第13話 悪逆でしょうか、それとも聖女でしょうか
今宵もまた、国一番の暗殺者である俺は、ターゲットたる悪逆王女の命を貰い受けるべく――王女の部屋で、お茶しているところである。
……まあ落ち着いて欲しい、あと勘違いもしないで欲しい。やる気がないわけではない。むしろやる気に満ち溢れている。だからこそ、こうして再三に渡って忍び込み、王女の命に迫っているのだから。
そう、今までは全て予行演習――今こそ、俺はミッションを達成する――!
「~♪ 暗殺者さま、紅茶をどうぞ♪ それと、ケーキを……いつもありがとうございます、本当に美味しいですねっ♪」
「フッ、甘いな……ケーキであるからして、当然を超えた120%越えの甘さよ。あ、紅茶いただきます」
………………。
否! これは、その……タイミングというのが! あるからでっ!
合わぬタイミングで無理に暗殺を敢行するのは、スマートではないから! 別に出来ないとか、やる気がないとかではないから!
ちゃんと自分のタイミングで! やるつもりだから!!
そうだ、俺はミッション達成率120%をまだ越えてればいいなと思っている暗殺者、ソウマ=クサナギ……決して、決して失敗した訳じゃないし……これからだし……!
と、心の中で言い訳……もとい120%越えの理論武装をする俺に、王女とは別の何者かが語りかけてきた。
「……いやアンタ、なにやってんのよ、ソウマ……」
「! シャロ=コールデット……いつの間に」
「最初からずっと部屋にいたんだけど、そんな気付かないほどアタシ影薄い?」
鮮烈なほどの赤い髪の暗殺者――改め、悪逆王女ミルフェの近侍のメイドに転職したシャロが、胡乱な目を俺に向けつつ、耳元でコソコソと囁いてくる。
「あのさ……ソウマがこの王女サマを暗殺する気がないのは、何となく分かったけど」
「オイふざけるなオマエなにを言うオマエ。俺は一切諦めていないし、やる気満々だし、まだまだこれからだし――」
「だって王女サマ……噂で聞くような悪逆じゃ、全然ナイもんね。むしろめっちゃイイ子だし……ソウマだってオカシイと思ってるから、慎重になってるんでしょ?」
「よし、続けろ」
俺は冷徹なまでに落ち着いた口調で、シャロに続きを促した。
「なんかさ、メイドとして王女サマの傍で働いてて、イイ子だって知れば知るほど……おかしい、って考えちゃうのよね。だってさ、王女サマが悪逆っていう噂は、国中に実際あるワケでしょ? 実は何度か、王女サマの命を狙う暗殺者が襲ってきたし……まあ最近はアタシが、全員ぶっ飛ばして返り討ちにしてるケド」
「シャロ、おまえ……護衛としては、これ以上ないほど優秀だな……」
「へ? そ、そーお? えへへ、まぁね~! ってその話は後で……称賛をじっくり聞くとして! でね、まあ王女サマがすんごい魔力やら自動防御魔法やらあるのは、近くで見てたから分かったケド。……ほら、逆に言えば近くで見てないと分かんないのよ、おかしくない? 返り討ちにされた暗殺者が広めただけで、こんな人目を避けるみたいな塔に住んでる王女サマが、そこまで噂になることある? しかも悪逆だとか具体的すぎる方向でさ」
「…………」
シャロの見識は、思ったよりも鋭い。なんかもう暗殺者としてはポンコツにしかならないようだし、このままメイドに永久就職するべきなんじゃなかろうか。
さて、それはともかくシャロの考えについて、俺も思っていたことを答えとして返す。
「まあ、おまえの想像通りだろうな、大方のところは」
「! やっぱり……そうよね! じゃあ王女サマ、暗殺とかされる謂れ、全然ナイじゃないっ」
「ああ。……まあその辺りの違和感は、俺も悪逆王女と出会った頃から、思っていたことだ。ゆえにこそ、裏で調査も進めているし、王女を毒殺しようというクソの処理もしばしば行っている」
「な~るほど! ……ん? あれ……じゃあ、おかしいわね?」
まだ何か気になることがあるのか、意外と気にしいなシャロが疑問を呟いた。
「じゃあソウマ……王女暗殺のミッションとか、破棄すればイイじゃない?」
「は? 何を愚かなことを言っている、そんな真似をすれば。……ん? そんな真似を……すれば?」
「? そんな真似をすれば……どうなるの?」
「…………」
その質問に、真っ先に思い浮かんだ、〝ミッションを破棄しない理由〟。
(――ここへ来る理由が、なくなってしまうだろうが――)
刹那、俺は頭を振り、その考えを振り払って叫ぶ――!
