僕、ようやく剣を握る
カル父さんから、サフィー母さんの魔法の秘密を聞いたり、神様や属性のこと、あと少し国のことを聞いていたら、いぶかしんだエレアお姉ちゃんに詰められそうだった。
大人なカル父さんと比べてまだまだ幼いエレアお姉ちゃんは、きっとまだ昨日のことを根に持っているかもしれない。
不肖三歳児アッシュ。僕は大人なので真面目に稽古に取り組もうと思います。【記憶】スキルを使ってですけどね。
そんなことを考えてにやついていると、エレアお姉ちゃんが僕の顔を見てまた笑っている。なんでだろう?
「んふっふ……アッシュの変な顔わらっちゃうからやめてよもう~」
えっにやけた顔もアルカイックなスマイルになっちゃったのか僕!?
全力で顔をほぐさないと! ほんとに癖になってたら人生に影響出ちゃうんですけど~~!
「はーい、注目! エレアはまずは素振りね、振り下ろしを百回丁寧にやってみようか。アッシュは最初に言ったけど、まずは剣の握り方と振り方を教えるからこっちにおいで」
「「はい」」
木剣を持った僕の手にカル父さんが手を添えて握り方を教えてくれる。そんなカル父さんの手の平はとても固く、潰れたたこの痕がたくさんあった。
その手はいつも優しく僕らの頭を撫でてくれる優しい手。ごつごつしているのに心地良い手。僕はこの手がとても好きだ。
でも、今カル父さんから聞こえるのはとても真剣な声。そして力強い手の感触。
今僕はカル父さんの知らない面に触れている。今のカル父さんから感じるものは積み重ねてきた時間の重さ。
時間だけなら僕もほど近い時間を過ごしているが、僕にはこんな重みはなかっただろう。過ごしてきた時間の濃密さが全く違うのだろう。
僕の人生はほぼ何の責任もなく軽いものだった、何かに全力になることもなかった。カル父さんと比べるのも烏滸がましいというものだ。
かっこいいなあ……僕もいつかこんな風になれるのだろうか。
いや、なろう。なれるように打ち込もう。今の僕はそれが出来る環境にある。
「剣を握る時は、ぎゅっと握り過ぎないように小指と薬指に力をこめて剣を持つんだ。この握り方が合わない場合は、親指を伸ばして支える方法もあるんだけど、まずはやってみようか」
前世でも剣に関わるようなものには触れたことが無かったものだから、正直さっぱりわからない。感覚的にはどれもしっくりこない。筋力がまだ無いのか取り落としてしまいそうでぎゅっと握りたいのが本音だ。
「うぅん……やっぱりまだ早かったよね。体がまだ出来てないだろうし、今日は見て学ぶ方向にシフトしようかな……?」
カル父さんもそう思うよね。僕もまさか剣を握るどころか持つので精一杯とは思わなかったよ……。
「ん? アッシュは魔力いっぱいあるんだし、体の中で魔力をまわせば力が強くならないの?」
「えっ!? アッシュはもう魔力の循環が出来るのかい!?」
「そう言えば、魔力をまわすと元気になったような感じしたけど……力強くなるの!?」
エレアお姉ちゃんの発言で、僕とカル父さんが驚愕の声を上げる。
カル父さんは昨日始めたばかりの魔法の訓練でそこまで行っているとは思っておらず、僕はそんな副次的効果があるとは知らず。
どうやら、サフィー母さんが敢えて情報を隠蔽していたようだ。僕らの声が聞こえたのか家のほうから笑い声が聞こえてくる。
裏口からひょこっと頭を出してカル父さんのびっくりした顔を見て満足そうなサフィー母さん。
「サフィー!! 言っておいてほしかったな! 僕も流石に予想外だよ!」
「ごめんなさいねー! カルの驚いた顔も素敵よ~!」
「うぅ……こういうところは出会った頃から変わらないなあ……」
二人がいちゃついているのを後ろで眺めていたら、後ろからお姉ちゃんに優しく抱き着かれた。
何事かと見上げてみれば、エレアお姉ちゃんが眩しそうにカル父さんとサフィー母さんを見ていた。
「私もいつか、誰かと結婚するのかな……そうしたら、こうしてみんな一緒にはいられなくなるのかな……」
