二つの魂 ―レナとクロウの涙―
闇に包まれた世界で、銀狼――いや“影狼”は彷徨っていた。
その瞳は血のように赤く、理性の光をほとんど失っている。
暴走した力が街を壊し、夜空を焦がしていた。
「……俺は……何者なんだ……」
掠れた声。
耳の奥で、もう一つの声が囁く。
――お前は怪人だ。
――人を救う資格など、もうない。
膝をついた仁の目の前に、黒い羽根が舞い降りた。
そして静かに降り立つ、一人の女。
「……やっと見つけたわ、仁」
白衣は焦げ、髪は乱れ、しかしその瞳だけは――確かに“レナ”のものだった。
「レナ……なのか?」
仁の声が震える。
だが次の瞬間、彼女の表情が陰り、瞳の色が変わった。
「フフ……残念ね。今は“クロウ”の方よ。」
クロウの笑み。だが、その頬を一筋の涙が伝う。
レナの意識が、まだ中で必死に抗っている。
仁は立ち上がり、拳を握る。
「レナを返せ、クロウ! お前がどんな存在でも、あいつは――俺の仲間だ!」
クロウの瞳が揺れた。
「……なぜ……あなたは、そこまで……」
「俺は一度死んだ。
だけど、あいつが――レナが、俺を生かしてくれた。
たとえ怪人にされたとしても、あの温もりだけは、俺の中に残ってる!」
その言葉に呼応するように、クロウの身体から光が漏れ始める。
黒と白、二つの光が交錯し、空間が揺れた。
クロウは胸を押さえ、苦しげに叫ぶ。
「やめて……出てくるな……レナぁ!!」
「いいえ――もう、終わりにするの」
声の重なり。
レナとクロウ、二つの人格が同時に語り始める。
「私はあなたの影、レナの恐れから生まれた。
でも今、あの男が信じてくれた。
だから――もう、あなたの中にいる理由はない。」
黒い羽根が一枚、二枚と舞い落ちる。
光が爆ぜ、空間に裂け目が走る。
そこに、もう一人の“レナ”が姿を現した。
クロウの中から分離した、純白の衣をまとった女性――
彼女こそ、本当のレナ。
「クロウ……あなたは、私の罪。そして、もう一人の私。」
クロウは微笑む。
「そうね……でも、不思議。今は泣けるの。
“心”って、こんなに痛かったのね……」
彼女の頬を流れる涙は、確かに温かかった。
そしてそのまま、彼女の身体は光の粒となり、レナの胸の中に吸い込まれていく。
仁がそっと手を伸ばす。
「……おかえり、レナ。」
レナは静かに頷き、微笑んだ。
だがその瞬間、警報音が響き渡る。
――《影狼、暴走再開》
博士の声が通信に響いた。
「感動的だが、物語は終わらんよ。
レナ、君の中には“クロウの遺伝子”が残っている。
それが新たな鍵になる。」
仁の身体が再び光を帯び、影の力が暴れ出す。
レナが叫ぶ。
「仁、駄目! もう限界よ!」
仁は苦しみながらも微笑んだ。
「心配するな……レナ。今度は、俺が守る番だ。」
空が裂け、闇の狼が咆哮を上げた。
それは、怪人でも人でもない――新たな進化の声。




