喰らう影 ―JOKER計画の核心―
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炎が街を焼いた夜から、三日が経った。
あの戦いのあと、銀狼――いや、影狼となった仁の姿を見た者はいない。
街の一角には黒焦げの痕跡と、獣の爪跡だけが残されていた。
JOKER本部・研究区画。
白い光に包まれた無機質な空間。
巨大なカプセルの中で、何体もの“未完成の怪人”が静かに脈動していた。
「ふむ……やはり“影狼”が目覚めたか。」
白衣を翻し、博士が笑みを浮かべる。
その隣で、レナ――いや、《クロウ》が無言で立っていた。
「お前の役目は果たされた、クロウ。
だが、レナの意識がまだ抵抗しているようだな」
「問題ありません。彼女は……私の中に沈みました」
嘘だった。
クロウの奥底で、レナは必死に叫んでいた。
(仁……あなたを、止めないと……!)
博士は手元のホログラムに映る影狼の姿を見つめながら、独り言のように呟いた。
「“JOKER計画”――それは、人類の進化ではない。
旧人類の“淘汰”こそが目的だ。
怪人とは、進化の先にある“新たな生命形態”。
仁という存在は、その完成形に最も近い」
クロウの目が僅かに揺れる。
「……つまり博士、神崎仁は――」
「人間を超えた存在だ。
そして、我々が“神”となるための証明だよ」
その頃、荒野の中で仁は目を覚ました。
身体の中を渦巻く黒いエネルギー。
それはまるで、生きているかのように彼の意思に逆らい、暴れ続けていた。
「う……っ……あああああああッ!!」
膝をつき、額を押さえる。
脳裏に浮かぶ、知らない記憶。
研究室、冷たい水槽、何度も繰り返される実験――。
「……俺は……最初から、JOKERに作られたのか……?」
闇の中から声がした。
『ようやく気づいたか、我が同胞――影狼』
振り返ると、そこに立っていたのは人の形をした“影”。
その声は、仁と同じ。
だが、表情も瞳も冷たく、まるで鏡の中の悪意のようだった。
「お前は誰だ……!」
「俺はお前だ。お前の中に封じられていた“原型”――JOKERが生み出した本当の銀狼。」
仁の胸が激しく脈打つ。
影が腕を伸ばすと、闇の触手が地面から這い出し、仁の身体を絡め取った。
「抗うな……お前が人間であろうとする限り、苦しむだけだ。
“怪人”こそが、本能だ。」
仁は叫ぶ。
「俺は――人間だ!!」
闇と光が激突する。
その瞬間、遠くのモニター室でクロウが目を見開いた。
博士の報告より早く、彼女の中のレナが反応したのだ。
(仁が……飲まれる……!)
クロウの頬を一筋の涙が伝った。
その涙が、誰のものだったのか――クロウにも分からなかった。
画面の中で、仁の姿が光に包まれる。
銀と黒、二つの魂がせめぎ合い――やがて、ひとつの咆哮が夜を裂いた。
「――ガアアアアアアアアアアッ!!!」
全てのモニターがノイズに包まれ、博士が口角を上げた。
「始まったな……“怪人化計画・最終段階”。
これこそが――人類怪人化計画。