「――ミッション達成率が下がってしまうでしょおがァァァ!!」
「下がったとしても100%に寄ってくだけだし、別に良くない? ていうか今できてない時点で、積み重なってドンドン下がってるっぽいし……そもそも100%以上の計算に関しては、アンタが勝手に言ってるだけって気がしてきたし……」
「だとしても! 100%より、100%を越えていたほうが――なんかカッコイイだろうが!」
「それは………アタシもそう思うけど!」
やはりシャロ、暗殺者の話が絡むとポンコツになる気がする。
しかしとにかく、王女の悪逆疑惑に関しては、俺にも考えがある。
「まあこの件は、じきに動きがあるはず――」
『……あ、あのうっ』
「ん? ……な、ナニィッ!?」
と言いかけた俺は、突然の介入に――国一番の暗殺者とて、驚かざるを得ない。
話し込んでいた、俺とシャロの間に、割り込んできたのだ。
悪逆王女が――触れれば壊れてしまいそうなほど繊細な芸術品の如き端正なる小顔を、割り込んできた割には控えめかつ不安そうな表情で、円らな瞳に愛らしさの神を宿さんばかりの上目遣いで――!
そして、王女は、言った。
「な、仲間外れは、いやです……ミルフェも、いれてくださいっ……」
「――――――」
「アハハ、目の前でヒソヒソ話してちゃ気になるわよね、ゴメンね王女サマ……ん? ソウマ、どったの?」
呼びかけてくるシャロにも、上目遣いの目をウルウルさせる王女にも、答えられぬまま、俺はもごもごと口を動かす。
「ンッ、ゴッ、ウッ」
「へ? ソウマ、なんか口、思いっきり膨らませて……」
「――――ゴックン」
「なに!? 何を飲んだの、ねえ今の何、何なの!? 怖いよおっ!?」
全く、騒がしいものだ、と俺は呆れながらも冷静に告げる。
「フン、大したことではない、ただ……鼻由来の血を口から吹きそうだったので、そうはいくかと呑み込んだまでだ」
「異様に回りくどいけど、要は鼻血を飲んだってことね!? いや何で急に口いっぱいに溜まるほど、鼻血が出そうになってんのよ!?」
「……決まっているだろう、暗殺者とは常在戦場、ゆえにこそ闘争心を途切れさせぬ……国一番の暗殺者ともなれば、尚更だ。その闘争心の滾りが、鼻血として表れたとか……そういう感じのアレだ」
「……はあ、そんなの……カッコ良すぎんじゃないっ……さすがソウマね!」
「よし、いいぞシャロ、その調子だ……程よくポンコツでいてくれ――」
「む~~~っ……」
「クッ王女の愛らしい膨れっ面が鼻血のおかわりを誘発せんとしている! これ以上は命に係わるッ……おのれ何たる悪逆――!」
やはり本当は、悪逆なのかもしれない。そんな悪逆なまでの可愛らしい仕草を見せつけてくる王女が、小声で呟いた。
「……暗殺者さまと、シャロさまは……名前で、呼び合うのですね……」
床に落ちた針の音も聞き逃さない俺、されど意味が分からず首を傾げてしまう。
「……あ、あの、暗殺者さま……お願いが、あるのですっ!」
すると悪逆王女が、聖女が祈るかのように手を合わせつつ、懇願してきた――