「………………」
その問いに返す言葉を僕は持っていなかった。
結婚するとしてもこの村の中でなのか、街に出るのか、強くなって冒険者になって各地を旅してまわるのか、他の手に職をつけるのか、選択肢はいくらでもある。
だが、この世界での成人は十五歳だ。早い人なんかは、成人前から婚約し、成人と同時に結婚するのだとか。
今エレアお姉ちゃんは七歳。こうして家族四人で穏やかに過ごせる時間も、あと十年もしない間に終わってしまう。
さらに言えば、長男が家を継ぐのが習わしとしてあるのだ。仮に僕がカル父さんから田畑を継いだとしても、そこにエレアお姉ちゃんはいない。
いたとしても二十歳をまわれば、多少無理やりでも縁談を設けられるくらいだ。
前世との時間間隔の差がすごい。
だが仕方がないことでもあるのだろう。
この世界は、命が重くない。外では魔物に殺される可能性があり、場所によっては食糧事情から栄養も万全に取れてはいないので寿命も長くはないだろう。
であれば、若く元気なうちに子どもを産んで、働き手の数が減らないように人口の維持をするのは真っ当な考えだ。
僕が家を継ごうが継がなかろうが、エレアお姉ちゃんは結婚を迫られる立場にある。そんなお姉ちゃんへと返す言葉が、長男である僕にあるはずがない……。
「なんてねっごめんね? なんでもないよっ!」
……エレアお姉ちゃんが自分を預けても良いと思える相手に出会えるまでは、僕がそばにいよう。こんなにも素敵なお姉ちゃんなんだぞ、幸せになってほしいに決まっている。
僕はエレアお姉ちゃんの手をぎゅっと握った。
まだ小さな手で頼りないかもしれないけど、安心してもらえるように強く握った。
「……とうさーーん!! 早く戻ってきてー! 魔力まわして木剣持つからー!」
「あっ、ごめんよー! すぐ戻るよ!」
「二人とも稽古頑張ってねー!」
カル父さんが戻る際にサフィー母さんが軽くくちづけをして家の中に戻っていった。
ほんとこの親めちゃめちゃいちゃつくじゃん。
僕らの方に漂ってたシリアスな空気が一瞬で呆れた生暖かい空気に変わってしまった。
なんだか僕の小さな決意が軽んじられたみたいで面白くないので、カル父さんの顔の前に水球を出してみた。
「うおっと」
その一言とともに、目で追えない速度で振るわれた木剣が水球を木っ端微塵にした。
「エレアかい? 悪かったよ~ごめんね!」
「「えぇ……」」
これが高位冒険者の実力の一端。木剣って水を斬れるんだな……。
「魔法の腕はしっかり上がっているみたいで大変よろしい! その調子で近接戦闘もしっかり鍛えていこうか!」
「「はい……」」
僕が出した水球だと訂正する気も湧かないよ。
でもカル父さん達くらい強くなれたら、エレアお姉ちゃんの未来はもっと違ったものになるかもしれない。それが良いか悪いかは分からないけど、「無理が通れば道理がひっこむ」なんて諺もあるくらいだ。
強くなる意味はきっとある!
僕も自分の意思で未来を選び取れるくらい強くなりたいな。
エレアお姉ちゃんも同じことを思ったのか、僕の手を握り返しながらいつもみたいに笑いかけてくれた。
「アッシュ! 私いっぱいがんばる! いっぱい強くなる!」
「うんっ! 僕も!」
僕も答えるように笑顔で返す。一緒に強くなろうと、一人にはしないよと、そう思いをこめ笑う。
するとエレアお姉ちゃんが急に顔をそらす。どうしたんだろうか?
「んぷふっ……」
また変な顔になってたのだろうか……だとしてもそれは流石にひどいよ!!
お返しに全力でお姉ちゃんの脇をくすぐってやった。
エレアお姉ちゃんはまだ体の小さな僕を払いのけることが出来ず、カル父さんに止められるまでくすぐられ続けた。
ぐったりと倒れこんだままこちらを軽くにらんでくるエレアお姉ちゃんを見て胸がすく思いだ。
ざまあみろっ。人の気も知らないで!
僕らの毎日はやっぱりどこか騒がしくて、賑やかで、楽しくて……幸せだ。




