第3話 もう一人の被験者
> ――その声を、俺は知っていた。
無機質な実験室の奥。
扉の向こうから聞こえた、低く、荒い呼吸音。
鎖の軋む音に混じって、誰かの呻きが響く。
仁は警戒しながら、重たい扉を押し開けた。
そこには、拘束具に繋がれた“男”がいた。
全身に黒いコードが刺さり、金属のマスクで顔の半分を覆われている。
だが、その目だけは――懐かしい色をしていた。
> 「……鷲尾、なのか?」
声が震えた。
元・消防第七分隊、鷲尾剛。
仁の部下であり、誰よりも仲間思いだった男。
災害の夜、共に瓦礫の下へ突っ込んだ仲間。
> 「神崎……隊長……?」
掠れた声が返る。
しかし、その言葉の後に、鷲尾の身体が痙攣した。
背中のコードがうねり、赤黒い液体が注入されていく。
> 「やめろ、何をしてる!」
「第W-02号、覚醒プロセスを開始します。」
天井から響く合成音声。
仁は扉を叩いたが、厚いガラスが立ちはだかる。
> 「やめろ! あいつは人間だ!」
「いいや、“人間だった”のだよ。」
背後から、白衣の博士が現れた。
冷たい笑みを浮かべながら、タブレットを操作している。
> 「彼もまた、君と同じ進化を果たす。狼の遺伝子ではなく――“鷹”の遺伝子を持ってね。」
仁の目が怒りに燃えた。
> 「お前らは……人間を何だと思ってる!」
「弱者だよ、神崎仁。
弱き者は淘汰され、強き者が生き残る。
我々JOKERは、その理を早めているだけだ。」
博士が指を滑らせると、鷲尾の身体が激しく震えた。
金属のマスクが砕け、翼のような突起が背から広がっていく。
骨が鳴り、皮膚が硬質化していく音が部屋中に響いた。
> 「がああああああッ――!!」
絶叫。
それは、仲間の悲鳴ではなく“獣の咆哮”だった。
仁の中で、何かが弾けた。
腰のベルトが光り、狼の眼が赤く輝く。
> 「……もう黙ってられねえ……!」
――カチリ。
ベルトのコアが起動し、仁の身体が光に包まれる。
肉体が軋み、視界が銀に染まった。
「――ウルフェノク・ゼロ、変身」
金属音と共に、狼の面が装着される。
仁の背に炎が走り、床を踏み抜く勢いで跳び上がる。
> 「鷲尾っ!! 目を覚ませ!!」
だが返ってきたのは、翼の鷹人が放つ一閃。
その爪が仁の胸を掠め、火花が散った。
> 「……た、いちょ……俺……もう……」
「言うな! まだ戻れる!」
「無理だ……俺は……もう……見えてるんだ……人間の、限界が……!」
鷲尾の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。
その瞬間、制御装置の警報が鳴り響いた。
> 「対象W-02、暴走率上昇――!」
研究室全体が赤く染まる。
仁は歯を食いしばり、叫んだ。
> 「だったら――俺が止める!!」
狼と鷹。
二つの“進化”が、硝子の檻の中でぶつかり合う。
炎のような咆哮が交差し、床が割れ、機械が爆ぜた。
そして――。
> 「……鷲尾……」
崩れ落ちる鷲尾の身体を抱きしめながら、仁は呟いた。
その瞳に宿る光が、ゆっくりと消えていく。
> 「……また……助けられませんでしたね、隊長……」
かすかな声。
最後の一言。
それが、かつての仲間の“人間としての”言葉だった。
仁の胸の奥で、熱いものが弾けた。
> 「JOKER……絶対に、許さねぇ……!」
その誓いが、静かな実験室に刻まれた。




