僕、洗髪屋始めて、辞めました
上位五人に入るのがほぼ確定してお気楽ランニングをしようとか考えていながらも、結局最後は頑張って一位を取りにいってしまう嘘つきな僕は早速フェーグさんに次の訓練を聞きに来ていた。
「フェーグさん! 一位で終えましたよ、次の訓練はなんですか!」
「……ケッ! 次の訓練は休息をとる事だ。そもそもこんなに早く終える事を想定してねぇっつーの。速すぎんだよバカ坊主!」
「私達の想定では昼食までに終わる者が居れば良い方で、百周を走らせる事に重きを置いていたんだ。言葉通りの想定外だよ。昼食の時間まで自由にしていて構わないよ」
フェーグさんは気まずそうに顔を逸らして、ゼフィア先生は苦笑いしながらやる事は無いのだと暗に告げている。
これはあれか、僕やっちゃったってやつか?
いやいや、エレアお姉ちゃんが最初からいたらもっとハイペースでぐだぐだになっていた可能性すらあるんだぞ? この程度の事で狼狽える必要も自重する必要もない。
僕にとって力は安全と安心を保証する為に必要なんだ。特別メニューを課されるくらいやるつもりで行こう。
「アッシュがエレアに教えたんだもんね……そりゃあ使えるよねあの強化法。お父さんちょっと自信が無くなってきたかもしれない……」
「カル! 舐めた事言わないで!」
「サフィー、でもね——」
「——私なんて魔法の扱いで言えばとっくに負けてるのよ! 今でも教えながら虚しくなってるんだから!」
胸を張って堂々と悲しい宣言をされると当事者としては申し訳なくなる思いでいっぱいだよ。
カル父さんも、「そう言えばそうだったね」なんて言いながら慰めあわないで!?
「僕、剣の腕はまだまだだと思うし、エレアお姉ちゃんは魔法の使い方が上手く無いし、そんな自信失くすような事ないよ?」
「アッシュ、覚えておきなさい。強者が弱者に教える事はあっても、弱者が強者に教えることは無いわ。そして強者は他者を見て勝手に学んでいくの。それが出来るから強者なのよ」
「それって……僕達は一分野なら、父さんや母さんに並べているって思って良いの?」
「お母さんとアッシュじゃ魔法の使い方はかなり違うし、僕とエレアも戦い方なんかはかなり違うからね、個を突き詰め始めていると言ったところかな」
僕らはもう教わる段階ではなく、自己流を伸ばして強さとは別に巧くならなくちゃいけないのかもしれない。
その為には実戦訓練が必要で、それは流石に家の庭じゃ難しい。
この広い訓練場が使えると言うのは渡りに船の状況なのかもしれないな……。
「なんにせよ、今は休むべきか〜! はあ疲れたー!」
「身体中泥だらけだし今のうちに綺麗にしておきなさいね」
そう言えばそうだ。言われるまですっかり忘れていた。
汗もかいたし、大きめの水球を出して、そこに頭を突っ込んでから水流をつくって自動洗髪魔法〜なんちゃって。
頭がスッキリしたら顔も洗って、次は上の服だけ水球に放り込んで洗濯機の動きを再現して汚れを落としておく。
洗濯機を維持しながら、身体を水で包んで手で擦りながら泥汚れを落としていく。
運動して火照った体に水が気持ちいい〜。
ズボンもパンツもびしょ濡れだけど、後で風魔法と火魔法でドライヤーでも再現して温風出しときゃ乾くでしょ。
「あ゛あ゛〜〜ひんやり〜〜」
「お母さん、アッシュのそう言う魔法の使い方すごく好きなのよね〜今度真似しようかしら」
「おすすめだよー。魔法は楽する為に使ってなんぼだよ。そもそも使わなきゃ上手くなんないしねぇ゛〜」
お風呂に浸かったおっさんのような声を出しながらサフィー母さんと生活に使える魔法の雑談をして時間を潰す。
カル父さんはと言えば、僕の言葉に感銘を受けたのか難しい顔をしながら集中している。
あの顔は魔力を動かす時の顔だ。やたら眉間に皺を寄せて難しい顔をするから魔力を視なくても簡単に分かる。
身体が冷え切る前に水を身体から離し、訓練の邪魔にならない端の方に捨てる。洗濯も十分なようで、服を取り出してから水を捨てておく。
服を軽く絞ってから火魔法で熱した風を風魔法で送って乾かしていると、フェーグさんとゼフィア先生と目が合う。
「お前……すげえ魔法の使い方してんのな……」
「今も火と風を同時に使っているな。アッシュの小器用さはこう言った使い方にあるのかもしれないが……教えることが少なそうで可愛げは無いな」
見た事ないくらい細い目でじーっと見つめられても僕はこの魔法の使い方を改めないですからね?
