僕、実はすごいことしてた
翌朝、目が覚めるとエレアお姉ちゃんが僕に背を向けて寝ていた。
おかしい。
あのエレアお姉ちゃんが僕に背を向けている……?
だが手だけは握っている。器用なことだ。
と言うか起きてるよねこれ?
だってさっきから僕の手をにぎにぎしてくるから。こっちからも握り返してみると、さらに強く握り返してくるんだ。起きてるよこれ。
「エレアお姉ちゃんおはよ」
「……おはよ」
「どうしてそっち向いてるの?」
「内緒……」
いまいち状況がつかめない。
顔を合わせたがらない理由がわからない。
「僕、顔洗いに行くけど一緒に行く?」
「……行く」
こっちを見ないくせに行動は共にすると。
ついでに手も離さないと来た。
気にしても仕方がないと思い、いったん手を放してベッドから降りる。
エレアお姉ちゃんが立ち上がるときに横顔くらいは見えると思い視線を向けていると、にやけ面で少し赤い横顔がちらっと見えた。
こりゃ相当ご機嫌ですわ。
でもだからこそ疑問だな。
裏庭に向かう途中で聞いてみる。
「どうしてさっきからずっと顔隠してるの?」
「恥ずかしいから……」
「何が恥ずかしいのさ?」
「……なんでもいいでしょっ。アッシュは知らなくていいの!」
言葉だけ見れば機嫌が悪そうに見えるけど、声色とかさっき見えた横顔とか、繋いでる手とか諸諸込みで考えるとひたすら機嫌は良さそうなんだよね。
裏庭に着くと僕はすぐに水球を出してその水でうがいしたり顔を洗ったりする。
エレアお姉ちゃんは何故か何もしようとしない。
「顔洗わないの?」
「アッシュ、お水出して」
「良いけど……はい」
それぐらいは苦でもないのですぐに出して、エレアお姉ちゃんの前に移動させると、おもむろに水球に思いっきり頭を突っ込んだ。
さらには水の中でなにやら喋っているようで口から気泡がぶくぶくと溢れだしている。
どうやら僕には聞かせたくない言葉を吐いているようなのだが、正直な話、すこし聞こえている。声が大きすぎて漏れている。
なんとなく分かったのは、「キャー」とか「すきー」とか「ばかー」とか、感情が溢れて止まらないらしい。
僕は気が利く弟なので聞こえないふりをしておく。
一通り叫んで満足したのか、水球から顔をあげたエレアお姉ちゃん。
その時の晴れやかな顔。表情もいつも通りに戻っており、顔を隠すのも終わりらしい。
「ありがとアッシュ!」
「どういたしまして」
いつものエレアお姉ちゃんが戻ってきたようだ。
元気いっぱい良い笑顔で僕にお礼を言ってくる。その笑顔につられて僕も笑ってしまうんだ。
今日も一日が始まったと、そう感じる笑顔だ。
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今日もいつも通り朝食を食べて、畑の様子を見て、広場に勉強に行き、そして魔法の練習に向かう。
今日も魔法の練習の時間にはジェイナが来た。ジェイナは今日も笑顔で楽しそうにサフィー母さんとエレアお姉ちゃんと女子トークを繰り広げている。
そして僕はそんな三人少し遠くからを眺めている。ついでに、自分を少しだけ自然に溶かして周囲の気配を探る練習もしている。
すると、僕らの家にほど近いところに、二つほど気配を捉えることが出来た。
しかもこの気配、僕は知っている? 《《思い出した》》、ゼガンとジュリアさんだ!
でもどうしてこの二人がここに居るんだ? ジェイナを追ってきたのだろうか。
「ジェイナ―! ゼガンとジュリアさんって今日はどうしてるの?」
「あの二人ならぁ、家でいつもの訓練してるんじゃないかなぁ」
「こっち来てるみたいだけど?」
「えぇ! なんでそんなことがわかるのぉ? それにどうして二人がいるんだろぉ……」
「ジェイナも何も聞いてないのか」
この様子だとジェイナは何も知らされていないようだ。
それならサフィー母さんはどうなのだろう。
「母さんは何か聞いてる?」
「いいえ。何も知らないわね。大方、ジェイナちゃんの様子が気になって調べてるんじゃないかしら?」
「あ~なるほどね」
「えぇ~言ってくれればいいのにぃ」
「素直に聞けないからこそこそしてるのよ! あの二人にも思うとことがあるのよ、察してあげなさい」
「……はいぃ」
「ん? どういうことっ? みんな何の話してるの? お母さん?」
空気読んでエレアお姉ちゃん! ちょっとしんみりしてるところだよ!
