第14話 暗殺者と悪逆王女の約束
悪逆王女が、天に祈りを捧ぐ敬虔なシスターの如く両手を組み、その光景を絵画に残せば大聖堂に飾られてもおかしくないほどの、悪逆なまでに爆発する清楚さで国一番の暗殺者を襲いつつ、〝お願い〟してくる。
「わたくし……〝悪逆王女〟と呼ばれるのは、もう構わないのです……国中が噂するほどですから、きっとそうで、わたくしは罪深いのでしょう。それは諦めておりますが……それなのに、ただ一つだけ……ワガママを、思ってしまうのです」
この健気さの象徴の如き悪逆王女が、今までワガママなど一度でも口にしたことがあるだろうか。
そんなことを思っている俺に、ターゲットたる悪逆王女が意を決し、告げてくる。
「暗殺者さまにだけは……〝悪逆王女〟と呼ばれると、少しだけ……胸が、痛むのです。最近になってから、ですけれど……具体的には、シャロさまがメイドになってくださった、そのくらいから」
「エッ。フンッ……フッ、フフフフンッ? フッフーンッ?」
「で、ですのでぇ……わたくしの呼び方も、ですね……あ、暗殺者さま?」
俺が、悪逆王女を――否、彼女を、傷つけていた?
そう言われ、一切の感情を排した俺は強かに狼狽し、生まれたての小鹿の如くに足を震わせつつ、今回の超重大事件のリカバリーを図るべく口を開いた。
「ではその、控えめに……〝聖女〟よ、とかだろうか?」
「あのその、いえ、そういうことではなくてですね?」
「で、では、過少表現になるが……〝天使〟よ、とか?」
「そ、そうではなくてえっ。も、も~~~っ、暗殺者さま~っ?」
(〝女神〟かな……)
頬を赤らめて怒った風にして抗議してくる悪逆王女……いや女神だが、残念ながら国一番の暗殺者は一切恐れない。可愛すぎる。
そんな俺と、聖女だか天使だか女神だかとが、暗殺者とそのターゲットらしい恐れて頂くべき対話を繰り広げていると――シャロが、呆れ顔で割り込んできた。
「はあ、ソウマ、アンタね……そんなこともわからないのっ? 女心には妙に疎いんだから……少しは察してあげなさいよねっ!」
「! シャロ……おまえには、分かるのか?」
「当たり前でしょ! 簡単すぎる話よ、王女サマはねえっ」
暗殺者でさえなければ、意外と冴えているシャロだ。高まる信頼感と共に、彼女が言い放った聖女天使女神の望みとは――!
「女の子が〝悪逆〟なんてイカツイ呼ばれ方して――嬉しいワケない、だからそこだけ取って〝王女〟って呼べばイイっていう、それだけの話でしょっ!」
「はぅ」
「それはっ! ……盲点だったっ……なるほど、理解したぞ、シャロ!」
「ぁぅ……」
俺とシャロが冴えた推察を交わすたび、何だか悪逆ではない王女が〝はぅ〟とか〝ぁぅ〟とか声を漏らしているのだが、小動物っぽいな、一切の感情を排した胸が温かくなるな。
さて、こうして真実が判明したところで、俺は悪逆王女に――いや、彼女に改めて向き直った。
「コホン。……さて、すぐに察してやれず、すまなかったな。
王女よ――フッ、これで良いだろうか?」
「あ、はい……では、そんな感じで……」
(何だかいまいちピンと来ていないカンジするな。慣れてないからかな)
じゃあ仕方ないかな、と俺は満足感と共に納得して頷く。
冴えた解答を提示してくれたシャロもまた、満足したのか〝とにかくヨシ!〟と腕組みしつつ笑い、席を立った。
「さて、と。それじゃアタシ、お先に失礼するわね。メイドの仕事あるし、他のメイドさんからも話がしたいとか何とか言われてるし」
「ああ、分かった。……なんかもう、メイドの仕事を満喫しているな」
「いやまあ、アタシの適職は暗殺者だと思うんだけど、メイド稼業も悪くはないかなってね? っと……他のメイドさん、なんか深刻な様子だったし、気になるから行くわ。またねソウマ、王女サマもおやすみなさい~」
軽やかな動作で駆けていくシャロを見送った。
俺も今日はそろそろ、と決して悪逆ではない王女に告げる。
「では……俺もそろそろ、失礼する。やれやれ、どうやら今日も殺せないようだ……そろそろミッション達成率、危ういな……」
「! あ、あの、暗殺者さま……明日の夜も、また来てくださいますかっ?」
「……いや。明日の夜に訪れる予定は、ない」
「えっ……あ、そう、ですか。……そ、そうですよね、暗殺者さまだってきっと、お忙しいでしょうし……」
明らかに落胆した表情で、決してワガママなど言わない、その悪逆なまでの健気さに――俺は、あらかじめ計画していたことを告げる。
「明日は、昼に来よう――そして王女がイヤでなければ。
この塔から出て、城下町にでも、出かけてみないか?」
「えっ? ……えっ!? で、ですがわたくしは、修行中の身だとかで……この塔から出てはいけないと、決められておりますし……」
「フンッ、こんな場所に閉じこもっているだけで、何の修行になるというのか。外に出て見聞を広める方が、よほどタメになるだろうさ。それに、ずっとこんな所に縛り付けられては、気が滅入ってしまうだろうし……王女が悪逆でないなら、少しくらい街で遊んだとて、バチなど当たりはすまい」
「! 暗殺者さま……わ、わたくし……わたくしっ!」
逡巡は、ほんの一瞬――王女は太陽のような笑顔と共に、俺の両手を取って言った。
「いきたいですっ――暗殺者さまと、一緒にっ!
お願いしますっ、ミルフェを連れて行ってくださいませっ♡」
「…………ンンン」
「? 暗殺者さま、あの……暗殺者さま?」
「ゴックン」
「何をお飲みになられたのでしょう?」
「いや、ただの鼻由来の血だ。……まあ、とにかくだ」
王女から超接近戦での快諾を受けて、俺は確認するように答える。
「では、明日の昼……出かけるとしよう。ククク、覚悟しろ、悪逆……ではない王女よ! 国一番の暗殺者による、120%越えのエスコート、見せつけてくれる――!」
「は、はいっ! 楽しみにしております……暗殺者さまっ」
ああなるほど、沈まぬ太陽もあるのだな、王女の笑顔を見てそんなことを考えながら。
「――――約束ですっ♡」
ターゲットのその笑顔、曇らせてなるものか、と暗殺者たる俺は思うのだった。