浴槽を作ってお湯を張って、美味しい水とドライフルーツを摘みながら長湯するという夢があるんだ。
ちなみに浴槽作りがすごく難しい。土じゃお湯が汚れるし、岩や石じゃ痛い。じゃあどんな素材が良いのかという事で行き詰まっているのだ。
魔法で遊んでいる間に女性陣が百周を終えたようで、ポーラが僕の方へ走り寄ってきて飛びついてくる。
「アーーーッシュ! さっきやってた水のやつ私にもやってくれー! 楽しそうだ!」
「うえっ。分かったから離れてポーラ!! また泥ついたじゃん! 今日何回目!? 三回目だよ!! 怒るよ!?」
「あっうん、ごめん。その……ごめんな? そんな怒ると思わなくて」
急にしおらしくならないで欲しいかな!?
普段は見た目とのギャップ差が凄いのに、今は見た目とのギャップが無いギャップでドキッとしちゃうでしょーが!
「もう……ほら、やったげるからこっち来て」
「服……脱いだ方が良いか?」
「お願いだから脱がないでね」
「うん」
大人しく言う事を聞いてくれるので、水で包んで少しだけ水流を起こしておく。
「ほわ〜これ気持ちい〜」
「泥あんまり落ちないと思うからある程度は手で落としてね。落ちた泥は流れないようにしておくから」
あとで顔と髪と尻尾も洗ってあげないとだな。綺麗なクリーム色の金髪が泥はねでとってもきちゃない。
「ジェイナとジュリアはどうする? 人間洗濯やる?」
「流石に遠慮しておきます」
「私たちはあんまり泥跳ねてないからねぇ。大丈夫だよぉ〜」
ポーラをちょっと羨ましそうに見てる事には気付かない振りをしてあげよう。
さてと、適当にドライヤーを当てていた僕だが今すごく大事なことに気づいた。
服に浸透した水に魔力を通して水気を直接抜き取れば良いじゃない、と。
「僕はまた一歩、先に進むよ……」
そう、これは失敗では無い。成功なのだ。成功する事に成功したのだからこの失敗は実質成功なのだ。
服の繊維に魔力を通していき、水魔法でそこにある水に干渉し浮かせる。
そして服をバサっと引き抜くと〜? あら不思議、服の形の水がそこに浮いているではありませんか。
ある程度は乾いていたのか水は少なかったのでそのまま制御を外して捨ておく。
多分この後ポーラの服でもやることになるだろうし、自分のズボンとパンツでもうちょっと練習して、【記憶】で慣れておこう。
「ポーラ。そろそろ体冷えちゃうから水離すよー」
「えぇ〜もうちょっと〜」
「風邪ひくし、顔も髪も尻尾も洗うんだからおしまい!」
「おかーちゃんみたいだなアッシュ」
「おかあちゃん悲しいわ。ポーラがこんな我儘な子で」
「ぶーぶーいけずー!」
ポーラの文句をスルーして汚れた水をさっきと同じく訓練のお邪魔にならないところへ捨てた後、我儘娘に水鉄砲を顔面に食らわせて顔の汚れを落としてやる。
「ぶわあ! それやめろー!」
「やめて欲しかったら大人しく洗われろ! 髪も顔も尻尾も泥だらけで汚いんだぞ!」
「洗いたかったら捕まえてみろー!」
逃げるポーラを放置して椅子を作って座っていると、追いかけて来ないのが不満なのか渋々戻ってきては僕の前に背を向けて腰を降ろしたポーラ。
追いかけると逃げるなら、追いかけなければ良いじゃない作戦は大成功だ。
大人しいうちにちゃっちゃと水で髪尻尾を包んで洗っていこう。
「はーい。頭と尻尾、洗うからあんま動かないでねー」