なぜか人の感情の機微には疎いんだよな、エレアお姉ちゃんって。
自分が村の中でも人気があるのをあまり自覚していないから距離感も近くて、男子たちがコロッと落とされていくのは傍から見ると面白いんだけどね。
どうも人のマイナスの感情には聡いのか、相手が嫌がることは基本しないのだが、空気を読むことは基本せず我が道を突き進んでしまう。
そんな目に見える欠点があるからこそ高い人気を勝ち得ているのかもしれない。
「エレアは気にしなくていいことよ~ジェイナちゃんのお家の話だからね」
「そっか~それなら仕方ないねっ。でもジェイナちゃん、困ったことがあったらいつでも言ってね? アッシュと一緒に力になるよ!」
「うん! ありがとぉ~」
「僕に拒否権は無いんだね……別にいいんだけどさ……」
「それじゃあ今日も魔法の練習を始めていくわよ!」
「「「は~~い」」」
おっと、その前に教えておきたいことがあったんだった。
「その前に、みんなに僕の使ってる身体強化を教えておきたいんだけど良いかな母さん?」
「アッシュの使う身体強化? 何か違うやり方をしているの?」
「うん。僕の使う身体強化はすごいよ! 僕が馬の獣人のポーラと同じ速度で走れるくらい強化してくれる!」
「っ!? ……そんなすごいもの、教えてしまって良いの? 魔法使いは自分だけの魔法をどれだけ持っているかで強さが変わってくるのよ? ここで教えるということは、アッシュの有利な武器が失われるのよ?」
「ここにいるみんなと戦うことは無いんだから、僕に不利なことは無いよ。それにエレアお姉ちゃんやジェイナが身を守る力を身に着けるのは大事なことだよ!」
「……そう、それならあなたの好きにしなさい! でも将来は女に気をつけなさいアッシュ。刺されるわよ?」
そう言って注意してくるサフィー母さんの声は本気と書いてマジと読むやつだった。
身を守る力を教える事ってそんなにすごいことなのかな? ずっと一緒に居るわけじゃないし、自分の身は自分で守るのが一番だと思うんだけど……?
取りあえず、僕の使い方を簡単に説明してみる。
「骨と筋肉と皮膚……なるほどね。これは相当難しいわね……」
「アッシュ~それってどこのこと?」
「動物捌いてるの見たことあるから私はわかるけどぉ……これすごく難しいよぉ」
みんなどうやら魔力の扱いに苦戦しているようだ。弱冠一名はそもそも理解していないようだが、そこは追い追い教えるとして。
「これの注意点は全身を強化するべきだと言うことです。腕だけ強化した状態で腕を振ると、腕の勢いに体が負けてすっ転びます。腕を使う時、人は背中や腰や足も使ってるので、全身強化しないと真面に動けませんでした」
「道理ね……にしてもこれ一種の奥義レベルなんじゃ……」
「これ三つの場所を強化してるのもぉ、何か意味があるんだよねぇ?」
「骨も筋肉も皮膚も、単体だけ強化しても意味が無いと言うか、怪我するだけだったからね……」
「ね~アッシュ~お姉ちゃんわかんないよお!」
僕の持つ魔力の操作技術は相当に高いようだ。
【記憶】スキルの面目躍如だね。使い方を身体にも頭にも叩き込んでくるおかげで、一度出来れば次も出来るようになっているんだから規格外と言えよう。
エレアお姉ちゃんには人体の構造を地面に書いて教えた方が良いかな。
骨を中心に筋肉が腕を動かしていて、皮膚が覆っている絵を簡単に書いてもっと簡単に説明しておく。
神経や血管の保護も大事だよと首筋や手首の血管を触らせながら教える。
「ふわぁ~アッシュの血管……いいかも……」
まずった。新たなフェチズムを見出させてしまった。
これは当分の間血管をぷにぷにされるのが決定してしまったな……。
「これは、すぐには無理そうね。お母さんもまだまだ強くなれることをまさか六歳の息子に教えられるなんてね! 絶対に習得してカルを驚かせてやるわ……ふふふふふ」
「私もこれ使えるようになりたいなぁ……身体強化はずーっと使ってきたんだもん。まけられないよぉ!」
向上心があって素晴らしい。
一番教えたかったジェイナも前向きに考えてくれていて教えた甲斐があったというものだ!
サフィー母さんとジェイナが決意を固めている間、エレアお姉ちゃんの反応が面白くなった僕は、手首の血管を圧迫して手の甲に血管を浮かび上がらせてエレアお姉ちゃんに見せていた。
「うわあ! これすごい……ぷにぷに動く……それに血管が出てる手……良い!」
ここに一人、血管フェチが生まれたことを確認しました。
その後は、僕の身体強化をずっと練習するわけにもいかないので、各自の努力目標と言うことにしていつも通りの魔法の練習を行うのだった。
魔法の練習が終わって暫くしたあと。
驚くべき事にエレアお姉ちゃんはごく短時間ではあるが僕の身体強化を使えるようになっていた。改めて我が姉は傑物なのだと再認識させられました。
悔しいので、また何か高度な魔法を考えて教えてみようと思う。
……平然としながら身に着けてしまう、そんな想像が頭にこびりついて離れないんだけどね……。




