僕、距離を取ろうとしてみた
土を耕したら世界が変わる数歩手前まで行きかけた僕。
無事変えるには至らなかったよ。至ってしまえばこの魔法を封印することになるところだった。
だってカル父さんとサフィー母さんは高位冒険者にも関わらずこんな長閑な村に来たんだ。きっとゆっくりと穏やかな時間が流れるこの村で余生を過ごすつもりなんだ。それを邪魔してしまうなら封印も吝かではない。
そんなことを目を閉じ腕を組んでうんうん頷きながら考えていると、カル父さんに呼ばれた。
「アッシュ、いつまでうんうんしてるんだい。次は畝を作って種を蒔くよ? もうすぐお昼の時間だ急ごう!」
「さっきまで父さんもうんうんしてたのに……わかったよ、種蒔きはまだよく分からないから教えてね?」
「任せておいてよ」
今度は真面目に畝づくりをし、小麦の種と種芋を蒔いていこうかというところで、エレアからお昼の知らせが届いた。
「おとうさーん! アッシュ―! そろそろごはんだよー!」
「あとは種を蒔くだけだから、それが終わったら行くよ!」
「わかったー! 待ってるねー!」
僕が喋ることが無くなったので大きく手を振っておく。
エレアがとてもうれしそうな顔で手を振り返してから小走りで家に戻っていった。
今日のエレアはほんとにご機嫌だ、そんなに名前呼びが良かったのだろうか。
……良かったんだろうなあ。
そのあとの種蒔きも特に難しいことはなく、速やかに終わった。
元気にいっぱい育てよ小麦ちゃんとじゃがくん。
畑仕事を終わらせて家の前に着いたところで、水球を二つ出してカル父さんと手を洗う。
「これほんとに便利だよね、助かるよアッシュ」
「こまめに魔法を使えば魔法の制御や発動速度も上がるかもしれないし、僕の練習のためだと思ってくれたらいいよ」
「それでもありがとう。アッシュ」
そう言いながら僕の頭を撫でるカル父さん。
「嬉しいけど、濡れたままの手で撫でないでほしかったかな……」
「あっ……ごめんね?」
なんて話をしながら家に帰って家族四人でまた賑やかなご飯を食べる。
こんなに穏やかで心満たされる世界があったんだなあ。幸せだあ。
僕が今というかけがえのない時間を堪能していると、噴き出すような声が向かい側から聞こえた。
「なんで笑ったの、エレア?」
「だってまた変な顔してるんだもん! 笑っちゃうよ!」
……流石にむかっとくるかも。
「エレア」
「なに?」
「エレア」
「……なあに、アッシュ?」
「エレア」
「うぅ〜……あんまりたくさん名前呼ばないでえ。なんだか恥ずかしい……」
うん知ってる。だから名前を連呼してるんだ。人の顔を笑った報いだ! 羞恥に悶えるがいいさ!
「うちの子達はそんじょそこらのバカップルを超えていちゃつくわね、お父さん」
「だね。でも僕らも少し前まではああだったのかもしれない。人の振り見て我が振り直せとはこういうことなんだね」
「あら? 今だってまだまだラブラブよ? ねーカル?」
「まいったなあ。子ども達の前ではさすがに恥ずかしいよ、サフィー?」
横で急にいちゃつき始めた!? 賑やかというかなんか空気がねっとりしだしたんですけど、最早いたたまれないよ!?
自分で蒔いた種かもしれないが、発芽が早すぎる。
人をからかうものではないということかな。
お昼ご飯をかっ込んで家の裏で魔法の練習をすると言ってあの空間を飛び出した。
六歳児にはまだ早い空気だよあれは。両親には流石に自重してほしい。
まあ、誰が一番ねっとりした空気を出したのかと言えばエレアなんですけど。
さっきはやたらしおらしく、顔を赤くしながらご飯を食べていた。……女の顔ってやつでは!? だめだ。うん、これは雑念だ。いったん冷静になろう。木剣を振ろう、そうしよう。
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姿勢を維持しながら、まっすぐに剣を振り下ろすことだけを意識する。
それをひたすら繰り返す。
雑念を払う。あのねっとり空気を払う。エレアのあのしおらしい顔を頭の中から払う!
