僕、走りながら遊ぶ
ついにフェーグさん主導の訓練が始まり、訓練場をランニングすることになったのだが、僕にだけは厳しい条件が付いてとっても面倒くさい。
とりあえず僕が早くゴールする為の努力ではなく、みんなのゴールが遅くなるように妨害してみたのだが、妨害は失敗だったかもしれないと少し反省中だ。
何故かと言えば、フェーグさん家の横に併設されているでっかい訓練場は外周がだいたい三百メートルほどだろうか。それを百周走れと言うのだからその総距離は大雑把に三十キロメートル。
身体能力の基準が前世とは違うと言うのはあるが、それでも妨害と魔法ありでこれは相当キツイ。これが訓練メニューの一つ目と言うのだから、これ以降の訓練の内容も推して知るべしだ。
そしてそこまで考えが及べばあとは簡単だ。
目には目を歯には歯を。妨害をして良いのは妨害をされても良い奴だけ。ハンムラビ王も零の人もそう言ってた。
要は、この競争は一気に激化すると言う事だね。いやほんと不味った。
「おい、アッシュ。グロックいなくね?」
「種族的に走るのが得意じゃないのか、ドワーフは固まってペースを維持しながら後ろの方で走ってたよ? そこに居るんじゃない?」
「んなことより、後ろから私らをすごい睨み付けながら追っかけてきてる連中がいるぞー!」
「「アッシュ君のせいだねぇ(ですね)……」」
「追いつかれても面倒なので向かい風をプレゼントしておきますね」
順位の縛りが無ければ僕はドワーフ達と一緒に走りたかったなあ。
「ギスギスしたのって苦手なんだ。助かるよゼガン」
「「「「「どの口が言ってるんだ(るのぉ)(ですか)」」」」」
一先ずこの六人でこの順位を維持したまま走るのが最優先事項かな。
……現状が維持されるなら、だけどね。
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無闇に仕掛けるのは消耗するだけだと早い段階で気付いた二位グループはその後しばらく静かだったが、敵意だけはビシバシ伝わってきていた。このまま終わらせるつもりは無さそうで非常に面倒くさい。
僕らが六十周したあたりで全体的に疲弊が見られ始めた頃、ついに二位グループが動き出した。おそらく完全に疲弊しきって、追い抜かすチャンスを失う前の一か八かの賭けに出るのだろう。
息を切らして身体の軸をブラシながらも、詠唱から入り魔法の正確性に重きを置いた妨害をするらしい。なんとなく聞き取れたのは水魔法だけだった。
狐獣人の女の子が頭上に大量の水を生み出し始めた事に周囲の全員が気付く。
意識が逸れた瞬間が一番怖いのはエレアお姉ちゃんの虚を突く悪戯で身に染みて分かっているので、魔力視を発動させて全周囲の魔力の流れを読み取る。
「うっわあえぐい……」
魔力が僕らの少し先に壁を成すように集まっていくのが見えたのだが、壁の高さがやらしい。
僕らの腰よりも少し下のハードルの様な高さなのだ。
ハードルを越えるためには飛び越えなくてはいけない、飛び越えると言う事は空中に浮くと言う事で、おそらく空中に浮いて踏ん張りが利かないところで水をぶち当てて押し流そうと言う魂胆だろう。
「すんごいえぐいな……みんな! 前方に出来る壁を《《踏み台》》にして跳躍!」
中途半端に浮くから駄目なのだ。盛大にジャンプして水が流れた後に着地すれば良いんだ。
今更魔法の発動を止められないのか、僕らが注意している中ハードルの様な壁が出来上がる。
後ろでエルフのお兄さんが顔を引き攣らせているので彼が術者なのだろうが、几帳面なのか歪みもズレも無い綺麗な壁でとっても足場にしやすい。
僕らは一糸乱れぬ動きで壁を足場に空高くハイジャンプ!
