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転生する時に選んだ【記憶】スキルが自重を忘れてきた  作者: ゆらゆら


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僕、走った

 ポーラに泥を連続でぶちまけられたことによる対ポーラ即興共同戦線はエレアお姉ちゃんの登場であっけなく瓦解した。

 そしてそのエレアお姉ちゃんが僕の横に並んで百周ランニングを始めた事でポーラにやり返す様な空気でもなくなってしまったので、大人しくお喋りしながら走ることにする。


 すると、前を走っていたポーラがエレアお姉ちゃんの変化を見て取ったのか、ペースを落として僕らに並ぶ。


「エレア! その髪すげーな! 可愛い! 似合ってるぞ!」

「え~ほんとお! うへへ……ありがとお!」


 ポーラが端的に褒めるとエレアお姉ちゃんが分かりやすく相好を崩す。

 そこに後ろから乙女パワーを感知したジュリアとジェイナも合流を果たしてすっかり姦しい集団が出来上がった。


「エレアちゃ~ん、どうしたのそれぇ! なんだか大人っぽいよぉ」

「同感です。それになんだか雰囲気も変わったような……一体何があったのですか!」

「ん~~内緒っ! ごめんね?」


 僕がアレンジした髪型が褒められているのは悪い気はしないが少々居心地が悪いので、変にペースを上げた事で体力を無駄に消費して後ろで息を切らしているコルハとゼガンにこっそり合流する。


 あぁ~この二人から漂うお馬鹿そうな空気感、落ち着く~!


「ゼガンはともかくコルハは大丈夫かー? まだ三十周は残ってるのに肩で息してたら置いて行かれるぞ?」

「ぜえぜえ……なんか突然頑張らなくちゃいけない気がしてなあ! 俺はまだまだ余裕だあ!  はあはあ……」

「なんというか……男の性ですかね。どうやら突然やる気を出した人はコルハ君だけではなさそうですよ?」


 ゼガンの言葉に後続を振り返ると、そこかしこで男連中が肩で息をしており、呼吸が落ち着いたら平気そうな顔でまたハイペースで走ったり、「あーだるいわー」とか言ってたり、「俺まだ本気出してねえから」とか騙っていたり、あほっぽさがすごい事になっていた。


 ……もしかしなくても、うちのお姉ちゃんが理由ですかね?

 なんかやたら魅力的になったうちのお姉ちゃんを見て、やる気だす組と余裕振る組が生まれちゃったんですかね。

 流石我がエレアお姉ちゃん、罪深い。


 そして今回はその罪の一端を僕が抱えているのだろう。だが、ヘアアイロンはあまり広めるわけにはいかないのだ。

 髪へのダメージはもちろんのこと、熱する温度を間違えて髪が縮れたり、焼けたりと正直責任を問われると面倒な技術なのだ。と言う事で、ヘアアイロン技術は身内専用にしておこうと思う。


「男ってほんと馬鹿ばっかりなんだからっ」

「「誰目線なんだよ(ですか)」」


 男連中が疲弊する分には正直構わない。前を走ってるお姉さん四人は例外として、筋肉量や骨格的にもフィジカルが高いのは基本男性だからだ。


 おかげで順位的には前を走っているポーラとジェイナとジュリア、エレアショックに動じなかったゼガンが対抗馬な訳だが、上位五名に入る事はほぼ確実なのだからここからはお気楽ランニングと行こうかな。


 疲労回復と乳酸を溜めない意識で回復魔法を全身にかけていたおかげか、疲れはあってもまだまだ動ける余力は残せている。

 今のペースを維持して妨害に注意しておけば余程の事が無い限りは安泰だろう。



 エレアお姉ちゃんは早くこのランニングを終わらせたいようで、僕が教えた精密身体強化で以って僕らを置き去りにするペースで走ることにしたようだ。


 さてうちのお姉ちゃんがとんでもない速度で走っているのを横目に見ながらそろそろラストスパートと行こうかな。


 残り周回数は丁度十周。僕も精密身体強化の魔力密度を五割増しで循環させてペースを大幅に上げる。


 この魔力密度を上げる圧縮技術の面白いところは、効果量が密度に比例しないところだ。

 と言っても、それは魔力循環による身体強化に限った話かもしれないが。


 僕が編み出した、精密身体強化の特徴は人体の強度を底上げして、出力できる力そのものの上限を上げることにある。


 前世で良く言われていた、人間は脳のリミッターによって本来使えるはずの力を制限されていると言うアレだ。リミッターが無ければ人体が耐えられないからセーブしてしまうと言う話だな。