……払えない!! 【記憶】してるもんな! 消えないわこれ!
こういう時ひたすら不便だよ【記憶】スキルーー!!
なんとかみんなが食べ終わるまで木剣を振り続けて、気分をリセットした。
この後は村の広場での勉強会にエレアと一緒に向かう。ここで手を繋がず物理的に距離を取ろう。今のところエレアの弟離れを考えて取った手段がことごとく逆効果になっている。
だが距離をとって勉強会に行くんだ、勉強会には同年代の男の子も女の子もいる。
普段、姉弟で固まって行動していたのをやめたとなれば、それだけで注目は集まり、自然と人が集まるはず。
そうなればエレアも他の子に意識が行くはず! これなら失敗のしようもない! 完璧だ!
物理的距離取り作戦を思いついたところでちょうどエレアが僕を呼びに来た。
「……アッシュ? そろそろ広場に行くよ? 一緒にいこ……?」
誰だこの可愛い人?? うちの姉はもっと元気いっぱいで弟に必要以上に構って可愛がって来る、奔放だけれどお姉ちゃんであることを大事にしている、そんなひとだったはず。
そんな姉が今や、上目遣いでそわそわしながら声をかけてくる、だと?
「あっ、うっうん」
ああ!! どもってしまった! 落ち着け僕! 落ち着くために剣振ったんでしょう!?
「エレア! その、もう手は繋がなくても良いからね?」
「えっ?」
エレアが目を見開いて固まった。あれ? 目を擦ってからもう一度エレアを見る。
眼の光が消えた……? この世界ってギャルゲーか何かなのか? ヤンデレルートですか? 微動だにしていない、瞬きもしていない、怖いこわいコワイ!
「えっえれあ……おねえちゃん?」
「どうして……? 私なにか、悪いことしちゃったかな……言ってくれたら直すから教えてよぉ、うぅ……アッシュぅ……ひぐっ」
エレア……お姉ちゃん……そうだよね、何も悪いことしてないのに急に距離を取られたら怖いし寂しいよね……。
エレアお姉ちゃん、ごめん、ほんとにごめん。
ちゃんと理由を話せばわかってくれる。エレアお姉ちゃんは利発な人だ、自分の見たいものしか見ないような人じゃない。ちゃんと説明して分かってもらおう。
「ごめん。そうじゃないんだ、エレアお姉ちゃん。エレアお姉ちゃんの将来を考えた時に、僕がずっと隣にいると邪魔になると思ったんだよ」
「あっしゅは……ひぐ、じゃまなんかじゃないもん!! っうぅぅぅ」
涙をぽろぽろ流して言葉が詰まりながらも、僕を擁護してくれる。優しすぎるよ僕のお姉ちゃん!
「でもっ、エレアお姉ちゃんあと五年もしたら成人だし、そうしたら結婚とかしないとだし、相手を今からでも見つけとかないとって、ずっと思ってて、それで——」
「私はアッシュとずっと一緒にいるからいいのっ!!」
「ふえ?」
本気なのか? でもこうなってくると僕がどう言っても聞かない。六年間ずっとそばで見てきたんだ、一度決めたらすごく頑固なのは嫌というほど知っている。
だが、流石にそれはだめだ。
最終手段だったけれど仕方ない、サフィー母さんにお話ししてもらおう。
「エレアお姉ちゃん。ちょっと来て。母さんのところ行こう」
エレアお姉ちゃんの返事は聞かずに手を引いて先導する……んだけど、めっちゃ笑顔で涙を拭いながらついてきてる。
あれですかね、さっき手を繋がないって言ったのに、僕から手を繋いで引っ張ってるからですかね? たったそれだけのことであんなに涙を流していたのが嘘のように晴れやかな顔で笑ってるの?
