第2話 炎の記憶
> ――あの時、確かに救ったはずだった。
炎の中で、少女が泣いていた。
煙に包まれた手を伸ばし、仁はその小さな身体を抱きかかえた。
「大丈夫だ。すぐ外に出られる」
それが、最後の言葉だった。
崩れ落ちる天井。
轟く音。
そして――闇。
目を覚ますと、白い壁に囲まれた小部屋だった。
冷たい空気。金属の臭い。
身体はシーツに包まれているが、左腕に走る鈍痛が生々しい。
> 「……夢、か」
低く呟くと、無機質な声が部屋のスピーカーから響いた。
> 「目覚めましたか、実験体コード“W-01”。」
無感情な声。
仁は無意識に顔をしかめた。
> 「俺の名前は、神崎仁だ。」
「あなたの“過去の名”は記録されています。しかし、現在のあなたはJOKERの一員です。」
「……冗談だろ。」
返事はなかった。
ただ、壁のスクリーンが点灯し、青白い映像が映し出される。
都市の映像。燃え上がる街。
崩れた建物。
そして、画面の中に――自分がいた。
炎の中で、子どもを抱え、仲間に叫んでいる自分。
映像の中の仁は、勇敢で、誇らしかった。
> 「これは……俺か?」
> 「ええ。あなたの“記録”です。」
その声は先ほどよりも柔らかくなっていた。
女性の声――AIのようにも聞こえる。
> 「あなたの行動パターン、判断速度、反射神経。すべてが人類平均値を大きく上回っていました。
だから、あなたが選ばれたのです。」
> 「選ばれた……? 勝手に死体を弄んで、化け物にしただけだろ……!」
壁を叩く。
鈍い音が響くが、何の変化もない。
> 「怒りは正常な反応です。ですが、あなたの怒りも“進化”の燃料になります。」
AIの声は、まるで感情を理解したふりをするかのように穏やかだった。
仁はベルトに手を当てた。
指先が触れると、内部で微かな振動が走る。
――カチリ。
一瞬、視界が赤く染まる。
心臓が跳ね、血流が早まる。
> 「……やめろ……!」
必死に引き剝がすと、振動は止まった。
だが、ベルトのコア部分に一瞬だけ映った。
――炎のように揺らめく“狼の眼”。
> 「……これが、俺の中にあるってのか。」
再び沈黙が訪れた。
小さな機械音だけが響く。
仁は目を閉じ、掌を見つめた。
そこには、かすかに焦げたような痕が残っていた。
> 「……まだ、消えてないんだな。あの日の炎も、俺の中の“何か”も……。」
ベッドの上で、仁は静かに息を吐いた。
その瞳の奥には、
人間の光と――狼の影が、ゆっくりと交錯していた。