 要は強度が足りないなら身体能力の強化はそこそこに、強度を重点的に上げて、本来の力を引き出そう! と言うのがコンセプトになっている。


 そんな精密身体強化を魔力密度を上げて行うと、筋密度や骨密度、人体強度のみならず、靭性や弾性まで強化され始めるのだ。


 靭性や弾性が強化されれば踏み出す力も蹴り出す力も等倍の精密身体強化の比ではなく……強化前の速度で走るのが駆け足程度の感覚だ。


 ……と言う事で。


「お二人さん、僕はお先に行かせてもらうね! じゃねー!」

「えっ、ここに来てっ、まださらに…ペースを上げるんですかあ!?」

「ぜえはあ、ぜえはあ、まちやが……れぇ、ぜははあ、ぜははあ」


 コルハの呼吸が黒い髭の海賊の笑い声みたいになっていたが、見栄を張った代償だ。甘んじて受け入れてくれ。

 ゼガンも魔法主体で体力はあまり重要視していなかったのかペースが一気に落ちてきている。



 …………きっとこれじゃ駄目なんだ。三十キロ走っただけで息を切らしていたら、外に出た時に話にならない。

 ましてや、この村は不定期的に霊獣が離れることでスタンピードが起こる可能性が高いんだからスタミナなんてあればあるだけ良い。


 それに実践は走るだけじゃない、得物を振り回して命を奪い、命を奪いに来る攻撃を防いで躱して、さらには一体多数の状況だってあるかもしれない。

 三十キロ走っただけで疲れてなんていたら実戦では足手まといにしかならないかもしれないんだ。


 そんなんじゃあ、守れない。


 僕が失わないためにも、僕を失わせないためにも、もっと強くならないといけないんだっ。



 ここから十周は少し真面目に走ろう。今のペースを維持しながら周囲の状況の確認と把握。今のうちに大量の情報の処理の仕方を慣らしておこう。


「アッシューー! おーい! えっへへ……速いねえ、一緒に走ろっ!」


 ああ……このお姉ちゃんは本当に規格外だなあ。良い意味で肩の力が抜けた気がするよ。

 僕のペースに後ろから追いついて今も並んでいる、一体どんな体の使い方をしているんだか。


 魔力視で魔力の動きだけでも見ておこうと思い、目を光らせる。


「うあっカッコいい……目がキラッと光るアッシュ、カッコいい……」


 ……肩の力が抜けるどころか脱力しちゃいそうになるんですけど。僕の真面目な空気返してくれないかいエレアお姉ちゃん。


 魔力の動きは精密身体強化で間違いない。が、なんだろう、ブレが無いと言うか、無駄が無いと言うか、魔力の全てを効率よく身体強化に回した状態なのだろうか?

 あともう一つ言えるのは、身体の使い方かな。姿勢が良く、あまり上下に揺れずに安定した走りをしている。


 なるほど。そんな感じで走るのが良いのか、強化状態で走った回数が少ないせいで、普段通りに走れていないと言うのはありそうだ。参考にさせてもらおうっと。


「エレアお姉ちゃんこそ、すごい速さで走ってたのに息も切らしてないしすごいよ」

「アッシュが教えてくれた身体強化のおかげだよ! これのおかげで、この前お父さんからも一本とれたんだから! アッシュすごい!」

「それ、ジェイナも母さんも父さんも真面に使えた事まだないらしいよ? それを教えたその日に身に着けたお姉ちゃんの方がすごいと思う……ほんとに」

「急に褒めすぎじゃない? 照れちゃうんだけど……」


 なんだか今日はエレアお姉ちゃんが良く笑う日だな。美少女が笑ってるんだから文句なんてあろうはずもないが……少し、笑顔の質が変わった気がする。

 父さん母さんとの話し合いで何があったのかは知らないが、少なくとも悪い方向の事ではないのだろう。

 エレアお姉ちゃんの瞳には確かな熱があり、意志の強さが目に見えるんじゃないかと思うほど、凛とした空気を纏っている。


 昨日までは無邪気で活発な女の子だったのに、今朝の出来事一つで彼女は大人に大きく近づいたのかもしれない。

 お姉ちゃん呼びもそろそろ卒業して姉さんとでも呼ぼうかな。



 その後も適当に雑談を繰り広げていたら、気付けばゴール目前にまで来ていた。


「お姉ちゃん、先に行くね。待ってるよ!」

「うん……待ってて。すぐに追いついちゃうから!」



 訓練メニュー一つ目、訓練場百周、終了。順位は一位。

 これは僕の求める最低ラインだ。


 さぁ、二つ目の訓練に移ろう。

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