影狼、暴走
――夜が、吠えた。
漆黒と銀の閃光がぶつかり合うたび、世界が軋む。
仁の姿はもはや銀狼ではなかった。
その装甲は黒く染まり、瞳には赤い獣光が宿っている。
「……ククク……それが“影狼”か。
素晴らしい。だが、制御できぬ力はただの狂気だ。」
リーパーが腕を振る。
黒い波動が大地を抉り、破片が宙を舞う。
その中を仁が突き抜けた。
咆哮とともに拳を叩きつける。
リーパーの装甲が軋み、火花が散る。
「ガアアアアアアッ!!」
「仁ッ! やめて!」
レナの叫びが届かない。
仁の意識は、黒い獣の本能に飲み込まれていた。
かつて人を救うために燃やした炎は、今や破壊の渦となって暴れ狂う。
「アァ……アァアアアアッ!」
彼の拳が地面を砕き、瓦礫の雨が降り注ぐ。
その瞳には誰も映っていない。
レナは震える手で、自らの白衣を掴んだ。
(あの優しかった仁さんが……このままじゃ、本当に消えてしまう……!)
リーパーは笑う。
「いいぞ、銀狼。お前が壊れるほど、進化の扉は開く。」
「黙れッ!!」
レナが叫んだ瞬間、背中の装置が展開した。
白い光が弾け、彼女の身体を包み込む。
――コード:RE-02 起動。
レナの体が光に包まれ、髪が風に舞う。
白銀の装甲、そして翼。
彼女はかつてJOKERで実験体とされた「天使型改造体・セラフ」へと変わっていた。
「仁さん……お願い、戻って!」
彼女の声が、暴走する仁の心にわずかな亀裂を生じさせる。
胸の奥で、かすかな記憶が閃いた。
――火の海の中、手を伸ばした少女。
――助けて、と泣いていた声。
(レナ……?)
その瞬間、仁の動きが止まる。
銀と黒の光がぶつかり合い、爆風が夜空を裂く。
リーパーが口元を歪めた。
「面白い……これが“絆”の力か?
だが、その絆ごと粉砕してやる。」
影狼の咆哮が再び響く。
人の理性と怪物の本能がぶつかり合う、地獄のような夜。
――そして、空が割れた。
都市上空に現れた巨大な黒い門。
そこから滲み出る闇は、まるで世界を呑み込むかのように広がっていく。
リーパーの声が響く。
「来たか……“真の進化”が。」
レナは震える声で呟く。
「これが……JOKERの最終計画……!」
仁の身体が、黒い光に包まれていく。
彼の意識の奥底で、誰かが囁いた。
(……仁……お前は、どっちの“狼”になる?)
光と闇の狭間で、銀狼の魂が叫んだ。




