影狼 ―封印された力―
夜明け前の都市。
赤い月はまだ空に残り、世界の輪郭を不気味に染めていた。
神崎仁――銀狼は、倒れたレナを抱き上げ、人気のない廃ビルに身を隠していた。
「……お前、何者なんだ。どうして、俺を……」
仁の問いに、レナはゆっくりと瞳を開く。
その奥には、確かに“レナ”としての優しい光が宿っていた。
「私は……JOKERの研究員だった。
でも本当は、人を怪人に変える計画を止めたかったの。
あなたが“実験体”に選ばれたと知った時、私は――」
彼女の言葉が途切れる。
次の瞬間、身体を走る電流のような痛み。
白衣の内側に埋め込まれた制御装置が、赤く点滅していた。
「やめて……やめて! 今は……出てくるな……クロウ……!」
レナの悲鳴とともに、空気が凍りつく。
瞳が赤く染まり、微笑が歪む。
そこに現れたのは――冷酷な支配人格。
「……茶番は終わりだ、銀狼。
貴様が存在する限り、JOKERの計画は乱れる。
私は“翼”として、その芽を摘む使命を持つ。」
仁は静かに立ち上がった。
胸のベルトが、低く唸りを上げる。
「レナを返せ、クロウ。お前なんかに、彼女を支配させない!」
「返す? 彼女はもう“器”だ。JOKERの意志が宿った存在……
そして貴様もまた、同じ“改造体”に過ぎない!」
クロウの背中から、漆黒の羽根が広がる。
黒いオーラが空間を歪ませ、廃ビルの窓を一斉に砕いた。
風がうなり、銀狼の毛皮がざわめく。
「――変身!」
銀の閃光が夜を裂き、仁の身体が再び狼の鎧に包まれる。
だが、今回は何かが違った。
装甲の隙間から、闇のような黒い紋様が浮かび上がる。
それは、仁の中に眠る“もう一つの狼”の証。
クロウが呟いた。
「やはり……封印されていたか、“影狼”」
銀狼の胸が熱く燃える。
内側から何かが這い出してくるような感覚――
怒り、悲しみ、そしてレナを失う恐怖が、彼の心を飲み込んでいく。
「うぉぉぉぉおおおお――ッ!!」
咆哮とともに、銀の装甲が砕け、漆黒のエネルギーが噴き上がる。
髪は黒く変わり、瞳は紅に染まる。
それは銀狼の“裏の姿”――影狼。
「これが……俺の中の、もう一人の……狼……!」
クロウは微笑む。
「いいわ……その力、見せてみなさい。
愛と憎しみの狭間で、どちらの獣が勝つのか――」
二人の間に、再び火花が散る。
銀と黒、光と影。
かつて心を通わせた二人が、運命に引き裂かれるようにぶつかり合った。
炎が、瓦礫の街を照らした。
その中で、仁は誓う。
「レナ……必ず、お前を取り戻す!
たとえこの力に呑まれようとも……!」
空を焦がす爆炎の中、二つの影が交錯する。
銀の光が闇を裂き、闇が光を飲み込んでいった――。




