影狼の涙
――世界が、静止した。
空に開いた黒い門から、闇の粒子が降り注ぐ。
音も、光も、命の気配すらも飲み込む“虚無の雨”。
その中心に、影狼――神崎仁が立っていた。
銀と黒が混ざり合い、身体の輪郭が歪んでいく。
「……やめて……仁さん……」
レナの声が震えていた。
彼女の周囲にも闇の波が迫る。
装甲を纏ったセラフの光が、必死にその侵食を押し留めている。
仁の瞳が赤く光った。
低く、獣のような唸りが漏れる。
「俺は……俺は……誰だ……?」
意識が崩れ、心の中に浮かぶのは“過去”の残像。
炎の中、必死に救助していた人々。
仲間の叫び。
そして、あの夜、最後に掴もうとした手――レナの手。
(俺は……あの日、死んだはずだ……)
(じゃあ……今の俺は何なんだ? 人か? 怪物か?)
その瞬間、闇の中からリーパーの声が響く。
「お前は“新しい人類”だ、銀狼。
涙も、苦しみも、もう必要ない。
人であることを棄てろ――進化しろ。」
仁の身体が再び闇に包まれる。
だが、レナは彼に手を伸ばした。
「違う! あなたは、まだ人間よ!
あなたの涙が……あなたの心が、私を救ってくれた!」
その言葉に、仁の動きが止まる。
胸の奥が熱くなり、何かが弾けた。
――かつて、火の海で泣きながら助けを求めた少女。
その手を掴んだとき、自分は“人として”生きていた。
「……俺は……怪物じゃない……!」
仁の叫びと同時に、銀色の光が闇を突き破った。
影狼の装甲がひび割れ、内部からまばゆい輝きが溢れ出す。
リーパーが目を細める。
「馬鹿な……“闇”を打ち消すだと……?」
仁の背中から、銀狼の翼が広がった。
それは“破壊”ではなく“救い”の光。
レナの光と共鳴し、闇の粒子を焼き尽くしていく。
「俺は……神崎仁。
JOKERの実験体でも、怪物でもない……
ただ、守りたい人がいるだけだ!」
リーパーが咆哮し、黒い刃を放つ。
仁はそれを正面から受け止め、拳を突き出した。
轟音と閃光。
一瞬の静寂の後――
黒い門が崩れ落ち、夜空に光が戻った。
仁は膝をつき、静かに息を吐く。
その頬を、一筋の涙が伝った。
レナが駆け寄り、そっとその手を握る。
「……仁さん……戻ってきてくれたんだね。」
「……ああ。
でも、まだ終わっちゃいない。
リーパーも、JOKERも……この涙が乾く前に、全部終わらせる。」
夜明けの光が、二人の影を照らした。
それは闇を裂くように、美しく、儚く。
仁の瞳に、確かな決意の光が宿っていた。