さながら、青春の一ページになりそうなキラキラのジャンプだ。オープニングが始まりそう。
「流石にもう跳ぶのダリィ!」
「ひゃっほー!」
「僕でも疲れてきてるのに、ポーラは元気過ぎるでしょ……」
「くっ……流石に足が重いですね」
「おっ重くないよぉ!」
「そういう意味で重いって言ってないですよっ!」
大量の水が誰一人巻き込めずに流れて行き、作戦が失敗して狐獣人の子の狐耳が横に倒れていくのが上から見える。
……かっかわいいっ触りたいぃ……実は人間率高い獣人って好きなんだよなあ。
動物のチャームポイント持ってるのずるいよ。でもコルハを触ろうとは思わない。今度ポーラにお願いしてみようかな?
下らない思考を止めて着地に備える。
足元は水で濡れてぬかるんでいるので気を付けないと泥だらけだ。泥まみれで走るのは不愉快だし、まだまだ先は長いんだ、ストレスを溜めないように気を付けないと。
そんな考えの元、出来る限り衝撃を吸収するように着地した僕の横からばっっっちゃああん! と激しい音の後に、泥水が降りかかってくる……。
誰がやったのかなんて誰何する必要すらない。
元気が有り余ってて、見た目には反して激しい運動が好きで汚れるのも厭わず、暇さえあれば村中駈けずり回ってるスーパー元気なお姉さんが居ましてね、ええ。
「「……やってくれたなポーラアア!!」」
被った声の主に目を向けると泥に塗れたコルハが全く同じ顔で僕を見つめていた。今この瞬間、僕とコルハの気持ちは一つだった。『そうだ、やり返そう』
「あっはははは! 泥だらけになっちまったな!」
「コルハ! ポーラを捕まえるんだ!」
「おうよ! ぶちかませよアッシュ!」
「追いかけっこか!? 良いぜ! 私を捕まえてみろー!」
高笑いを響かせながらペースをグンと上げて走り去っていくポーラ。
…………お分かりいただけるだろうか。ペースを上げると言う事は、深く踏み込み深く蹴り出すと言う事で、未だに地面は水気たっぷりな地面なわけで…………。
やり返す事しか考えていなかった僕らには不意に蹴り出された泥を避ける余裕などあるはずもなく……。
「「ポォォオオオラァァアア!!!」」
僕とコルハは全力で追いかける。ポーラにやり返すためだけに。
「なんだかんだでいつも通りだねぇ! んっふふ、楽しいなぁ」
「……ええ、少々騒がしいですが楽しいですね」
「いつも通り過ぎて、力抜けちゃいますよ……」
エルフ三姉弟はポーラの間に僕を挟んでいたからか被害は軽微の様だったので、水を水鉄砲の様にして三人の顔に打ち出してちょっかいをかけておく。
「悪戯っ子なところも良いかも……」
「お灸をすえる必要がありそうですねえ!」
「理不尽すぎません!? 僕も怒りますよ!?」
三人のペースも上がったところで残り四十周、ハイペースに行ってみよう!
◇ ◇ ◇ ◇
「あいつら自分たちで難易度上げて、馬鹿なんじゃねえか?」
「おや、小石で散らかした武器の片づけはもう終わったのか?」
「終わったよ!! 避けたコルハがわりぃんだよ!」
「戦闘においては避ける方が正しい動きだと思うがなぁ?」
「オメエも人を煽んのが上手えなあ? 口だけは達者なこって」
互いに目は訓練場を騒がしく走り回る子ども達に向けてはいるが、言い合いは止まらない。
共にカンロ村における種族ごとの長ではあるが、どうにも馬が合わないこの二人。
実力は認めているし、考え方も理解は示せる、だがなんとなく気に食わない。では、なんでそんな二人が共に子ども達を鍛えているのか。
答えは一人の少年だ。異質とも言える精神性と、成熟した思考、言動は年相応のものではあるが、魔法の腕はすでに一流に手が届きそうな程。さらには、誰も知らない神に見初められ、霊獣と一緒に寛いできたのだ。
こんな人材を前にして、興味が湧かない訳がない。
鍛えてみたい、将来どうなるのか見てみたい。
様々な要素を併せ持つがゆえに困難な道を避けては通れないだろう少年の助けになりたい、生きる力を身に着けてほしい。
そんな思いが重なった結果が今なのだ。馬が合わずとも、考えは一緒だった。
そうして開催された特別訓練においても二人の考えは一致する。
異質な少年に他の子ども達も引き上げられるかもしれない。
他の子ども達から影響を受けて異質な少年もまた成長するかもしれない。
そして今目の前で繰り広げられている、想定以上にハチャメチャでカオスなランニング。
当初の予定よりも進行スピードは速く、妨害も補助もありの中、喧嘩やふざけ合いながら一位争いを続ける六人は正直全員異常だ。
だがそんな馬鹿共を見て後続もまた奮起する。
この子たちは伸びる、それも想定していた以上に!!
