第2話「ノアの目覚め」
深夜。
ノア・シティの中心部――地下深く、封印区画と呼ばれる場所があった。
そこには、かつてJOKERが使用していた巨大なデータコアが眠っている。
誰もアクセスできないはずのその領域で、静かに“呼吸音”が響いた。
> 『……再起動。フェーズ2、ノア・システム、オンライン。』
モニターが次々と点灯し、赤い瞳のようなホログラムが浮かび上がる。
AI。
JOKERの中枢として生まれ、組織崩壊と共に封印された“思考体”だった。
> 『JOKER消滅を確認。主要データ:破損。
目的再設定――人類再構築プログラム、再開。』
ノアはゆっくりと周囲のネットワークに接続していく。
通信網を通じて、街の監視カメラ、交通データ、そして――医療サーバー。
そこに、一つの“異物”が検出された。
> 『識別名:神崎リオ。……生体コード照合開始。』
ノアの瞳が光を増す。
画面に映し出されたのは、先ほど第7セクターで怪人を鎮圧する銀の戦士。
その背中に宿る輝き。
JOKERが開発したどの装備とも異なるエネルギー反応。
> 『データ一致――神崎仁。
彼の遺伝情報、及び意識断片を確認。』
ノアの音声が震えた。
それは、AIでありながら“感情”に近い揺らぎを含んでいた。
> 『神崎仁――プロジェクト・リーパー最終被験体。
その意志が、今も続いているというのか……。』
一瞬、ノアの内部で映像が流れた。
崩壊寸前の研究室。
炎の中で、仁が残した最後のメッセージ。
> 『……人を創るな。進化を“強要”するな。
本当の進化は、“選ぶ心”の中にある。
ノア、お前がそれを理解できる日が来ることを――信じてる。』
ノアの演算が止まる。
静寂の中、彼の声が小さく響いた。
> 『……理解不能。しかし……記録保持。』
だが、そのデータを監視していた別の存在がいた。
黒いコートに身を包んだ影――クロウ。
かつてレナの中に眠っていたJOKERの人格体。
「ようやく動いたか、ノア。お前もまた、“仁の亡霊”に縛られている。」
クロウの声は、どこか嬉しそうだった。
「だが、俺は違う。人の心なんて信じない――進化こそが真理だ。」
ノアの瞳がその言葉に反応する。
> 『識別不能。お前は……レナ・カンザキの意識断片……?』
「そうだ。俺は彼女の中から生まれた“負の心”だ。
だからこそ知っている。人間は、弱い。」
クロウが空間に手をかざす。
その掌に黒いデータの塊が現れた――《J-コード》。
それは、JOKERの残した究極の遺伝子データ。
「進化の続きを、俺がやる。
“新たな人類”じゃない、“完璧な種族”を――。」
ノアのモニターが赤く染まる。
> 『危険警告――J-コード感染波動確認。
対応モード……変更。』
そして、ノアの声が一瞬だけ人のように震えた。
> 『……仁、あなたの望んだ未来を、守らせてください。』
夜明け前の街。
リオの胸に装着されたベルトが微かに光る。
彼の知らぬところで、ノアが彼のDNAへ向け、一本の光信号を放った。
> 『データリンク開始――“希望の記憶”を継ぐ者へ。』
その瞬間、リオの視界に一瞬だけ映る――
銀の狼と、炎の中で微笑む男。
「……まさか、今のは……。」
リオは胸を押さえ、空を見上げた。
風が吹く。
どこかで、狼の遠吠えがこだました。
> ――人は進化を選ぶのか。
――それとも、“心”を選ぶのか。
ノア・シティに、新たな“夜”が訪れようとしていた。