「……」
「痒いところや気持ち悪いところはありますかー?」
「……」
なんだろう、本当に我が儘娘の世話をしている気分になってくるな。
「うわっ、頭皮にまで泥ついてる……全くもう。頭触るからね? 馬耳に水入らないようにするけどなんかあったらちゃんと言ってよ?」
「……うん」
「毛量多いねー。これ手入れ大変でしょ? 綺麗な髪も裏には努力があるもんだよねぇ」
「…………うん」
「次尻尾ね〜。こっちもこっちですごいや。尻尾は家でまたブラッシングしてもらった方が良いかも。……とりあえずある程度は落ちたと思いますっと」
「……わかった」
「ふぃー。はい、おしまい。後は綺麗な布もらって、ちゃんと絞ってから拭くんだよ? その後で乾かしてあげるからまた来てね」
はあ〜洗髪屋さん終わりだ。
あんなに泥が入り込んでいるとは思わなかったな。魔法がなかったら相当な水量使ってただろうね。魔法様様だ。
尻尾の泥は根元まで落とせたか分かんないや。家に帰ってから自分でブラッシングしてもらおう。
「アッシュ……あなたって案外無神経なのかしら?」
「お父さんも今回のは流石に擁護出来ないかなあ?」
ん? 何が?
「えーっと……えっ? 何?」
「洗ってくれてありがと」
そっぽを向いたままそう告げて、布を貰いに行ったポーラの尻尾が高く上がって振れていた。
「姉さん、良いのですか? 強敵ですよ?」
「ポーラちゃんならぁ、全然おっけーだよぉ?」
「我が姉ながら器が広いですね……」
ポーラが強敵ってなんだ? なんの敵なの?
そうこうしている内にコルハやゼガン、僕らに妨害を仕掛けていた後続グループも着々と百周を終えてくる。
練習と暇つぶしついでに男どもも綺麗にしてやろうではないかー!
「コルハー! ぜガーン! 強制洗濯コースと強引洗濯コース、どっちが良い?」
「それに……はあ、はあ、何か違いが、あるのですか!? はあっはあっ」
「好きにしろ……うえぇぇ……」
これはもうちょっと待たなきゃ駄目だな。とりあえず息が落ち着くまでは無理はしない方がいいか。
ほんとお疲れ様だよ。
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二人の息が整った後に服と体を洗ってやった後、髪を拭き終えたポーラの服を魔法で水抜きして髪と尻尾を乾かしておいた。
三人ともやたら大人しくてちょっと心配になるよ。
三十人中二十人目くらいに爆速で走っていたエレアお姉ちゃんが走り終えた様で、何故かムスッと頬を膨らませてズンズン歩いてくる。
あれ? 僕何かやっちゃったのか?
「アッシュ、洗って!」
水の形を変えて海月をつくって遊んでいた僕にそう言い放つエレアお姉ちゃんだが、大した汚れは見当たらず、精々足元に泥がついているくらいで、汗も拭き取れる程度。
「洗うとこなさそうなんだけど……?」
「頭洗って!」
「頭洗ったらせっかくの髪が元に戻っちゃうけど?」
「うぅ……ばかアッシュ」
「えぇ!? なんで!?」
エレアお姉ちゃんは僕を罵った後、僕の後ろに回ってぬいぐるみを抱くみたいに僕を抱えて座る。
————? なんで?
さっきから皆んなの言っている事とされてる事の訳が分からない。
サフィー母さんは無神経とか言うし、カル父さんは擁護出来ないとか……直前にやってたのってポーラを洗っただけなんだけど?