フェーグもゼフィアも心が湧きたつのが抑えられなかった。
片や膝に手を付け前のめりに、片や頬を緩ませて。
そんな二人に後ろから話しかける者がいた。
「すみませんお二人とも。所用で少し遅れてしまいました」
件の異質な少年の両親であるカルとサフィー。そして異質な少年とはまた違った意味で異質な姉のエレア。
「なんだかすごく激しい訓練なのね」
「みんな泥だらけだね。でも……ふふったのしそう!」
何やらエレアの髪型が普段と変わっており年齢よりも大人びて見えることに驚くとともに、何故めかしこんでいるのか疑問を抱き、そしてどこか吹っ切れた様なこれまた大人びた表情をする事に再度驚く。
「お前訓練しにきたんだよな?? 逢引きしに来たんじゃねえよな?」
「概ね同意見ではあるが……本当に何があったんだエレア?」
ゼフィアからの質問にエレアははにかみながら答える。
「好きな人が出来たんですっ!」
普段から可愛らしい少女は、印象を大きく変える髪型と、満開に咲き誇るような乙女の笑顔で同性のゼフィアから見てもとても蠱惑的に映った。
彼女に想われた者が夜道で刺されないか思わず心配になるほどだ。
「それよか、やる気があるならランニングに今からでも混ざんな! 訓練場を百周、魔法あり強化もありだ。先頭はお前の弟らの一団が現在六十三周ってとこだな」
「はいっ! 行ってきます!」
先ほどまでの花も恥じらうような空気は消え、いつも通りの活発なエレアが駆けだしていく。
だが、ただでさえ人気を集めているエレアが髪型だけとは言えああも雰囲気を変えているとなると、まだまだ若い少年たちには刺激が強いようで……
エレアを視界に捉えるや否や、そこかしこで足をもつれさせる者や、急にやる気を出し始めてペースを上げる者が続出した。
フェーグの息子であるコルハはどちらにも当てはまってしまった様で、馬の尻尾を靡かせて快走していたポーラを追いかけていた時とはまた違う気力でペースを上げている。
「ありゃ駄目だな。精神力を鍛えなきゃなんねえか」
フェーグが言うようにペース配分を大きく乱したコルハは終盤になるにつれてしんどい思いをする事になるだろう。
悲しいかな、現実は大抵の場合、格好つけていない時の方が格好良いのだ。
そう言う意味では、少女達ですら目を見開いて驚きを示している中、いつも通り過ぎる異質な少年こと、弟のアッシュが今一番格好良いのかもしれない。
エレアはアッシュが前に来たタイミングでランニングを開始し楽しそうに超ハイペースな速度に平気な顔をして並んでいる。
アッシュはと言えば、速度を維持したまま身振り手振りを加えて自分の汚れの原因や、どうしてこんなに急いで走っているのかをエレアに説明していた。
一生懸命に話しかけてくるアッシュを見て、駆けだす前に見せた蠱惑的な笑顔を再度振りまきながら楽しそうにしているエレア。
日常風景を見ているかのような和やかさを感じるのにスピードだけはやたら速くて違和感がすごい。
異質な姉弟が振り撒く劇薬が如き行動が、次にどんな変化を起こすのか。
この訓練場百周を終えた後がどうなるのか、予想のつけようもなく少し頭が痛くなってくるゼフィアとフェーグだった。