例え姉でも、女の子は難しすぎる……。
「母さーん! どこー!」
「んー? キッチンにいるわよー?」
サフィー母さんの元までエレアお姉ちゃんの手を引きながら歩いていく。
その間、ずっと笑顔のまま繋いだ手を確かめる様に何度もにぎにぎしてきたのは黙って受け入れよう。せめてものお詫びです。
嫌ではないけど、甘んじてにぎにぎを受け入れながら、サフィー母さんにことの流れを説明する。
「うん、うんうん……そう。そんなことでエレアを泣かせたの? アッシュ?」
「!? そんなこと!? 姉弟って結婚とか出来ないでしょ? 僕のそばに居るってことはエレアお姉ちゃんがずっと一人で、『行き遅れ』になっちゃうじゃん!」
「…………」
僕がそう言った瞬間、空気が重くなった。
物理的に重いと感じるほどに。
そっとサフィー母さんの顔を窺ってみる。
額に青筋が立っているのが見えた。口元は笑っている。目は細くなっていてよく見えないが、恐ろしく苛立っていることだけは嫌というほど伝わってくる。
……最終兵器《サフィー母さん》の火に油投下しちゃったかなこれ。カル父さんと出会うまで気にし続けていたか、言われ続けていたのかな?
まあなんにせよ、「行き遅れ」は禁句。頭にも胸にも【記憶】にも刻んでおこう。うん。
凄まじい圧力と恐怖で、もはや諦めの境地に入って悟りを開きそうなほど僕の心は澄んでいる。今なら火にくべられても熱を感じないかもしれない。心頭滅却とはこのことか。
エレアお姉ちゃんはこの状況でまだ手をにぎにぎしている。最強だよ。エレアお姉ちゃん様って呼んでも良いですか?
「アッシュ」
「……はぃ」
「行き遅れって言葉は気をつけなさい。殺されても仕方がないほどの暴言よ」
「はぃ。申し訳ございません……」
心頭滅却しても最終兵器の怒りの炎は熱くて怖くて仕方ない。
ふと視界にカル父さんが入る。サフィー母さんの死角から恐ろしいものを見るような目で僕を見ている。そしておもむろに合掌し始めた。
やはり、流石のカル父さんと言えど、どうにもならないか。
僕はただ諦めの笑みを浮かべるだけ。申し訳ありません、という一心でね?
「ふぅ。でもそうね。姉弟での結婚は国の法律でも禁止されているし、国教でも禁忌とされているわ。エレアがアッシュと結婚したいと思っているなら、それは出来ないわね」
「どうして? なんで駄目なの!? アッシュのこと大好きだよ? それでも駄目なの?」
「……これは確かな情報では無いのだけれど、昔、本を読んだことがあるの。その本によると、家族同士で子どもをつくるとね、元気な子が生まれにくいらしいの。赤ちゃんの間に死んじゃったり、体がとっても弱かったり、生まれた子どもが辛い思いをしちゃうの。だから家族同士で結婚するのは認められていないのよ」
この世界、すごい。そんなことまで分かっているのか。遺伝子という概念がもう発見されているのかな。それとも、貴族や王族の歴代の記録から割り出したのか。
前世でも、古い時代では良く行われていたらしいけど、そうして生まれた子どもは長生きできなかったとオンライン百科事典で読んだ記憶がある。
「じゃあ、私どうしたら良いの? アッシュ以外の男の子に興味ない」
重症だ……。
「それほどだったのね。家族愛だと思っていたわ……」
「それなら、もっと広い世界を見て回るといいよ。いろいろな場所に言って、いろいろな人と関わってみるんだ。そうして僕とサフィーは出会ったからね。」
「カルったら……もうっ!」
「いたっ痛い痛い! えっえっとねえ、それにね、十二歳になったら、王都の学園に通ってみるのも良いかもしれないね!」
サフィー母さんもうやめたげて、カル父さん結構痛そうだよ。声はかけないけど。
僕はカル父さんに見捨てられたこと、忘れないからね!
にしても学園なんてものがあるんだこの国。でもそこなら出会いもあるだろうし、様々な価値観や人間を嫌でも知ることになる。
何より物理的に距離を取れる。一度離れれば、僕に向けていった感情が情愛ではなく親愛だったと気付けるはず!
ファインプレーだよカル父さん!
あっ、勉強会は完全に遅刻かな?