頭と尻尾洗って無神経……? 女性の頭に触るのが失礼だったって事? でもポーラは自分で僕の前に座ったし……いや分からない。
ヘルプの視線を頼りの両親に飛ばすが処置無しとばかりに首を横に振っている。
見限られたんだが……。
「えーっと、えっとー、んー??」
どうしようもないのなら、どうもしなくて良いのかもしれない。
引き続き海月をぽよぽよ漂わせて遊ぼう。
ちなみにこの海月、ミズクラゲだ。小さくて丸いし生き物を真似るなら簡単なところから真似ようと思ってチョイスしてみたのだ。
触手の動きも一定で良いし、何より可愛い。
象形文字ならぬ象形魔法。次は蝶とか小さい虫を真似るのも面白いかもしれない。
「……それどうやってるの?」
と、興味を持ったらしいエレアお姉ちゃんからの質問……なんだけど。ん? あれ? これ説明の仕様がない? 海月は海の生き物だけど、僕今世で海に行った事も無ければ水族館なんてまず無いだろうし。やらかしたな?
「可愛いと思う動きをさせてたんだ! 他にも生き物の動きを真似たりするのって難しいし、良い練習になるかなって思ってさ!」
「私もやる」
「アッシュ。私にも教えてくれ、魔法の使い方」
「「え!?」」
走ることしか興味無いんじゃないかと思うぐらい走るの大好きなポーラが強化系の魔法じゃなくて水魔法に興味持った!?
エレアお姉ちゃんも僕と一緒に驚くほどだ。よっぽどだよ。
「水魔法で良いの?」
「水が良い。さっきの気持ち良かったから」
「あぁ! 走った後に水に浸かるの気持ちよさそうだったもんね」
「うん。水上手く使えるようになったら、私がアッシュの頭を洗ってやる」
「そっちか。でもうん、それは良いね。楽しみにしとくよ!」
おうふ。抱きしめる力が強くてお腹周りがどんどん締まっていくんですけど。
唐突に締まりが緩んだかと思うと、僕のまだ濡れた頭にエレアお姉ちゃんが顔を埋めてくる。
「うぅぅぅ……あほぉ。ばかぁ」
もしかして、ポーラが僕に気があると思ってるのかな?
頭洗っただけで惚れられたら前世の美容師なんてモテモテになっちゃうよ。
「ねえ、ポーラ。なんか勘違いされてる気がするんだけど、どう思う?」
「私は、私より速くて強いやつは好きだぞ。あと優しいやつも好きだ。頭洗ってくれるやつも、その、嫌いじゃ無い」
ポーラは基本目を合わせて喋るタイプなのだが、だんだんと視線と顔が下がっていき、嫌いじゃ無いを言う時には俯くほどに下がっていて表情が窺えなかった。
「あ。……えっと。ありがと」
「うん」
エレアお姉ちゃんが頭をぐりぐり押し付け始めた。
女の勘って奴なのかな? よく分かったなエレアお姉ちゃん。
と言うか頭洗ったらモテるって何? 想定外も想定外なんですけど! 一体何が刺さったんだ!?
にしても、エレアお姉ちゃんが怒りながらこっちに来た理由がようやく分かった。惚れた男に惚れた女が現れて牽制と嫉妬の両方でむすっとしてたんだな。
謎がわかってスッキリしたところで、これなんて修羅場?
まだ十歳の恋だし、これから好きな相手もコロっと変わってしまうかもしれないし、六歳の僕には出来る事なんて本格的に何も無いので惚れられてもどうしようもないんだけど?
いや待て……十五で成人する文化で、命の軽い世界、結婚相手を当てがわれて早いうちに子どもを作るのが共通認識なんだった。
カンロ村から出ていく人だっているし、次世代なんていくらいても良いくらいなんだ。
もしかすると、もしかするのか?
……こういう時こそ瞑想だ。落ち着こう。アルカイックなスマイルも使って落ち着きを取り戻せ。
さっき言ってたろ! どうしようもないなら、どうもしなくて良い。コレだ。無かった事にはしないが、鈍感主人公を演じさせてもらおう、そうしよう。
明日のことは明日の僕に任せた!
僕はゆっくりと丁寧に二人に水魔法の使い方をレクチャーしていく事で有耶無耶になるように祈るしかなかった。




