団の上にうつ伏せになった圭子さんにマッサージを施していく。
彼女のデリケートなところには触れないように気を付けて、その強張った体をほぐしていった。
マッサージを施すうちに、圭子さんの顔が赤く上気していく。
血行が良くなって、体温が上がっているのだろう。
時折、気持ちよさそうに吐息も漏らすようになる。
その甘い吐息が、俺の耳元をかすめる。
そして──
「ノリ君、降参だわ。私の負けよ」
圭子さんは俺のマッサージの気持ちよさに耐えられなくなり、敗北を宣言した。
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俺の名前は藤井則宗、バスケ部のエースだ。
けれど、今はちょっと不味いことになっている。
先月行われた練習試合でちょっとしたミスをしてしまい、ほかの部員たちから敬遠されてしまっているのだ。
俺は保有する特殊能力『噂話』を用い、「あいつはいつも頑張っている。それは認めるべきだ」という評価を部員たちに植え付けた。
それで全面的な非難を免れている状態だ。
だがそれでも、部長からはウザい小言を言われるし、部員たちも積極的に話しかけてこなくなった。
練習中の体育館でも、俺の周りだけ空気が張り詰めているように感じる。
くそっ──
俺は苛立っていた。
だから、注意力散漫になっていたのだろう。
家に帰り風呂に入ろうと扉を開けると――
そこには一緒に暮らしている義理の姉の姿があった。
彼女は風呂上がりで、バスタオル一枚で脱衣所に立っている。
湯気の残る浴室から、ふわりと石鹸の香りが漂ってきた。
濡れた髪から水滴が滴り落ちるのが、妙に鮮明に見えた。
「ご、ごめんなさい。麻衣姉さん」
俺は慌てて扉を閉めると、自分の部屋へと逃げ帰った。
まさかこんな、ラッキースケベが発生するとは……。
先ほどまでの落ち込んでいた気分が、一気に吹っ飛んでいる。
──心臓が高鳴って落ち着かない。
「はぁ、はぁ……うっ、うぉおお!!」
俺は麻衣姉さんに恋をしていたのだ。




